風習

「あれから三日。さて、みんなが集めてきた情報を纏めようか」


 俺たちは丸テーブルを囲うように座り、シャリアが書記を務め、情報の擦り合わせは始められる。

 

 ここは依頼で訪れた村にある商人向けの宿に泊まっていた。そこを拠点にして情報を集めていた。


 この宿は商人向けと言っても安宿からそれなりにいい所まである。これらは大抵の村にあるわけじゃないけどな。


 なぜならこの村は近くに商人などが通る街道があり、そこを通る人達から丁度いい宿場町として扱われているからだ。商人と言っても行商人からデカい商隊まで様々。

 前に俺たちが大森海に行く途中で泊まった宿場町も似たようなものだな。


 おっと話を戻そうか。


「じゃあ私から。この村には代々祭事を執り行う女性が居るようです。明確な数字は分かりませんでしたが、数十年に一度その祭事が行われる度に代替わりするそうです」

「あ、私もそれに近い話は聞いたよ。その祭事を執り行う女性は次に十五歳になる人が選ばれるんだって。それでその人が十五歳になった年が次の祭事みたい」


 なるほど。シャリアとマナが集めてきた話は多分俺が村長から話を聞いている時に見た女性のことなんだろうな。たしかあと一月って言ってたな。

 つまり祭事が行われてないならその人は現状見習いなのか?


「ただ、前回の祭事がかなり前で情報は無いと言っていいほど少なかったですね。それに十五歳の人は何年かおきに産まれそうなのに情報が無いのはおかしいです。村の人の年齢を考えても、ですね」

「代替わりするにしても時期がおかしいか……まどろっこしいからその祭事を行う女性をここから神官とするけど、その神官についての情報も無かったか?」

「うん。本当になんにも情報が無かったよ。お兄ちゃん」


 不定期とは言え数十年おきに行われる祭事。なぜか十五歳と限定される祭事の女性。村の人間の年齢。


 情報が少なすぎるが……


「あ、もしかしてさ。その祭事が行われてないなら先代の神官生きてるんじゃね?」

「あーお兄ちゃん、私達もそれは考えたんだけど……」

「死んでました。二年前に」

「死んだのに代替わりせず、でも祭事は行われていない……なぜだ?」


 すると、カルナが割り込んでくる。


「師匠、役に立つかはわからないけど一つ情報は見つけたよ」

「本当か?」

「うん。森の中に大きな岩があって、そこに文字が書いてあった。とても古そうで文字が掠れてたりしてて読み取れたのはこれくらい」


 彼女が机の上に置いた紙にその文字が書かれている。


『──……十年の後に……をもって儀と成し……に捧げ……鳥葬……賛美』


 ふむ、何書いてるんだ?でもこれで儀式は何十年かに一度行われ、何らかを捧げるそうだ。

 祭事とこの儀式が同じものなのかはわからないが。

 それに鳥葬。これは文字通り野鳥に死体を食わせることで葬儀とする風習だ。地球にも存在していた。加えて最後の賛美。文脈が全くわからないからなんとも言えないが「鳥葬を賛美」しているようにも読み取れる。

 

 情報としてはかなりの上物。でも現状では無一文ってとこか。


「これを多分村長に見せても信じて貰えないだろうな……俺相当警戒されてるだろうし」

「そうなの?」

「まあな。カマかけたら大当たりだ。証拠が無いから予測としか言えないけど」


 ルルたちに語った内容はほぼ確定でいいはず。かなり惨いことだし、実際に起きていたなら衛兵などが出動してなんらかの対応をすべき事案になるだろう。場合によっては罪になるかもな。


「ねえお兄ちゃん、ちょっとだけ嫌な考えしちゃったんだけど、聞いてもらえる?」

「うん?おお、なんだ」

「もしかして、、なんてことは無いよね?」

「神官が最後?」

「その文の中にあった鳥葬。これって私も知ってるんだ。私の住んでた村の近くの山に集落があったの。鳥葬はそこで偉い人が死んだ時に行われてたの。その時にね───」


 その瞬間、その場の空気が一気に冷え込んだような錯覚を覚えた。さらに、時間がものすごく引き伸ばされるような感覚。



 やめろ、言うな。




「────赤子も一緒に殺されるんだ」



 シンと静まり返った室内に、マナの淡々とした声がやけに大きく響く。


 皆目を見開き、マナをじっと見つめる。

 彼女はそんな視線は気づいていないとでも言うように続けた。


「そこでは初めは赤子を。次に赤子の次に若い女性を。その次にその女性の次に若い男性を。それを一人ずつ繰り返して最後に死んで、鳥葬される人物を。首に杭を刺して山の頂上に並べ、その周囲に鳥寄せの香を炊く」


 マナの言葉でやけに生々しく思い浮かべられてしまう。まるで知っているように。


「そうして集まった鳥によって数週間後かけて彼らは食い尽くされる」


 鳥葬の儀式にしては生贄が多すぎ……いや死んでるのだから生贄では無いのか?まあいい。少なくともマナの地域とこっちでは完全に文化圏は違うからこれも単なる予想にしかならない。でも全く無視できる訳でもない。


「仮に似たようなことがあるのならば惨いけれど、赤猛鳥とはまた違った問題が起こるの」

「……そうなの?マナ」 

「うん。不死アンデッドになるの。それに集落は襲われて滅んだ」

「不死が生まれるのは厄介だな」

「うん。ハンターが大勢来た」


 ハンターを呼ぶための資金とか色々あるだろうが、なによりも問題は───



「いやあああぁぁぁっ!!た、助けて!!」



 唐突に外から聞こえた悲鳴に俺たちはすぐさま窓の方へ向かう。声もそちら側からだ。


 窓から見えたのは、数十メール先の民家から若い女性が何人かの男性に引きずり出される様子。

 野蛮な絵面ではあるが、剣などを振りかざして脅してる訳ではなくて腕を引っ張っているだけだから話に聞く盗賊などとは違うだろう。そもそも盗賊とかならもっと村中大騒ぎだろうし、なによりもその男たちの服装が綺麗だ。貴族たちが着ているような、という意味じゃなくてあくまで村人が着ているようなという意味だが。


 見た目からして確実にこの村の人間だろうな。嫌がる女性を家から引きずり出してどうするんだ?


「お兄ちゃん、助ける?」

「いや、俺たちは部外者だ。わざわざ助ける義理も無いだろう」


 そう、義理は無いのだ。かつて地球にいた頃読んでいたラノベとかだと主人公は悲鳴が聞こえたら即座に助けに行くような人間だったり、ヒロインなんかに請われて助けに行ったりしていた。


 でもこうして実際に悲鳴を目の前にすると身体は勝手に動いたりしない。それにルルたちも何も言わない。相手がいかにもな盗賊とかなら俺達も助けに行くだろう。

 でももしあの女性が犯罪をおかしていたりしてあの男たちはその捕縛なんかなら俺たちが手を出すのはおかしな話だ。


 ただ……


「捕縛というよりは強制連行に近いよな……それに村の外へ向かっている?」


 男たちに縄で縛られ、無理やり歩かされている女性。彼らはこの前俺たちが探し物をした北の方へ向かっていた。

 そしてもう一つ気になることが。その捕縛され、連れていかれる女性を見る目だ。犯罪者ならば罵声の一つでも上がりそうなものだが、それが一切ない。

 むしろ彼らにとって喜ばしいような。そう、いるような。そんな印象すら感じるのだ。


「なんだありゃ……」


 不気味とも言える。その様子は。悲鳴をあげ、逃げようともがきながらも歩く女性。無表情で逃げないよう身体を抑え、歩かせ続ける男性たち。それを今にも拍手で送り出しそうな村の人々。


「なんか、気持ち悪いわね」

「はい、なんでしょう。どうしようもない忌避感というか」

「師匠、なんか嫌な予感がするよ」


 三人が思い思いの感情をそのまま発露する。


「嫌な予感じゃないよ。あれは。見たことあるの。無作為に選ばれた何人かは何も知らずに殺されるの」


「つまりマナ、ああして連れていかれる人は殺される……生贄か?」


「多分ね」


 俺の頬を冷たい汗が流れ落ちていく。


「みんな、ちょっとだけ依頼の赤猛鳥ガルダ捜索は中断。あの一団を追う。さすがに放置したら寝覚めが悪そうだ」


「了解よ。助けるにしろ助けないにしろ、何が起こるのかくらいは私も知りたい」


 俺はルルの賛同を得、少しばかりの遠出の準備に入るのだった。

 



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「嫌ぁ!わたしはあの子を!」


「うるさい!お前は素直に死ねば良いのだ!」


「私の命はどうでもいい!せめてあの子の命だけは!」


「はっ、知ったことか。むしろこちらこそ殺さねばならぬ!このなど我らには必要無い!あの赤子共は大当たりだったな。赤猛鳥に食われ、彼奴に血を与えた!貴様も子供の元へ行きたいだろう?」


「嫌あああぁぁぁっ!!」


「はははっ、喜べ。我が村の祭事の礎と母子揃って成れるのだ。塵のような命でも最後には役に立つな」


 

 そうして、一つの小さな命と、一つの大きな命が失われた。これは決して悲劇の始まりではない。むしろ喜劇とも言えるだろう。


 彼らが至るためには必要な……所詮に過ぎないのだから。

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