杭と従魔の卵
「ねえ、本当に大丈夫なの?」
ルルが心配そうに覗き込んでくる。
「大丈夫だよ。むしろこの程度で壊れる方がどうかしてる。仮にも魔物の卵だぞ?」
目の前の机の上には巨大な卵が鎮座している。絵面的にはコロンブスの卵みたいな感じだな。別に殻の一部を割ったわけじゃ無くてちゃんと台に乗せているけど。
「表面だけなら誰も気にしないって」
俺は目の前の卵の殻の表面をナイフで削っていた。
昨日この卵のことを聞いてふと思った。
「これって本当に卵なのか?卵だとしてこれは殻なのか?」と。
だから試しに酢の中に突っ込んでみようと思ったのだけどそのまま入れる訳にも行かないからな。だから表面を削って、粉になったそれを入れるというわけだ。酢に関しては似た物があったからそれにする。本当に酢なのかは謎だけど。ただ酸っぱいだけだったからな。
表面を削ったものを小皿の底が見えなくなる程度には集められた。途中で思ったよりも殻が薄いことに気がついたからここで終わらざるを得なかった。正直俺はこれよりもうちょっと欲しかったけどルルに止められた。何故だ。
次に集めた粉を粘土にまぶしていく。これは弾丸製作にも使っている粘土だから大量に在庫もあるし、大量に売られてたりする。
丸く固めたそれを酢に入れると……
シュワシュワシュワ……
「と、言うわけで従魔の卵の殻はカルシウムで構成されていると」
「と、言うわけでじゃ何もわからないわよ。何をやってるのこれ」
ただの実験だよ。
皆さんも小学生の頃の理科でやったことがあるだろう。お酢に卵の殻を入れると溶けるという実験を。
ちなみに特に深い意味は無い。単に暇だったからやっていただけだ。
「ただいまぁー、お兄ちゃんに頼まれてたもの、買えるだけ買ってきたよ」
マナが手に大荷物を持って帰ってきた。この実験はマナが帰ってくるのを待つための暇つぶしだ。
マナの持つ袋の中には直径数ミールの黒い玉の入った瓶が四つに、何かペンのようなものが数本入っている瓶、長さが四十セールくらいある木箱だった。
木箱をまず開けると中には三本の金属製の棒が。先端が尖っているから杭と言った方がいいかもしれない。次に中にもう一つある木箱の中には金属製の筒が。これは薬莢に似ている、と言うよりも薬莢そのものだ。
「さすが親方。完璧な仕上がりだ」
三十セールくらいある杭は内二本は特殊な形状で、先端に返しが付いていて中の一部が空洞になっている。
もう一本は中は空洞では無い純粋な杭だ。
「ヤマト、それ何?」
「うーん、なんというか一種の切り札みたいなものかな。一言で言えば射出杭だな」
火薬で撃ち出す以上射出杭で間違いないだろう。
これらは先日の
ちなみに威力は十メールほど離れた位置から昔討伐した
そもそも、たかだか7.5ミール程度の太さの弾で熊撃ちかそれ以上のことをしようとしているわけだ。熊だって大きなものなら大口径マグナム弾を数発は耐えるのだ。この前はシャリアやマナの攻撃とルルの高威力の魔法による連携で倒せたようなものだ。最初は不意打ちに近い形で転ばせられたが、それからは十発以上撃ち込んでようやく転んだくらいだった。他の相手でもそんな事をやっていたらいつか死ぬ。武器の強化をするにも製作に時間が掛かる。地球で聞いたことがあった。グリズリーを銃で倒すなら7.92ミリ弾を数十発を複数方向から同時に撃ち込んでようやくだったとか。それよりも凶暴な魔物がうじゃうじゃいるこの世界では7.92ミリ弾は豆鉄砲もいい所だろう。俺の7.6ミリ弾は豆鉄砲どころか胡麻鉄砲だな。
今製作を考えているのは俗に言う対戦車ライフルだ。それならば魔物の硬い甲殻もぶち抜いて中に強烈なダメージを与えられるだろう。難点は柔らかなところに当たるとその部分がズタズタになることか。威力が高すぎるからな。もう一つの難点として持ち運びが難しいことだ。重いものだと六十キグラにもなる試算だ。だからせめて背中に背負って持ち運べる位の重さにしなきゃいけないわけだな。他にも実は色々な問題があるから親方と一緒に突き詰めている最中だ。ま、今はこの杭だ。
普段撃ってる銃弾よりも火薬量は多めに入れるから純粋な火力だけなら上になるわけだ。
「あくまでも近距離じゃないとまっすぐ当たらないから難しいがな。試行錯誤しなきゃいけないからとりあえずは今度の依頼で機会があれば使ってみるってことで。ところでマナ、街はどうだった?騒がしかったか?」
「うん。もう結構多くの人に周知はされてるみたいだね。まだ到着はしてなかったけど」
「分かった。じゃあもう少ししたら行ってみるか」
今日が件の〈竜剣士〉が王都に来る日なのだ。卵の表面削っちゃったから多分返品は受け入れてくれないだろうけどこれがなんの従魔かは知りたい。そもそも俺たちの中で従魔を扱ったことのある人間が一人もいないからな。育てかたとか必要なら聞かなきゃいけないし。
「相変わらず騒がしいですね。王都は。でも戦争ばかりして楽しみが無くなったあの国よりはマシですね。クル、ギルドの裏の訓練場に降りてください。皆さんを驚かさないようにしてください」
「クルルゥ!」
その日、王都上空に一頭の黄色の翼竜が現れたことに民は湧き上がった。
なぜならその背に乗る人物、〈竜剣士〉ことハンターギルドが誇る特級でありの金級ハンター、ハント・ハンクが現れたからだ。
翼竜が訓練場に降り立つと同時に王都ハンターギルド長であるヴィル・ガードレアが頭を下げながら話しかける。しかし、その様子とは裏腹に口調はかなりフランクだ。
「よく来てくれたね。ハント君。三年ぶりくらいかな?」
「お久しぶりです。ヴィルさん。そうですね……、一度故郷に戻ったのでだいたい三年ですね。そちらは仕事には慣れましたか?」
「まあな。思えば早いもんだな。俺がまだ二十代の頃にひよっ子だったお前がいきなり登録したいって翼竜連れて現れたんだからな。まああれは俺の格好もあったがまさか職員と勘違いされるとは思わなかった」
「そ、それはそろそろ忘れて貰えると……」
「その話で今だに酒が飲めるんだ。忘れる訳には行かないな」
「は、はは……それは勘弁して欲しいんですがね」
「で、今回来てもらった理由は確か依頼だったな?」
「はい。これが証拠ですね」
彼は腰のポーチからその大きさに見合わないほど大きな牙を取り出した。
「ふむ……
「では報酬はいつも通り振り込んで置いてください。それで……あれ?」
「どうかしたのかな?」
「いえ、なんでもありませんよ。では僕はこれで」
彼はいつも通り自分の相棒をそこにおいて、ギルドの扉の方へ向かう。向かうのは菓子屋。これは彼の日課のようなものだ。しかし、今日は違った。
「君たちだね。彼女が託したのは。彼らは元気かな?」
彼は人懐っこい笑顔で、目の前の四人に話しかけるのだった。
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