同刻 ギルド
貿易都市ナラルラのハンターギルドは朝十時を過ぎると受付カウンターは結構落ち着いてくる。
ハンターギルドカウンターは普段朝は五時くらいから忙しくなるがその分八時か九時くらいには落ち着くのだが今日はだいぶ暖かくなったから皆一気に出てきて依頼を受け始める。
だからカウンター受付担当の間では今日みたいな日は『冬眠明け』と呼ばれているのだ。
しかし、そんな日でもハンターが皆依頼に行ってしまえば結構暇になる。だからと言ってサボる訳でもなくて、ちゃんと仕事はある。
例えば、ギルドの掲示板に依頼を貼ったり、ギルドを通したハンターへの依頼の受付であったりとまるっきり暇という訳でもない。
先程ヤマト達の担当をした受付嬢であるミラもその一人だ。こっそり仕事をサボっている同僚を横目に彼女は今週の依頼受理数を紙にまとめて行く。
依頼達成数とは違い、こちらはハンターに依頼することを受け付けたことを示すものだ。
そして、まとめ終わったものを見ながら掲示板に貼る依頼書を作成していく。依頼者名、依頼内容、報酬、備考……
書くことはたくさんあるが、紙の大きさは限られている。しかも掲示板の大きさも限られているため、ある程度依頼を選ばなければならない。それでも、縦25セール、横17セールの紙をぎゅうぎゅう詰めに貼って、無理やりほとんどの依頼を掲示出来ているのだが。
そんな感じで仕事をしている内にサボっていた同僚も少しずつ動き始める。
それが普段のハンターが居ない時間のギルドの様子だった。
紛れもなく平和である。
そう……血相を変えたギルド職員が入口から飛び込んで来るまでは。
「た、大変です!変異種が……変異種が出現したとの報告が!」
その報告にギルド内は静まりかえった。
そしてすぐに皆が騒ぎ始める。
ここ数年、出現報告も無かった魔物の変異種である。場合によっては街を捨てることも考えなくてはならない。
魔物の異常成長、生態系の変化による身体へのストレスなど原因は様々あるとされているが、どれも人間の生活を営みを破壊し尽くすこともあるため、出現が報告された場合は街の衛兵と高レベルのハンターが対処に当たることが決められているものだ。
「変異種!?早くギルド長に報告を!」
「ど、どうしたら良いの!?」
「早く、街の衛兵に連絡を!」
皆の反応はそれぞれだ。
少しでも落ち着いている者は連絡を取ろうとするが、新人の職員はどうするべきかわからず右往左往している。
「落ち着きなさい!まずはギルド長に報告を──」
「落ち着け、何があったのだ」
ミラの指示は階段を降りてきた低い声に遮られる。
「ギ、ギルド長!」
階段を降りてきたのはここ貿易都市ナラルラのハンターギルドの長であるミード・ドラヴグだった。
「さて、何があったのか聞かせて貰ってもいいかな?」
先程ギルドに駆け込んできた職員にミードは向き直る。
「は、はい。先程、この街より西側の丘陵地帯で生態調査中の調査団より早馬で連絡がありまして、『山中にて魔物の変異種を目撃した』とのことです」
「ふむ、一つ気になるのだが何故早馬での連絡かね?調査団ならば伝令鳥くらいはいるはずだと思うのだがね。まあ良い、その早馬が持ってきた情報を教えてくれ」
ミードはそこが疑問に思ったらしい。しかし、間違ってはいない。伝令鳥が連絡してきていればもう少し早く対応出来たかもしれないのだ。
「はい。調査団は当時、ササ山付近を調査していたとの事です。ですが調査中に不審な足跡を発見、跡を追って行く野生動物の死骸を発見しました。その近くには同じような足跡が大量に残されていたそうです。その足跡はさらに続いていて、追いかけていると何やら捕食するような音が聞こえ、近づくとそこには鮮血山羊を食べている巨大なトカゲ……
それを聞いて、ほとんどのギルド職員は不思議に思う。剛体蜥蜴は確かに最大三メール近くにまでなる魔物だが、それでも捕食するのは角猪や野生の鹿程度である。最大で五メール近い大きさの個体が発見されたこともある鮮血山羊を襲ったという報告は来たことが無い。
「他に情報はあるかな?」
「そ、その……おそらく体長は二十メール近くあるとのことです」
それを聞いたミードは表情を歪める。
体長二十メールもある剛体蜥蜴なんざ聞いたことも無い!
そもそもそこまで成長できるのか!?
……いや、生まれながらの変異種ならば説明がつく。
仮に街へ降りてきたらどのぐらいの被害が出る?ササ山はこの街から馬車で数時間程度しか離れていないのだ。そんな巨体をもつ剛体蜥蜴ならばすぐだろう。
「そ、そんな……嘘、でしょう……」
ミードの思考を断ち切ったのは一人のギルド職員のか細い声だった。
「ちょ、ミラ!どうしたのよ!?」
膝から崩れ落ちたミラを彼女の同僚が心配する。
その場に居た者は全員、彼女が剛体蜥蜴の変異種の大きさに恐怖したと思った。だが彼女の口から出てきたのは全員の予想を裏切った。
「今ササ山にはあの二人が……もしかしたら……」
あの二人?聞いていた者には理解が出来なかったが何を言わんとしているのかは伝わった。
「どういうことだ。今誰がササ山にいる」
ミードは威圧をするように問う。
「今ササ山には……ヤマト君とルルちゃんが……鮮血山羊の討伐依頼を受けた二人が行っています……もしかしたら鉢合わせしているかも……」
それを聞いて職員達は息を呑んだ。
あの二人のことは皆知っている。約一年前にちょっとした事件を起こしたからだ。
そしてササ山と鮮血山羊の討伐依頼という単語。この二つはこの場にいる職員に最悪の可能性を想像させるには十分すぎる事実だった。
それに気づいたものは皆黙り込む。
しかし、ギルド内に降りた沈黙を破るのはこの街のギルド長ミードその人だった。
「全員聞け!今からこの街にいるハンター全員を集めろ!タグの色は関係ない、とにかく人手だ!───これより、剛体蜥蜴の変異種討伐とササ山にいるハンター二名の捜索を開始する!出発は二時間後だ!ハンターを呼びに行く者はそのことをしっかりと伝えるように!」
その声を聞いたものはすぐに走り出す。
この貿易都市ナラルラは広い。しかし、今はそんなことは言ってられない。
とにかくハンターの人手を集めるのだ。職員の大半が知っているあの二人組を死なせるわけにはいかない。
その思いを胸にハンターを呼びに走った。
職員達の健闘もあって、この時期には珍しくハンターは総勢30名集まった。
その中には今日は休暇にしていたハンターパーティー〈風の導き〉の姿もあった。
「いきなり呼ばれて来てみたが……何があったんだ?」
「わからない。だけどみんなピリピリしてる」
ダンの不思議そうな様子にベルが答える。だが彼女も状況はよくわかっていなかった。
そうして待っているとすぐにギルド長である完全武装状態のミードの話が始まった。
「まずはハンター諸君、急な呼び出しに応じてくれて感謝する。さて時間もないので簡潔に言うが、この街の近くのササ山にて
しかし、ミードの説明に疑問を抱く者もいる。
「ギルド長、俺たちはまだ黄色のタグです!呼ばれたので来ましたが、俺たちは戦えません!」
そう言ったのはかつてヤマトに小さなことで喧嘩を吹っかけたシンだった。
「実は現在ササ山に取り残されているハンターが二人いる。なのでタグの色が低い者はそちらの捜索に当たって欲しい」
「わかりました」
素直に答えたシンにダンは親目線で「成長したな」と思う。
あれ以来ヤマト達とは話していないみたいだが、ダンのアドバイスは実直に続けているようだ。
「なあギルド長、その捜索する二人は誰なんだ?」
ハンターの一人が捜索する人物の名前を聞く。しかしその名前にダンは焦ることとなる。
「ああ、彼らの名はヤマトとルルだ。二人とも黄色のタグで今日は鮮血山羊の討伐依頼を受けていたらしい。なので捜索の時はその事を念頭に置いてくれ」
捜索対象の名前を聞いたハンターは納得しているようだが、ダン達〈風の導き〉はヤマトとルルが現在変異種のいるササ山にいるということに気が気ではなかった。
それこそ、ダンが走り出すくらいには。
「ギルド長すまねえ!俺たちは先に行くぜ。あいつらがその変異種に遭遇する前に助けなきゃなんねえからな!」
そう叫んで彼はギルドを飛び出した。彼の仲間もその後を追って行った。
「はあ……仕方ない。では、説明は以上だ。細かな点は道中補足する。では総員、出撃!」
『おーっ!!』
雄叫びを上げ、皆が一斉にササ山へと向かって行く。
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