遭遇
「ねえシャリア〜疲れた〜」
「もう少しですよ……って言いたいですけど、さすがに疲れてきましたね……それにしてもこの辺りこんなに蒸し暑かったでしょうか」
「三日も歩いてるんだから疲れるよ〜お姉ちゃんだって言ってるし〜」
「マナ、情けない。三日程度で根を上げちゃあぁ〜」
「そういうカルナだってフラフラじゃん!ちょっとヤバそう?」
「暑いの……苦手」
三日間の疲労と慣れない湿潤な環境は皆の体力を常時削り続け、普段の彼女らとは思えないほど弱々しいものであった。
「帝国は温暖ですけど、蒸し暑い訳ではないですから正直堪えますね」
「森で何年も暮らしたけど、森の中でこんなに暑いのは初めてね……そもそもこの辺りは原因になるものは無いはず……シャリア、近くに何か居たりとかは?」
「何も。むしろ休息するにはいい所です」
ふと空を見上げれば杉の木のように真っ直ぐ聳え立つ木々の隙間から覗く陽も傾いて今夜の寝床の用意を始めるにはいい頃合いだろう。いざとなればルルの光魔法で辺りを照らすことになるが、それは魔物をおびき寄せないためにも避けたい方法。
起伏は多いが木々も多く大きな魔物は入って来れなさそうな地形、木の影に地の陰に隠れるようにテントを配置すればそうそう見つかることは無いだろう。
暑いことだけが難点だけど、真夏の日本の蒸し暑さに比べたらなあ。それに、どうやら向こうに川があるようだ。小さいだろうけど音が聞こえる。今夜過ごす分には問題ないはず。
「よし、今日はここで休憩だな。テントも張っちゃおう。ここならそうそう魔物にも襲われないだろうし。それに向こうに川がある。マナ、カルナ、水を汲んできてくれないか?」
「わかったよ。マナ、行こう」
「あ、待って今桶を持って行くって……待って〜」
「シャリア、手伝って。テントを張ろう」
「エルちゃん少し待ってください。杭が……」
「シャリア、これ?」
「あ、それです。ルルちゃんありがとうございます」
残った俺とメノフィラは少し離れて焚き火に使う薪集めだ。と言っても枯れ枝だけども、この蒸し暑い環境で見つかるだろうか。マナたちが向かっているのとは別の小さな川を超えた途端に蒸し暑くなって地面も常に湿っている。枯れ枝を見つけるのは絶望的だ。火を得るために最後の手はあるがまだ使いたくはない……
「見つかりませんねー、これも湿ってる……」
「雨ばっか降ってそうな土地だ。仕方ないだろって言いたいけどな。木の感じからしてそこまで雨降ってそうには見えないんだが」
俺も詳しくないが、今いる土地の植生は木の雰囲気からしてタイガに近そうだ。確か地球のタイガってのは亜寒帯に属してそもそも熱帯にはならないはず。まあ異世界ということで熱帯じみた気候にも対応出来る木ってことなんだろうか。
……お、太めの枯れ枝発見。外側は湿ってるけど中はまだ乾いていそうだ。ちょいと拝借していこう。辺りを見れば似たような木がちらほら。倒木もあるあたり魔物でも現れたのだろう。だとすると今夜は警戒を強めなきゃいけないが。
「ヤマトさん、枝は結構集まりましたけど、これ見てください」
彼女が指さしたのは近くの木の表面。何やら抉られたように木が傷ついている。魔物のものだろうか。
「これ、魔物じゃ無いです。ノーク大陸の魔物は他大陸のものに比べてかなり獰猛で特殊なものが多いですが、こんな木に殴った後みたいな痕跡を残す魔物は聞いた事ありません。しかもこの傷新しいです」
なるほどこれは抉られた訳ではなくついさっき付けられた殴り跡、ってんなアホな。こんなことが出来る魔物以外の存在……例えば人か?それこそどこぞのビックリ人間にならないか。シャリア然り、獣人族は高い膂力を持つ者も居ると聞くが、まさかこれ程なのか?
「私の知る限り、確かに普通の木に対してこれだけのことを出来る獣人族は居ます。ですがこの木……この大陸でも有数の加工が難しい木なんです。硬すぎるので。ヤマトさん、ちょっとこの木の皮を剥がしてみてくれませんか?」
手を伸ばして抉られている箇所に残っているいかにも取れやすそうな木の皮を掴んだが、
「……あれ?なんだこれ、クッソ硬ぇ……っ!今にも剥がれそうなのに千切る事すら出来ない木の皮って……」
「そうなんです。まともにこの木を傷つけようとしたら常人には無理です。ですがこれは魔物でもない。これが起こせる可能性を持った種族を私は一つだけ知っています」
「それは?」
「名を、夜の一族と言います」
夜の一族……夜の一族ねえ。名前から厨二とも一瞬思ったけど考えてみれば素直に夜行性とでも考えた方が無難か。エルフとかドワーフのように種族ではなく、その夜の部分だけが代名詞みたいになってるあたり夜の間だけにしか姿を表さないとか最大限力を発揮できるのは夜だけだが昼間でもこの木を殴るくらいは簡単とか……そんな感じか?
「そ、その通りです。よく知ってますね」
「いや、ただの勘だ。何となくの推測」
「推測でそこまで当てますか。ヤマトさんの予想通り、夜の間でしか目撃例のない種族です。正確には街中に混じって生活しているらしいのですけど、姿が人に似すぎているので見分けがつかないと言うか。なので大陸の種族間で交流はあるようですが、国も……そうですね、帝国でも夜の一族の存在の確証は掴めていません。ただわかっているのは本来の力が発揮出れば最強の獣人族すら凌ぐ膂力を持つ戦闘種族であることです」
「なるほどね。そりゃ帝国も欲しがるわ。聞くだけでも一騎当千、手なずければお手軽兵器ってか」
「その通りです。私は管轄外だったのでよく知りませんが軍上層部では本気で捕らえるなりして洗脳し軍に組み込もうとしていると噂を」
「頭お花畑かよ……まあいい。そんな奴が近くにいるかもしれないって訳だ。早いとこ戻って周囲の警戒を強めよう。大陸の一種族とはいえ友好的とは限らない」
確保した枝を纏め足早にキャンプまで戻る。既に戻ってきていたマナたち含め、メノフィラからの夜の一族に関する情報を共有する。あの痕跡を見せたりもしたが、この時間から動くのは逆に危険としてキャンプはこのまま行う。ただ不寝番の人数を増やし、負担を承知でルルとエルが認識阻害の魔法をキャンプ周りに展開する。
不寝番は最初、俺とマナとメノの三人だ。不寝番と言っても何か近くに来なきゃ仕事は無いから暇つぶしに色々している。
煌々と地面を照らす月明かりの元、例えばマナは森に入る前に買ったらしいミカン大の果実を焚き火で焼いてみたり、メノは自身が使う霊術の札を作ったりしている。俺はこの前寄ったギルドで手に入れた情報をまとめている。
得た情報はたくさんあるが、一番目に付いたのはハンターたちの武器だ。森が近いからか取り回しのいい武器を持っている者が多い。しかも金属武器と魔物由来の武器、ここでは骨武器とするが、その割合が半々という事。王都では金属武器の方が多かったが、魔物が多いこの大陸では骨武器も使われているらしい。
王都と違って亜人種の数も圧倒的に多いから武器が種族で別れているのも面白かった。
例えば人族は剣か杖、獣人族は剣含む近接武器全般、エルフ族は弓か杖、ドワーフと思わしき種族は槌と様々。トカゲのような尻尾を生やした見たことない種族もいて、彼らはガントレットみたいなものを着けていた。それぞれの身体特徴を活かした武器選択になっているようだ。
そういえばギルドで色々見て回っていた時に面白い武器を携えたハンターを見かけたな。長身で背に双剣のように剣を担いでいて、それぞれの剣の長さが違っていた。鞘に収められていたから長さだけだが、片方がロングソードでもう片方がショートソードと言った具合に。そこまでは良いのだが、特徴的なのがその剣の柄だ。刃よりも少し短いくらいの長さがあるのだ。遠巻きに見れば短槍に見えなくもないくらい。柄が長いから扱いが難しそうだが、その特徴的な見た目から何か仕掛けがあるのでは無いかと気になってしまう。それにそのハンター自身がこの辺りじゃ珍しい黒髪だったってのも目についた原因か? 男か女かまではわからなかったが、話してみれば良かったな。
「お兄ちゃんこれ、焼いたやつだよ」
「お、ありがとうな。あむっ……熱つ、うん美味い。甘さと若干の焦げた苦さが上手く合ってる。いい焼き加減だ」
「そう、良かった!はい、メノにも」
「ありがとうございます。……あ、美味しい。丁度いいですね」
「エルお姉ちゃんに教わったんだ。表面が軽く焦げたら食べ頃なんだって」
「へぇー、なんて果物なんだ?」
「聞き忘れちゃった……えへへ、美味しそうだったからそのままこれ頂戴って言って買っちゃったんだ」
失敗失敗と頭を掻きながらマナは笑うも、手に持った焼き果実を落としそうになってちょっと慌てる。
「そうか……なら帰りに買えばいいか。この大陸の特産なのかもな。まだあるのか?ルルたちにも食べさせてやろう」
「持ってるよ。みんなに一つずつあるように買ったから」
「偉いぞマナ。さすが───」
瞬間、全員が同じ方向を向いた。俺から見て左後方、森の奥───
「おいでなすったか?」
何か、居る。
じっとそちらを見つめること数分か数十秒か。何とも知れぬ気配が深夜の森をじわりじわりと侵食する。
薄く広がる煙のように希薄で濃密な気配が辺りを包む。何だこの違和感は。大きいのに小さい。小さいのに大きい。気配と本体の大きさが釣り合って居ないような……
(キャアアアアアアアアァァァァァッ!!)
「ちっ、マジかよ。メノ、ここで待機。一応皆を起こしてくれ。俺とマナで行く。行くぞ!」
「うん!」
駆け出し目指すは遠く聞こえた微かな悲鳴。だが近い。恐らくこの気配の主と同じ場所。
クソっ、間に合うか!?
暗闇の中、月明かりだけを頼りに森を駆け抜ける。雲一つない天気で良かった。月のおかげで昼間とまでは行かなくてもかなりよく見える。
「お兄ちゃん、あそこ!」
「倒れてる……マナ、着いたら治療を」
「任せて!」
マナが見つけた倒れている人影までの数百メールを駆け抜け、地面を滑りながら制動、ハティとパンドラを抜き周囲の警戒に入る。
怪我や血痕は見当たらない。しかし意識は無いよう。気絶か。うつ伏せに倒れるその人はやたらと簡素な服装だ。麻の長袖にズボン、それに見えるのはサラシ?もしかしてこいつ女か?
マナが脱がした服から覗いたサラシだが、仰向けにしたことで女だと確定する。木が作り出す月の影陰に隠れて顔は見えな……い?
「うそ……だろ?」
「お兄ちゃん?」
「そんな、ありえない。なんで居る?なぜ居る?なぜお前がここに居る?」
「お兄ちゃん、どうしたの!?」
「何故だ!誰が呼んだ!!」
「お兄ちゃん、落ち着いて!魔物が来ちゃうから!」
「巻き込んだのか、誰が!引きずり込んだのか、誰が!出てこいクソ野郎、なんでコイツがここに居るんだ!!」
マナでも初めて見る、自らが兄と慕う男の本物の激昂。魔物を呼ぶ可能性すら忘れて声を荒らげる姿はまるで知っている彼では無いようで。
「クハハハハ、やっと見つけたわ!ようやくこの追跡も終いじゃな。見慣れぬ奴が居るが……む?お主男か。ふむ……悪うないの。決闘じゃ!」
突如現れたその声は月を隠し頭上より降りかかる。女と思わしき声はよく通り、聞きなれない口調だが確実にこう言っていた。「決闘」と。
「くははっ!!一撃で死んでくれるなよ!!」
「うるせえぇぇぇっ!!!それどころじゃねえんだ!邪魔だああぁぁぁ!!」
奇襲に等しく頭上より襲いかかる女と地に立つ男が従える銀狼の牙。爆音と共に放たれたそれは逆向きの雨の如く撃ち上がり、その先を食い破る。
その結果を知るものはまだ居ない。
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