彼女の言い分

 つまりだ。ルルは俺が船に弱いこと、確実に一度は吐くことを理由として同じ部屋に入れようとしているのだ。


「ね、やっぱり無理なんだよ。それに一人じゃ動けないくらいになるんだから絶対一緒の方が良いって」

「そうですね。ヤマトさん、王都来る時も酷い状態でしたし」

「お姉ちゃん、そんななの?」

「そうね、マナがちょっと小突くだけでぶっ倒れちゃうくらいには弱るわ」

「そ、そっかー……」


 うっ、なんか変な目で見られている気がビンビンするぜ。しかもカルナ、聞こえてないと思ったら大間違いだ。「師匠、かわいい」ってなんだ。そこは可哀想じゃないのか。いつからSになったんだ。そんな弟子を育てた覚えはない。


「そんなんになるから迷惑かけるって。だったら一人でゲーゲー吐いた方が気分的にも楽」

「気分って?」

「想像してみろ。少なくとも女に自分の吐いてるとこ……って同じ女なら想像つかんよな。ならこう考えろ、好いた異性に吐いてる醜態を見られるわけだ。どう思う?」

「どう思うって……お兄ちゃんなら助けてくれるでしょ?」

「そりゃあな。目の前で吐かれたらそりゃ心配するさ」

「そういうことだよ」

「どういう事だよ」


 思わずツッコミを入れるも周りの女性陣はうんうん頷いている。何やら不穏な空気を感じるが、きっとこちらに同意しているに違いない、そうだろう。そうだと言ってくれ。


「とにかく、なんも出来ないんだから、船の間は私と一緒にいること!いいわね。……ふへへ」

「なんだかお姉ちゃんが悪い顔してる。マナ、どう」

「うん。確実になにか企んでる。何とかしないと……」


 そこ、聞こえてますよ。でも、ルルがなんか企んでるってことがわかっただけいいか。仕方ない、ここは見逃そう。

 ルルの勝手な締めで無理やり話の流れが変わったことにより、話はこれから向かうノーク大陸の話題に移る。


 この世界の人が知りえるなかで最も北にある大陸。大きさとしては三番目であり、荒野と大森林のみが存在している。その中にはその二つを隔てる大山脈や地下に広がる大洞窟などまだ見ぬ文字通りのフロンティアが広がっている。今も未確認の新種の魔物が見つかり、新たな植物、新たな鉱石、新たな絶景が誰にも知られずに存在している、そんな土地だ。


「知っての通り、私やシャリアの出身大陸よ。大きく分けて大森林と大荒野、大山脈の三つに分けられるわ。大山脈は実質ドワーフの物だから一旦省くけど、広さの割合としては六割森林で四割が荒野ね。森林というか、エルフの持つ土地には世界樹っていう木があるわ。ルルの持つ杖の元の素材よ。詳しいことは私も知らないわ。長老なら知っているでしょうけど。あと、大陸の土地自体は山があったり谷があったり、大洞窟が地下に広がっていたりする複雑な地形もあるわ。あとは……ああ、そうね忘れてた。このノーク大陸はね、ある一定の地点……だいたい大陸を横向きに半分にした線の辺りから上に行けなくなるのよ。結界が張られているわ。誰が、何のためにそこに張ったのかは全くの不明。エルフの長老様でも生まれた頃には結界はあったみたい」

「なので向こうに雪山や雪原が見えているのに結界に阻まれて行けないなんて事や、魔物に追われて逃げていたら結界に当たり死んでしまうという事例がいくつかあります。ただその結界、魔物は素通り出来るみたいです。不思議ですね」


 つまりゲームでよくある見えない壁ってことか。それでも生活に一切の支障がないノーク大陸の生活、古代の地球みたいに自然と完全共生してた頃みたいな生活が完成されてるのかね。もしもあるなら見てみたいな、巨大な木に張り付くようなツリーハウス。小屋の中で本を開いて時を……ってこれは違うな。


「で、その結界だけど大元だけはわかっているの。古代文明としか言いようが無いけれどね。私たちが行った遺跡とかと同じ時代、または文明かはわからないけど、少なくとも古代って言えるくらい古いわ。まあ今回の旅には関係ないわ。どうせ結界があるほど北まではいかないし。シャリアの故郷って南側よね」

「はい。北に翔馬族の里がある平原の真南、森林の中です」

「なるほど……場所はわかったわ。そこに行ってまずはちゃんと墓参りをしなきゃね」

「そうね。ちゃんとシャリアは私たちの仲間として頑張ってますって言わなきゃ」


 シャリアの家族は既に全員死んでいる。さらに言えば故郷も滅ぼされている。既に仇は打ち倒し、俺たちのコートとなっている。今まで誰も言わなかったがこのノーク大陸行きは彼女の墓参りも兼ねているのだ。

 しかし……墓参りか。俺が行くことはあっても、自分の墓が作られて墓参りに来られるところを想像するのは初めてだ。

 あの日俺は死んで、墓がどこかに出来たのだろうか。だが、あの親だ。葬式に出す金すら渋ったに違いない。さらに言えば墓すら立てる気は無かっただろう。そもそも産んだことを後悔しているのだからな。子として思うところは無くもないが、気にしても仕方ない。最終的には無縁仏になっているだろうが、少しの間は忘れずにいて貰えると転生した当時から確信はあった。その確信は俺の後輩だが……多分泣いただろうな。良いとこのお嬢さんだったみたいだが何故か俺に懐いていた。だが今それはいい。彼女は今も幸せに過ごしているだろう。誰かと結婚して子供を産むなり好きな剣の道を進むなり彼女に道は幾らでもある。後を追うなんてことはしないはずだから、俺の存在は今頃記憶の片隅に残る程度なのではないか。それでもいい。人間忘れられた時が本当に死ぬ時だ、とは誰の言葉だったか。とにかく、おれはこうして生きている。会えるものならもう一度会いたいがまあ無理だろう。ならばせめて記憶の中では生き続けていたいものだと今日も思う。




 さて時は飛んで二週間後。え、なんでいきなりかって?誰も野郎が吐いてるとこ見たくないだろう。ただゲーゲー吐いてるところにルルたちが甲斐甲斐しく世話してた二週間だ。割とマジで今回は酷かった。海は大荒れとまではいかずとも荒れて船は揺れるし床には落ちるしなんも飲み込めんしでほんと死ぬかと思った。そんな二週間を見たいか?うんうん、見たくないよな。というわけでノーク大陸からだ。


「やっと着いた……もうヤダ。船乗らない」

「帰りも乗るんだから我慢よ我慢。でもさすがにあの揺れは堪えたわね」

「その分速く進んだのは良かったですけど、あの時のヤマトさんは見ていられませんでしたね。ボロボロすぎて」

「船には慣れてるはずの私でも酔いましたからね。今日は早く宿に入りたいです」


 口々に船の感想を言い合うが、数日前に乗り込んだ船が荒れた海に突入したのだ。天気は元々怪しく嵐も覚悟していたがあそこまで揺れるとは。グワングワン揺れる感覚が今も残り思い出すだけで吐き気が……ウップ。喉の奥がヒリヒリしてる、水……


「にしても……懐かしいですこの空気。帰ってきた感じがします」 

「ええ、本当に。何年ぶりかしら」


 そんなヤマトを横目に二人がが目を向ける先には巨大な森。以前訪れたバードダル大森海よりも広大な大樹海、この大陸に住まう全ての大半の恵となる森。この街は言ってしまえば大陸の端も端、地平線が真緑になるほどこの大陸の森は近い。キャーキャーギャーギャーと動物園を超えてアマゾンもびっくりなほどの声がこの距離で聞こえるほどには。さすがに距離があるからうるさくは無いが、その声量には驚かされる。


「さ、早いところ宿を確保しましょ、出発は明日だけど寝る場所無いのは勘弁願いたいもの」

「そうですね、宿なら……あ、あそこがいいかも」

「シャリア?」

「少し話をつけてきます。このまま道を進めばギルドがありますからそこで待っててください」


 彼女はそう言って足早に人混みの中に消えていった。何やら伝手があるらしい。何年も経っているのによく覚えているものだ。……とは言うものの、ここは完全に見知らぬ土地。案内役のシャリアが抜けてエルはというと……


「ほわ〜大きな街」


 この街に来た事ないらしい。確かにここはノークである。当然他の港町だってあるだろう。来たことがなくてもおかしくは無い。つまり街の何も知らずに放り出されました。あはは、どうすんだこれ。


「とにかくギルドに向かいましょう。これだけ大きな街よ、大通りに色々集中しているはず。ギルドだって見つけやすいわきっと」

「おお、ルルが頼もしい」

「いつもの事よ」


 普段からまとめ役にはなっているが、今はかっこいい方で頼もしかった。今後もそうあって欲しいと俺は思う。 

 さて、この街だけどギルドに向かう途中である程度街の構造がわかった。この街は森と海に挟まれ、海には港、森には森の中に進む道があるらしい。街自体は森〜海に続く大通り三本で構成されて、左から倉庫街、職人街、住民街となっている。港から見て重要度順に作られたそうだ。保管から加工、消費と一列で行える街か。なかなか面白い。そして今いるのは職人街、一番活気のある大通りなのだ。

 そんなことを考えながらも大通りを進んでいくと先に大きな建物が。あれがシャリアの言っていたギルドだろう。ギルドなら何か食えるだろうし、そこで待っていようか。そのことをお上りさんな皆に伝えると我先にとギルドに向けて駆け出す。余程腹が減っていたらしい。扉を蹴破る勢いのルルを何とか静止して、やっとノーク大陸のギルドに到着したのだった。

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