静かすぎる山

「やっぱ静かなんだよな……」


 山が静かなのはハンターが俺たち以外が居ないこともあるだろう。だが、それ以外の理由もあるような気がするのだ。


「うん、鳥の声もぜんぜんしない。むしろ静かすぎるよ。この山」


 ルルはやたらと耳が良い。五百メール先の馬車の音が聞こえる程だ。

だからすぐにいつもとの違いに気づいた。


 普段はハンターが何人かはいるため、鳥が逃げたりする時の声が聞こえたりする。たとえ居なくても風の音や動物が走る音など何かしらは聞こえるはずである。


 今まではそうだったが、今日はどこかおかしい。


「誰もいないから……ってことは無いよね。この静かさは」


 俺はルルに頷く。


 これが嵐の前の静けさと言うやつなのだろうか。


 かつて日本にいた時もほとんど感じたことの無いこの感覚。ましてやこの世界では初めてだ。




 普段登っている道を伝って二時間を掛けてササ山の下層と上層の境目の広場まで来た。


 ここもいつも通りだ。


「……景色だけな」


「うん。何が起こってるのかはわからないけどあるね」



 周りの草木も、空もいつもと同じだ。どこかおかしな所はない。


「ねぇヤマト、これって何かな」


 ルルが指さす先には蹄の跡があった。

 山の中に続いているのがうっすらと残っている。


「多分狙ってるのと同じ……だといいんだけどな」


 俺には蹄の跡を見て種類を当てるほどの知識は無い。ただそれっぽいと言うだけだ。


「追うか」


 俺とルルはその足跡の続く先へ向かう。




 山の奥に行くほどに静けさを増して、圧をかけてくるように感じる。


 もう気を張りつめていないと潰されそうになる。


「……こんなに緊張するのは久しぶりだよ。神殿以来かも」


 全くもって同感だ。


 例えるなら大学受験並の緊張感だ。一歩踏み外せばアウトのプレッシャーというか。


 そこで俺はふと違和感を感じた。

 この山の静けさとはまた別のものだろう。


「ルル、変な臭いがする。何かいるかもしれない」


 俺達は体勢を低くしながらその臭いのする方に近づいていく。

 その臭いは先程見つけた足跡の先から来ていた。


 ゆっくり進んでだいたい十五分くらいだろうか。足跡を追って行った先の木々の中に何かを捕食したような跡が残っていた。

 なんの動物かはわからないが、血の跡だけがそこに残っている。



 そしてもう一つ。


「これは……なに?」


 ルルが足元を指さす。

 そこにはモミジのような形をした大きさが数十セールもある跡が大量に残っていた。


 それはまるで足跡のようだった。いや、足跡なのだろう。


「これってさあ……足跡だけどどこかで見たことがない?」


 ふむ、言われてみればどこかで見たことはあるような気がする。

 一番形が近いのはトカゲだが……


「あ、これ向こうに続いてるよ」


 あちこちに足跡があってパッと見、どこかに続いてるというのは分からなかった。

 しかし、よくよく見ていると、うっすらとさらに奥に続いてるように見える。


「追ってみるか?」


 そう聞くと、ルルは頷いた。

 そしてさらに足跡を追って行く。




「まただよ。何か食べた跡がある。今度は……これは角猪かな?」


 ルルが地面に落ちた生き物の亡骸を指さす。そこには、生き物の足の一部と何か硬いものの破片があった。それは見慣れたものの破片で、角猪の物だとすぐにわかった。


「うん。これは角猪の物だね。それにさっきと同じように足跡が大量にある」


 ここにもさっき見たような足跡が大量に残っていた。


 それはやっぱりモミジのような形で、辺り一面に残っていた。


「うん。ここもさらに奥に向かってるね」

 

 ルルは地面を見つめてそう言った。


 さっきから俺も見ているがここまで大量にあるとどれが奥に向かっているのか分からない。もしかしてルルは目も良いのか?


 そんなことを思いながら足跡を辿るルルを追う。


「この先だね。……それになんか変な臭いするね」


 ルルの言うようにまるで何かの血のような臭いがしている。


 いや、まさしく血の臭いだろう。あの足跡の持ち主による。


「やっぱりここでもこうなってるか……」


 ここもさっきまでと同様にあちこちに足跡がある。ここまでくると、もはや足が大量にある魔物なのかとも思ってしまう。


 だが、今度はしっかりとどちらに向かったのかが分かるようになっていた。


「この足跡、結構新しいかも。あそこの血もぜんぜん乾いてないし」


 いつからルルは鑑識にでもなったのだろうか。


 彼女の指さす方には確かに何かの血が溜まっていて、全くと言っていいほど乾いていない。


 ちなみにここで、犠牲になったのはさっきと同じ角猪のようだ。ここでも角の欠片が落ちていて直ぐにわかった。


「うーーん……手がかりはこの足跡なんだけどね、どこかで見たことあるの。ヤマト、覚えてない?」


 それはさっきから俺も感じていた。

 このモミジ形の足跡……どこかで見たのだ。

 それにここまで足跡が多いということは最低四足の生き物だろう。


 四足でモミジ形の足跡ねぇ……なにかもう一つ手がかりがあればわかりそうなんだが。


「ヤマト、今度はこっちだよ」


 ルルがさらに足跡の続く方を指さす。さっきからずっと山の奥に向かっているが、基本的にずっと山の一定の高さを横に行っているだけな気がする。


「少なくともこの足跡の持ち主は肉食ってことなんだよな……」


 何気なく呟いた言葉だったが、それはこの状況を引き起こしている正体にかなり近づくものだった。


「わかったかも」


 ルルがそう言ったのは足跡を辿って見つけた今までと同じものだった。

 足跡が残され、動物の血が地面に僅かに残る。

 彼女はそれを見て、なにか閃いたようだ。


「ヤマト、トカゲだよ。これの持ち主、それにこれをやった正体は」


 ルルがまくし立てるように言ってきたため、正直処理が追いつかない。


 ただ言いたいことは伝わったし、全てが繋がったような気がした。


 言われてみれば、モミジ形の足跡はトカゲの足に似ている。もしかすると少し違うのかもしれないが今はそんなことはどうでもいい。


「正体はトカゲか……それにさらに続いてるのか。ここまでくるとどこまであるのか気になるような……」


「奇遇だね、私も同感だよ。せめてちゃんと姿を見たいかな。それに報告するにしても情報が少なすぎるもの」


 頭が冴えてきてるようなルルによって、俺たち二人はなんにせよ情報を集めるということを好奇心で決定した。




 足跡はまた奥に続いている。それを追って行った俺たちは予想はしていたものの、予想を裏切られる結果となる。




「これって、鮮血山羊……だよね?」


「うん。これは鮮血山羊だ。それもまだ食べかけのだ」



 そこには、あの足跡の持ち主が狩ったであろう生き物のの亡骸か痕跡が残っていることは予想出来ていた。

 しかし、それが今回の依頼の対象である鮮血山羊でしかもそれが何かの食べかけの状態で放置されているとは予想出来なかった。


「それに、まだ温かいな。狩られたばかりということは近くにいるのか?」


 辺りを見渡すと、足跡以外は痕跡として何も無い。だが、ここでもどこかに向かって足跡は伸びていた。


「ヤマト、まだ近くにいるなら正体がわかるかもしれない。情報を手に入れたらすぐさま街に戻ろうと思うんだけど?」


 俺はその提案に頷く。これは俺達がどうこう出来る問題では無いのかもしれない。

 だって大きさが数十セールもある足跡を持つトカゲなんて見たことも聞いたことも無い。仮に遭遇したら逃げるだろう。


「こっちに続いてるな。行ってみよう」


 ルルと一緒にそっと進んでだいたい五分が経ったくらいのときに目の前が一気に開けた。


「ここって、キュアル草の群生地?」


 森を抜けた先にあったのは俺達が見つけ、よく来ているキュアル草の群生地だった。

 相変わらず大量に生えている。その光景に似合わないものも映り込んでいるが。



「……多分……あれだよね。正体」


「……そうだと、思う。いやそれにしてもデカすぎだろ……」


 それに気づいた瞬間、俺たちは言葉を失った。



 自分たちのいる場所からだいたい数十メール程度の距離に岩があるのは気づいていた。しかし、それが岩では無いのはすぐにわかった。


 上下に動いているのがはっきりと分かったのだ。それだけで今まで見てきたものを起こした正体だと判断するのは当然だった。


「なんと伝えるべきか迷うけど……」


「ちゃんとそのまんま伝えるべきよね……」





 俺たちの目の前。そこには、体長二十メールはあるであろう巨大なトカゲが身体を上下に揺らしながら眠っていた。





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