トウの木の樹液
「なんだこりゃ」
王都滞在四日目。
昨日はずっと宿の中で引きこもって魔法陣の本を読んでいた俺だが、今日は外に出てみたのだ。
というわけで王都の食堂に訪れていた俺の目の前には透明なカップがあった。しかし、ガラスみたいに硬くなければ冷たくもない。しかし透明度はまるでガラスだ。しかも落としても割れないというおまけ付き。まるでプラスチックのような感じだ。でもこの世界ではプラスチックはおろか、石油すら認知されてないのだ。石油加工製品なんて存在するはずが無いのだ。俺のような転生者がいない限りは、だが。
「ほんとになんなんだこれ……」
中の水を飲み干して、そのカップを色々と観察する。大きさは縦十セール、直径四セール程のもので、透明で中が見えているのだ。厚さもそこまでなく、本当にプラスチックみたいだ。
「坊主、それを見るのは初めてかい?」
俺がずっとカップを見つめているのを見て隣のおじさんが声をかけてきた。
「はい。こんな風に中が見れるカップなんて初めて見ましたよ」
「そうだろそうだろ。そいつはな、俺の村の近くの森で見つかった木の樹液から出来てんだとよ。樹液そのものは昔からあったみたいだがそうやって使われるようになったのは最近なんだってよ。ま、親父がそう言ってるだけだから本当かわからんけどな!」
なるほど樹液か……どうやって固めてるのか気になるな。
「なあおっちゃん。これってどこで売ってるかな」
「ん?こいつは確か……」
「ここから二つ通りを越えたところさね。商店街の中だけどこのカップみたいのが結構置いてあるからわかりやすいはずさ」
おっちゃんの代わりに奥から出てきた女将さんが答えてくれた。
「ありがとね。これ、お代ね。ごちそうさま!」
俺はお礼に少しだけ多めにお金を置いて店を出た。今居た食堂は魚料理が人気で気になってきてみたのだけどとても美味しかった。また来よう。
さて……ここから二つ通りを越えたとことはどこだ?
俺はその後一時間ほど道に迷い続けることとなる。
「いらっしゃいませー」
ようやく見つけた店、トウ商店に入る。名前からわかるようにトウの木の樹液から作った製品のみを扱っているようだ。
棚にはいくつもさっきの食堂で見たのと似たようなカップが置かれている。
「それを見るのは初めてですか?」
さっき店番をしていた人のようだ。
結構美人だ。
……しょうがないよね!?見た目は十四でも中身は三十いってるんだし。でも精神が身体に引っ張られてるから純粋に美人だと思えるな。
「はい。王都に来るのも初めてでして……これを見たときびっくりしましたよ」
「そうなんですね」
「これって樹液から出来てるって聞いたんですけど本当なんですか?」
「はい。そもそもこのカップの元となっている樹液はトウという木から出てくる樹液なんです。結構トロトロしているので木に傷をつけたらすぐに出てきてしまうんです。しかもトウ自体が成長と回復が早くて、一本の木から取っても二週間後にはまたその木から樹液が採取できるんですよ」
「そうなんですか……、じゃあこのカップにする方法とかって教えて貰えますか?」
「わかりました。そうですね、じゃあ例えばこのカップなら採取したトウの樹液を金属で出来たカップの形をした型に流し込むんです。樹液を入れたら、次に熱を加えるので大きな窯に入れるんです。実際、いくつも作るので大きいだけで、個人でやるなら家庭用の竈でもいいんですけどね。そして、熱を加えていくのですが、この時加える熱の長さですね。それによって硬さが変わってきます。もちろん、温度が高いに越したことはないのですが、そこまで行くと職人の技になるので説明が難しいんです」
説明をしてくれているお姉さんがとても丁寧に教えてくれるからとてもわかりやすい。
熱で形を固められるということは材料と型さえあればなんでも形に出来て、しかも自然由来だから環境にも良い。……まさかの純異世界産のチート素材であったか。その正体が金属とかじゃなくて樹液ってのも個人的にポイント高い。
この素材なら前から作りたかったアレもいけるか?
「そうなんですね。じゃあその樹液を型に入れて、熱すればこんなに透明になるんですか?」
「それは温度が関わって来ますね。ですが普通の竈くらいの温度で熱すればこのカップと同じくらいの透明度にはなりますね」
そのカップは食堂で見たのと同じくらいの透明度だった。向こうが透けて見える。
「これってどこで加工してるんですか?」
「これはこの店の裏にある竈で作ってます。三日に一日のペースで作ってるんです」
「へぇー、……原料のトウの樹液って普通に買うといくらくらいなんですか」
「そうですね……量によっても変わりますけどあれくらいの壺いっぱいで金貨三枚くらいですね。取れた量によっても変わりますけど」
思ったよりも安いな。なら購入して工房の竈でも借りてやってみるか?
「あの……なにか作りたい物でもあるんでしょうか?」
「ええ、まあちょっと」
「ならそれを私に作らせて貰えませんか?」
おおっと?漫画みたいな展開か?
でも親切心っぽいし言うだけ言ってみよう。
「構いませんけど、作れるかどうか……こういう型を使うんです」
俺は魔法袋からかなり前に作ったあるものを取り出す。
それは貿易都市にいた頃、一時期砂埃がひどい時があって砂が入って目が痛かったから作った銅製のメガネの型だ。包丁とかを専門に作ってる鍛冶師の人に作ってもらったから形はしっかりしている。
と言ってもレンズ二枚のメガネではなくアスリートとかがよくつけてるレンズ一枚から出来てるタイプのやつだ。本来ならガラスで作ろうかと思ってたけどもしかしたら樹液を使って作れるかもしれない。
「ここに薄く液を入れて固めて、さらに縁などを耳に掛けれるようにしてあるんですね」
型は三つのパーツに別れている。
まず一つがレンズに当たる部分だ。特に度なんかは入ってないしある程度フイットするように作っただけだから鼻の部分とか目の部分とかに曲線がある程度だ。ただしこれは二つで一つの型だ。挟まないと曲線が作れないからね。
残り二つは引っ掛ける部分だけだ。これは左右対称になるよう作ってある。こっちは別に挟み込まないといけないほどの曲線じゃないから二つで一つの型にはしていない。
これを組み立てると、スポーツサングラスみたいな感じのメガネになるという訳だ。
「とりあえずやってみましょうか」
あれ?この人ずいぶん乗り気だ。しかももう型を持っていってるしちょっとスキップみたいのしてたし。
「これがトウの樹液ですね」
そう言って樹液の入ったツボから瓶に移してお姉さんが見せてくれたのが透明の水飴みたいな感じの液体だった。確かにトロトロだ。でも水飴みたいに気泡は無い。
「これって目につけるんですよね?」
「はい。そのつもりですが……」
「なら少しだけ色を混ぜてもいいですか?具体的には青色なんですけど」
青色?なぜにその色なんだろう。
「青色って太陽の光を和らげることができるんです。と言ってもそう聞いただけなんで本当かわからないんですけどね。でも本当なら窓にガラスの代わりにこの樹液で出来た板を嵌めるときに青色なら眩しく無いと思いませんか?」
なるほど。つまりたまに見かけた車のフロントにある青い部分と同じことを言っているのか。
「なるほど。気になるので試してもらっていいですか?色合いはお任せします」
そう答えるとお姉さんは一度入口の方へ戻ると、小瓶に入った青い塗料のようなものを持ってきた。水で溶いた絵の具みたいだったけどどんな塗料なんだろう。
そしてその塗料をほんの少しだけ瓶の中の樹液に入れて混ぜていく。
するとどんどん混ざっていって次第に全体が薄い青色になっていく。どちらかと言うと水色かもしれない。
「これくらいですかね。じゃあ型に注いでいきます」
そう言って、漏斗のようなものをポケットから取り出すとまずはレンズの型の上から青色の樹液を垂らしていく。
その目は真剣だ。
ある程度樹液が入ると注ぐのを止め、その上から対となる型を被せる。
おお、溢れてない。完璧な量を注いだんだ。
「ふう……」
「すごいですね。量がぴったりです」
「よかったです。カップとかはもう慣れたんですけどこういうのはやったことが無くて」
「でもすごいですよ。一発で決めちゃうなんて」
「ありがとうございます。でもまだ二つありますので……あ、そうです。まだ時間が掛かるので明日来てもらってもいいでしょうか。ここからまだ型に入れたものを軽く乾燥させてから竈で熱を加えてると夜になってしまいますから……」
うーん、美人のお姉さんと離れるのはちょっと惜しいけどしょうがないな。
「わかりました。明日の朝で良いですか?」
「大丈夫です。明日の朝には完成しているはずなので。お待ちしてますね」
「よろしくお願いします」
俺はそう言ってトウの樹液というチート素材を扱う店を出るのだった。
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