緊急事態

「ルル、どうなってる?」

「変わらないわ。盗賊に襲われた商人の馬車群が西の山麓地域で発見されたってだけね」

「情報に変化はなしか……」

「追跡もままならないようよ」


 遺跡探索から帰還して二日。まだまだ疲れも取れない中、ギルドに一通の手紙が届いた。差出人はカルナ。そう、数ヶ月前に武者修行に出た俺の弟子だ。定期連絡として手紙を送ってきたそうで、内容からしてたった数ヶ月ながらかなり濃い経験をしたようだ。

 どうやら足としてとある商隊の護衛をしながら北の方面を移動していたらしいが、その商隊が王都に戻ることになり契約期間の関係で同行するとのこと。それを伝えるためにも手紙を書いたのだそうだ。お土産もあるらしい。だがそれとは別に王都ギルドでは現在とある問題が発生している。


 つい先程ギルドに持ち込まれた緊急依頼だ。街道を王都に向け進行していた商隊が大規模な盗賊集団に襲われたのだ。

 本来このような依頼は受理されず、襲われた本人たちの自己責任となる。無情と思うかもしれないが、この世界ではこれが普通であり、これくらいドライでないと身を滅ぼすことになるのだ。その線引きはしっかりとしておかないといけない。そもそも、盗賊に襲われたとして生きている確率は、となってしまうのだ。



 以前聞いた話がある。特徴的な武器を用いる新人ハンター、所詮正義感の強いハンターが今と同じような状況に遭遇した。商隊が賊に襲撃されて積荷を奪われる、または殺されるという事件に。ありふれたものでそれを聞いたハンターたちは誰も動こうとしない。死んだ者を哀れむ者は居るが、救助には向かおうとしない。それを見たそのハンターは周りの誰も動こうとしないことに憤り、自分は違うと言わんばかりに身一つで救助に向かった。それをハンターたちは馬鹿にこそしなかったが、誰も追うなんて事はしなかった。保身、というのが最も正しいだろうが生死はそれで分かれる。

 数日が経ち、ハンターたちの酒場話が新たな依頼の話になり始めた頃ギルドに街道で死亡したハンターの遺品が届けられた。遺品とはタグや武具の事だ。もちろん義務では無いが、推奨はされている。

 この遺品そのものは毎日何件も届けられるが、この遺品に関しては少々変わっていた。数日前のことはその場にいたハンターたちはよく覚えていた。ハンターたちの記憶というのは存外良い。その時飲んでいた酒の味と結びつけるものが多いからだ。故にその遺品にも見覚えがあった。例の新人のことである。その特徴的な武器が含まれていたから。傷だらけでもはや武器ではなく鈍器としてしか使えなさそうなそれは何者かに襲われたことをありありと示していた。遺品を持ってきた者によるとそこには確かに遺体らしきものと、破壊された馬車の残骸や馬の骨が残されていたという。酷い有様で、獣が食い荒らしたような跡が多数あり、骨がなければ元がなんなのかわからないほどだ。しかし、遺品の持ち主だけは少々違った。外傷と呼べるものは多いが、何よりも骨が砕けていたそうだ。何かで叩かれた、または踏まれたように。明らかに人為的に殺されたものだ。つまり、その新人は自分の正義を貫こうとしたがために惨たらしく嬲られて殺されたというわけだ。死んだものは語れない。しかし、彼が生きていたのならばなんと言うだろうか。未だ憤るだろうか。それとも、自らの誤ちと憤った事への幼稚さに気付かされるだろうか。もはや何もわからない。


 話を戻そう。この話には少し例外があるのだ。例えばギルドの重要なブツだったり、何かしらの致命的なもの、または政治的及び経済的に莫大な権力を持つものだ。



 襲われた商隊はミュンヘル商会と呼ばれる大商会。この世界では見たことないいわゆる国際企業ってやつだ。王国だけでなくウェントッド大陸の各国やさらに帝国にも支店があると言われる大商会。下手をすると小国にも匹敵する財力と政治的発言力を有する。商会直属の商隊には専門の護衛部隊が付き、賊がそれを襲うことは死を意味するとも。

 今回襲われたのは直属では無く傘下の商隊であり、直属護衛部隊は付いていなかった。しかし、所属は大商会である。それ相応の品を運ぶことを許されているのだ。


 しかしたとえ緊急依頼だろうが、俺には関係のない事だ。名前くらいしか聞いたことの無いのだからな。こちとらハンター、ちゃんとした金さえ積まれれば受けるが……今は休暇中。カルナからの手紙を受け取るためだけにギルドに来ただけなのだ。

 つまりこの場での俺のスタンスは中立。どちらかと言えば身内の問題の方が優先されるのだが……まさかこうなるとは。

 カルナから送られてきた手紙、そこには商隊の名が書かれていた。抜粋すると、『私は今、ミュンヘル商会の商隊馬車の護衛を条件に相乗りさせてもらっています』と。この時点で巻き込まれた可能性もあるのだ。その後にはちょうど手紙を出した一週間後の出立予定日とさらに一週間後の到着予定日が書かれていた。

 そしてさらに悪いのが手紙が着いた時期。手紙が出されたのは王都から見て北に馬車で一週間くらいにある大きな街。そこから王都に向けて文書なども輸送を行う貨物馬車は各街などを回って王都まで二週間で到着するルートを取る。

 手紙にはギルドの印があり、行商に手渡しで依頼したのではなくギルドを仲介して貨物として運ばれた事がわかる。印はちょうど二週間前が刻印されていた。

 今日手紙が着くことは問題ない。二週間の道程が上手く進んだのだろう。とてもいい事だ。

 しかし、一週間の道程の方はどうだろうか?

 

 いくつか解せないのがカルナの手紙の「ミュンヘル商会の馬車」だ。前提を述べておくと、義務として商会の馬車には「直属」か「所属」のどちらかを明記する必要があるらしい。例えば直属ならば「ミュンヘル商会直属貨物馬車」というように。要は地球の貨物トラックのように社名に加えて所属が必要になる。ただこの世界の常識に照らし合わせて考えるとミュンヘル商会の馬車だけだと直属と考えるものだ。「所属」と付く馬車がミュンヘル商会だけを名乗ることは無いからな。それにこれも義務らしいのだけど、名乗る際も差別化のために必ず分けるようにされているそうだ。調教されたから間違いないとは王都にいる元ミュンヘル商会で働いていたハンターの言。

 そしてギルドに依頼に来たやつはミュンヘル商会としか言わなかった。焦ってる可能性もあるが、細かい事を伝えない奴もいるか?調教って言われるほどに仕込んでいるのに。


 以上の事を常識的に考えるとカルナはミュンヘル商会直属の貨物馬車に相乗りしていて、盗賊に襲われたのはその馬車ということになるわけなのだ。つまり、俺が動く案件だ。

 

 そして時間を現在に戻す。俺はルルをギルドに情報収集要員として残して、四人で一度家に帰り装備などの準備を整えてギルドにもどってきたところだ。


「飯と水は数日分、俺も遺跡と同等量の弾薬を持ってきてる。ただ疲労のことも考えて長期間または強行軍は出来ないようにしてるぞ。これはリーダーである俺の判断だ」

「ありがとう。今、詳細な位置をお願いしてる。それが出れば行けるわ」

「わかった。ルル、無理するなよ。ただでさえ負担かけてるんだ」


 彼女は頷き、どうやら情報が揃ったらしいギルドの人に呼ばれて行った。

 俺は外に出て馬車を手配してもらっていた三人と合流して乗り込み、武装のチェックを始める。

 45口径拳銃ニュクス&パンドラ、45口径リボルバートライアー、7.6ミリ対人ライフルフィル、20ミリショットガンルーナ&ハティ、18.8ミリ対物ライフルE・A.Aドーラに加え長剣グレアだ。全身にこれらを装備できるようにコートなど衣服が改造されている。鎧などはほとんど無く普通の服にハーネスを模したベルトなどを装着することで武装を纏うことが可能となっているのだ。


「場所が分かったわ。報酬は言い値。まあ大金貨20枚は吹っかけられるでしょ。さあ行きましょ」


 さて、我が弟子であり我らが妹分が危険な目にあっていない事を祈りつつ……仕事を始めようか。

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