謁見

「面を上げよ」


 謁見の間に入り、跪いてほんの数秒。

 入った時には王の顔は見えなかったが、左右には大量の貴族とその護衛。加えて一瞬見えた奥の椅子の数からして多分王族全員いるな。


 立ち上がり、俺は王の顔を見ると同時に視線だけで周囲を見回す。


 ……四大公爵家に伯爵以上の貴族は名代含め全員。子爵家などの文官も数名、護衛は一人につき一人以上。王宮護衛の兵士と王族付きの騎士。それも近衛騎士がほとんど。シールレッド卿もいるからな。

 王族も陛下に王妃、第一から第三王子。それに──


「名を名乗れ」


 周囲の確認を終えて王の目を見据えた瞬間、王よりそう声が掛かる。


「お初にお目にかかります。平民、ハンターの身分にして赤タグを所有しております。名をヤマトと申します」


 同じようにルルが続ける。

 本当ならばフーレン伯爵家の娘と養子としての身分を使いたかったが、それを証明するものが無い。あればこの場で大半の者に牽制を掛けられた。一応まだ手は無いことはないし、まだ有効のはず。

 全く、手札がクソすぎるな。

 絶対に貴族から色々と出てくるだろうし、味方は居ない。それに俺たちの言葉がどこまで真実としてもらえるか……

 普通はこういうのって根回しとかして不利なのをせめて均衡まで持っていくものなんだが。


「うむ。さて、貴君らはなぜこの場に呼ばれたかご存知かな?」


 陛下からそう問われるが、そのまま返答していいのかわからないので一度チラリと陛下の脇に立つ宰相に視線を向ける。彼とも一応面識はある。

 その宰相は小さく頷き返す。


「宰相から許可も出たことだし……」


 俺はそれなりに距離があるので睨むように陛下の目を見つめる。


「少なくとも、罪を犯した訳では無いのでそれは有り得ません。……と、言いましたが、おそらく私たちがここに呼ばれた理由。それは赤煉龍についてでしょう?」

「然り。今回私が君たちをここに呼んだ理由はそれだ」

「陛下、少々よろしいでしょうか」

「うむ」


 ちっ、めんどくさいのが入ってきやがった。服の感じからして侯爵か。変に事を起こさなきゃ良いが……


「この者たちはかの龍の討伐で呼ばれたはず。それにしては些か若すぎるかと」

「そうだな。だが、私はこの書類を信じよう」


 そう言って陛下が懐から取り出し、見せた書類。なんて書いてあるのかは分からないが、声を上げた人物がすぐに下がったからそれなりの効力があるのだろう。


「陛下、私めからも良いでしょうか。この者らに問いたいことが」

「うむ」

「貴様らに問う。貴様らはなぜその服を身に纏う?龍とは魔物であるが故、ハンターが討伐したのであればその討伐者の物になる事は道理である。それは私も武人であるがゆえ理解しておる。が、それは龍だ。なぜ王家へと供出せんのだ?」

「お答えしましょう」


 相手は伯爵家か。名前は知らんが……ニヤついてやがる。それに何が武官だ。そんな樽みたいな中年腹ぶら下げて服パンパンじゃねーか。

 でも変なこと答えたら不敬罪とか何とかこじつけられて殺されかねないしルルも何らかの被害に会いかねない……


「私どもは龍を討伐しました。それは確かです。それを認めた書類がおそらく今陛下がお持ちになられている書類でしょう。そしてその龍ですが、一部は学者などが研究として素材などを持ち帰りました。大半が私どもの手元に残ったのですが、ここにハンターとしての義務が生じます。討伐したのであれば、所有もしくは土に還せと。ですがそこに王家に素材を提供せよとの義務は存在していませぬ」

「なっ……陛下の前であるぞ、不敬であろう!」

「私め……いやもういい。俺は真実を言ったまでだ。それに俺はこの国出身の人間だが、兵士じゃない。仮に騎士であったならば、兵士であったならば正当な報酬さえ貰えるなら喜んで供出しただろう。だが俺はハンター、狩人だ。こちらにもハンターとしての誇りがあり、討伐した相手への敬意が存在している。このコートだってそうだ。かの龍へ敬意を払い、命を奪ったことへの責任を理解するからこそこうして身に纏う。けして、いかなる者であろうと他人へと与えるためにこの手で命を奪った訳では無い!」


 シンと静まりかえる謁見の間に俺の声が反響する。

 しばらく俺に色々言ってきた貴族は何かを言おうとしていたが、そいつも何か思うところはあったのか、素直に引き下がる。

 すると、どこからかパチパチと拍手が聞こえてくる。

 視線だけで探すも、どこかわからない。徐々にその拍手が大きくなっているからだ。しかもその拍手の中には陛下も混ざっていた。


「ハンター、ヤマトよ!見事である!そなたの意志は高潔であり、我らの持つ意志に等しいものである!ここに宣言しよう!かの者らこそ龍を討伐せし者だ!」


 陛下がそう宣言した瞬間ワッと拍手が大きくなる。

 ふむ、少なくとも陛下も何か不味いと思ったようだ。拍手で隠されてはいるが、さっきの貴族含めいくらか苦い顔をした奴がいる。予想以上に危なかったか……?


 ここからは特に誰かに割り込まれることなく進み、龍討伐に参加した人々を称える言葉をしばらく垂れ流してこの場は解散となった。

 まあ一番めんどくさいのはこっからだな。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 場所は変わって王城の中の応接間。ここに王族と俺たち、加えて宰相や何人かの騎士が居た。


「いやはや、お疲れ様。俺もあんなのはめんどくさいからやらなくていいって思ってたんだがこいつがよ」

「当たり前です。貴族たちに示さねば」

「と、な。こんな感じだ。……さて、もう隠す必要は無い。俺たちはもうわかってる。久しぶりだな」

「ええ。先は初めてと言いましたけど、そうですね……だいたい四年か五年ぶりくらいでしょうか。お久しぶりです。陛下」

「そんなに固くならなくて良いぞ。それにここは事情を知ってるやつしか居ないからな」


 あ、そうなのね。道理で騎士に若いのが居ないわけだ。


「陛下、お久しぶりです。王国武官序列十五位、ガルマ・フーレンが娘、ルルフィリアここに参りました」


 ルルが何年かぶりに正式に名乗る。貴族としての挨拶を見るのはいつぶりだろう。ローブでカーテシーを行い頭を軽く下げる。

 この王国武官序列十五位ってのはガルマさんの生前の地位だ。伯爵とかの貴族位とは別で、場合によっては王族以上の権力を持つことも出来る。まあこれが件の切り札だったわけだ。


「同じくガルマ・フーレンが義息、ヤマト。ここに参りました」


 俺も従者としてこの国正式の形で頭を下げる。


「二人とも……よく、よく生きていてくれた」


 正式な礼に則って頭を上げると、そこには涙を流す陛下の姿があった。


「そして、二人とネルハには酷いことをしてしまった。ここで、謝罪させて欲しい」


 謝罪?何かあっただろうか……って、陛下!?


「ちょ、陛下!なぜ頭を下げるのです!?」

「陛下!?ちょっとネルハ!これどういうこと!」


 なんか俺たちに何かしてしまったみたいに謝ってるけど全く覚えがない。


「ヤマトさんはかつてこいつがパーティーであなた方に告げた言葉を覚えておいでですか?」


 ワーワー騒ぐ王女殿下と陛下とルルを置いといて、俺に話しかけてくる。

 えっとこの人は確かフェンさんか。この国の現宰相で相当の敏腕。もしかして貴族に対して揺るぎない根拠を用意してたのはこの人のおかげか?


「ええ。なんとなくはですが。でも彼女の立場から考えてあの別れ方が最善だったかと」

「なるほど。でもそれは間違いです。……いえ、そもそもこいつがあなた方に伝えた言葉、それの意味合いが違ってくるのです」


 意味合いが?あれってシンプルに「いつかはネルハのために離れてくれ」ってアレじゃないの?だってネルハの立場的に他国との婚姻外交に使われるだろうし。


「端的に言うと、こいつは王女殿下とあなた方の永い友好を望んでいたのです」

「友好を?」

「ああ……もしも何も無ければ、君たちをネルハの傍付にしようとしていたんだ。三年前のパーティーで発表するはずだった……」


 泣いて掠れた声で陛下はそう告げる。なんだそれ聞いてないぞ。


「おい、それは俺初耳だぞ」

「当たり前だフェン、言ってないからな」


 はぁ……一旦こっちは置いておこう。

 彼らから目を離すと、部屋の隅に置かれたテーブルでは王妃様達がティータイムを楽しんでいた。

 なんかとても優雅だしこれこそ王族って感じの人たちだ。それこそ絵画とかで切り取ったら高く売れそうだな。


 しばらくして、陛下が泣き止んだ頃に陛下がこう切り出した。


「さて、だ。さっきは厄介な貴族どもの前に出してすまなかった。ああでもしないと反発が凄まじいことに凄まじいことになりかねなくてね」

「いえ、それは我々も理解しているので……」


 ふむ、あれはまさか演技なのか?

 それにしてはヤバいことになりかけていた……




「本当なら最初からここに呼んで報酬とかの話をしたかったんだ」

「報酬、ですか?」


 あれからまた少し経って、俺たちは陛下と宰相閣下の二人と向かい合っていた。

 王妃様?さっきと同じようにネルハ含めた王子たちとティータイムさ。


「うむ、報酬だ。ああ、調査団の時に与えた報酬とはまた別だ。これは龍を討伐した者に対しての報酬だよ」

「あの大金とは別に?」

「当然だ。君たち二人に相応の物を与える用意がある。なんなら貴族位、伯爵家復興でも良い。それくらいはして当然だ」


 その言葉に俺とルルの目が細まる。


「な、なにか変なこと言ったかな?」

「いえ、陛下。陛下は悪くありませんよ。ただ、俺たちが望むものとは大きくかけ離れていただけです」

「む、貴族位では無いと?」

「当然です。正直なところ気楽なので」

「だってあのパーティーに出る必要がありませんから。私はこれでもかなり自由に生活が出来ています。あの生活に戻ると思うとうんざりする程なので」

「そ、そうか。二人がそう言うのなら……では何を望むんだい」

 

 意地でも報酬は渡したいらしいな。でも確かに渡さないと国としての体面が無いか。


「ならば、一つだけ。俺たちはこれ以外は望みません。金銭も物品も」

「言ってくれ」


 陛下は胸の前で腕を組み、どっしりと構える。


「ええ……ルル」

「わかったわ。ここからはフーレン伯爵家の娘では無く、ただ一人のハンターとしての要求を述べさせて頂きます。いいですね?」

「もちろん。なんとでも」

「では、私たちが要求するもの。それは───」


 ルルが一瞬だけ間を置くが、それはとても長く感じられた。何故だろうか。かの黒龍に一歩近づけるからだろうか。王手には程遠いが、歩の一つは動かせただろう。


「───この国が所有する黒龍についての情報、その全てです」


「……っ!?」


 ルルから告げられたその内容に陛下はピクリと顔を震わせるだけで耐える。これはおそらく「何故それを?」みたいな感情だろう。


「ルルさん、一つはよろしいですか?」

「ええ」

「なぜ、その黒龍とやらの情報を欲するのですか?」

「どうもこうもありませんが、純粋に殺したいからです。それ以外はありません」


 剣呑な声音で彼女は告げる。まあ俺でもそんな感じにはなるな。


「この国には黒龍の情報は存在しているはずです。少なくとも目撃情報は。それが記載されるのはこの国の各地に駐屯する兵士団からの報告書、そこにはあるはずですよ。不可思議な影の情報が」

「なるほど、仮に黒龍の情報を私たちが持っていたとして、素直に渡すとでも?」

「渡しますよ。確実に。黒龍がもたらした被害、大きさ、その他諸々私たちは有しています。本当に黒龍の情報を有して居るのであれば、他者からの情報提供は意地でも欲しいはず。さらに国としては情報を渡すだけで国庫は何も痛まない。ただ伝えられることを伝え、国家機密という面でならば私たちを殺せばいい。簡単ですよ、私たちには今なんの縛りもない。さらにあなた方が私たちを殺したとてどんな罪でも付けることが出来る。貴族たちへの体面も出来ますね。その多くの利益を得る為ならば一瞬の情報漏洩は安いはずです」


 彼女が語り終え、また静寂がその場を占める。


「なるほど。確かに、一個人としてでは無く国家として見れば一瞬の情報漏洩を許容してさらなる情報を得る。それは正しい。それにその情報漏洩の原因となる者は我々の懐の中だ。不慮の事故とでもすれば良い……。良い推理です。どうします、ネクト」

「ははっ、どうもこうもない。俺たちは持ってるよ。その黒龍の情報をな。ただし正確な大きさや被害なんかの情報が一切ない。仮に持っているならば欲しいんだが……、まあこれはいい。ここはあくまでも報酬を決める場だ。フェン、黒龍についての情報をありったけ持ってこい」

「ええ。構いませんが、数は膨大ですよ?」

「構わん、全ての情報を漁りたいだろう?」

「ええ、当然です。何が決め手になるのか、それが───」


「私が出します」


 いきなり割り込んできたその声。ルルを含め俺たちは皆その方向を見る。


「王女殿下?」

「既に私のメイドにこの半年近くでまとめた全ての情報を持ってこさせています。 ───ねえヤマト、ルル、もしかして領都を滅ぼしたのってその黒龍でしょう?」


 ……そうか、そこまでたどり着いたか。確か正式な文書でも魔物の仕業とは書かれてはいたが、黒龍とは一言もなかった。そもそも黒龍の仕業と思っていたのかすら怪しい。


「調べていてわかったわ。ことが起こる数年前から南部で不審な影が確認されていた。それは点々と移動しながらも着実に北へ向かっていたわ。そしてその事件当日、それに影の目撃情報、その他にもいくつか重なる部分があった。そしてその後に出された国家機密文書、そこには黒龍とあったし、確実に私が集めていた資料と合致するものだった。ね、そうでしょう?」

「ええ、ネルハの言う通りよ。私たちの街は黒龍に滅ぼされた。どういう訳か、たった二時間で領都は更地だったけどね」

「偶然街を離れていたから助かったんだ。生存者はわからない。ただ、ガルマさんは俺の腕の中で息を引き取った」



「そうか……ヤマトくん、彼の最期を教えてくれないか」


 俺がガルマさんの事を話してから少し。陛下が何かを決意したかのような感じでそう頼んできた。もちろん断ることは無い。


「わかりました。では、当日の様子から全てお話します」




 俺はそれからネルハが成人の儀の祝宴の為に王族全員で移動を始めるまで、彼の、俺をここまで育ててくれたこの世界の恩人の最期についてわかる限りを語るのだった。

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