提案

「ヤマトさん、ノーク大陸行きませんか」

「どうしたんだ唐突に」


 シャリアにそんなことを言われたのはある日の昼過ぎ。居間でのんびりと銃の整備をしていた時だった。ルルたちは皆王都の職人街で買い物や食料品の買い出しなどに出かけ、家に残っているのは俺とシャリアだけだった。


「いえ、色々と落ち着いてきたので一度故郷に戻っても良いかなと思いまして。故郷自体はもう無いですけど、ノーク大陸はいい所なのでそれならみんな一緒にと」

「なるほど。ノーク大陸か……」


 ノーク大陸はここウェントッド大陸の北東に位置する大陸で荒野と大森林がほとんどを埋め尽くす特殊な土地だ。元々人族は少なく、いわゆる亜人族が大陸に住まう。

 獣人であるシャリアやエルフのエルもそこの出身だ。

 文化としては基本的に自然との共生で森の中に木々を利用して家を建てたり、荒野では石造りの建物を作ったりしているらしい。元々漁業も盛んで海沿いは種族事の情報交換の場としても使われ、現在は交易の中心地となっている場所もあるらしい。主な種族は獣人族やエルフ族、ドワーフ族など。これ以外にも特殊な力を持つ一族など様々な数十の種族がいるそうでそれぞれ説明する余裕が無い……というのが王都の資料庫で得られた情報だ。

 つまり広大で雄大で馬鹿みたいに広い自然の楽園ってわけだ。一度は行ってみたい大陸だったし、今は急を要する依頼とか用もないし、黒龍もまだまだ情報不足なのと武装の用意が足りていない。別に寄り道的になにかしても問題ないだろう。


「よし、ノーク大陸か。いつ出発する?皆で同行しよう」

「ヤマトさん……」


 振り返っての花○院とはならないし行くことは元から決定しているのだから同行も何も無いが、一先ず出発を決め、予定を立てる。


「まずノーク大陸に向かうには海の状態が大切です。具体的には流れです。時期によって向きが変わるんです。それに船を乗せてノーク大陸へ行ったり、戻ってきたりするんです。今からだと……一月無いくらいですかね。急ぐ必要はありませんが、早めの方が船も混まずに済みますから」

「時期で海流の向きが変わるのか……ちょっと調べたいな。よし、早めに行こう。船が出るのは東の港湾都市か?」

「はい。私もそこで船を降りましたから」

「馬車で一週間……二週間は見るか。宿はともかくその分の食料だな」

「街道が通っていますからそこまで心配しなくても良さそうですよ?」

「それもそうか。じゃあ後はモルガナ達だけど、またお留守番かな」

「そうですね、あの子たちを乗せて船に乗る訳にも行きませんし」

「じゃあいつもの様に待っててもらうか。素行が良いし、近づく魔物を狩って衛兵たちからは評判だし」


 魔物を狩るのはハンターの仕事で、衛兵は街を守ることが仕事だ。だがどうしても街近くに来る魔物もいる。弱いが、衛兵という職業柄担当場所からあまり離れられないので勝手に来て魔物を狩ってくれるモルガナたちに助かっているのだとか。この前モルガナたちのエサにと非番の衛兵たちが肉とか持ってきてくれたのは記憶に新しいし、愛嬌もあるので特に女性衛兵(王国は徴兵制ではないが、基本性別などの制限を無しに軍属を認めている)に人気なのだ。


「後で声かけとくか。あの人たちなら信用できるし、しばらく任せても大丈夫だろう。それに、モルガナたちも楽しそうだったからな」


 ほとんど出ては来ないがちょくちょく我が家には非番の衛兵たちが来る。皆モルガナたちのファンなのだ。


「「ただいま〜」」

「おかえり、ノーク大陸行くぞ」

「「はーい………って、え?」」


 かくかくしかじかこれこれうまうま、つまりそういうことだ。


「なるほどね。つまりシャリアの里帰りね。いいわ、行きましょう」

「ノーク大陸か〜私、船の乗り継ぎでしか降りたことないからほとんど何もしてないんだよね」

「大陸から出るの、初めて」


 うちのメンツはノーク大陸大陸出身は何人か居るけど、そこでなにかしていたってのは二人だけ。俺やルル、カルナに至っては大陸から出たことも無いのだ。つまるところ里帰り兼慰安旅行兼はじめての海外旅行となるわけだ。準備は色々大変だが……ふむ、魔法袋ってのは便利だな。スーツケースパンパンになるくらいの服も余裕で入る。


「そうですね……一週間後を目処に準備しましょう。早ければ早いほど良いですが」

「わかったわ」

「じゃあ私持ってくもの集めてくる!」

「私も行く」

「じゃあマナちゃんとカルナちゃんは……って行っちゃいましたね」


 あの二人は結構仲がいい。二人がやると言ったし、任せておいて良いだろう。

 となれば俺は……中断してた銃の整備を終わらせてしまいますか。このまま散らかしてたらルルはともかくメノとかに怒られそうだ。





 三週間後。俺たちはラナンサス王国東部沿岸最大の都市、港湾都市ハーフェテラに到着した。


「……初めて見たこんな大きな海」

「これが海ね……湖はあったけど見るのは初めて」

「懐かしいですね。もう何年ですか」


 皆口々に感想を言い合う。ルルやカルナは海を見るのは初めて……いや、カルナは遠目に見たことある感じか?メノやマナ、エルといった他大陸組は一度来たようで懐かしそうだ。俺もこの世界で海を見るのは初めてだ。正直感動と安堵がある。どうするよ、初めて見た海が地球と違う真っ赤なものだったら。二度目のインパクトでも起こったんかと思っちゃう。


「にしても船が多いな。さすが海の貿易都市」

「こんな沢山の船見るの初めてだよ師匠」

「貿易船のあの旗は帝国ですね。無駄に豪華にしてますから一目でわかります。あっちは南の商業国家のココルタ連邦……あれはサルム大陸の?なんでまた……」


 帝国の諜報部として活動していたメノはやはり国に関する知識が非常に多い。手持ちの情報が多い分なにか引っかかることもあるようだが、これは慰安旅行。そういうのには首は突っ込まないのだ。何やらブツブツと考え込み始めた彼女を引き摺ってルルたちを追っていく。


「良さげな宿を見つけました。ノーク大陸行きの船は明日出るみたいであまり長居は出来ませんが……少しのんびりしませんか?」

「シャリア……早いわね」

「乗ってきた馬車のおじさんからおすすめの宿を聞いておきまして。商隊とかも使う大きな宿でご飯も美味しいみたいです」


 海沿いを歩いていると、いつの間にか居なくなって宿を取って帰ってきていたシャリア。相変わらずその辺の準備の良さというか行動力というかは見習わなければ。この街来てからやったことなんて海眺めて驚いてただけだ。せめて、船の交渉くらいはしておこう。さすがにシャリアも船はまだみたいだから。そうと決まれば善は急げ、思い立ったが吉日だ。一応のためにメノを連れて船着場に向かう。ルルたち?彼女たちは「ご飯ご飯」と連呼しながら宿に向かったよ。腹が減ってたんだろう。


 この街は街道と船着き場は一直線に繋がっている。またその脇には商店よりも倉庫が並びここが貿易の拠点だと一目でわかり、そもそも船着き場まで迷う心配は無いのだ。さてその船着き場だがそこに停泊している船は大きく分けて二種ある。一つは貨物輸送のための貨物船。中が広く作られ、樽とか木箱でぎっしりなガレオン船を想像すればいい。もう一つは人を運ぶための旅客船。こんな古代から中世、近世ごちゃ混ぜ真っ只中なこの世界で船なんて乗るヤツいるのかと思うだろう。だが、居るのだ。ハンターがいる。そもそも大陸間の物資輸送があるのだから人だって乗せたらそれなりの金になるだろうと始められたのが旅客船なのだ。なので船は同じくガレオン船。ただ中が大広間みたいにだだっ広い空間なだけで寝るのは雑魚寝の船からそれなりに値は張るが大きめの数人部屋が用意されている船まで多々ある。それなりに細分化され、分けられた理由は知らないが、女性陣が多いこちらとしてはありがたい。


 港を見て回っていると粗末な小屋が幾つか建っている。看板を見ればいわゆる船のチケット売り場のようだ。空いてる一つに行って、中で暇そうにしているおっちゃんに話しかける。


「おっちゃん、明日の朝出るノーク大陸行きの旅客船舶、一等部屋を二つと二等か三等の一人部屋を一つ」

「あいよ……大金貨七枚と金貨五枚だ」

「じゃあこれで」

「確かに。なら、船に乗る時この札を見せろ。そうすりゃ、部屋まで案内してもらえる」

「ありがとよ。じゃあこれ、な?」

「へへっ、縁があったらまた買ってくれ」


 チップとして銀貨を握らせ、受け取った札を持って待たせていたメノの元に戻る。これで多少は役に立っただろうか。

 お金とかは自分が出したわけでもなくパーティーの共用費から出してるから本当に役に立つ以外のことはしていないのだが。


「ヤマトさん、買えました?」

「おう、みんなのために一等を二つ。んで、俺が二等だな。これで船の中でも多少は居心地良いだろ」

「ありがとうございます……って言いたいところですけど、なんで二等なんですか」

「なんでって、一緒に寝る訳にもいかないし、一人で一等てのも寂しいし」

「ルルちゃんから聞きました。ヤマトさん、船に弱いんですね。なのに、一人部屋ですか?」

「迷惑かける訳にもいかないからな。ただメノにも知られてんのか……確かに船には弱いし少なくとも一回は吐く。だけどそんなやつの世話したくないだろ?」

「そんなでも無いですけど……なるほど、ルルちゃんが言っていたのはこういうことだったんですね」

「メノ?」

「とりあえず戻りますよ!」


 何やら納得した様子のメノに腕を引かれて、何が何だかわからない状態になりながらルルたちの待つ、確保した宿へと走るのだった。

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