少年とハンター
「何があったんだろうな……」
ダンの呟きに彼のパーティーメンバーは誰も答えられない。
ヤマト達から聞いて、何があったのか気になってギルド訓練所に来てみたのだ。
そこには、カウンターがあるフロアに居るはずのハンターが大勢居た。
皆、訓練所の中央に集まって何かを囲んで居るようだ。
「誰か倒れているようね。行ってみる?」
ベルが何か見つけているようだ。ダンは頷き、皆でそこに向かう。
「おい、何があったんだ?」
ダンが声を掛けたのはこの街で馴染みのハンターだ。
「おおダンか。いやなんかあそこにいるガキが角猪の皮の値段の違いで喧嘩をしてな、それで負けて怪我したみたいでまだ倒れてんだ」
ダンはやけに詳しい説明に彼は最初から見ていたのだと判断する。
「角猪の皮だと?それで喧嘩?もう少し細かくわかるか?」
そう聞くと、彼は快く答えてくれた。
「ああ。なんかあいつらが依頼の最中に角猪を狩ったらしいんだ。それでその皮を持って帰ってきて鑑定して貰ったんだ。その後、あいつらと喧嘩した二人組が依頼から帰って来て同じように角猪の皮を鑑定してもらったんだが……」
彼は真ん中に倒れる少年を指さしながら話す。
少年は倒れているが外傷はパッと見、見当たらず無事だと思う。
「その二人組が持ってきた角猪の皮があいつらよりも高かったんだ。それも結構な差があった」
ダンは納得する。
ハンターをやっていれば鑑定に出した素材の値段が違うということは結構よくある。例えばその素材の綺麗さだ。傷が多ければその後の用途も限られてくるし場合によっては何にも使えないこともある。
しかし、素材の傷が少なければ様々な用途に使え、買い手もあるのだ。
だが……たかが初心者の狩った角猪の皮でそこまで喧嘩になるものなのだろうか?
「実はな、あいつらの持ってきた角猪の皮は銀貨5枚だったんだがそのあとの二人組が持ってきた皮は大銀貨2枚の価値が付いたんだ。それで喧嘩になった」
角猪の皮で大銀貨なんて価値があるのが驚きだがどうやったらそんな値がつく程に綺麗な状態で倒したのだろうか。
仮に一撃で倒し、胴体に一切傷が無ければ有り得る話かもしれない。
ダンは細かな事情を聞こうと、中央にいる当事者達の元に向かう。
「なあ、ちょっと何があったのかを聞いても良いか?」
ダンは倒れている少年のそばにいた少女に声を掛けた。
「は、はい。なんでしょうか?」
「あー、そんなに怯えなくて良いぞ。俺はこういう者だ」
ダンは胸元から青色のタグを取り出して見せる。
タグの色はその者の実力だけでなく信頼性も表しているからだ。
少なくともダンはそう信じている。
「えっと……なにから話せば……」
「うーん、じゃあどうして喧嘩になったのか細かく教えてくれるか?」
そう尋ねると、サクラと名乗った少女は頷いて喧嘩になった経緯を話してくれた。
その内容はさっき馴染みの奴から聞いたのと同じだ。
ただ……その二人組というのが気になる。
「───それで、シンが喧嘩をした黒髪の人の多分ですけどその人の相棒の人が怪我を直してくれて、今はこんな風に寝てるんです」
かなり細かく教えてくれて、事情は分かった。この少年がほぼ一方的に吹っかけて相手の少年は巻き込まれただけのようだ。
ただ、本来ならカッとなった方にも問題は無いとは言えないが、そこは少々大雑把なハンター達である。気にする者はいなかった。
「怪我を治して、眠らせる……ですか」
ナクルは何か思うところがあったようだ。
「どうした?何か気づいたことでもあったか?」
すると、彼は頷き話し始める。
「はい。彼、シン君の怪我は聞く限りだと足に穴が空いていたようですね。血も大量に出ていたと思います。その傷を塞ぐことの出来る治癒魔法を使える魔法士はどのぐらいいますか?」
周囲に居たハンター達にナクルが尋ねると、ちらほらとは手が上がった。
「では、わずか数分で直径1.5セールの体に空いた穴を止血と同時に塞ぐなどを出来る人はいますか?僕はまだ出来ませんが」
そう尋ねると今度は手が全く上がらなかった。
「そこまで高度なことは王都にも少ないと思います。───サクラさん。彼を治療した人の特徴を教えてくれませんか?一人の魔法士として話してみたいのですが……」
いきなり話を振られたサクラは戸惑ったようだが、わかる限りの特徴を教えてくれた。
「えっと、その人は私と同じくらいの歳で、髪が腰まである綺麗な金髪だったんです。木の長杖を持ってて、灰色の外套を着てました」
「ありがとうございます。───ダン、シン君が起きたようですよ」
そう言われ、ダンが見るとちょうど目を開けるところだった。
「……ん、ここは……」
まだ寝ぼけているようだ。
「よかった!シン、おはよう」
シンは別に気絶していたわけではないので最初からサクラは安心していた。だが無事に目を覚ますとやはり心配はしていたようだ。
「ギルドの訓練所か……?───っ!あいつは!?あのインチキ野郎はどこ行った!?」
シンは起きて早々、さっき勝負した相手の行方を知ろうとする。
「まあまあ、落ち着いて。一応怪我してたんだから」
彼の仲間が宥めるも、シンのテンションは上がっていく。
「あの野郎、逃げたのか!やっぱりインチキ野郎は卑怯だな!」
シンはそう叫ぶが、それを聞いてイマイチよくわかっていない人がいる。ダン達だ。
「シン、喧嘩した事情は知っている。その上で一つ聞いていいか?そのインチキ野郎って誰だ?」
ダンはできるだけ優しく尋ねた。
「あ?誰だアンタ。俺はあのインチキ野郎をぶっ飛ばさなきゃいけないんだ!邪魔すんな!」
相当気が立っている少年は相手が何者かも気にせずにそんな暴言を吐いた。
「はあ、それが先輩に対する口の利き方かねえ……。まあいい、とりあえずインチキ野郎が誰か教えてくれ。場合によってはぶっ飛ばすのを手伝える」
これは半分は本心だ。
彼の言うインチキ野郎が誰か知りたいのは確かだが、実際は手伝う気は無い。なぜなら彼と喧嘩した人物がだいたいわかっているからだ。
「わかったよ。……そのインチキ野郎は俺たちが四人がかりで倒した角猪をたった二人で、頭を撃ったとか言って、二撃で倒したらしい。だけど俺はそんなのありえないと思ってる。俺と同じくらいの歳なのにそんなこと出来るはずがない。だって俺が出来ないんだから!」
ダンはそれを聞いて、正直笑いそうになった。
自分が出来なくて他人が出来ることなんてあって当然だ。その逆も然り。
なのに彼は自分が出来ないことは他人も出来なくて当然だと思っているらしい。
さてなんと言ったものか……と、考えていると、ダンは足元に落ちている小さな玉を見つけた。拾ってみると、冷たい。金属製のようだ。
それを拾って、ダンはニヤリと笑った。
「……一つ教えてやる。まずお前はこれに負けたんだ」
そう言ってダンは少年に拾った金属球を見せた。
「どういうことだよ」
少年は訳が分からなくて不満げだ。
「簡単さ。あいつはこれを剣の届かない場所から放ち、お前に勝った。それだけだ。そしてお前はそれに対応出来ないから負けたんだ」
それを聞いたシンはさらに激昴する。
「どういうことだよ!あいつは弓なんて持ってなかった!なのに剣が届かない場所で負けるなんて……」
彼の言葉が尻すぼみになって行く。
さっきの勝負で受けた痛みを思い出したのだろう。
彼は左足の傷があった場所を押さえる。
「……あんた、さっきからあのインチキ野郎のこと知ってるみたいだけどどうなんだ?」
「知ってるぜ。あの二人をこの街に案内したからな。そして、あいつがインチキ野郎なんて呼ばれ方をされない奴だってこともな」
それを聞いて、少年は俯く。
彼も負けたことを認めたのだろう。
そして、確信めいた言い方をするダンを見つめる。
「……俺は負けた。つまり弱いんだ。だからさ、頼む。俺に稽古を付けてくれないか?あいつに勝ちたいんだ」
彼の中でどういう心境の変化があったのかはわからないが、今は目に強い光が宿っていた。
「稽古をつけたりはしてやれない」
ダンがそう言うと、少年はがっかりした様子だ。
それも、ダンが「ただし」と続けるまでだったが。
「ただし、アドバイスは出来る。……そうだな、まずは毎朝走って剣の素振りを五百回やれ。あとは多くのハンターと模擬戦をやってみろ。ここには大勢居るからな。それをやっていれば自ずと強くなる。そうすればあいつにも勝てるぞ?」
ダンは少年に一般的かもしれないアドバイスをした。だが、彼にはその言葉は強く響いた。そして強く頷くのだった。
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