勝負

 ここは貿易都市ナラルラのハンターギルドの屋内訓練所。


 訓練所内には直径八十メール程度の円形の広場があり、その周りを観客席がある。ここでは闘技大会も行われるための設備だ。


 その広場の中央辺りに二人の少年がだいたい三十メールの距離を開けて立っている。


 それを観覧席で見るのはギルド内にいた数百人の男女、もれなくハンターである。

 

 そして、その少年達の仲間である。


「ヤマトー!勝ちなさいよー!」


「ねえシン、早く謝った方が良いって!聞いてるの!?」


 彼らがかける声はまったく正反対のものだ。その理由も先程ギルド内で起きた騒動を知っているものならば簡単にわかるのだが。



「ほらインチキ野郎、さっさと俺を撃ってみろよ!角猪でも一発で倒せるんだろ?やってみろよ!」


 何を馬鹿なことを言っているのだろうか。銃は人に向けて撃ってはいけないってことを知らないのだろうか。

 それと俺は角猪は一発で倒していない。ルルの光の矢と共に倒している。


 いや、この世界では銃は衛兵が持っている程度のものらしいからな。しかもこの街の衛兵は持ってなかったからそもそも銃の存在を知らないことだって有り得るのか。


 

 わざわざ人に向けて撃つ気はさらさらないので剣を取り出す。


「はあ?俺と剣でやり合うってのか!……そうかそうか、その"撃つ"ってのも自信が無いから出来ねえのか!やっぱりインチキだったな!」


 こいつ……馬鹿すぎる。何様のつもりなのだろうか。もはや完全に彼の仲間は諦めている。ルルは相変わらず元気だが。



 しかし……銃に自信が無いって言われるのは癪だ。

 銃は俺がこの世界に来てから一番研鑽し続けたものだ。あの七年でスキル以外のバナークさんの持ちうる技術を叩き込まれたのだ。

 あの日納屋で銃をこの世界で初めて見た時からずっと修行し続けているのだから。



 俺は剣を仕舞い、銃を取り出す。


 そしてわざと音を立てて銃弾を装填する。


 肩に木製のストックを当て、に銃口を向ける。


 訓練所内の明かりが銃身の銀色に反射する。



「お前……覚悟は良いな?」


 銃の実力を馬鹿にされたことからか自分でもビックリするくらい低い声が出た。


「覚悟って……なんだよ。勝負なんだから出来てるに決まってるだろうが!」


 そうかよ。ならば狙うは……


「ルル!治療の準備を頼む。一発だけだから」


 ルルに頼んでおけば大丈夫だろう。


 俺はもう一度奴に聞く。


「もう一発だけ聞くぞ。本当に覚悟は出来てるんだな?」


 そう聞くと奴は何を思ったのかいきなり狼狽えた。


「だから!覚悟ってなんだよ!出来てるに決まってるだろ!」


 俺はため息をつくと、わざわざ説明をしてやる。


「お前に教えてやる。これは銃だ。撃てば確実にお前がここにいる俺の元に来るまでに体に穴を開けることが出来る。どこに当てるとは言わないが当たれば血は出るし運が悪けりゃどこか動かなくなるだろうな。だから聞くぞ。それでも良いんだな?」



 そう聞くと、奴はすぐに答えなかった。やっぱりだな。自分が怪我するのに慣れてない。

 俺は銃の修行中に火薬の調合でわざと手とかに火傷を負わされたことがあったりする。でもバナークさんが一瞬で治してしまったりしたのだが。それにガルマさんとは剣術の訓練で何度か自分の手足を飛ばしかけている。それでもすぐに治されたのだが。


 だがおそらく奴はまともに怪我を負ったことが無いだろう。怪我と言ってもせいぜい擦り傷程度だと俺は思う。


 ならば俺が味合わせてやろう。体を穿たれる痛みを!


「おい……始めても良いか?勝負がしたいんだろう?こっちは依頼を終えたばかりで眠いんだ。出来ればさっさと帰って寝たい」


 そう言うと、奴は剣を抜き構えた。


 よし、この距離なら確実に当てられる。


「じゃあ始めるぜ!───炎の衣、纏いし光……〈付与エンチャント〉!」


 奴が唱えると、剣が炎を纏った。始めて見たが、あれが魔法の一種の付与魔法なのだろうか。付与って言ってるし多分そうだ。……羨ましい。



 付与を終えた剣を構え、奴は突進してきた。


 距離は残り二十メール。俺は避ける必要は無い。


 銃口を奴の足の太腿に向ける。


 残り十五メール。そろそろだな。俺はそっと引き金を引いた。



 パアン!



 音が鳴ると同時に走っていた奴が地面に倒れる。そして、赤いものが地面に広がる。


 彼は呻き、地面にどんどん血が広がっていく。それを見た観客席にいるハンター達は誰も喋らない。



「足に命中……っと。ルル、頼む!」


 太腿を撃ったが、すぐに治療すれば大丈夫だろう。ふくらはぎや胴体を撃っても良かったのだけどそれでも太腿なのは、はっきり言って気分だ。



「ヤマト、わざと太腿を撃ったでしょ」


 すぐに治療を始めたルルはなんかブツブツ言いながらも足に治癒の魔法を当てている。


 彼の仲間が駆け寄って治療をしているルルの周りに群がる。


 皆、必死に未だに呻き続ける彼に声をかけている。



 止血と弾を抉り出すように摘出を魔法で終えたルルが俺の元に来た。彼の治療はその場にいた魔法士のハンターが引き継いでいる。


「ヤマト、勝ったのは良いけど他にも狙えたんじゃない?」


 そうなんだけどね。でも何となくなんだ、本当に。


「まあ勝ったしね。あいつを死なせないためにルルがすぐに治療出来るように待ってて貰ったわけだし」


「こっちの身にもなってちょうだい。さすがに身体に開いた穴は治したことが無かったんだから弾を取り出して血を止めてある程度治したんだからもっと感謝して褒めてくれても良いはずよ?あとご褒美も欲しいな」


 顔を近づけそう言ってくるルルを押さえる。


「わかったよ。明日なにか買ってあげるからさ。とりあえず帰ろうよ。眠いんだ」


 そう頼むとルルは頷いて歩き出す。



 俺とルルはギルドの訓練所の階段を上がり、カウンターなどが並ぶフロアに出る。


 すると、ちょうど帰ってきた所だったのかダンさん達と会った。


「おー、ヤマトじゃんか。依頼はどうだった?」


「ちゃんと出来ました。本当だったらもう帰ってるんですけどちょっと面倒事が起きたので今帰りなんです」


 俺はちょっとうんざりした様子で言う。


「それは今ここにほとんどハンターが居ないのと関係してるのか?」


 ダンさんはやっぱり不思議なようだ。

 ギルドのカウンター前にはほとんど誰も居ない。皆、さっきまで俺たちが居た訓練所にまだ居るのだろう。


「ここに居る人達ならみんなまだ訓練所に居ます。それがここに誰も居ない理由です。さすがに疲れたんで今日は帰ります。ではまた」



 俺はさすがに帰りたかった。

 

 依頼を終えて帰ろうとしたらなんか皮の値段で絡まれて勝負をすることになって、銃の腕前を馬鹿にされてあいつを撃った。



 いろいろあってフーレニアを出てきた時とは違う疲れがあった。



 だからハンターとしての先輩であるダンさん達にはちょっと失礼かもしれないが短めに断って帰ることにしたのだった。





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