手がかりを探し求めて

「ほうほう、既に赤子が三人も」


 俺は依頼主であ村長から得た情報を手に持つただ紙をまとめただけの手帳に書いてゆく。


「はい。特に父親が居ない片親の子供を狙って……」

「まあ片親だけだと子供を見るにも限度があるからな。どこか特定の場所でよく狙われるとかはあるか?」

「そうですね……特定の場所では無いですが、やはり森に近い北側の民家からよく攫われます」

「民家?草原や森じゃないのか?」

「はい。村内での被害が多く……」

「なるほどな。でも一つ疑問があるんだが、いいか?」

「は、はい。なんでしょう。赤猛鳥ガルダについてであればどんな情報でも提供します。どうか、どうか……」

「いや、そこまで難しいことじゃないんだ。なんで────」


 俺は今まで出来るだけ外か手元の紙を眺め、情報提供をしてくれている村長の方を見ないようにしていた。

 なかなか有用な情報が手に入るから我慢もしていた。気になることもまだまだあるが、今それが超えた。我慢の限界だ。


「なんでっ!そんな、フリフリなんだっ!それに何故ピンク!?桃色か!?わからんけどなんでだっ!?」


 それに何故かムキムキ。むしろ筋肉でムチムチと言えるかもしれない。

 なんで。

 なんでなんだ。


 なんでこの世界にムキムキピンクフリフリが存在するんだ。


「いえ……先祖代々受け継がれる由緒正しい長の装束なのです。確かに、驚かれることはありますが……」


 クソっ文化か!文化かぁ……


「なら仕方ないか。文化ならば受け入れよう。一応聞かせてくれ。巫女……いや祭事や神官の衣装はどうなんだ?」

「それならば……お、あそこに居るのが今代の祭事の娘です。一月後に祭事が控えているので装束を身につけ続ける伝統なのです」


 ムキムキ長の指さす窓の先には小さな花壇みたいな場所に水をやっているお嬢さん。祭事って言ってたから巫女さんなのかな?巫女さんって言うのかわからんけど。

 その衣装は藍色を基調に下は袴みたいで、上はチャイナドレスみたいなデザイン。遠くだから細かくは見えないけど形だけはそんな感じだ。


 うん、決してピンクのフリフリで無くてよかった。


「じゃあもう一つ聞かせてくれ。こっちは真面目な話だ。」

「はい。なんでしょう」

「森に近い北側の民家なのだろう?ならばどうやって赤猛鳥は赤子を攫うんだ?」

「そ、それは……」

「言えないのか?」

「い、いえ!我々村民、皆で子を育てますので!」

「そうなのか。あとでその風景を見せてもらっても?」

「あ、あ……今は、赤子が、居ないもので!」

「なるほど。ついこの前まで居たと」

「はい。赤子は皆赤猛鳥に攫われ……」

「村ぐるみで……ね」

「っ!?」


 村についた時、気になったことがあったからルルたちに調査を任せている。

 本来ならばこの場にもう一人くらい事情を聞く人物を置いて様々な角度からの情報収集をするのがハンターの定石だそう。

 だけどこんな風にどこかの村に訪れて事情を聞いて対象を探すってのはした事ない。


 あんまり知らないってこともあったが今回はそれをせずに俺一人だ。どうしても知りたいことがあったから出来るだけ人を割きたかった。


「まあいいさ。どうせ赤猛鳥を追えば分かること。それに俺は『村ぐるみ』としか言っていないのに……丸わかりだぞ」


 俺は立ち上がり、長を残して部屋を立ち去ろうとする。


 そのまま首を右に倒しほんの一瞬。


「衛兵、呼んどくか」


 姿勢低めに立ち上がり左の拳を突き出した長を一瞥し今度こそ部屋を立ち去る。


 異常なまでの怒りを抑えながら。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「建物に傷は少ないわね」

「うん。これは魔物によるものじゃないよ。風雨によるもの」


 木と石で作られた家は細かな傷は多いけど魔物の爪や牙の傷が無い。

 さっき道すがら聞いた人によればこの村の建物は三十年くらい前に建てられたそう。それくらいの年月なら傷があってもおかしくないわね。


「どこで被害が多いのか分かれば良いんだけれどね」

「お兄ちゃんが聞いてくるんじゃない?」

「そうだと良いけど」


 すると、村で人が集まっている場所に改めて話を聞きに行っていたシャリアが戻ってきた。


「被害がどこで多いのか、がわかりました」

「シャリアお帰りなさい。どうだったの?」

「はい。既に被害は三名、全て赤子でした。その被害が出たのは北側の森に近い辺りの民家だそうです」

「赤子……。北側ね、そっちはカルナが行っただけで私たちは行ってないわね。行ってみましょう」

「お姉ちゃんありがとね。東側を見る手間が省けたよ」

「それは良かったです」

「でも北側の家ばかり狙うのね。カルナがなにか見つけているといいのだけど」


 彼女は狩人の一族だ。私たちとは違った面からものを見れるはず。

 もしかしたら、巣だって。


「あ、マナ。よかった。これを見てほしい」


 北側に近づくと、向こう側から歩いてくるカルナが見えた。手になにやら持っている。


 この一週間でこの二人は打ち解け、結構気軽な仲になったようだ。


「カルナ、それなに?」

「腕。大きさからして多分赤子」

「う、腕!?」

「肉が千切れたようになっているから多分どこかに引っかかって千切れた」


 カルナが持ってきたものはまだまだ新しいもの。血こそ出てないけど、皮膚だったりは腐り始めてはいない。虫は私の想像よりかなり減ってるわね。少し残ってるけど。最初に付いてた虫の大半はカルナが落としたのかしら?


「か、カルナ……よく持てるね?」

「………山で狼に襲われた人を探すとこういうのを見かけることがある。もっと惨いものを見たことあるから、これくらいはなんとかなる。でも赤子は私もキツい」

「そうなのね。でもありがとう。これも手がかりの一つよ。カルナ、他になにか見つけた?」


 彼女は首を振り、腰のポーチから一つ瓶を取り出した。


「数日前の雨で血の跡とかは流れてる。森だから地面に無いのかもと思って探したらこれくらいしか」


 小さな瓶を覗いてみると、白い欠片みたいな物が三つほど。

 大きさもまちまちで、色合いも白系なだけで少しずつ違っている。


「正直、判別は難しかった。わかったのはこれは全部骨だってことだけ。野生の獣の物か、魔物か、それとも被害にあった赤子の物か」

「カルナ、これらはどこまで行って見つけたもの?」

「村で一番北にある民家からだいたい百メール程先に行った辺りまで。大雑把に探したくらいだから見つけてないものもあるかもしれない。腕は特に森に近い場所」


 骨ね。

 私もハンターだから獣や魔物問わずで骨は見たことある。でも人間の骨は無いわね。……いえ、あるのかも。覚えてないだけでね。


 まあいいわ。まずはカルナが見つけてきた物よ。赤猛鳥の被害にあった赤子の骨かどうかはさておき腕があった場所を正確に確かめたいわね。


「カルナ、そこまで案内してくれない?シャリア、ヤマトを待ってて貰える?多分向こうに行くこと知らないから伝えて欲しいの」

「わかりました。それじゃあここで……あ、ヤマトさん来ましたね」

「あら?思ったより早いわね……あーあ、何かあったみたいね」

「お姉ちゃん?」

「マナ、あんまりヤマトを刺激しないように。今思いっきり怒ってるから」


 見た目からじゃすぐにはわからないわね。でも雰囲気で私はわかるのよ。


「ヤマト、随分お怒りなようね」

「……まあな。今すぐにでも衛兵なり騎士なり呼びたいくらいだ」

「そんなに?」

「村ぐるみだったよクソったれ」

「ど、どういうこと?」

「それは後だ。とりあえず北側に向かう。カルナ、それなんだ?」


 マナの困惑した声を他所に、ヤマトはカルナの持つ物に注目する。やっぱり気づくわよね。


「腕……か。赤子の腕。カルナ、これはどこで?」

「一番北の民家から百メールくらい行った森との境目辺りだよ師匠」

「そうか。じゃあ一旦その辺を徹底的に探る。何か残ってれば討伐のための手がかりと一緒に証拠まで出てくるからな」


 赤子の腕は赤猛鳥の被害を示す証拠になるはずだけど……

 ヤマトは何を見つけたいの?


「お兄ちゃん、何を見つければ良いのかくらい教えて」

「ああ、悪い。そうだな……布とかだな。とりあえず人の作ったものとかを探してくれ」


 人の作ったものね。布って言ってるけど本当に何があったのかしら。



「お兄ちゃん、こっち来て!」


 探し始めてからしばらく。カルナと一緒に森の方へ行っていたマナから呼ばれた。


「マナ、なにか見つけたか?」

「うん。これ見て」


 私もヤマトたちに追いついて、マナたちから事情を聞く。


「これね、森の中に少しだけ行ったところの茂みの中にあったの。まるで隠されてるみたいに。でもこれ見れば何があったかわかるよね」


 彼女の持つ籠は布が敷かれ、見た目は良かったと思えそうなものだった。ボロボロで血塗れでなければ。


「小さな子供を入れられそうな籠ね。いえ、確実に入っていたわね。赤猛鳥ガルダかしら?」

「そうだな。……これは証拠にならないか。もっと確実な、現行犯が良いんだけど」

「ねえヤマト。何を探しているのかをそろそろ教えてくれても良くない?色々と気になるのだけど」

「ああ、ちょいと惨い話だがいいか?」


 ヤマトがそう言うなんてよほどね。私もヤマトの訓練に付き合ってそれなりに人間の血とか傷とかは見てきた。それに死体も見たことあるわ。多分、あの日も見たはず。

 それでもなの?


「お兄ちゃん、さっき『村ぐるみ』って言ってたよね。それと関係あるの?」

「むしろそれがこの村で一番面倒なことだ」

「この村と赤猛鳥の関係で面倒なこと?」

「うーん、なんと言うか」

「いいから早く話して」

「はいはい、ルル嬢の仰せのままに」


 マナたちが見つけた籠にカルナが見つけた赤子の腕を入れ、ヤマトが事情を話そうとした時だったわ。


「ごめんなさい、少しだけこの場を離れますね」

「あ、シャリア。ごめんなさいね。大丈夫よ、ゆっくり休んで」

「じゃあ村の入口で待ってます」


 そっか、シャリアも過去に色々あったわね。こういうのが苦手でも仕方ないわ。でもマナはこういうの大丈夫なのね。


「うーん、私も昔から魔物と戦ってきたからあんまり血とかは気にしないかな。子供が死ぬのも見たことあるし」

「そ、そうなのね」

「さて、シャリアが離れたから何があったか話そうか」

「ええ、お願い」

「これは想像としか言いようがないが───」



 それからヤマトが語った想像と予想は確かにかなり惨いものだったわ。

 いくら赤猛鳥の被害を抑えるためでもこれは……


「お姉ちゃん、ちょっとここ離れていい?」

「ダメよ。まずは赤猛鳥」

「…………わかった」


 マナの気持ちもよく分かるわ。私だって今すぐにでも手を出しそうだもの。


「これに加えて一つ気になることがあってな。ちょっとまたみんなに調べて欲しいことがあるんだ」

「何かしら?殴って解決する事以外でお願いしたいけど」

「最悪殴ってでも吐かせたいとこだがな。この村の伝統、または祭事について調べて欲しい。そうだな……この天気だと明日は雨だ。純粋にこの村について興味を持ったみたいな体で聞いてみて欲しい」


 ヤマトが空を見て明日の天気を予想したけど、よく分かるわね。私にはただの曇り空にしか見えないけど。


「師匠、すごい。明日は雨」

「雲と風の感じからの単純な予想だよ。精度はそこまで高くない」

「村に伝わる天候予測の技がある。それでも明日は雨と出た」

「おお、それなら俺が習ったものも案外馬鹿にできないもんなんだな」


 一体誰から習ったのかしら。やっぱりお父様かバナークから?私は習ってないのに。


「じゃあとりあえずはこんな感じか。さっきの話はくれぐれもこの村の人間にはバレないように。この村にはハンターは俺たちしか居ないが、もちろんこれから来たとしてもバラしちゃダメだからな」

「もちろん。でも衛兵とかに教えなくていいの?」

「呼んでもいいが、実際に起きているかもわからない一件で来るとは思えないからな。確実な証拠か、それとも目撃させるかしないとダメだ」

「確かにそうね。差はあるけどなにか起きない限り足は遅いのが衛兵だもの」

「じゃあやっぱり私たちでまずは情報集め?」

「そうだな。数日かけて赤猛鳥とこの村の情報を集める。さすがにこのままだと嫌になりそうだからな。後々」


 ヤマトの言い方を真似るなら真っ黒ね。でも確実な証拠を見つけないと。それに赤猛鳥だって見つけなきゃいけないんだからもしかしたらこの前の大森海の調査の時よりも大変かも。


 頑張らないといけないわね。これ以上のを出さないためにも。


 シャリアが戻ってくるのを視界の端で捉えつつ、私は一人決意するのだった。

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