鮮血山羊討伐依頼

「そろそろ暖かくなってきたね〜また外套いらなくなるかも」


 そう言って、この街に来てからすぐ買った外套を脱いでルルは自分の魔法袋にしまう。



 この街に来てから一年が経ったが、今もまだ彼女の杖の先には魔石が嵌っていない。

 サイズもそうだが、彼女のお眼鏡にかなうものがなかなか無いのだ。


「ようやっとまた依頼に出れる。川がすぐそこだから結構寒かったもんな」


 ここ貿易都市ナラルラはこの国の南方にあるが、すぐそこの川と北にある山脈からの風で思っていたよりも冷えた。

 風邪こそひかなかったが依頼に出ればかなり冷えて、厚着をしなきゃやってられない程だった。


 しかし、雪融けの月になった今ならそれなりに暖かくて皆依頼に出かけるようになるのだ。


 この冬が終わったあとは魔物も少しは弱く、さらに増えているので依頼の報酬が高くなっている時期なのだとか。だから俺とルルも何か簡単な討伐依頼を受けてお金を稼ごうとしている。

 本当のことを言えば、全く働かなくても生きていけるだけのお金は持っているが、ルルと一緒に「このお金はいつか王都に行った時とかに使おう」と決めた。たから今は俺の魔法袋の奥深くに眠っている。



「やっぱ、考えることはみんな同じか」


 結構朝早くにハンターギルドに来たはずなのだけど入ると普段よりも多くのハンターがいる。

 冬眠ではないがまだハンターになったばかりの者は大抵冬の間は休むらしい。冬は防寒が出来なければ依頼を受けても死ぬ確率が高いかららしい。


「ねぇヤマト、いつもの角猪の依頼もう無くなっちゃった。まだいくつか残ってるので受けれそうなのは鮮血山羊ブラッド・ゴートの討伐依頼ぐらいだよ」


 そう言って依頼書を見せてくる。


 鮮血山羊か……


 今までに一度だけ依頼の最中に見たことがあるが体長三メールくらいある巨大な山羊の魔物だ。

 名前がやたらと物騒だが、その由来はその角である。

 普段の性格は温厚だが、一度攻撃を受けると瞬時に豹変し、自分に攻撃した相手をその角で突き刺すのだ。突き刺した相手の血で染まった山羊の角と身体を見て、鮮血山羊という名が付けられている。


「うーん、一応鮮血山羊討伐は受けることは出来るはずだからな……」


 鮮血山羊は俺らがよく行くササ山の奥地に生息している。

 そのため初心者ハンターも出会いやすい魔物だが、何もしなければ襲ってこず、仮に襲われたとしても真っ直ぐに進んで来るだけなので討伐出来れば初心者卒業とも言われている。


 半年ほど前に白から黄色にタグの色が変わったから討伐依頼もいろいろ受けれるようになっている。


「よし、その依頼受けようか。緑タグにも近づくしな」


 俺の持つ依頼書をもはや馴染みのカウンターの受付の人に出す。


「あらヤマト君にルルちゃんじゃない。今日も依頼を受けるの?」


 朝早いからこんな風に雑談なんて出来ないはずなんだけどなぁ……後ろの人の目が怖いです。


「あら、鮮血山羊の討伐依頼なのね。珍しく角猪以外の討伐依頼なの?」


「はい。どうやらもう角猪の依頼は無くなってしまったみたいで」


「そう……なら気をつけてね。私がわかる限りでは今日はササ山には誰も行ってないから」


 その情報は初耳だ。ササ山はこの近辺では重要なフィールドである。キュアル草の群生地があり、角猪も多く居る。そんな場所に誰も居ないのはなんかおかしい気が……


「ここから少し南に行ったところで街が魔物に襲われて隣の領地の領都が無くなったって話が一年前くらいにあったじゃない。それの関係であの近くの森に魔物が増えてるみたいで最近みんなそっちに行ってるのよ。冬も明けたからまたあっちは賑わうでしょうね」


 ちっ、このタイミングでか。


「そうですか。じゃあ手続きお願いします」


「わ、わかったわ。ちょっと待っててね。……はい、契約金は預けてあるところから引いておくわ。いってらっしゃい」


 一気に冷たくなった声音に受付の人は驚いたようだがそこは仕方がない。まさか一年経ってまた思い出すことになるとは思いもしなかったのだ。




 俺たちが貿易都市ナラルラに到着して約一週間後、街に大きなニュースが報じられた。

 その内容は『南部統一域フーレン伯爵家領地、領都フーレニア壊滅。魔物の仕業か』と言うものだった。

 その情報は瞬く間に国中に広まり、ここ貿易都市ナラルラは調査拠点として国の役人で一時期賑わった。

 領都フーレニアの惨状を見て、国の役人達は皆その光景を誰かに語ろうとはしなかった。その関係で調査は中断。街の生存者は居ないということになり、本当の生存者である俺とルルは一切調査されなかった。ただ、壊滅した街を最初に発見した商人はそれなりに情報を提供したようだが。


 そして、今は王家直轄領になっているが、未だに完全な調査は行われずに情報が広まってから一月後には皆忘れていた。



 街の人にとってはただの悲惨なニュースだが、俺やルルにとっては被害者なのだ。別にその話題を出した受付の人が悪いわけじゃない。単純に俺達がまだ整理出来てないだけだ。


「……ヤマト、ごめんちょっと休んで良い?」


 ルルがギルドを出たところでそう言ったので、普段使っている門の手前の噴水がある広場で少し座る。

 まだ朝が早いので一部を除いて人は少なく、ハンター以外見られない。



「ごめんね。ちょっと……思い出しちゃったの。あの時のこと。もう、整理出来たと思ってたんだけどね。まだだったみたい」


 ルルの頬には涙が一粒伝っている。


 しかし、それだけだ。この街に来てから聞いたあのニュースでルルは泣いた。あの領都を出た前の晩と同じくらいに。


 しかし、それからは泣くことはほとんどなかった。虫が怖くて一度泣いたがその程度だ。


 しかし、この涙はそのどれとも違うと俺は思う。

 俺は彼女ではないから今何を考えているかはわからない。

 ただ……彼女の今の顔はあの時と同じだ。涙を流してはいるが、決意の時と同じ顔だ。


「ヤマト、行こ?もう大丈夫だから。ヤマトが居てくれれば私は大丈夫。二人で決めたんだから!ほら、馬車の人待ってるよ!」


 ルルは涙の跡を拭きながら門の近くで待っている馬車に向かっていった。


 ルルが既に行き先を伝えているようだ。追いかけて乗ると、すぐに動き出した。


 これから約三時間の馬車の旅だ。


 ササ山には今日は誰も入っていないとの事だから周りには馬車は一台も居ない。


 

「ヤマト、頑張ろうね!」



 ルルの空元気とは思えぬ本心の張り切った様子に俺も頷いて答える。

 そうして、今日はやたらと静かなササ山にたどり着くのだった。





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