故郷へ・・・

勝利だギューちゃん

第1話

もうすぐ冬がやってくる。

さすがに、この時期になると、海に人はいなくなる。


でも、この寒い中、浜辺にイーゼルを立てて、キャンバスを置き、

ひとりで、絵を描いている男の子がいた。


クラスの男の子だ。

名誉のために、Mくんとしておく。


いつも、自分の殻に閉じこもっていて、心を開いてくれない。

私はそれが、悲しかった。


いつも気になってはいたが、勇気がなく、声をかけられなかった。

でも、ある日気まぐれがおきたのか、声のかけてみることにした。


「何描いてるの?」

浜辺で描く物と言えば、特定される。

でも、他にかける言葉が見つからなかった。


彼は、答えなかった。


野球帽子をかぶっていたのでいたので、訊いてみた。

「そこの球団のファンだっけ?」

「いや、自分のイニシャルと同じだから・・・」

それだけ答えると、彼はまた、絵を描き続けた。


キャンバスに目をやると、中央に青い線が引かれていた。

でも、それだけで、後は何もなかった。


彼は何かを考えているようだった。


しばらくすると、彼はキャンバスをしまい、

イーゼルを折りたたんだ。


「帰るの?」

私が声をかけると彼は、

「うん」

小さく答えて、その場を去った。


次の日、浜辺に行ってみると彼の姿はなかった。

ただ、イーゼルとキャンバスだけは置いてあった。

キャンバスには布がかけられている。

間違いなく、彼の物だとわかった。


一枚のメモ書きがあり、悪いとは思いつつも見てしまった。

でも、私宛のようだった。


『勘のいい、君の事だから、多分気付いているだろう。

僕は帰る。故郷へ・・・

声をかけてくれてありがとう。


最後の粗品を置いておく。

好きにしてくれ』


そこで終わっていた。


布をめくると、そこには思いもない絵が描かれていた。

浜辺に描くには、相応しくない物・・・


海は描かれているが、その中に胎児が描かれていた。


海は全ての生物の故郷・・・

彼はそこに帰ったのか?


しかし、その後も彼の遺体があがったというニュースは聞かない。

「彼なりのいたずらであってほしい」

そう願った。


数日後、私はその絵を持って、画廊へ行った。

すると、予想をはるかに上回る高値がついた。

1000万円はした。


「これをどこで?」

いろいろ質問されたが、答えなかった。


数日後、彼の事を初めて知った。

【彼はすでに、この世の人ではなかったのだ】



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故郷へ・・・ 勝利だギューちゃん @tetsumusuhaarisu

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