鳴動

 あれからのことはお葬式まであまりよく覚えていない。

 ただ、一週間掛かったのだ。お葬式が行われるまで。理由としてまず先輩の家族がお葬式は必要無いと言ったこと。何故かはわからないけどかなり渋っていた。そしてもう一つは同じく先輩の家族がお金を出そうとしなかったこと。最終的に説得されて出したみたいだけど一番安いコース。やむを得ない事情があるのかもしれないけど息子が死んだというのに、いささか態度がおかしくないか?

 そう思うのもそもそも私が先輩の家族に関してほとんど何も知らないというのもある。ただ、先輩から家族の話が出てきた事はほとんど無い。と言うよりも片手で数えられるくらいだ。それも、親愛なんて全く感じられない口調だった。先輩自身家族に対して全くの興味すら持っていなそうだったし、話を振っても適当に終わってしまう。まるで、話すことなんて無いみたいに。


 訪れたお葬式の日。結局喪主は先輩の叔母が受け持ち、家族はただ遺族として並ぶ。驚いたのはその参列者の数。先輩の大学の友人やアルバイト先の店長はもちろん、先輩の知り合いだという人が数十人に海外の人まで居た。聞けば、以前先輩がグアムで仲良くなった人なのだとか。

 ここ数日は準備に追われていたから誰が来るとかは全く知らなかったし感情的にもそれどころじゃなかった。事故の翌日私はとある場所に行った。名前は覚えていない。覚えているのは目の前に冷たくなった先輩が寝ていたことだけ。何度呼びかけても返事はないし、全身は見せて貰えなかった。見れたのはヘルメットを被っていたからと綺麗な顔だけだった。後からお父さんに聞けば顔を除いた全身が骨折と打撲で酷い状態だったから、だそう。

 お経が読まれ、焼香など流れを淡々と経て、ついに食事などの時間になった。その時間、もう一度先輩の納められた棺の前に立つ。顔が見れるようになっている。……ついこの前まで話していたはずなのに。あったものが無くなる、無くなったものと話していたのかとなんとも言えない、とんでもない違和感に襲われたのだ。確かに生きていたはずのにもう無い。一体今まで何と話していたのだろうと。そんな時だ。何やら話し声が聞こえた。


『全く……やっとなくなったな』

『ええ、邪魔だったし。こんな嬉しいことは久しぶりね』

『これで幾ら入ってくるんだ?』

『さあ?』

、保険は生きているんだろう?』

『一応ね?でもどれくらいになるか』

『ったく、生きてても死んでても俺たちに利益を与えねえクズが』

『まあ元々の予定より早く死んでくれたしね。あれが私たちにもたらした利益なんてそんなもんよ』

『金も出さず手も汚さずに済んだと思うか。ならどっか旅行でも行くか!もちろんあいつの金で』

『そうね……お祝いだしどこがいいかしら、ドバイとか?』

『ハワイ行きたい!』

『よーし、なら一気に数カ国回ってみるか!墓とかには使わない分それなりには来るだろうからな……』



 あいつら………っ!!先輩が死んで嬉しい?お祝いだって?こんなの……

 怒りのままに思わず飛び込みそうになったところを肩を押えられ制される。振り向くと自身の父が。無言で首を振り、行ってはならぬと暗に伝える。しかしその行動とは真逆に表情は何も無い。そのままだ。しかし緋音は知っている。これが、この表情が自身の父親の最大級に激怒している時の表情だということを。


 以前から父は先輩を婿として、と冗談めかして話していた。でもあれは本気だったのかもしれない。ボクと接触した時点でおそらく、調べていないはずはないから。これでも旧家に分類される虹月家はお上に対してそれなりのパイプや権力がある。表立って行使出来るものでは無いが一家族の素性を全て明らかにする程度造作も無い程には。つまり父が計画していたのは婿というのはもちろんだが建前になり、本質は保護だったのでは無いか。


 制され、この行き場のない怒りをどうすれば良いのか、ということと同時に父が伝えたいことの一端をふと理解した。もしもあのまま飛び込んでいれば中の三人を殴り倒していただろう。仮にも先輩の遺族である三人を。そうなると傷害事件の発生だ。すると現行犯で逮捕、それは先輩も望まないだろう。しかもここはまだ葬式場だ。それはつまり間接的に先輩を辱める事になる。それは自身も望まない。


「ごめん、先輩……」


 即座に彼らへの怒りを恥と断じ、彼女は改めて彼が消えたことへの心の整理を行う彼らの元に戻っていくのだった。






 積もる雪、降り続く雪と冷酷なほどの静けさの墓地、黒傘に黒いコートの女性が一人。全てが埋まり、埋もれながらも点々と盛り上がる場所があるが墓地と言われなければ雪原と言われても遜色無いだろう。目印など何も無いが何度も来た道で、墓標が見えずとも目の前にたどり着く。

 墓石に積もった雪を払い、とっくに枯れている花を先程買った新しいものに変える。水を掛け、墓石を布で拭いていく。彼女がこれをやり始めてもう十年。もはや彼女以外に訪れる者は数少ない。彼女を除けば墓の主の友人数人くらいだろう。少なくとも家族は一度も訪れていない。

 墓自体は虹月家が持っていることになっているので墓地の管理者に最低限の管理こそされているが、それもなければ全体に苔が生えていただろう。

 それでも少しは苔が残っている。それを持ってきた道具で無理やり削ぎ取っていく。少々頑固な苔には自身の技も使って落とす。ようやくそれを終えると細い煙を立てる線香を刺し彼女は手を合わせる。


「私……じゃないや、ボクだよ、先輩。……一年ぶりかな?いや、半年ぶりだね。前来たもんね。えっと、何から話せばいいかな。あ、そうだ、ボクお父さんから師範代に認められたんだ。次期当主だからって。それでね、これをもらったんだ。護鐵の腕輪、お父さんが着けてるの見たことあるよね。あれをもらったんだ。まだ当主はお父さんだけど、数年もしたらボクに代替わりするんだって。まだ実感わかないけど、今度はボクが虹月家になるんだよね。あんまりやりたくはないけれど、でも、当主になったら先輩のお墓ももっときれいにできるのかな。今は師範代だからまだ使えるお金がそこまで多くない、だから整備はまだ難しいや。でも必ずやるからね。もう少し待っててほしいな」


 どこか残念そうに彼女は話すが、それだけで周囲の雰囲気は大きく変わる。寂しさが支配していた墓地は一人と一つの間だけだが賑やかになった。それから彼女は自身にあったことを話し始める。この半年の間にあったことや感じたこと一つ一つ全てを話していく。それはまるで前日見た番組の感想を話す学生のようで、うれしいことがあったと友人に報告する若者のようで、少なくとも墓地という場所には到底似合わないものだった。あんなことがあった、こんなことがあったと一つ一つ報告していくうちに時間は忘れられていく。彼女はうれしいのだ。しかし通じているとは思わない。だが伝わっていると信じている。確実にはここに居るのだから。だから幸せなのだ。その様は傍から見れば異常だろう。墓に向けてとてもうれしそうに話しかける女の姿……通報されてもおかしくはない。だが誰もそんなことはしない。皆知っているから。もう十年経っているのにただ一人墓参りに来ているその姿を。


「ああ!もうこんな時間だよ、今日ね、師範代として最初の仕事なんだ。剣術の体験会があるんだよ。子供向けだから若いボクに頼みたいんだって。所詮チャンバラ遊びみたいなものだけど、仕事だもの。それにお父さんは忙しいからね。だからまた来るね。今度はもっとゆっくり話したいな。……大好きだよ、先輩」


 空を見上げれば雪はいくらか弱まっている。この分だと体験会は実施されるだろう。急いでいけば何とか間に合いそうだ。

 彼女は話している間に積もってしまった雪を墓石から払い、もう一度手を合わせてからその場を去った。彼女が去ったことで再び静けさが墓地を包み込む。


 雪に埋もれた墓石は来るはずの無い己の一族を今日も待ち続けるのだ。




「それじゃあお疲れ様でした」

「はい、今日はありがとうございました」

「食事でも……と思ったけどこの天気じゃあねえ」

「そうですね、今日は早く帰ろうと思います」

「そうね、雪も強くなってきてるし……早めにね。虹月さん」


 体育館裏で、主催者の女性と二人で強まった雪を見ながら話す。二人は歳が離れているが知り合いでありたまに食事なども行く仲だ。無事体験会は終了したが強まった雪の影響で片付けは後日に回し、早めに解散することとなったのだ。

 女性と別れ、駅前へ出るとこんな天気だと言うのに人が多い。人が多いのはいつもの事なのだけど、それ以上だ。周りを見てみれば皆同じ袋を持っている。この模様は見た事がある、駅前の百貨店の袋だ。そういえば、この前セールの広告が来ていた気がする。それが今日だったのだろう。

 駅に向けて人だかりの中を足早に進む。この降りだといつ電車が止まってもおかしくは無いから。

 そして大きな交差点を渡ろうと信号待ちをしていた。


 そんな時だ。


「「「キャーーーッ!!」」」


 何?悲鳴?雪で誰か転んで事故でも───

 思い出されるのは十年前の事。自己満足だろうけど、もしかしたら……


「てめえら全員死んじまえ!!」


 事故じゃない、通り魔!?マスクとサングラスでわからないけど声からして男。大きなサバイバル用のナイフか何かを構えてこちらへ突き進んでくる。通ってきた後には何人か倒れている人も。既に何人か傷つけてるのか。


 本来、無防備な状態でこんな危険人物と出会ったら逃げるのが模範解答だ。でも、動けない。身体が動かないんじゃない。動けない。さっきの悲鳴に驚いて背後で小さな子供が転んでしまい、逃げ惑う人々のせいで立ち上がれていない。

 自分がここに立っているから人が避けていっているけど、もしも避けたらこの子供は人の波に巻き込まれる。最悪の場合も有り得てしまう。それだけは何としても避けなければ……

 とにかく、痛いだろうが腕を引っ張って無理やり立ち上がらせて子供の親と一緒に人の波に乗せるように突き飛ばす。そのまま人を押しのけるように少し右に動いて男を待つ。そもそも避ける余裕はもはや無い。


「ぶっ殺すぞ!」

「ていっ」


 荒れる人の波の中にゆらりと立ちながら彼女はタイミングを合わせ男に足をかける。そのまま倒れ込んだ男の背に足を乗せて体重をかける。万一の時の護身術だ。まさかこんなことで役に立つなんて………


「邪魔を……するなああああっ!!」

「ぐうっ!」


 なんで!?脇腹が異常に熱い。片手で男の首を押さえるのは止めずに反対の手で熱源を触れる。


 触れる激痛。


 ぬるりとした感触と激痛……刺されちゃった……あはは、そうだよね。実践なんて初めてだもの……


 とっても熱いや。先輩にかわいいって言われた時も顔、すっごく熱くなったけどあの時よりも熱いなあ……


「脇腹を刺されてる!救急車を早く!」

「おいあんた!今救急車呼んだから頑張れ!」

「男は押さえた!手を離してもいい!」

「クソっなんて力だ!」


 強い力だなんて女に向かって失礼な……はは、力、緩めると自分がどっか行っちゃいそうなんだ。でも……それも悪くないのかな。


「よしっ離れた!お前手伝え!こっちを下に……」


 ボク……こんなに目悪かったかな……何も見えないや……


 刺されて死ぬのかな……


 先輩のところに行けるのかな……?


「血が止まらねえ……!もっと布持ってこい!」


 人間だもの……傷がつけば血は出るよ……


 痛みは何処だろう……


 殺されるのだけは嫌だったなあ……


 せめて死ぬなら先輩のところで……


「救急車が来た!あと少しだ頑張れ!」


 熱さも無いや……気持ちいいなあ……


 そういえば先輩も事故だったよね……


 なら私も……


「わかりますか!救急です!」


 うるさいなあ……せっかくボクも……


 イッショのバショに……


「血圧低下!危険値です!」

「クソっ!──を投与、急げ!」


 イクンダカラ……



─────フフッ、ならば願いのままに



 …………ヱ?




 一瞬だけ視界が真っ白になってすぐにクリアになりコマ送りのように目の前の救急隊が映る。直後の浮遊感でそれは画面から離れるように救急隊の姿は一気に離れ、気がつけば白い部屋に立って居た。部屋としか言いようがないがここは一体……


─────会いたいのなら行きなさい。叶えるために


 願いのままにって言っていた声だ。あの時の願いはただ一つだけ。そして会うのと叶える、この二つがあるのなら答えはもう一つしかない。


「行くよ」



─────汝の旅に幸多からんことを



 即決するとまた目の前が真っ白になった。そしてすぐに情報量の嵐に襲われた。

 足裏に感じる硬めの土の感触、鼻に来る緑の匂いと土の匂い、木々を通り抜ける冷えた風、そして視界に入る広大で雄大で膨大な量の木々。終わりの見えない大森林。


「ここは……どこ?」


 こうして虹月緋音は死亡後追いした。







★★★★★★★★★★★★


葬送儀礼は様々な形式があり、正直どう書くべきか分からなくなったのである程度は現実のものをなぞりながらオリジナルとしました。パラレルワールドと考えてください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る