亜竜とは

「じゃあまずは亜竜とは何かを説明していこうか」


 ハントさんは暖炉に据えられた卵を眺めながら話し始める。


「知っているかもしれないけど龍と亜竜は別物だ。その理由は単純で、魔物か魔獣かだ。この二つの差はわかるかな?」


 俺も含めて皆首を横に振る。俺も亜竜については調べたがその二つの差についてはわからない。


「わかった。じゃあまず大前提である魔物から説明するよ。魔物とは、この世に存在する既存の生物が魔力の影響で変異したものだ。それ故に魔法を扱える個体もいる。だから魔物の肉は食べることが出来る。もちろん、魔物として一から生まれたものもある。それが亜竜だったりする。他にもいるけどね。要は魔力を得て強化された動物と考えていいよ」


 なるほど。魔力で変化した生物ね……実験する価値もありそうだな。


「次に魔獣だけど……こちらは生物ですら無い。中には現象そのものを司るモノさえ存在している。僕がこの前討伐した融合変異種キマイラも魔獣になりかけていた。確かあれは獅子に鷲の頭に加えて蜥蜴の頭を尾に据えた異形だった。元が魔法も扱える個体だったのか火も吹いてきた。表皮も硬くてかなりの苦戦だったよ。わかりやすく言うととても強い魔物だ」


 魔獣ねえ。現象を司るってなんなんだ?

 あと魔獣になりかけのものをとても強い魔物って言えないだろ普通。


「あとは……そうだね、豚鬼オークの王、豚鬼王オークキングなんかも魔獣に括られたりする。豚鬼そのものは魔物だけど、それを万単位で統率すると、知性をかなり有していることになるから魔獣へと格上げになるんだ。あとは……冥猛鳥ノクスガルーダかな。魔物から魔獣へと昇華される稀有な例が幾度か起きているのは」


 冥猛鳥か。ガルーダそのものは確かインド神話だったか。この世界って偶に地球のものと名称が同じだったりするのがいるけど何故なのだろう?この世界にした以上言語が自由に扱えるのは当然だろう。でも固有名詞が地球のままってのは明らかにおかしい。これは考察の価値アリだな。


「もちろん、魔獣の中でも有名なのは龍だけどね。なぜなら、魔獣とは何かを体現しているからにすぎない。そもそも魔獣とは何かと聞かれても答えられないんだ。僕も含めてね。でも辛うじてわかるのが、龍なんだ。魔法をいとも簡単に操り、強大な力を有する。それだけで説明がついてしまうんだよ」


「じゃあ……魔獣ってのは生物でも魔物でも無い別物なのか?」


「うん。僕はそう睨んでる。確かに心臓に当たる臓器も存在するし、彼らも眠る。でもそれはあくまでも生命を営むものとしての最低限の必須能力であり、彼らを縛る上で最高の拘束器具なのだから。いや、もしかしたらそれは拘束器具ですらないのかもしれない。身を縛ってすらいない……昔の人が言うには『神が与えし縛鎖とは、彼奴等を縛るに在らず。その身を害せず、我らを害す彼奴等の爪となり』だそうだよ」


「つまり、本物の魔獣が居るとしたらそれは生と死すらも超越したナニカってわけか」


「うん。初めてこれを知った時は僕も笑うしか無かったよ」


「文字通りのバケモンじゃねーか。まさに俺らが連中に生かしてもらってるわけだな」


「確かに。今まで魔獣達に対抗した人物や種族は数多くとも、彼らにとって僕たちは単なる塵芥なんだろうね。気にも留める必要も無く、邪魔であれば少し息をかければ吹き飛ぶ程度のね」


「ははは……そりゃあ笑うしかねーや」


 男二人で乾いた笑いを漏らす。


「それで、亜竜というのはどんなものなのかしら?」


「ごめんごめん、じゃあ一度外に出てもらってもいいかな?」


 そう言われ、曇り空で寒い庭に出ると、いつの間にかそこには一頭?一匹?とにかく黄色の鱗を持つ翼竜が丸まって寝ていた。


「この子が僕の相棒の翼竜クル。見ての通り前足が翼になっているよね?」


 大きさは広げるとその身体の全長と同じくらいはありそうだ。

 これほど大きな翼なのだから飛んできたのだろうけど……全然音が聞こえなかったぞ。


「だから翼竜種か。でも俺はあと二種類いるって本で見たが?」


「翼脚種と龍翼種だね。その三種の総称がサルム大陸における亜竜とみていいよ。で、まずは翼竜種だけど亜竜の中では一番飛ぶのが上手い。理由としては住んでいる地域が巨大な渓谷でそこを常に飛行しているからというのがある。もちろん渓谷には崖が多いから様々なところに引っ掛けられるように爪は発達した。ごらん、この爪を使って崖に掴まるのさ」


 クルという翼竜の翼にはだいたい三十セール弱くらいの長さがある鋭い爪がついていた。地球にいた頃にティラノサウルスの牙とやらを見たことがあったがまさにそんな感じだ。色合いは爪まで黄色というわけじゃなく普通に象牙色だった。


「彼らの住処はキューラル大渓谷という複数の国に跨る渓谷なんだ。その深さは数百メールはあり、底の方は有毒の瘴気が溜まっている魔境なんだ。そんな環境で住まうのだから空を飛ぶのが得意なのは当然かもね」


 そのあとも翼竜に関する説明があって、まとめると、


・翼の爪は崖に捕まるために使用。

・筋肉の付き方はかなり特殊で翼を動かすために全身の筋肉を使うからか走るのは苦手。

・鱗を持つが、それは高度による気温の低さから体温低下から身を守るためであって防御能力としては最低限。その分軽い。しかしそれは亜竜としては最低限であって普通の魔物にとってはかなりの硬さ。

竜息ブレスについては後ほどだそうだ。


「じゃあ次は翼脚種と龍翼種なんだけどね。この二種に関しては言うことはあまり無いんだよね。強いて言うなら身体の違いと生息地程度。じゃあまずは翼脚種から……」


 と、こんな風に説明されたが例の如くまとめだ。

・生息地はキューラル大渓谷の付近に聳える竜山ことエルデン山との間にある高地らしい。上手い具合に棚のようになっていてそこで狩りをして生きているようだ。

・前足は翼でありながら足として機能する。人間で言うなら二の腕まででまず足としての機能を持つ。そして、翼は小指に当たる骨が伸びてその間に翼膜が発達したようだ。

・飛ぶことに関しては翼竜種に負けるが、地上では走ることが出来るのでかなり有利である。また、亜竜には珍しく群れは組まない。


 次に龍翼種だ。

・エルデン山に生息し、中々姿は見せない。

・四本の足に背には大きな翼とまさに龍のような見た目である。

・地上を駆け、空をも駆ける姿はまさに美しいの一言だそうだ。

・個体数が少ないため竜騎士でも駆るものは今はいないそう。



「ここまで三種の亜竜を紹介してきたけど共通していることがいくつかある。一つは体長、これはどれも最大で十五メール程度までしか成長しない。龍はもっと大きくなるのだけどね。で、もう一つは竜息について。これは魔法的な力とかでは一切無いんだ」


「じゃあ竜達は体の中に炎などを宿していると言うの?」


 ルルが当然の疑問を投げる。実を言うと俺はこの答えを知っていたりする。だからこの場では何も言わない。


「体内に炎などの魔法を宿しているわけじゃあ無いんだよね。説明するととんでもなく長くなるからそれなりに短くすると……」


 ハントさんは今だに寝ているクルの元へ向かうと彼?彼女?の首の根元から胸に掛けた部位を指さした。


「個体差はあるのだけどここに粘液袋と呼ばれる器官があるんだ。その名の通り粘性の強い液体だから敵に使えばまとわりついて厄介な代物なのだけど、これには面白い特性があってね……ところで君たちは竜息の種類はいくつあるか知っているかな?大まかでいいよ」


「確か、炎、雷、水だっけか?」


 そろそろ肌寒くなってきたのであまり外に居たくない俺は話をとっとと進めるために答える。


「その通り。仕組みについては今からお話しよう。と言ってもとても単純だ。まずは水から。これに関しては粘液そのものを吐き出しているに過ぎない。ただし他の竜の粘液と違って体内にある時はサラサラなんだ。体外に出ると、一気に粘性を増す、という不思議な特性なんだ。詳しい理由は未だにわかっていない。次に雷。これはとある魔物……雷虎だったかな?と同じ仕組みで、動く時に筋肉が動いて、さらに鱗も擦れるのは何となくわかるよね。その時に微弱だけど雷のようなものが発するんだ。それをどうやって纏わせているのかまでは謎だけど、粘液に纏わせて体外に放出する。炎に関しては一番仕組みが分かっていて、粘液袋の横に小さな袋のような内臓器官があるんだ。それは体内の胃や腸などの消化器官、血管などと繋がっていて、そこに体内の老廃物を溜め込むんだ。水分とかは全部吸収した上でね。そしてそれを粘液に纏わせて放出。あ、そうそう、放出するための器官は口内の舌の下の部分、唾液が出てくるところと同じ辺にあるんだ。話を戻すけど、炎の竜息に関してはその老廃物よりも粘液の方が面白くてね。なんと体外に出ると、ほんの一瞬だけ発火するんだ。不思議だろう?でもそれだけじゃすぐに鎮火して何の役にも立たないからそこで纏わせた老廃物が役に立つ。それはね、とても燃えやすいんだ。乾燥しきっているのだから当然ではあるのだけど、それでもよく燃える。だから竜は発火する粘液に纏わせて放出した後も燃え続けて敵への攻撃に使えるようにしているんだよね。じゃあ次は君たちの持つ卵に関してだ。あと、寒いからそろそろ中に戻ろうか」



 粘液であったり、筋肉による発電……静電気だろう。あとは老廃物を使った炎の竜息。なんというか、無駄が無いの一言に尽きるな。

 全く、知れば知るほどとんでもないな、竜ってやつは。


 俺はある種の期待を持ちながら暖かい暖炉の前に行くのだった。

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