白雷虎⑦

 まるで周囲が丸ごと震えているような感覚だったなこりゃ。いや音だから実際に震えていたのか?

 まあいい。今は雷虎だ。


 俺は今は一旦近くの木に隠れて雷虎の様子を伺いながら息を整えている。

 さすがにずっと走り続けるのは辛くて、雷虎からだいたい百メールほど離れたところの木に一度座り込みかけたほどだ。

 耳線しててもうるさく感じたよ全く。我ながら音玉を大量に破裂させ過ぎたな。


 音玉とは、いわゆる爆竹みたいな物だ。虫の腹を使用していて、魔道具なんかで破裂させるか、勢いよく硬いものにぶつけるかすれば破裂するそうだ。実は破裂する原理はよく知らないけど。


 その音玉の破裂を目の前で大量に食らった雷虎は今はまだ棒立ちの状態。まあ当然だろうな。雷を媒体に周囲の環境を探っていたとはいえ、それで全てじゃない。音、つまり聴覚なんかも使っているはずだ。

 盲目ゆえに聴覚と自身の感覚のみ頼る相手。そんな相手に耳の目の前で爆音を発生させたらどうなるかってのは考えずともわかる。


 音だけで脳を揺らし、鼓膜を震わせ、意識すら曖昧にする。

 前二つは成功すると確信していたけど、最後の一つだけは不安だった。でも今の様子を見るに成功だろう。

 脳震盪とまではいかないが、それなりの効果は期待できる。


 さて、ここからはシャリアたちの出番だ。この怯んでいる間に仕留めるっ!!


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 雷虎の動きが止まる時には既に私は駆け出していました。

 狙いは雷虎の首です。右手の龍の爪を削り出した短剣。ヤマトさんの持つ龍の尾の剣にも勝るとも劣らないだけの切れ味を持っています。


 今までは雷虎の動きがありましたから如何に業物であろうともまともに刃を通すことはできませんでした。でも今なら……っ!


 たった五百メール。

 普段の私ならば全力の蹴りで前へと進み、数十秒と掛からずにその場所まで到達出来ます。

 ですが今は……とても遠い。

 走っているのはいつも通りです。ただ、周りが遅く感じます。まるで、その場所に行きたくは無いように。


 わかっています。ヤマトさんも言ってくれました。「これはかなりの無茶」であると。私には拒否権もありましたから。でも私はそれ自体を拒否、この場に立ちました。

 ヤマトさんが命を張って作り出した大きな隙です。無駄にする訳にはいきません。


 私は逆手に持っていた両手の短剣をそれぞれ順手に持ち替え、いつでも突き出せるようにします。


 残り百メール。


 普段よりも感覚的には随分遅れていますが、速度は問題ありません。

 雷虎の左側を駆け抜けるように右の短剣を直接突き刺します。

 速度が乗った一撃ならばそれ相応の傷は付けられるでしょう。

 本当なら深々と突き刺した上で傷口を剣で抉り、引き抜いて大量出血を狙いたいところですがこの状況では不可能です。


 ああ、ヤマトさんも無事木の影に隠れたようです。コートの端が少しだけ見えました。


 これで全て整いました。

 あとは傷をつけるだけです。


 私は短剣の持ち方を少しだけ変えます。突き出した時に雷虎の体毛に対して直角では無く並行になるように。そうすることで毛に阻まれることは少なくなるでしょう。


「はぁ……っ!」


 さすがに全力疾走で五百メールはキツいですね!身体を鍛え直さなきゃいけません。


 よく大声を出すと予想以上の力が出ると言います。それは間違ってはいないそうです。でもこの森など常に危険で、今みたいに危険な戦闘状態にある時はそれは悪手です。

 なぜなら予想だにしない敵を誘き寄せる危険がありますからね。

 だからせめて強く息を吐き、全力を出せるように訓練する、などするんです。


「これで……はぁ!」


 このように。 


 私の故郷は巨大な森です。私の一族の者たちと一緒に気配を断ったり、敵の攻撃からの受け身術であったり、強く息を吐くだけで大声を出すのと同じくらいの身体能力を出せるように訓練しながら成長してきました。

 みんな、どうやらそれが今、役に立ちそうです。


 そして、獣を殺す技術も。


 

 その瞬間、ズブリと柔らかく、生々しい感触を一瞬だけ手のひらに感じ、その直後には生暖かい液体が手に掛かります。

 衝撃はありません。なぜならばほんの一瞬の出来事で、それを感じるだけの時間すらも駆け抜けて無くしてしまうのですから。


 まあ一つ目の仕事は終えました。でも私の仕事はさらにここからです。なのでここからさらに逃げなきゃいけません。

 手に付くちょっと気持ち悪い感じも我慢して、自身の速度に任せて突き刺さった剣を引き抜きます。


 改めて思い切り地面を蹴って加速をします。あとは雷虎がどう出てくるかですが……


 あ、ヤマトさんの援護が始まりました。私が逃げる間にヤマトさんが雷虎を引き付けてくれるのです。本人は「この間に何発撃ち込めるかが鍵」と言ってましたけど。


 一瞬だけ後ろを振り返ると、雷虎の首があるであろう箇所からおびただしい量の血液が吹き出していました。

 さらに、雷虎自身も怯んでいてもこの痛みは無視できなかったのかのたうち回っていて、そのせいでさらに血液を噴出させています。


 引き抜くときになんとなく剣先で肉をかなり抉った感触がありましたからね……まともに戦ってた時だと手首をやられてしまうので出来ない荒業ですね。

 この全力で走っている時の速度に任せた攻撃、ヤマトさんに言わせると、かんせい?だとか。


 さて、あとは逃げるだけです。一度雷虎の領域を外れないとどうもなりませんが。

 せめてあと数十秒だけ痛みでのたうち回っていて欲しいものですが……そうもいかないようですねっ!!


 私は無理やり右足首を捻るようにして方向を変え、そのまま前へと跳躍します。

 一瞬にも満たないあと、私のすぐそばを見るからに強力な蒼雷が駆け抜けました。


 急な事だったので受身はまともにとれず、地面を転がります。幸い、追撃は無かったのでできるだけ急いで立ち上がり、木の影に隠れます。

 多少聞こえる音から察するにどうやらヤマトさんがまだ攻撃を加えているようですね。

 

 自分で跳躍したとは言え地面を転がったので身体の調子を確認しても、龍の翼膜を使って作られたコートと中に着ていた鱗の鎧のおかげで怪我は無さそうですね。


 一般的には地面を転がると、頭を打ち付ける可能性があるみたいです。でも私は兜、着けません。周囲が見にくいですし、重いですし、そもそも私の場合耳が上に出るので聴覚で周囲を探ったりする私にとっては兜なんて正直邪魔なだけなんです。あれ。

 最近は頭全体を覆わないで、額から少し上までを覆う形の兜もありますから、そういうのは着けてみたいと思ったこともあります。


 それはさておき、私の戦い方は素早さと軽さを活かしたものですからね。万一の時は私が身につけた受け身術に頼ります。


 今の蒼雷が私を狙ったものなのかそうでないかは別として早く逃げなければ……


「痛っ!」


 立ち上がろうとした途端に左足に激痛が走ります。

 見ると、履いているブーツに穴が。そこから少しだけ血が流れた後があります。加えて、何か焼け焦げたような後も。

 

 何とか木の影に隠れると、私は傷の様子を確認します。

 ……どうやら直撃では無さそうです。でも掠っただけでこれだけの傷。恐ろしいものです。少なくとも私はもう走れませんね。


 市販されてる傷薬を傷に掛けますが即効性はありません。当然ですけどね。

 魔法でしか完治は難しそうです。でもルルちゃんも今は火傷を負って、さらには魔法を放つための準備をしていて少したりとも魔力を無駄にできない状態です。


 まともに動けない私はしばらくこのままですね。せめて雷虎の領域からは外れたいですが……



「ガアアアァァァァッ!!」


 雷虎の咆哮です。さっきみたいに動きを止められるみたいな真似はしません!

 私は気を張って咆哮を耐え抜きます。


 あれ?

 ……そういえば、私は耳栓をしていたんでした。道理であまり聞こえないわけです。


 こんな状況ですが、ふぅ、と一息ついたところで私はまた前へと進みます。足を怪我して走れなくとも、今はヤマトさんが雷虎を引き付けてくれていますからね。その間にいくらかほ離れないといけません。ルルちゃんの魔法の為にもです。


 いえ、魔砲でしたか。

 ヤマトさんやルルちゃんが今だに研究を続けているもの。ヤマトさん本人は秘密兵器と言ってました。

 かの赤煉龍フィルグレアにもトドメを刺したもの。


 その性質は魔法陣として組み込まれた物だけでは想像出来ないほど難解で、妙な仮説もあります。


『剣が飛び出た』と。


 謎すぎる現象でした。話だけです聞いたら、普通は鼻で笑っておしまいですから。



「ふう……せめてここならまだ何とかなるでしょう」


 周囲に警戒しながらも痛みを紛らわすために色々考えて少し。

 ようやく雷虎がいる場所から約四百メール。痛みを我慢して無理にでも少し走った甲斐が有りました。


 ヤマトさんが雷虎を引き付けている間、そしてルルちゃんが魔法の準備をしている間になんとか即死圏は抜けることが出来ましたから。


 ほら、丁度良かったみたいです。

 私は前を向いて後ろ決して見ないように立ち上がります。


 その立ち上がった瞬間、背後で小さな閃光がカッと発生したのでした。

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