伴侶

 逆上がる鉛の雨は墜ちる姿を完全に捕える。燃焼し膨張し、火薬で放たれた無数の弾粒は天へと昇る。 


 落下するその影は地に立つ姿を見定める。加速し捉え、爆発的な加速で落ちるその影は地に向け堕ちる。


 相対し衝突し混ざりあった二つは魔法と物理学の衝突とも言える。さて、一瞬にも満たない交錯の結果は?


 ドガアアアアンッ!!!



「はぁ、はぁ……マナ、大丈夫か」

「う、うん。こっちには破片来てないから……」

「そうか、良かった……にしても」

「しても?」

「やっちまったぁぁぁぁぁぁ………」


 誰かも聞かずにただ感情のままぶっぱなしてしまった。「邪魔だ」なんて言って思いっきりやってしまった……

 あの時頭上では散弾と高速で降ってきた奴が激突し、落下速度とか諸々の関係か変な方向に弾かれたように飛んで行った。木にぶつかったような音がしたがあれはもう。全くの部外者かもしれないが、邪魔をしたのは確かなのだから。


「マナ、彼女は?」

「息は落ち着いてる。目立った傷もないから、しばらく休ませれば目を覚ますはずだよ。出来れば、エルお姉ちゃんとかに見てもらいたいけど」

「目を覚ます……か」


 なぜこいつがここに居る?

 俺にはわからない。よく知ってもいるが、知らない。何度も話したが話していない。

 なぜなら、こいつは


『なぜお前がいる。……っ!!』


 思わず出た日の本の言葉か、それとも偶然と一致か、果てはどれとも無い悪魔女神の差し金か。幸か不幸か、後を追った女の願いは叶えられた。


「せん……ぱい……?」

「まだ喋っちゃダメ。さっきまで気絶してたんだから」

「マナ、ここは任せる。すぐに皆も来るだろう。さっきのやつの所行ってる」

「う、うん」


 背後から喜怒哀楽、全てがぐちゃぐちゃに混ざって濁りと上澄みすら同時にぶち込んだような視線を受けながらその場を去る。


 向かうは降ってきた奴が弾かれて行った方向、地面に血痕が点々と落ち、追跡は容易だった。

 そいつは森に乱立する大木の一つ、根元に背を預け、動かない。木には激突した時に付いたと思われるおびただしい血液とそこから地面に至るまでの表皮に付いた引きずられたような血痕。

 根元にあるのは少女の体躯。この大陸ではマイノリティに属する人族の見た目。しかしまあ確実に亜人種だろう。だらりと手足を伸ばし、血まみれの上半身、右手の先には石を削ったのか、歪な斬馬刀のような物が落ちている。そして、何より


「はは、ここまでされて生きてんのかよ」

「妾ら一族はこの程度では死ねぬよ……ここは月光も良い。酔うにも良く、この程度ならばじきにに治る」

「頭の半分無くしてか?」


 奴は、頭の上半分が丸ごと無くなっていた。しかし、生きている。辛うじて形を残す口からは独特の口調ながら少女のような声が発せられるが、それより上はドロドロとしているも、月光に照らされる不可思議な真紅の液体に覆われ時折ボコッと気泡が浮き上がり、弾ける。齢十数程度の体躯には似合うはずもない光景である。


「しかし……決闘は妾の負けじゃな……くはは、しかし驚いた。あのような迎撃をされるとは」

「あー、なんだその、さっきは正直色々大変でな。事情も聞かずに撃って悪かった」

「構わんよ。仕掛けたのは妾じゃ。勝っても負けても悔いはない。しかし、これで妾も腹を括るしかないの」

「うん?さっきこの程度じゃ死なないみたいな事言ってなかったか?」

「それとは別じゃ。長らく逃げてきたが、妾にもとうとう伴侶が出来てしもうた」

「は、伴侶?マジかよやっちまったな……仮にも婚約者出来たばかりの人の頭ぶっ飛ばしちゃったよ……謝ったら許してくれっかな」


 まさかの新婚さんだった事実とそんな人の頭を吹っ飛ばしたというか文字通り半壊させてしまった事で謝罪をどうするか頭を悩ませていると、後方から数人の声が。ルルたちも起きてきたらしい。先にマナの方に行ってるみたいだし、こっちへはまだ来ないだろう。


「やっと前が見えるようになったわ。あそこまでの傷を負ったのは久々じゃな」

「傷が治るまでの過程は見ていて気持ちのいいものじゃなかったけどな」

「じき慣れる。それと声がするが……ああ、あ奴らか。どれ、まともに動けるようになったら声でもかけてみるかの」

「そうしてくれ。さてと、あんたはこのままで大丈夫なのか?」

「うむ。心配せんでも、すぐに動けるようになるぞ我が伴侶よ」

「え、それって……」


「ヤ〜マ〜ト〜?私が寝てる間に何してるのかしら?」


 困惑の声は背後から遮られた。やけに優しい、ゆえに恐ろしいその声音。振り返れば帽子で表情は見えないが、杖を明らかに槌のように構えている。


「伴侶なんて聞こえたけど……私を差し置いて……ねえ?」

「あ、当たり前じゃないか。ルル、そんなことは一切無いぞ。うん、無いんだ」

「へえ〜、でもそこの女はあなたを指して伴侶と言ったわねえ」

「そもそもなんで俺が伴侶だなんて呼ばれるのか」


 後ずさるとその分前に出てくる。弁解に弁解を重ねてももはや意味が無い。こうなれば元凶に……


「おい、そこのアンタ、説明してくれ!」

「む!?妾がか?」

 

 秘技、丸投げ!!

 説明しよう!丸投げとは、説明を全て元凶である者に任せて自分だけは追求から逃れるための秘技である!


「まあいいわ。そこの貴女……なんか色々大変そうだけど答えてちょうだい。伴侶ってどういうことかしら?」

「簡単に説明するなら、妾と決闘し、妾が負けた。ゆえに伴侶じゃな」

「なるほどなるほど、昔からある決闘婚姻ね」

「物分かりがよくて助かるの。その通りじゃ。形式こそ妾の一族のものじゃがな」

「へえ、その形式とは?」


「そこからは私が仲介しましょうルルちゃん。久しぶりですね、ベロニカ」

「む、その声は……おお、シャリアか!久しいの!」

「ええ、久しぶりに会うのに最初に見たのが貴女の生命力というのもどうかと思っていますが」

「あら、知り合い?」

「昔、大陸の種族の族長が集まることがありました。そこで、当時の父に紹介されました」


 つまり?

 シャリアとそこの血まみれことベロニカ何某は知り合いと。大陸の種族たちの族長が集まることががあって、理由は知らないがそこで二人は出会ったと。

 そしてシャリアはベロニカの再生を生命力と称した。見た目は完全に人なのだが、亜人種なのが確定したな。


「うむ、これで元通りじゃな。それでは改めて。妾の名はベロニカ。ベロニカ・フォン・アーデグレイス。通称、ルーツヴラッド家の娘になるの」

「彼女はルーツヴラッド家の……いえ、夜の一族の貴族に当たります。爵位は公爵、実質王族と同等です」

「爵位など興味無いからの、さっさと妾が弟に譲ってしまいたいものじゃ」

「そうは言っていますが、実際彼女の一言で国が動きます」


 は、はあ……このロリっ子がねえ。 

 立ち上がってみればよく分かる。ベロニカは銀髪紅眼ぺったんこだ。わかりやすくロリっ子である。

 そして、夜の一族と来たか。ついさっきメノフィラから聞いたばかりだがこんなに早く遭遇するとは。だが会話もできて、シャリアを介して友好的だとわかる。少なくとも敵対関係には無いと考えていいだろう。なぜ伴侶と呼ばれるかはわからないが……


「夜の一族ね。さっきメノから聞いたわ。で、話を戻しましょう。ヤマトが伴侶とはどういうこと?」

「妾たち夜の一族には先の通り決闘婚姻が伝統として残っておる。それは今でも地位のある者は行う。基本は男から女、女から男とどちらも存在する。そのどちらも仕掛けられた側の勝敗で婚姻が決まる。勝てば無効、負ければ婚姻とな。しかし、ここで一つ例外があるのじゃ。それが女から男への決闘婚姻における奇襲じゃ……っと、ここまでは良いかの?」

「ええ、続けてちょうだい」

「あいわかった。女から男への決闘婚姻、その例外での奇襲じゃが、決闘での勝敗後の動きがが逆転するのじゃ」

「逆転?つまり負ければ無効に?」

「その通りじゃ。無効になるのは仕掛けられた側。奇襲を受けた側が負けてしまえば意味合いとしては釣り合わないことになり婚姻は無効、勝てば仕掛けた側に釣り合う事になる訳じゃな」

「なるほど。奇襲を仕掛けられたヤマトが貴女に勝利したことで決闘婚姻は成立……ね。でもそれは口約束なのでしょう?ならば破棄してしまえばいい。その方が貴女にとってもいいはず」

「それがそうは行かぬ。妾ら一族、夜の一族には血に定められた契約が存在する。その一つがこの決闘婚姻。破ることは難しい。さらに言えば妾は彼を悪く思うてはおらぬ。なかなか良い男じゃ。くふふ、伴侶に、というのはあながち誤うておらぬ」

「なっ……」

「それよりも、妾の事は後でも良いじゃろう。先はまでは気づかなかったが、その女子……何者じゃ?」


 全員の目がマナに支えられる一人の少女に集まる。酷く衰弱し、憔悴しているも、目だけはランランと光を宿し、力強くただ一人を見つめていた。

 その目には男一人が映っていた。

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