爆発

 目の前で起きたことが何か一瞬わからなかった。


 そして、俺が今どうなっているのかもわからなかった。


 奇妙な浮遊感に景色が逆さまになって見える。


「ぐえっ!」


 そして痛みだ。



 何が起きた?


 俺は周囲を把握するため辺りを見渡す。

 どうやら俺はあの剛体蜥蜴を撃ったあとに何故かここまで飛ばされたらしい。


 いや、何が起きたかはわかる。強い衝撃、あれは爆発だ。あの小麦粉玉の煙幕の中にいた剛体蜥蜴を撃ったら爆発してここまで吹き飛ばされた。


 まだ耳がキーンとしているが、だんだん頭がはっきりしてきた。


 起き上がるとさっきまで俺がいた場所から五メールは離れている。


 木に隠れていたルルは大丈夫そうだ。


 そして……


「これってもしかしてあいつの腕か?」


 足元には巨大な鉤爪と鱗のある獣の腕が転がっていた。


 かなり大きくて持ち上げられそうにないからそこに放置する。


 ルルの元に駆け寄るといきなり彼女は抱きついてきた。


「大丈夫?……怪我は無い?」


 全く、自分も大変なのに……


 ルルの頭を撫でながら剛体蜥蜴を見ると確かにあいつの左前脚が失われていて血が大量に流れ出ている。

 そして痛みに耐えるようにもがいている。


「グギャァァァ!」


 小麦粉玉の煙幕が晴れていてよく見えるが……


 小麦粉玉?


 

 俺の頭の中で何かが繋がりそうだった。小麦粉と爆発。この二つで出来るあの剛体蜥蜴に対抗しうるもの。


 俺は前世の知識をかき集めて思い出した。


「粉塵爆発か……!」


 粉塵爆発は小麦粉やコーンスターチなどの粉が舞い上がり、そこに火をつけた時などに起こる爆発現象だ。

 密室だとか粉の量とか細かな条件があった気がするが今は気にしない。実際起きたのだから。銃弾を撃ち込んだから多分引火したのだろう。弾丸に付着していた火薬で引火したのか、調べたいことは山積みだがまずはあいつを倒すことからだ。


「ルル、ちょっと移動するぞ」


 俺は抱きついたままの彼女を抱き上げ、さらに奥の木陰に座らせた。

 ここなら爆発の衝撃も届かないだろう。


 そして、彼女が持っているありったさの小麦粉玉を出してもらう。


 俺のと合わせて全部で五個。一個で脚が吹き飛んだと思うと多分足りる。でも連続して起こるとは限らない……煙幕程度が無難か。



 俺は小麦粉玉を一個手に取ると、さっき撃った辺りまでもどる。そして玉を少し開封し、中に火薬を注ぐ。

 そして未だにもがいている剛体蜥蜴の後脚の地面に向けて投げつけた。


 さっきと同じように小麦粉と火薬が辺りに舞い上がる。

 やはり風は無いのでどこかに流れてはいかない。


 俺は伏せ、できるだけ木の影に隠れるようにして銃口をあいつに向ける。


 狙うは小麦粉玉を落とした場所。そう、後脚だ。目をやっているから煙幕もどこまで効果があるかわからない。ただこの銃で倒すことを望むのみ。

 現状剛体蜥蜴はもがいているがどこかに動いたりはしていない。


 つまり狙いやすいただの的。


 パアン!


 銃声が森の中に鳴り響く。そして、絶叫。


 全部狙い通りだ。


 さっきと違って俺は後脚を狙撃した。

 火薬入り小麦粉玉を落としたのも後脚。だから見事後脚を吹き飛ばすことは成功した……と思う。


 なんで疑問形かって?それはまた俺が吹っ飛んでいるから。


 伏せたけどダメだ。さっきの疲労も合わせて体勢が崩れてる。衝撃で転がってしまった。


 今度はルルの隠れている木の所まで転がってしまった。


「……ヤマト」


 おっと、何か言いたげだが言いたいことはわかる。


「……ごめん」


 俺は素直に謝るしかなかった。


 ルルが何か言いたげな時はとにかく謝るべきだと俺は知っている。


「あいつを倒すんでしょ?なら私も手伝うよ。もう大丈夫だから」


 そう言って彼女はしっかりと立ち上がった。


 持っている杖を本当に杖として使いながらだが。


「ヤマト、私が聖盾で守るからヤマトはあいつを撃って。私は何も出来ないけど、そうすれば私たちの勝ちよ」


 二人でさっきの狙撃場所に戻ってきた。


 そして周囲を何かに包まれるような感覚になる。


 ルルの持つスキル『聖盾』はその盾の名の通り、防御に特化したスキルだ。


 この一年で色々調べてみたが、時間制限とちょっとした代償はあるもののほぼ全ての物理、魔法攻撃を防げることが判明した。


 しかし、ハンターとして生きていくためにはどんな方法であれ生き残ることが第一だ。それにはルルの聖盾は強すぎる。最悪、バレたら色々とどうにもならなくなるのだ。


 だから俺たちは基本的に聖盾は使わずに今までやってきた。だが、今はここには俺たち以外誰もいない。バレる心配は無いのだ。


 だから今からは防御に関してなら実質無敵なのだ。


「じゃあルル、いくよ!」


 俺は彼女の力強い頷きに答えるように剛体蜥蜴の腹のあたりに向けて火薬入り小麦粉玉を投げつける。


 あいつは左側の脚は全て失った。

 完全に機動力を奪ったと言っていいだろう。


 そしてあいつを撃つだけならただ小麦粉が舞っているを狙うだけでいい。


 小麦粉玉が地面に落ち、小麦粉が舞って煙幕のようになる。


 俺はそこを狙い撃つだけだ。


 パアン!


 銃声と同時に何かがもげる音と絶叫。


 だが今度は吹き飛ぶ心配は無い。


 ルルが全てから守ってくれているからだ。


「ルル、大丈夫か?」


「うん!まだ大丈夫だよ」


 彼女は頼もしく答えてくれた。




 俺は風で小麦粉がどこかへ消え去ったあとの剛体蜥蜴を見る。


 やはり腹は硬いのか大してダメージは与えられていないようだ。


「うーん、今度は頭かな」


 俺は今もずっともがいている剛体蜥蜴の頭のあたりに火薬入り小麦粉玉を落とす。


 煙が舞い上がり、姿を隠す。


 だが、大体の位置は分かるから同じ要領で狙っていく。


 ……正直、弾もあと数発だからそろそろ終わらせたい。



 パアン!



 そして、血飛沫が舞う。


 凄まじい絶叫からはルルの聖盾が守ってくれるが元から彼女は疲れている。もう終わらせたいのだが……


 

 小麦粉が吹き飛び、姿を現した剛体蜥蜴は下顎を無くしていた。


 さっきまで毎回叫んでいたのに声帯も傷つけたのか叫んで来ず、暴れも少ない。もう長くないだろう。


「ルル、止めを刺してくるよ」


 彼女は頷いてくれた。


 もしここで止められたらどうしようかとも思った。



 俺は足元に銃を置き、魔法袋から剣を取り出す。


「あれ?剣でやるの?」


「うん。止めくらいはね」


 これは一種の自己満足かもしれないが……これでもこの剛体蜥蜴は生きていたのだ。

 その命を奪うのは銃のように間接的じゃなくて剣で直接やりたいのだ。


 俺は剣を抜き、剛体蜥蜴に近づいていく。


 弱々しく動く剛体蜥蜴はさっきまでの激しい動きを見せない。


 既に殺されると分かっているのか、大人しい。


 俺はそっと上顎の柔らかい内側から脳に向けて剣を突き上げた。


 そうして、ついに体長二十メールを誇る巨大剛体蜥蜴は完全に動きを止めた。



「終わった?」


 ルルは少し疲れたのか木の下に座っていた。


 これが聖盾の代償だ。


 制限時間は五分程度、そして彼女の魔力と体力をかなり消費するのだ。


 俺も彼女の隣に座る。


「少し、疲れたな」


「うん。寝ちゃう?」


「本当はヤバいけどな。でも良いかもな」


「じゃあ……光よ、我らを隠せ〈光幕ライトベール〉これで大丈夫だよ。魔物からは見えない」


「そっか、じゃあこれだけやらせて」


 俺はもう一度立ち上がると銃を取り出して空に向けて構えた。


 本当は空砲なのだけど無理だから本当に撃つ。


 魂を治めるための号砲だ。


 あの剛体蜥蜴への。


 おそらくあの剛体蜥蜴は何か特殊な個体だったのだろう。やけに身体が脆かった。火縄銃クラスの攻撃で身体がどんどん損壊していったのだ。確実になにかあった個体だ。


 だからせめて安らかに眠れるようにだ。


 細かなやり方はわからないが思いを込めて撃つ。


パアン!



 その音は空に高く響いたのだった。





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