会敵

「くそっ!間に合うのか!?」


「わからないけどこれでも飛ばしてるのよ!」


 荒々しく叫ぶ男に答える女性。


 彼らの言動からしてかなり焦っているのが見て取れる。

 

 それもそのはず、彼らの弟、妹分であるヤマトとルルの二人が現在魔物の変異種がいる山に残って居るのだ。


 その変異種は剛体蜥蜴ビッグリザード。本来なら体長数メールの初心者でも狩ることの出来る魔物ではあるが体長二十メールもある巨体を持つ相手だとどうなるかは分からない。下手すれば既にもう……


「ダン、落ち着いてください。焦ってもいいことはありませんよ。まあ……僕自身もかなり焦っているのですけどね」


 魔法士の青年も声は落ち着きながらもやはり焦っているようだ。


 ハンターパーティー〈風の導き〉はあの二人とそれなりには関わりがある。

 まず二人がこの街に来るのに同行した。

 そして、ハンターとは何かを教えたりもした。

 それからも数回だが共に依頼を受けたりもした。


 既に単なるハンター仲間とは言えない程に関わっていると自負しているのだ。


「頼むから無事でいろよ……二人とも!」



 変異種のいるササ山まで残り数時間。




◆◇◆◇◆




「ルル!?なんでここに……いや、これはなんだ?」


 声の主はわかっていた。


 しかしここに居るはずは無い。既に遠くに逃げているはずだからだ。


「ごめんね……やっぱりどうしてもヤマトを置いては逃げられなかったからここで罠を仕掛けて待ってたの。一か八かだったけどね」


 俺の後ろでは剛体蜥蜴が足を土に埋もれさせ、体中に蔓が巻き付き縛める。

 二十メールの巨体も動きを止めていた。


「はあ……ありがとうな、ルル。それにここは……中間地点じゃないか」


 俺はとにかく闇雲に逃げていたが、いつの間にかさっき通った下層と上層の境目の広場に出ていた。


 俺は少し休んで息を整えると立ち上がる。


「ルル、急いでここから離れよう。こいつが動きを止めている今のうちだ」


「待ってヤマト、ここから私が離れちゃうとこの魔法が解けちゃう」


 マジかよ。でもそうか。基本的に魔法は複数制御が出来ても切り離して自立させることは不可能とされている。

 つまりここからルルが離れても剛体蜥蜴を押さえつけておくのは不可能という事だ。だが、近くにいれば押さえつけておくことは一応可能。でも長時間はダメだ。

 ルルはあえて言わなかったようだが既に額に汗を滲ませている。


「ルル、そこの木の影に隠れて。やつの視界を完全に潰す。その隙に一気に駆け抜けるぞ」


「出来るの?そんなこと」


 ルルは心配そうだ。まあそうだよな。さっきも心配掛けちゃったし。でもこの押さえつけられている状態なら大丈夫だと思う。


「やってみるよ。でも何か少しでもあいつの気を引けそうなもの……石でも何でもいい」


「じゃあこれでも良いかな?」


 彼女が取り出したのは小さな玉。


 布で包まれていて中に何か入っている。


「ルル、もしかしてそれって……」


「うん。小麦粉玉」


 小麦粉玉は少し前にルルが外でもパンが食べたいと言い出した時に作ってみたものだ。

 一つの玉の中にはパン一つを焼き上げるのに十分な量の小麦粉が詰められている。あとは水とかがあればパンじゃなくてナンもどきが作れることは分かっている。

 小麦粉は高いはずなのだけど貿易都市ではかなり安価に手に入ったからこうして作ることが出来ている。


「この辺り草とか砂利ばっかで石が無いの。今投げれそうなのはこれくらい」


「わかった。じゃあ俺があいつの目を撃ったらすぐにそれを投げて。そしたらここから逃げよう」


「うん。まかせて」


 ルルは元気よく答えてくれたが、徐々に息切れし始めている。

 早く逃げるか隠れるかしないとな。


「じゃあいくよ……今!」


 パアン!


 森に銃声が鳴り響く。


 目の前で撃ったため外すことも無く見事残った右目も潰した。


 しかし、何も起きない。


「ルル?」


 振り返るとそこには彼女が倒れていた。


「ルル!」


 駆け寄ると息が荒い。相当無理していたようだ。

 少なくとも気絶はしていない。


 俺は彼女を担ぐとすぐに近くの木陰に下ろす。


「大丈夫か?」


「うん……ごめんね……」


 ルルは苦しそうだ。


 俺は彼女に魔法を解除させると同時に落ちていた小麦粉玉を剛体蜥蜴の近くの地面に投げつける。

 小麦粉玉は地面にぶつかると同時に弾け、煙幕のように舞い上がる。奴はもう目が見えないが多少の気休めにはなるだろう。


「ルル、動けるか?」


 彼女は力なく首を横に振る。


 クソっ、こんなに無理をさせちまった。だけどこの状態で動くのは危険だな。


 とにかく今の状態じゃどこにも行けない。

 幸い、ここは木に囲まれていて風が吹いていない。だから小麦粉玉の煙幕ももう少しは持つだろう。


 俺は彼女に水を飲ましながらそう考えていた。


 だからと言ってここに留まっていたらいずれ見つかってしまうだろう。


 剛体蜥蜴は今も目から血を流しながらもキョロキョロあちこちを見渡してこちらを探している。

 さっき追いかけて来ていた時は目だけで探していたようだがもしかしたら音や匂いでも見つけられるかもしれない。


 それから逃げようと思うとそれなりに無理をしないといけない。そんなことは今のルルにさせられない。


 なら俺はどうするべきなんだ?


 この場からすぐには逃げられない。だが逃げなければ見つかって殺される。


 ならば出来るのは───


「抗うこと……か」


 俺はそっと立ち上がり弾を込め、銃を構える。


「……ヤマト……何、する気……?」


 ルルが弱々しく聞いてくる。


 その顔は俯いたままで見えないが心配しているのだろう。

 ……ダメだな、俺。ずっとルルに心配掛っぱなしだ。


「ルル、よく聞いてくれ」


「なに……?」


「今から俺は……あの剛体蜥蜴を倒す」


 俺はそう言って小麦粉玉の煙幕でうっすらと見える剛体蜥蜴に向けて引き金を引いた。


 鳴り響いた銃声の直後、目の前で爆発が起きたのだった。



「あれえ?」



 俺は目の前の爆発に間抜けな声を出すしかなかった。





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