ワクワクハイキング

「で、ここからどういうのかしらシャリア?」

「えっと……あの、その……」

「歩くしかないわね。北に向けて馬車で三日の都市に。ああ、でもこのまま直行でも良いんじゃない?変に経由する必要無いし」

「それでもいいけど……ねえ」

「はい、ちゃんと案内させていただきます……」


 事の発端は今朝起きた。そう、昨日到着してギルドで少し情報を得た翌日。言ってしまえば寝坊である。しかし珍しくシャリアが寝坊した。本来なら寝坊程度取り返しの効く遅れであるが、ここノーク大陸ではそうもいかない。先のエルの言葉にも出てきた北の都市、これが問題だ。

 順を追って説明するとまずノーク大陸には街道が無い。種族の里同士の移動は森を突っきるなど野性味溢れる手段が一般的らしい。

 だが、ここ数百年でこの大陸に人族が入るようになり最低限交流の都市が必要になった。港町だけではなく森の中の都市が必要になった。それが件の街である。その街までは街道があるのだがそれ以降は無いのだ。理由として森の中の魔物が理由になる。街道は逃げるのに便利だが同時に逃げるための障害物すら無くすことになる。同様に街道を作ろうとしても襲われて作業が進まない。ならば無い方がまだ安全だとして最低限を除いて街道が存在しないのだ。

 ここで話が戻る。俺たちはその街まで街道を通る馬車で行ってからシャリアの故郷を目指す最短ルートを取ろうとしていた。そこに来てシャリアの寝坊、つまり馬車に乗り遅れることになる。だがその馬車、三日か四日に一度しか通らないのだ。街道自体の人通りは多いが、馬車は荷運び用を除き数が異常に少ない。その事にもちゃんと理由が存在していて、馬車が立てるけたたましい音が問題なのだとか。そりゃあ馬車を何本も走らせて襲われたら元も子もない。なので偶然馬車が来ていたことをラッキーだと思いながら翌日を迎えたのだけどこれである。


「結局どう行くの?」

「このまましばらく街道を進みます。そうですね、だいたい一日くらい。その後は森に入って数日間西に進みます。そうすれば跡地が見えてくるかと、所詮感ですけどね」

「シャリアはそう言ってるけど、獣人族の森の中での感覚は相当のもの。信用していいわ」

「お姉ちゃん、頑張って」

「任せてください。ちゃんと案内しますよ」


 馬車に乗れなかったことにルルは若干不満げだが、時間はたっぷりあるしのんびり行くのも悪くは無いだろうと納得したらしく今では目の前の森にワクワクしている……ような表情だ。コロコロ変わる表情は見ていて面白かった。

 いくら長い距離歩くと言っても森を歩くのが数日早まっただけだし、もしかしたら何か面白いことがあるかもしれない。ヤバい魔物は勘弁だが、人との出会いとかはあってもいい。出来れば男が良いなあ……最近「前衛募集したけど誰も来ねえじゃん」事件の真相と犯人がわかったところだから怪しいけど。ルルめ、何を考えている?まあいい。カルナは故郷に似ているのかワクワクしているし、皆の調子も良さそうだ。野営道具は元から持ってきてるし……オラ、ワクワクしてきたぞ。

 とはいえ、ついにノーク大陸大樹海を進む楽しいハイキングが始まる。ワクワクハイキングってな。

 緑の大幕その先には何が潜み何が爪を研ぐか。進む彼らは楽しみながら何処へも続く道無き道を進むのだ。








「ここは……」


 見渡す限りの緑。かつてテレビで見たアマゾンもびっくりな鳥獣の声、足元を覆う苔と木の根と名も知らぬ草花。起伏が少なく遠くまで見渡せそうなものだが密集する木に邪魔されて視界は悪い。だが樹高は高く、木だけを見ればシベリアとかのタイガを思わせる。しかし……


「暑い。蒸し暑い。熱帯なのかなここ」


 やけに蒸し暑いのである。風こそ吹くが真夏の風の如く生ぬるい。不快指数なんてものが可視化できたのならゲージ上昇がマッハである。ベタつく肌に引っ付く服……服?

 死ぬ直前自分は何を着ていたか?黒いコートやズボンなど喪服を模した黒服一式だ。それは服に引っ付くような素材か?否、そもそもこんな環境で着ていたら引っ付く以前に熱中症で倒れるのは必至。そこまで考え服を見ればかなり昔に学校で文化体験と称して麻素材の服を作った時に着たものと似ている。長袖だが袖が広い麻服、胸元にはサラシが巻かれ、その内側のものを押さえつける。下半身は麻の短パンでサンダル。真夏のあぜ道で麦わら帽子と虫取り網持ってたら様になりそうな格好である。

 服装が変わっているのだから当然持ち物などあるまい。その通りでポケットの中には紙片が一枚とコインらしきものが数枚のみ。水、食料などは全くなし。砂漠のど真ん中で貴金属がクソほど役に立たないようにこんな場所じゃ金など無用の長物……


「うん?」


 ポケットに手を突っ込んで色々まさぐっている時に手首に感じた違和感。何か服に引っかかったような、硬く自分とほぼ一体化しているほど着け慣れたようなそんな感覚。見れば、細い鎖の腕輪。無数の輪を繋げた鎖が長く二重螺旋を描くように編まれ、それを彼女の細い手首に三周させたもの。錆びることも無く、くすんだ銀色は誰が見ても永い時を経た重厚さを持ち、触れるだけでも畏れ多くある種神格に等しい、ただの鎖にはない異様な気を漂わせる。


「この腕輪だけ……なんでだろう」


 身につけていた衣服や道具は全てここには無い。だが、これだけは地球から共に来ている。

 この腕輪、虹月家の家宝として扱われ、当主または次期当主が身につけることを義務付けられる代物である。名を護鐡ごてつの腕輪と言う。家の家宝はいくつかあるがこの腕輪が最も古くかつ最も新しい。

 新しくは約二年前、古くは遡れる限りでも千年の歴史があり、遡った文献にしても、記述には「さらに古い」との文字が。家の性質上、ルーツは人類史初期文明の方と推測されるが……少なくとも当主を継いだ訳でもない自身に家の正確な歴史など知る術もなく、今なおこの腕輪に関して知らぬことは多い。わかっているのは、この腕輪の材料は全てが歴史に名を残す名刀名剣、名武具の鉄を用いている。

 家では原鉄と呼び、それを鎖として編んだ。少なくとも確実に原鉄として含まれていると判明しているのはかの名刀、童子切安綱他名刀数々……否、確実に天下五剣の原鉄が輪として用いられ、素材の中には青銅、銀、玉鋼と腕輪を構成する原鉄は数十にも上るという。嘘か誠かかはわからない。だが、この腕輪が千年以上前のものという事だけが確かなのだ。


「お父さんはこれには何らかの力はあると言っていた。それがここにある理由なの?」


 聞いても腕輪は答えない。ただ主と共にあるのみである。しかし彼女にはわかる。護であると。夢叶わず、追い続ける虚しさの中蜘蛛の糸のような細さの機を掴み、死の先へと踏み込んだ女へのせめてもの手向け。


「考えても仕方ないや。行こう。多分先輩ならこう言うのかな、ワクワクハイキングって」


 彼女は進む。道先も無いまま己が感じるそのままに。荒いサンダルで一歩踏み出す時に地面に紙片が落ちる。だが彼女は気づかない。木々が風に吹かれてさざ波のような音を立てる。それは背中を押すようで、葉の間から差した陽はスポットライトのように木漏れ日を生み道を照らすようだ。


 嗚呼、進む道は明るい。思うな、想え。進めよ乙女望むままに。







 過ぎ去った女の背を見る者が一人。紙片を拾い、それは笑う。


「ふむ、面白い。なかなかの強者……じゃな。くくく……ははははは」


 風で舞い上がる落ち葉に巻かれ姿は消える。木々の奥に潜むのは獣だけではない。嗤う者もあるのだ、名を血の闘人。落ちた血溜まりは染み込むも無く風化して消えゆくのだ。

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