クリスマス特別編 マフラー
「482……483……484……」
周りにある草木にはうっすらと霜が降りている。
ここ領都フーレニアは南部統一域に属する伯爵家の治める領地の領都だが、周囲を山に囲まれている関係で雪こそ降らないが霜は降りるのだ。
ただ、ここから少し北に行ったところにある貿易都市というところではたまに雪が降るらしい。
「492……493……494……」
ガルマさんから言われた剣の素振りはもう日課だ。
朝起きたら剣の素振りをして目覚めるレベルだ。
最近は素振りも楽しくなってきて、回数も五百回に増やしたところでもある。
日本にいた頃は朝早く起きて身体を動かすことをしたこともなかったけど今では身体を動かさないと落ち着かないくらいだ。
「499……500っと!」
俺が剣を下ろすとパタパタと駆け寄ってくる音が聞こえた。
「ヤマト!終わった?」
「うん。ルル、おはよう」
駆け寄って来たのはこの世界に転生して初めて会った人で俺を助けてくれた人。
俺がお世話になっているフーレン伯爵家の長女のルル──ルルフィリア=フーレンだ。
「はい!ヤマト、これプレゼント!」
そう言って彼女が手渡してきたのは布の塊───マフラーだ。
「あれ?今日なんかあったっけ?」
プレゼントを渡す日と言えば知る限り、誕生日とクリスマスくらいだ。
「もうっ!忘れちゃったの?今日は聖火日だよ?」
「あ、そうか!今日か!」
聖火日、こちらの世界で言うクリスマスに当たる日だ。本当に年終いの月の二十五日なのだから偶然にも程があると思ったが。
神話によると神様によって世界に火が与えられた日ということで聖火日。その神様に倣って自分の親しい人に何かプレゼントをする日でもある。
俺はルルからマフラーを受け取ると首にまく。
「私が作ったからね!似合ってるのは当然よ!」
彼女は自分の作ったマフラーを付けて貰えて嬉しいのか喜んでいる。
ありがとう、ルル。
◆◇◆◇◆
「……ん?夢か……」
ずいぶん懐かしい夢を見た気がする。
あれはまだ領都フーレニアにいた頃。確か九歳くらいだったかな?
あの頃は庭を駆け回ったりお菓子を食べたりして楽しかった。
俺の隣ではルルがいつの間にか同じベットに入って寝ている。
貿易都市ナラルラに来てから同じ部屋とはいえベットは別の部屋に泊まっている。
夜は別れていたはずなのに朝になると同じところで寝ているのはもう慣れた。
普段ならちょっと怒ったりするが今日は特別だ。
俺はベットの下からある物を取り出してルルが起きるのを待つ。
しばらく待っているといつもの様にルルが目を覚ます。
「……もう朝?」
「そうだよ。寒いから何か羽織って」
俺は彼女に椅子にかけてあった真新しいコートを手渡す。
この前買ったばかりの物でルルのお気に入りだ。
「ヤマト、今日はなんにも言わないんだね」
「まあね、今日くらいは特別だよ」
「あれ?今日何かあったかな?」
ルルは不思議そうだ。俺は夢で見た俺自身の反応と重ねていた。
「忘れちゃったかな?今日は聖火日だよ。はい、プレゼント」
俺は彼女に赤い毛糸で編んだマフラーを手渡す。
「あ、そっか!今日だったね。……ありがと!」
ルルは満面の笑みでそう言った。
そして彼女は嬉しそうにマフラーを首に巻いていく。
「えへへ、暖かい」
「よかった。初めてだけどよく出来たみたいで」
偶然毛糸が毛に入ったから作ってみたがマフラーを編むなんて小学校の時に授業で作らされて以来だ。
必死に作り方を思い出して作ったがちょっとだけ不格好になってしまった。
それでもあの時は自分の母親にだったけどこうして他人に思いを込めて作るってのも悪くない。
数ヶ月かけて作ったけどこの笑顔のためにやっていたなら気分が良い。
「もしかして前に私がマフラー作ったからそのお返し?」
「まあそうかな。俺も何か渡したくてさ」
「そっか〜実は私も作ってあるんだよ?」
そう言って彼女が自分の魔法袋から取り出したのは布の塊──今度は何か分からない。
「私お手製のセーターだよ!ちょっと大きめに作ったからサイズは大丈夫だと思うの」
俺はセーターを受け取ると部屋着の上から着る。
黒と白の毛糸で編まれていて所々に細かなデザインが入っていてルルの器用さとセンスが感じられる。
ルルの言うように少し大きいが着ていて心地良い。
「うん、ちょうどいいよ。ありがとうな、ルル」
「えへへ、喜んで貰えてよかったな。結構頑張ったからね」
大事に着ないとな。実はあの時貰ったマフラーもちゃんと持っている。というか大事にしすぎてあまり付けていなかったり。
今年はちゃんと交換するような形でプレゼントを渡せた。
本当ならこの世界では今日は聖火日おめでとうって言うみたいだけどあえてこう言わせて貰おう。
「メリークリスマス。ルル」
彼女はマフラーを付けて嬉しそうに笑い続けた。
クリスマス特別編『マフラー』 完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます