閑話 カルナの土産
さて天気は快晴、気分も快調、絶好のピクニック日和だ。
だがこの世界でピクニックなんてしようと思ったら美味しい食事と敷物、楽しい玩具と物騒な武器が必要だ。魔物という人類の天敵がいる以上一般人はピクニックなんてそうそう出来ないし、さらに言えばピクニックが出来るほど余裕のある人は余程の金持ちだ。
村人は税のために家業に勤しみ、商民は利益のために商いに勤しむ。そんな中で遊べるのは数少ない。この世界では遊び人では賢者になれないのだ。
しかし、それが可能な職種がある。もちろんハンターだ。いつ働くか、どれだけ稼ぐか全て自由。その分怠ければ怠けただけ生存のための実力は落ち金も減るが、自らの研鑽のために使える時間も多い。無論、どう使うかは自由。王都に訪れた行商人やハンター向けに開かれた地球で言う喫茶店へ通ったり、古くからの書物を集積した資料館へ通ったり、王都の職人街で細工物を眺めたり。まあこれは順にヤマト、ルル、カルナの趣味なのだが……
それはさておき、今日はピクニック日和だがやることは別。帰宅して色々と落ち着いたのでカルナが持って帰ってきたお土産を見ようの会なのだ。ただ天気が良いので外でやろうとはなったのだけど。
なので、無駄に広い庭に敷物を敷いて、その上にみな座っている。
「それじゃあ早速始めましょう。カルナ、見せてちょうだい」
「うん」
彼女が自身の袋から取り出したのは一枚の鱗らしきもの。楕円形で大きさは手のひら程厚さもそこまでなく一番分厚くて1セールも無い。特徴として恐ろしく透明である。トウの樹液のものがプラスチックならこちらはガラスだ。
「これは水霧竜っていう魔物の鱗。私が旅に出てから一月くらい経った時に訪れた村の湖で暴れていた。何とか陸におびき寄せて討伐したけど、この鱗が硬くて弾が全然通らない。最後火筒で殴ったら壊れたけど、それで倒せた」
「確かにこの鱗かなり硬いわね。加工できるの?」
「私は詳しくは聞いてない。けど、その村の人は強い熱を加えて加工していた」
「強い熱を加えるのか……親方たちに頼めば加工出来そうだな。メノ、帝国にはレンズはあったか?」
「レンズですか?ありましたけど……」
「ほう……?」
目を細めた俺の様子になにか変なものでも感じ取ったか、メノは少し離れる。
「な、なんですか?」
ちなみにメノ、というのはメノフィラの愛称だ。本人がそう呼んでくれと言っているのだ。
さてレンズという言葉、この世界には無いはずなのだ。まあ俺のレンズという単語が彼女達には自身が認識できる言葉に翻訳されてる可能性もあるが、メノがそう答えたということはレンズに類するものがあるわけだ。
「なるほど?帝国はガラス細工技術も持っていると。技術大全だったかの本読んではいたけど実際に聞くと信ぴょう性がある」
「あの、レンズって何に使えるんですか?確かに、目に近づけると歪んで見えたり、逆に今まで歪んでいたのにはっきり見えたりする人が居ましたし私も似たような感じで使っていました」
「メガネとしては使われていたのか。でも他の利用法は確立されていないと」
「多くのものに利用出来るんですか。横から見て楕円形のガラスのものをレンズということしか……」
この世界の技術がまたわからなくなったな。技術大全にはレンズはあったが、現代ではメガネ以外に利用法は確立されていないと。しかも原始的なメガネか。確かに、魔法なんて便利なものがあるのに原始的な光学観測法に頼るそこまで必要無いよな。つまり光学機器は実際は概念すら無いと考えていいか。ならば……やってみるまでだ。
「カルナ、鱗はどれくらいある」
「ほとんど私のものになったから大量に。数え切れないくらいあるよ。代わりに肉とか骨は私の取り分は少なめだけど」
「なら色々と出来そうだな。スコープにゴーグルに……くくっ、楽しみだ」
次に調べるのはカルナの持ってきた包み。茶色の布に包まれた細長いもので、パッと見杖でも入っているのかと思うほど。帰りの時は袋の口から中身を少し覗いただけで、詳しくは見れていない。その時はただ金属の杖らしきものが入っているとしかわからなかった。
彼女の手によって布が解かれると、中からは前に覗いた時同様銀色の細長い杖のようなものが出てきた。ただ確実に杖ではなく、俺やカルナがよく知る武装なのだ。
重量は軽めで五
形状的に銃なのだが、この形状にするためのベースがわからない。仮に魔法を投射するだけなら脇に抱え込むようなランチャーのようにすればいいのにわざわざ狙撃銃型にしたのか。
「これはどこで?」
「水霧竜を倒した村で。私の火筒が壊れたのを見て、形が似ているからって。でも誰も使い方はわからない。聞いた話だと昔来た人に渡されたとかって」
「形だけで渡すかよ……」
その村の人もそれが何なのか置いていった人に聞かなかったのか。情報が少なすぎて頭を抱えているとメノが戻ってきて俺の持ってきたそれを手に取る。穴を覗いてみたり、ひっくり返してみたり、色々開けようとしてみたり。そんな風に弄っているが、パカッと開きそうな継ぎ目なんて無いぞ。
「あ、開きました」
「はぁ?」
見れば唯一の継ぎ目の銃身との辺りからストック側にかけて三十セール位の長さのパーツが上に向け開いている。引っ張ったら開いたと言っているからどうやらストックの根元あたりに伸縮性のロックパーツがあったらしい。引っ張ったら解除されるやつな。余程精巧に組まれていたから継ぎ目も無いわけか……
開けてみると中はまた訳の分からないものばかり。銃身と思わしき筒に魔石があるだけはわかるのだが……メノはどうやら他のところに目がいっている。あれは刻印か?
「メノ、それはなんて書いてあるんだ?」
「この刻印ですか?大分薄れていて見にくいですが……」
彼女は刻印を指でなぞり、刻まれた痕から文字を推測する。
「グ……ラント……ハイ……レス、ター……。グラント・ハイレスター!?」
「なんだ、人名か?」
「人名も何も、帝国の天才武器職人です!二百年ほど前に死亡していますが、ハイレスターの作った武器は今も真似出来るものが現れていません。どれも魔剣などの劣化品とされますが、扱いやすく何よりも数があることが特徴です。帝国の将軍や元帥などの大半はハイレスターの武器を所持しています。あまりの強力さから国がほとんど全て管理していますが……まさかこんなところにあるなんて。……これは」
彼女が引っ張っり出したのは一枚の丸められた紙、銃身の中に入れられていたらしい。
メノが読み上げたそれにはこう書かれていた。
『私の名はグラント・ハイレスター。一応帝国の武器職人をしている。長々と私の武器についても話してもいいが手短に済ませたいので割愛する。この手紙を読んでいるということは君は信用されたのだろう。私はこれを作り上げた時にある夢を見た。この武器が量産され帝国国土のみならず世界の大陸がこれにより蹂躙されていく姿を。その時に理解したのだ。この武器は早すぎたと。しかしこれを壊すのは当時の私は惜しいと考えた。故に私の信用出来る友人に託すことにした。「信用出来る人物が現れたのならこれを渡して欲しい」と言伝を添えて。これは武器だ。世に生まれたのなら使われた方がいい。だが帝国にだけは使わせてはいけない。だから遠く離れたウェントッド大陸まで持ってきたのだ。話を戻すと、これは魔力の塊を形成し、別に形成した魔力の塊を暴発させ〈魔力の相互不干渉浸透圧力現象〉を用いて投射する武器だ。矢の代わりに魔力を飛ばすと考えてもらっていい。紙も残りが少ないので後は使い方だ。単純に握り柄に魔力を込めればいい。一定量溜まれば勝手に投射される。ただ握り柄の裏に回せるパーツがある。それを回せば投射する魔力の軌道を変えることが出来る。種として、1.近距離貫通魔力塊、2.長距離貫通魔力塊、3.放散魔力塊、4.反射式曲射魔力塊である。四つ目は内部の魔力機関の駆動が安定しないと投射不可なので注意だ。最後に、これを手にしたのならまずは修理する必要がある。外からは見えないが、内部には大きな亀裂が入っている。修理には精巧な技術が必要であるため優秀な鍛冶師が知り合いにいることを祈る』だそうだ。
つまり壊れているから動かないが、これは魔力を弾丸として発射する銃なわけだ。
「よしカルナ、今から親方のとこ行くぞ」
「今から?」
「おう、思い立ったが吉日ってな」
「うん…!」
立ち上がり、乗り気なカルナを連れ庭を飛び出し、自然と競走になる。その様子をメノとエルは困惑し、二人を知る者は暖かい眼差しのまま見送るのだった。
場所は変わって王都内、親方の工房。その中の十人程度の会議室。
「んで?こいつをどうするんだ?」
「さっちも言ったように作り直す。壊れてるってんなら、壊れた部分を作り直して嵌め直す」
「そうは言ってもよ、寸法はともかく中の構造はどうなってるのかわからねえぞ」
「俺も知らん」
「なら尚更だ。変に弄って嬢ちゃんの武器が使い物にならなくなったらどうする」
「だから何度も言ってるように作り直すんだよ。一度バラして、新しく作ったガワに載せ替える。案はある。頼む、やってくれないか」
「はぁ……それは構わんけどよ」
「あたしらも乗った。暇してたところなんだ。任せて欲しい」
髭面を歪ませて頭を捻る親方に呆れ気味で繰り返す中、フレアとフリーゼもやってきた。着ている汚れに汚れたツナギが彼女たちの努力を代弁する。
「親方、どうなんだ。二人に任せようと思うが?」
「わーったよ、場所は用意してやる。やってみろ。ただし、見合う仕事をしろ」
「「はい」」
「よし、そうと決まれば……」
「私たちの出番ね?」
背後から何人かの足音、振り向けば私服のルルたちが勢揃いしていた。手伝いかはわからないが追ってきたらしい。
「中身が魔法なら私の領分よ。エルとメノも合わせて調べてみせるわ。フレアとフリーゼはヤマトに任せていいかしら」
「おう。よしカルナも来てくれ。大まかな構造とか見た目を決めるぞ」
そう言って四人が別室に消えた後には既にいくらか分解されている銃もどきとルルたちが残る。調査を行うだけなら部屋はそこまで大きくなくても困らないからだ。
「始めますか?」
「ええ、それじゃあこれが何かを調べていきましょう。メノなにかわかることは───」
やる気を見せる彼女たち。
帝国の知識と魔法の天才、エルフの魔法士が合わさり二百年の時を経て天才と呼ばれた男の頭を解き明かす。
適当に空いている部屋に移動して、こちらも作業を始める。
「よし、こっちも始めようか。カルナ、形状の希望はあるか?」
「あんまりない……あ、でも師匠の持ってるフィールと近いのがいい」
「フィールとか……なら対人ライフルクラスの口径か?」
家に置いている対人ライフルを思い起こし神にそれっぽく形を描いていく。
「こんな感じか?フィールと近くするなら威力が魔物の鱗を貫けないが」
「それは困る。どうにかなる?」
「方法は幾つかある。加速魔法か、そもそもをデカくするかだな」
前者は俺の持つ銃の殆どに搭載している加速魔法、後者は……
「対物ライフルっていう種があってな。そのまま物を破壊するための銃だ。威力的には魔物が一撃でゴミクズになることもある」
「そんなに……!それがいい!」
「お、おう。ならば口径は12.7ミール……いや13ミールだな。加工しやすさ優先で。装薬量も素材によってはそれなりに無視できるから……」
しばらく紙に大まかな図を描いていく。銃身、ストックと絵の形が出来上がっていく度にカルナの目がどんどん開いていくのが面白い。ある程度下書きが出来上がれば次は寸法決めだ。
時折カルナの意見や
最後、図面引きが得意なフリーゼが描きあげた設計図をテンションの上がったカルナが抱きしめて若干クシャクシャにした頃には月は高く昇り、既にルルたちは帰宅していた。
しかし、彼女たちが残した調査結果は考察や構造図まで添えられた既に完成したものだったのだ。
さらに数日後。
カルナが銃が完成したと連絡が来た。あの日からちまちま工房に通ったり、ルルたちは作業をしたりしてやることはたくさんあった。俺はカルナに弾丸作りをレクチャーしたりと皆に比べれば比較的楽な方だったらしい。聞いた話だと、ルルたちの見つけた構造で本来とは少し違う使い方が出来るそうで、それの組み込みで何日も通うことになったらしい。
「親方ー、来たぞー!」
「おうよ、こっちだ。出来てるぜ」
「わくわく……」
彼の案内で二人は俺たちの武具の時と同じように奥へと連れられる。その先には台の上に載せられ、布をかけられたカルナの新たな相棒が静かに陽の目を待つ。
カルナはワクワクを隠せないようで珍しく笑みがこぼれている。
「さあ、嬢ちゃん。布を取りな」
「うん」
横倒しにされているのか、布の盛り上がりは少ないが、シルエットは銃そのものだ。
彼女は抑えきれなくなったか、勢いよく布を払う。
まず目に入るのは黒色の銃身。金属質で磨きあげられたそれは重厚感と同時に艶やかな美しさすら内包する。その先端に付いたマズルブレーキは特徴的な角形で、左右に開いた大きな穴はその役目を十全に果たすだろう。80ミールはある銃身の根元には同色の巨大な機構部があり、ボルトアクションのシンプルなデザインで要塞のような厚みを持つそれは火薬の衝撃などものともしない信頼性が感じられる。さらに進みグリップ、これは手に馴染む木製でカルナの生まれ故郷の北方の物を使用し丹念に削られ、磨きあげられている。ストックも木製でグリップと同素材、実はグリップと一体化していて一本から削り出された職人技だ。ストック上部には本体との接続部があり金属のカバーにビスが埋め込まれる形で固定されている。肩当て部分には硬い革と柔らかい革が重ねられて当て心地が良い感触となっている。
「口径は13ミール、全長は130セール丁度。ここに折りたたみの二脚が入っている。基本素材はリュム鉱とミスリル。中身の耐久性は十分。元々のやつから取り出した物はストックの中に埋め込んである。グリップを握って、親指が掛かる場所にセレクターがある。そこで実弾と魔力弾を切り替えられる。魔力弾の選択はストックの上部にあるこの回転するパーツで変える。今は近距離魔力弾。注意するべきはこの薬室の中に弾丸が入っていると魔力弾は使用できない。あと元々の通り反射式曲射魔力弾は最初は使用できない。後は……そうだ、これには加速魔法と消音魔法が組み込まれている。撃ってみればわかるけど……かなり音が低減されるから音の大きさはヤマトの銃くらい。……これくらいかな?」
「そうね。カルナさん、手に取ってみて」
フレアに促され彼女は少し重そうに持つが、でも取り回しは悪くなさそうだ。軽量化の魔法は入っていないが、消音魔法のおかげで隠密性は高いだろう。そもそも銃をあれだけ使っているのに耳あても何も使わないで済むのはこの消音魔法のおかげなのだ。
「うん、凄くいい」
「それは何よりね。あと魔法の効果性と魔力弾の威力に関しては私が保証するわ。使っているのは龍の魔石だし、魔法陣を刻んだのは私とシャリアとエルとメノの四人。かわいい妹分のためだもの、全力を出させてもらったわ」
ルルたちの持つ魔法陣技術、メノの霊術技術、その二つを組み合わせた魔法陣は感覚的に効果が上昇しているように感じる。かく言う俺のフィールに搭載されている魔法陣も置き換えてもらったのだけどどこか効果が高まっているような気がするのである。
「ルルちゃん、頑張ってたものね。プレゼントだーって言って」
「ちょっとシャリア!」
そんなやり取りを見て彼女は微笑みつつ嬉しそうに目元に少し涙を浮かべる。それにギョッとした二人だったがカルナの様子に苦笑する。
「ありがとう……!」
そう言ったカルナの表情は今まで見た中でも一番の、最高にキラキラした、天真爛漫という言葉が最も似合う笑顔であった。
それからはカルナは片時もそれを離すことなく細かな扱い方を聞いていく。だが元々火筒を扱っていた彼女だ。この銃にもすぐに適応して依頼で活躍してくれることだろう。今からとても楽しみである。
ちなみにこの日、カルナが新たな相棒を手に入れた興奮で試射をする時間が無くなったのはまた別のお話。
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