白雷虎⑧

 白と黒の世界を切り裂く目を焼くような白い閃光。


 それが私から少し離れたところで発生した。


 まるで雷虎の目を焼くように。

 

 盲目の雷虎には意味は無いはずなのに。


 むしろ被害を受けるのは私たちなはずなのに。


 じゃあ何故?


 

 その答えは、今戦っている雷虎。知恵をつけ、自らの一部を用いて感覚器官そのものを広げるだけの頭脳とそれを成し遂げるだけの身体能力。

 魔物にしては異常なほどに頭がいいけど、裏を返せば単純な動きをしてくれるわ。


 これはヤマトからの受け売りだけど、例えば街中で剣を持った人間に襲われたら当然逃げるか、ハンターである私たちは場合によっては鎮圧しなければならないでしょう?


 でもその人間が剣も持ったことの無い素人なら?

 どんな動きをするのかわからなくて怖くて近づけないわ。

 でも同業に多い、我流とは言え剣を嗜んでいる人間が相手なら動きはある程度読める。


 だって剣の動きというのは振るっていれば自然と効率的に動かせるようになっているもの。それが長い期間なら尚更よ。素人みたいに振り上げていきなりこちらに剣を放り投げてくるような事はそうそうしない。

 ちなみに、この素人っていうのは昔故郷で見かけた人よ。


 さて、獣らしくも高い知恵をつけた動きをする雷虎にどうするの?群れたゴブリンみたいに雑な動きをしてこない老いた雷虎に。

 むしろ洗練された獣らしい動きをする雷虎に。


「でもだからこそ勝機がある」


 ヤマトが動き回るのを追うように動く雷虎の位置は魔力の流れでわかる。今はヤマトがギリギリのところで雷虎を避けたわね。ちょっと心配。早くしないと。


 さっきと同じように薄く白い糸のような見えるわ。それが一点に集中してるの。まるで塊みたいにね。

 その魔力が一所に固まっている箇所が雷虎の位置よ。

 雷そのものは魔力で出来てはいないけれど魔物そのものが魔力の塊だし、大型の魔物なら一層見つけやすいわ。

 たとえ私の目が閃光で一時的に見えなくなっていたとしても。


 あの一回で私は魔力を視認する方法のコツをある程度掴めたわ。

 でも多分身体になんの問題も無い時にはまだ無理ね。今はまだ左腕の火傷があるから、その痛みを使って集中できてるから。


 雷虎はさっきヤマトが発生させた爆音でおそらく行動するために必須であろう聴覚を一時的に大きく減少させられたわ。もしかしたら封じれているかもね。


 話を戻すと、あの閃光は合図。ヤマト曰く、知恵を持つ雷虎に警戒されるかもしれないけど、奴は盲目だから問題ない、だそうよ。

 もう一つ意味があって、全身にばら撒くように弾丸を撃ち込み終わった合図よ。

 今までは自身の命の安全優先でここまで接近しての戦闘はシャリア以外していなかったけど、シャリアは既に自分の仕事を終えたわ。

 最後雷虎からの攻撃を避けたかのように跳んでたけど無事かしら。


 ヤマトも終えたから次は私の仕事。


「ふぅーー……」


 雷虎はさっきのヤマトによる爆音と今の射撃によって完全に意識をそっちに向けている。余程さっきからの攻撃が気に触ったようね。

 ヤマトが雷虎の周りをちょこまかと動き回っているからそれに気を取られて、光属性の視認阻害魔法を使っているとはいえ、たった百メール程の位置にいる私に気づいていない。


 私は深く息を吸う。そして、この戦いを終わらせるための詠唱を開始する。


「水無き地に水を、乾いた地に豊かな破壊を、それは大地を割り岩を崩す奔流、それは穿ち破る暴力、等しく破壊し等しく奪う力也、切り裂き砕き、突き刺し潰し、凍らせ割り、染め上げ抉り、断ち切り貫く、我が歓喜の元に蹂躙する破壊を、彼の者を傷付けし彼奴に暴虐を、一片さえ残さぬ純粋な破壊を、侵され冒される苦痛を、望むほどに遠い理想を願え───」


 私を中心に魔力が暴風のように吹き荒れる。それと同時に杖の先端の魔石の赤い光が強くなり、私自身を強くも淡い青色が包む。


 初めて使う魔法で、使えるかどうかもわからない魔法。今の私じゃ発動出来たら奇跡の代物。

 理論は知っているし、魔力も知識もある。ただ、実力が足りない。自分の中で発動出来る、という確信がどこからも湧いてこない。むしろ不安が覆い尽くしているような感覚にすらなる。

 でも……でも、ヤマトの期待に応えるにはこれしかないのっ!


 いつも彼は言っているわ。「自分は弱い」って。剣術を身につけても、いくら身体を鍛えても、才ある人には追いつけない。私は才があるわ。嬉しいことにね。でも、彼には無い。

 それでも彼は私の傍にいようと頑張っている。だから私が自らの才に任せて居ていい訳が無いのよ。

 努力する人間の傍に居ていいのは同じように努力出来る人間だけ。努力する辛さを知っている人間だけ。だから私は努力する。

 彼のそばに居るために。相応しい女になれるように。ヤマトもそれを知って私に背中を任してくれる。期待してくれる。だから私は…………応えるために、誰にも、この場所を渡さない為に。

 


 暴風のような魔力を感じて警戒対象をこちらに移したのか、かなりの速度で突っ込んでくる雷虎。


 魔力は普通は視認できない。それでもこの状態なら威圧のように感じることくらいは出来る。

 

 詠唱をしている間にかなり遠ざかった雷虎は全速力でこちらへと走ってくる。大きく口を開けて、まるで私のことを捕食しようとしてるみたい。

 

 でも、間に合わないわ。


「───逝きなさい、〈天涙ウォラヌス・ダクリュオン〉」


 詠唱が完結する。それと同時に左手に持ったヤマト製の魔砲を構える。

 魔法を発動した時に少しだけ魔力を流し込み、内部の魔石に充填されている魔力動き出す。魔力が魔砲に巡り、魔法陣が展開する。


 杖の先端を地面に突き刺すと、こちらに駆けてくる雷虎へ向けて地面がパキパキと瞬時に凍っていく。


 膨大な量の霜や氷により、どうすることも出来ずに雷虎の足が埋め込まれる。



 展開された魔法陣はゆっくりと回転を始め、次第に中心から透明で、まるで槍のようにも見える水の塊が迫り出してくる。



 雷虎の足を埋めつくした氷はバキバキと激しい音を立て、今なおかなりの速度で成長を続け、脚部から胴体へと覆うように拘束力を強めつつも、さらに動けば刺すとでも言うように太い棘のような物を生やしていく。



 魔法陣からせり出た水の槍はその三メール近くあるその全容を水らしく少しづつ変化させていき、同時に回転をゆったりと始める。



 雷虎の身体を覆い始めた氷は今や恐るべき速度で成長し、その体躯の三分の一を覆うまでへとなった。

 そしてさらに変化し、氷は雷虎を拘束する氷そのものをまるで拷問器具のように内側へ細かくも鋭く長い棘を生やしていく。



 回転する槍はその形状を細い二股の槍へと変化させ、長さは五メール程にまで伸びる。そして、その先端は徐々に凍り始めていた。



 氷はついに雷虎の体躯のほとんどを埋めつくした。尾と頭部を残すのみである。

 拘束を解こうと身動ぎする雷虎だが、全身を覆うように存在する恐ろしく鋭い氷の棘が動く度に全身へと突き刺さり、所々血が滲み出す。



 槍はついに全て凍り、そっと回転を止めた。槍は回転の余波で自身を覆い隠していた氷の結晶をキラキラと散らしながらついにその全貌をさらけ出した。


 美しくもどこか禍々しい、目を奪われかねない程に透明で、槍という物の美しさをこれでもかと追求したような二股の槍。

 その先端が雷虎の顔面に向けられていた。


 

 全身を覆う氷の拘束はさらに成長し、身動ぎせずともその棘は身へと突き刺さっていく。

 脆いはずの氷は今や強靭な刃となり、強固に身を守る雷虎の甲殻へと着実に突き刺さっていく。そして棘はついに全身を突き刺し、その鋭い先端で柔らかい皮膚を切り裂いていく。



 魔法陣は今だ収束せず、槍へと魔力を流し続ける。

 氷は槍をさらに覆い始め、剥離し、また覆う。



 全身を突き刺す棘はもはや深々と突き刺さり、ついに雷虎を拘束する氷そのものが圧迫を始め、突き刺さった棘をさらに深く沈みこませてゆく。



 

「万事は整った」


 私は地面から杖を引き抜き、真上と掲げる。


 左手を動かし、槍の位置を調整する。


 

 足元の氷はさらに広がっている。雷虎の頭部も既に大半が覆われ、見えるのは口元だけ。

 氷に覆われまともに動けないのであろう雷虎が僅かに口元を動かしているのが見える。おそらく吠えようとしているのだろう。

 でも、自身を拘束する氷がそれを許さない。氷が自身を締め付け、さらに鋭い棘が皮膚の下の筋肉を傷付け、動かすことも困難になる。


 それを見て私はなんの感慨も無く、ただ杖を振り下ろし、槍を射出した。





 それはまるで雪のようであった。

 


 雪のように白く輝く一粒であった。



 ただそれは雪では無かった。



 なぜならそれは液体だったからだ。



 傷付ける事に特化した死の雫。



 まさに天罰とでも言うような存在であった。



 それは美しかった。


 天より落ちる様はこの世の何よりも美しく、絵に描くことすら無礼と思えるほどであった。


 いつしかそれは神の御業として讃えられるようになった。


 美しすぎるが故であった。


 ただ、それは人によるものであった。


 神などという不定形な存在では無く、人という定形であり、定命の存在のものであった。


 人はそれを認めなかった。


 清浄たる神のものであると讃え、不浄たる人のものでないと蔑んだ。


 神の信徒たる人は清浄であり、神の名を騙るその者は汚濁であると。


 侮蔑され、排斥され、崇高たる者によりその者は死んだ。


 しかしその者は最後に一つ、残したものがあった。


 そうしてとある街、とある国には大雨が降り続けたという。


 人を死に至らしめ、その恨みによって常に降り続ける死の雫。


 大地が死んだ。


 家畜が死んだ。 


 赤子が死んだ。


 そうして人は気づいた。


 ああ、あれは正真正銘神の御業であったのだ。


 我ら人に与えられた神の御業であったのだ。


 人が持つことを許された神の御業であったのだ。


 人は嘆き、自ら雫へと身を投げた。


 神の御業を受け取りし使徒を殺した罪として。


 人は嘆き、嘆き、嘆いた。


 いつしかその声も途切れたが、声の代わりと言わんばかりの氷塊が存在していた。


 軋み、擦れ、削れる音はまるで嘆いているようであったという。


 その様はまるで天が泣いているようであったと。


 人はそれを見てその魔法を〈天涙〉と、呼んだ。




 フッと、一雫。


 どこか空から落ちてきたその魔法は。


 音すら立てずに雷虎へと落ちた。



 パリンッ


 雫が落ち、少しして空間を切り裂いたその破裂音は、


 ピキッ


 雷虎を覆う氷の拘束具を、


 ガシャンッ


 粉々に割砕いた。


 

 唐突に自身の拘束が解けたことに戸惑う雷虎であるが、これで終わる訳では無い。


 

 ビチャッ


 胸部に開いた大きな傷から血の塊が落ちた音だ。

 そしてそれを皮切りに、頭部の先端と尾の先端を除いた全身余すこと無く付けられた大小の傷から血が吹き出した。


 苦痛に悶える雷虎であるが、魔法はまだ続く。


 グジュリ


 そんな音が聞こえてきそうな程に、まるで肉が腐っているような紫色に変化した右前脚。全身を覆う苦痛で動かすことも叶わないが、更なる痛みが襲っていることだろう。

 

 ボトッ


 ついに、落ちた。


 右前脚の大半が落ちた音だ。さらに変色し、元の足からは白かったであろう骨が見えている。

 血は吹き出し、もはや立つことすら苦痛だろう。


「終わらせましょう」


 苦痛の中では天からの救いのようにも聞こえるその声音と同時に……


 ブスリッ


 苦痛に悶え、その様をありありと示すその顔へと槍は放たれた。


 

 永きを生き、長きに学び、獣らしく駆け抜けた白い獣はこうして、その灯を断った……




「ルルッ!!」



 はずだった。


 色が戻り、音も聞こえるようになった途端に感じた衝撃。

 見るとそこには殺したはずの雷虎と……


「……っ!?」


 左手で私を突き飛ばして、雷虎が通り抜けざまに振り抜いた尾を右手で庇い、その衝撃で飛ばされるヤマトの姿であった。


「グルルルル……」


 恐る恐る唸り声の元へ目を向ける。そこには居た。そして感じる。



 たとえ全身より血を流し、右脚の大半を無くし、さらに頭部を貫かれようとも。


 もはや気高いとさえ錯覚するほどに強大な獣の生き様は……




 終わらない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る