何故
「やっと……見つけた……追いついた」
「ちょっと、動いちゃダメ!」
「……離して」
「貴女、自分がどんな状態かわかってないでしょ!?」
「いい。離せ……!」
ふらつきながらも少女はこちらへ来ようとする。支えるマナが制止するも、聞かずに進む。しかし衰弱していて振りほどくことは叶わない。目だけは強く光り、睨みつける。
「……っ!?」
それは少なくともハンターとしては新参を抜けたマナを、かの雷虎と相対し首を落とした彼女を竦ませ、思わず支えの手を離す程のものだった。
例えるなら恐ろしく研ぎ澄まされた刃、分厚く重厚に鍛えられた大盾。人が一時の恐怖を与えられるには十分過ぎた。
「ねえ……先輩でしょ?ボク……だよ、さっき、緋音って……呼んで、くれた」
「………」
「ボクね、ずっと……会いたかった、んだよ」
「………」
「だから……見てよ……ボクを」
衰弱からか、息も絶え絶え足元もおぼつかず声を出すのも辛そうに見える。しかし少女は必死に前へ進む。
「だから、さ。もう一度……呼んでよ」
無理やり喉を震わせ懇願し、手を伸ばしてついに肩に触れる。流れる川のような黒髪を揺らし、倒れ込みながら額を胸にぶつける。
「先輩……ボクの、名前」
「緋音」
「えっ……」
『なぜ、ここに居る』
彼女の目を見つめ日本語で問う。ルルたちは聞きなれない言葉に目を白黒させるが気にせず続ける。
意識的に日本語を扱うのは十何年ぶりだが案外何とかなるものだ。
『答えろ。なぜここに居る』
「わからないよ……ボクも……」
『誰に連れてこられた』
「知らない。声しかしなかったから……」
『ならこっちに来た原因は』
「死んだこと……かな」
なるほど、こいつも同類か。
問いかける度女の顔には生気が戻り、少しずつ声にも覇気が宿る。
『誰に』
「わからない。けど、刺された。通り魔に」
『転生の条件は自死ではなく外的要因?ならもっと居てもいいはず。ならなんで……』
「けど、ボクはその時思ったんだ。先輩のところに行けたらって。だからかもしれない。だって、叶ってるもの」
彼女の目は真っ直ぐだ。純粋に想いと願いのまま突き進む目をしている。それはとても眩しく、懐かしいものだった。
『叶う?』
「ボクの願い。先輩のところに行きたい。また会いたい。会って話をしたい。叶うと言われたから来た。こうして、叶った」
そうか、そういう事か……ははは。
全く、こいつは変わらないし、大馬鹿者だよ……
「先輩?」
『ほんと、大馬鹿者だよ』
「っ!?先輩!?」
『良かった……また会えて……っ!!』
「ちょっ他の人もいるから抱きつくならまた後で幾らでも……うぅ……うわあああぁぁぁん!
耐えきれなくなり思わず俺も彼女を抱きしめてしまう。いきなりのことに驚く彼女もすぐに堪えきれなくなり目からぶわっと涙が溢れ出す。
俺は誤解していた。ただ大切な彼女をこの世界に引きずり込んだ奴をぶっ飛ばすことしか考えていなかった。だが違った。彼女は自ら踏み込んだのだ。俺を追って。要因は別としてもずっと後を追いかけていた。純粋にただもう一度会うためだけに。そんな彼女を無下にする事など出来ようか。
「緋音、これからは……ずっと一緒だ」
「うぅ……先輩それって……」
「はーい、ちょっと待ちましょうね。で、ヤマトには後で聞くわ。貴女は何者?どこから来たの?ヤマトとの関係は?あと抱き着きすぎよ離れろ」
言語をこちらのものに戻して話しかけた直後ルルから待ったが掛かる。笑っているが様子がおかしい。ニコニコしすぎている。……うん、マズイやつだこれ。根掘り葉掘り聞かれるわ。ここに緋音が実際にいる以上俺の正体も隠し通せはしまい。はぁ、覚悟決めるか。
「じゃあまず貴女からよ。貴女、何者?」
「ボクは先輩の後輩。名は虹月緋音。虹月家の次期当主にして虹月流剣術師範代」
「コウヅキケ?ああ、家ね。聞いたことないけど……出身はどこの国?」
「日本。ここがどこかはわからないけど少なくとも日本は無い」
「ない?戦争でも起きたのかしら?」
「違うよ。飛ばされてきた。多分、殺されたから」
「よくわからないわね。つまり貴女は死んでいるのにここにいると。……なるほど
「いいえルルちゃん。この人は違いますね。言っていることはどうあれ、不死ではなさそうです。不死特有の臭いがしませんから」
「シャリアがそういうなら信じましょう。ならどこまでが真実なのかしらね。一度死んで、ここにいる?そんなの伝承でもあり得ないわ。エル、毒薬とかない?怪しすぎるもの。無理やり話させま――――」
「俺もだよ」
「――――え?」
予期せぬ俺の言葉にルルは目を丸くしてこちらを見る。
「だから俺も同じだって言ったんだ。毒使うなら俺も飲ませてもらう」
「ちょっとそれって……」
「ったく、話すつもりなかったがかわいい後輩が毒飲まされかかってるんだ。止めさせてもらう。彼女の話は全て真実だよ。現に俺も殺されたからここにいる。殺されて目覚めた。ルルは何も疑問に思わなかったのか?五歳程度のガキが一人で森のそばで寝ているなんて」
「でもあれは近くの村から追い出されたからだってお父様……お父さんが」
言い直す余裕はあるものの、彼女は自分の耳が信じられないようだ。口元もわなわなと震え、小さく首も横に降っている。
ただ、何となく心情もわかる。自分とずっと一緒にいた男がまさか目の前の訳も分からないことを言う女と同じだったなんて思いもしなかったのだから。
「違うな。そんな村知らないし、行ったこともない。あの辺りは丘があるだろう?殺されて目が覚めたら丘の上だよ。全く同じさ。目が覚めたら知らないところにいる。……我がことながら大概得体のしれない存在だな俺も。不死じゃないとは思うが、一応毒飲んだ方がいいか?」
俺がそう言うとルルはわかりやすく慌てて毒の準備をしていたエルを止める。意地でも飲ませないつもりなのがわかりやすい。彼女はこっちに振り返ってぶんぶん顔を振り、身体でも顔でも否定をする。その様子に緋音はさっきの彼女の態度とは全く違う状態に目を白黒させ一人困惑している。
「わかったわ。もう貴女の正体については聞かない。ただこれだけは教えなさい。貴女さっきヤマトの後輩って言ったわね。つまり貴女は同じところに居たってこと?」
「うん。ボクの一つ先輩。学校のね」
「そう……よければ今度教えて頂戴。その、ヤマトがどんなだったか」
「う、うん。もちろん!……ぅーん」
「おっと、そういえば怪我してて衰弱してるんだったわ。マナ、お願い」
「任せて。さっきも止めたのに……無理して」
なんということか。ルルがデレた。さっきまであんなにきつく当たっていたのにものの数分で手のひら返しである。というよりも、文字通り出会って数分でデレた。しかもなんか俺の地球での情報が渡されそうになっているが。
緋音もどうやら疲れが出たらしい。彼女に対しての心象が大きく変わったらしいルルが支え、マナに任せたし心配はいらない。そもそも病み上がりよりもひどい状態なのだ。しっかりと休ませてやりたい。
「そうだ、ヤマト。あなたにも後でじっくり聞かせてもらうからね?」
「あ、はい」
……俺も逃げられなさそうだ。覚悟決めたし、全部話すかな。地球の話。まあ少しはぼかすけどさ。
さてと。
雰囲気が落ち着いたところで皆の視線はひとところに集まる。そう、しばらく所在無さげだったベロニカである。完全に回復したようで、月光に照らされる姿はどこか気品さえ覚える、というかマジの貴族だったか。さっきは気づかなかったが予想以上に身長が低い。カルナよりも身長は低く、なのに身長と同じくらいかそれ以上の斬馬刀を背負っている。肩にかかる程度の銀髪と同色の瞳は月光を反射し怪しく輝いているのだ。
「あー、話は終わったかの?」
「ええ、待たせてすまないわね。貴女に関してはさっき少し聞いたけど、彼女を追いかけていたの?」
「あの女子、アカネと言うたか。その通りじゃ。妾は追いかけておった。森の中で見かけぬ人影が居ってな。それだけなら無視したのじゃが、歩く様がどこか鋭くてな。なんと言えばよいかの……そうじゃ、動きが武を嗜んでいるものでな。少々興味が湧いたのじゃ」
興味、興味ねえ。一体どんな興味か……は聞かずともわかる。気になるのは襲ったかだ。ただそれを馬鹿正直に聞く俺でもない。ここはルルに任せて情報を引き出そう。
「初めはどこか目的があり進んでいると思っておった。なんせこの森の中、この辺りは妾たちとてまず踏み込むことは無いからの」
「そうなの、シャリア」
「はい。いくら私たちでも不必要に森の奥までは入りません。他の集落に行く時も既に確立された道を通って行き来しますから」
「なるほどね。それで?」
「その後数日ほど追跡したのじゃが、何処に向かっておるのか尚わからず更には衰弱し始めておった。見た限りではまともな食事も摂っていない、万一の時は妾の街まで連れていくつもりじゃった」
「助けようとしていたの?」
ベロニカの言葉にルルは目を丸くする。なんと言うか、見知らぬ女を背後から興味だけでずっとつけて、さらにあの斬馬刀だ。口には出さなかったが明らかに襲うつもりだっただろうと皆思っていた。
「その通りじゃ。追っていると数は少ないが魔物が現れてな。見たところ武器は持っておらんかったから妾が囮になって引き離したのじゃ。確か五か六くらいじゃな。なかなかにすばしっこい奴での。少々時間を取られたが倒しきった時じゃ。どうやら一体が女子の方へ行ったようで悲鳴が聞こえたのじゃ」
「それがさっき俺たちが聞いたやつか」
「じゃろうな。急いで戻ってきてみたら女子が倒れ、お主らがおった。見たところ介抱しておったので手を出さずにいたのじゃが、先の戦いで気が昂ってな……」
「で、ヤマトを見つけて仕掛けちゃったと」
「うむ……」
なるほどな。初めてベロニカが現れた時に言っていた「追跡」は攻撃の為ではない、さらにあの時の興奮したような状態は気が昂っていたから。で、さらにおれもブチ切れてたからそのままショットガンで頭をぶち抜いてしまったと。はあ、嫌な偶然が重なったからだな。
「メノ、エル。アカネをキャンプまで連れて行ってあげて。休ませないと。あとベロニカは……」
「妾もついて行こうかの。妾が怖がらせたかもしれぬ。せめて謝ってはおきたい」
「そう、なら戻りましょうか。真夜中にこんな事になるなんてね」
全くだ。異世界に来て十数年。初めての海外旅行で出会ったのはまさかの同郷、しかも後輩だったのだから。
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