第24話ようじょ、友達とスパークリングワインを楽しむ


「こんばんわ」

「メリークリスマスネ、ネコちゅわーん!」

「沙都子ちゃん、いらっしゃい。クロエ、お前はさっさと手伝うです!」


 寧子の言葉に沙都子は苦笑いし、クロエは全く気にした様子をみせずズカズカと部屋に上がり込んで、寧子の手伝いを始めた。


 12月25日――例のワインを持ち寄るクリスマス会は、何故かせまっ苦しい寧子のアパートでやることになってしまっていた。


 本当はだたっぴろい家に一人で住んでいるクロエのところと思っていた。

しかしクロエは全力拒否して首を縦に振らなかった。

沙都子も沙都子で「家、散らかってるから、ごめん……」と、凄く恥ずかしそうに言うものだから無理も言えず。


 結局、女の子が三人入って結構窮屈な寧子の部屋で開催となってしまっていたのだった。


 確かに部屋は窮屈でキャパはオーバーしているが、せっかく三人揃ったので、色々と妥協はしたくない。

そう思った寧子はきっと実家の押し入れで埃を被っているだろう、卓上サイズのクリスマスツリーを取り寄せた。

クロエには赤と緑のツートンカラーのテーブルクロスを用意させ、出来合いの美味しそうなチキンレッグなんかを温めなおして、テーブルへと並べて行く。


 三人も居れば、準備なんてあっという間に終わり、いつもは質素で寧子のように小さな部屋が、煌びやかなパーティー会場に様変わりする。

 そしてお愉しみはこれから。


 三人はそれぞれ長細い包みを手にして、その瞬間を迎える。


「まずはワタシから行くネー!」


 どこぞのブランドものにも見える立派で高そうな紙袋から取り出したのは重厚な緑色のワインボトルだった。

首から頭まですっぽり金色のキャップシールが覆い、ワンポイントで赤い刻印のような印刷が良く目立つ。

なによりも目を引くのが英字で書かれた”シャンパーニュ!”の文字。

そうして寧子はようやく、クロエが持参したものが、ネット通販で度々よく見かける、シャンパーニュの超有名銘柄だったと思い出した。


「お、おまえ、それ凄い高い奴じゃないですか! なにか悪いことして稼いだですか!?」

「ノンノン。株でちょーっとネ! マンマに聞いたら、まずはこれを飲んでおけば間違いないって言ってたネー!」

「【モエ】……初めて! ありがとうクロエちゃん!」


 沙都子が目をキラキラさせていたので、これ以上突っ込まないことにした寧子なのだった。


「じゃあ、次はどっちからにしますですか?」

「わ、私から! クロエちゃんみたいに良いものじゃないけど……」


 沙都子がクリスマス柄の布製のワインバックから取り出したのは、クロエもシャンパーニュにも負けず劣らずの、立派で重厚な瓶だった。赤みの強いピンクの文字が記載されている風格を感じさせるラベル。ピンクのキャップシールは凄く高級感を感じた。

しかしラベルに記載さ入れているのは”CAVA(カヴァ)”の文字。

さらに2013年と年号の記載もあった。どうやらこのカヴァはロゼらしい。


「いやいや、沙都子ちゃん、これ凄く良い奴じゃないですか!?」

「品質は良いよ。でもこれカヴァだからそんなに高くないんだ。これで2000円ちょっとなんだよ?」

「ええ!?」

「カヴァだったら安くて、ヴィンテージいりのも手に入るから。一応、コレ、テレビで【ドンペリニョンのロゼに勝った】ってふれこみで……私、まだドンペリニョン試したことないから、本当にそうかわからないけど……」


 クロエは高級シャンパーニュ、沙都子はお買い得で高品質のカヴァ。

お弁当の時のように、それぞれの性格が良く表れているように思えた。

しかも二人とも結構凄い。

でも、寧子は寧子らしくありたいと思って、この銘柄を選んだ。


 いまの寧子にぴったりなスパークリングワイン。それは――


「ワーオ! ネコちゃんの猫ネー!」

「【シュヴァルツカッツのスパークリング】……? こんなのあるんだぁ!」

「ドイツの瓶内二次発酵スパークリングワイン……ゼクトなのです!」


 驚くクロエと沙都子へ、寧子は梶原さんから教わったことを自慢げにそのまま語る。

 

 シュヴァルツカッツのスパークリングワインは、OSIRO直輸入のアイテムではなく、大手ビールメーカーが輸入しているものらしい。

折角試飲させてもらったOSIRO直輸入のアイテムを選ばなかったのは少し心苦しかった。

だけどいまの寧子のぴったりなスパークリングワインはこれしかないと思った結果だった。


 今年の後半は、このラベルに書かれている黒猫に出会ったおかげで、新しい世界を知ることができた。

そして今夜はワインを通じて知り合った沙都子を交えて素敵なクリスマスを迎えることができている。


 出会いに感謝を。今日この瞬間を最良の思い出として胸に刻む。


 寧子はシュポンっと、軽快な音を響かせながら抜栓し、黒猫のスパークリングワインをフルートグラスへ注いでゆく。

 満たされたグラスの中では、泡が躍るように沸き立ち、見ているだけで心が弾みだす。


「じゃあクロエ!」

「オッケーネ! じゃあ、みんなワタシの云う通りにするネー!」


 クロエはグラスを手にして、


「プロースト!」

「「プロースト……?」」


 とりあえずグラスを打ち鳴らした。


「なんでドイツ語で乾杯ですか? お前フランス人じゃなかったですか?」

「あ、あの! シュヴァルツカッツがドイツのワインだからじゃないかな……?」

「サッちゃん、エクセレント! その通りね。ネコちゃん、なんでも突っ込めば良いなんて考え、ノンノンネ?」

「ぐっ……!」


 ちょっと悔しい寧子だったが、ワインを口に含めば、再び笑みが戻った。

 

 普通のワイン――スティルワインの時と同じく、豊潤な黄色いリンゴ、華の蜜のような香り。

甘みはしっかりと感じられるが、酸がきっちりと支えて、バランスを取っている。

さすが瓶内二次発酵の泡で、舌触りは滑らかで心地よい。


「美味しいネ!」

「うん。これ、良い!」

「ですよね、ですよね!?」

「じゃあ次はシャンパーニュネ!」


 と、その時インターホンが鳴り響き、寧子はパタパタ玄関へ駆けて行く。


「ちわー、OSIROでーす」

「佐藤さん!?

「おわっ!?」


 玄関で出くわしたのは、何故かOSIROのバイト店員で、寧子が師匠と仰ぐ”佐藤陽太”だった。


「こんなところで何しているですか?」

「いや、社長直々に配達を頼まれて……いや、石黒ってあったから、まさかとは思ったけど……それより、これ! 社長からだって!」


 佐藤から手渡されたのは包みにくるまれたワインボトルだった。

 クリスマスカードも添付されていて、綺麗な字でメッセージが書かれていた。


【寧子ちゃんへ。メリークリスマス! いつも沙都子ちゃんと一緒にラフィの手伝いしてくれてありがとね。いつもの御礼と、クリスマスプレゼントも兼ねてこれを贈ります。みんなで楽しんでね! 御城 羊子 追伸:もしよかったらクリスマスなのに寂しくバイトしている佐藤君も混ぜてあげてね。彼、これの配達で退勤だから笑)】



「これは……?」

「おっ、【ランブルスコ】じゃん。珍しいイタリアの赤のスパークリングワインだよ」

「へぇ!」

「じゃあ、俺はこれで……」

「佐藤さん! もうお仕事終わりですよね?」

「え? ああ、まぁ、そうだけど」

「上がるです!」

「えっ?」

「ほら!」


 寧子は無理やり佐藤の腕を掴んだ。

全く予期してなかっただろう佐藤はそのまま小さな寧子に部屋へ引きずり込まれる。


「で、出たネー! 佐藤陽太くん!」


 さっそくクロエは威嚇するネコのように”しゃー! しゃー!”と唸りだし、


「佐藤君!? え? え? なんで!? うそでしょ!?」


 沙都子は耳と顔を真っ赤に染めて視線を右往左往させる。


「佐藤さんもこの間、ワインの説明をしてくれたから御礼に加わってもらうのです! ここはわたしの家ですから異論は認めないのです!」


(ナイスアシストなのです、羊子さん!)


 寧子はそう思いつつ、佐藤と沙都子の横に座らせるのだった。


 シャンパーニュ、ヴィンテージ入りのロゼのカヴァ、ランブルスコに、シュヴァルツカッツゼクト。

四本の方向性が全く違うスパークリングワインは食卓を彩り、芳醇な香りが狭いアパート内に漂う。


「おっ……カッツのスパークリング、結構良いな!」

「ですよね、ですよね! ちなみにドイツで伝統方式で造ったスパークリングはゼクトっていうですよ?」

「あ、お、おう! そ、そうなのか!」

「佐藤君、わ、私のカヴァも……!」

「シャンパーニュはダメネ! 佐藤陽太くんに飲ませるシャンパーニュはねぇのネ!」

「ちょっとクロエ、そういうケチなこといわないのです! よこすのです!」

「ネコちゃんには口移しで飲ませてあげるのネ~」

「や、やめるですっ!」


 てんやわんやでクリスマスの夜は更けて行く。


「じゃあ撮るよ!」


 沙都子がスマホを机へ置いて、セルフタイマーをセットし終え、素早く戻ってくる。


 ソファーの上には寧子を中心に、隣のクロエ。

後ろには背の高い沙都子と佐藤が並ぶ。


 パシャリと、電子のファインダー音が鳴り響き、素敵な夜の思い出がしっかりと記録される。


 きっとワインという繋がりが無ければ出会うはずの無かった人たちが、一つの思い出となって刻み込まれる。


 お酒というかワインに感謝を。この出会いを大切に。

そう強く思う寧子なのだった。



●●●



一方、洋子の家では。


「社長……いえ、羊子さん。これはちょっといたずらが過ぎると思いますが?」


 広々としたリビングで、梶原芽衣はシャンパーニュの入ったグラスを口に運びつつ、窓の外を眺めている羊子の背中へ辛辣な一言をぶつけた。


「良いじゃない、だって今日はクリスマスだし。いつも中央店で頑張ってくれてる佐藤君への私なりのプレゼントさ」


 羊子はまるでいたずら少年のように”にひひ”と笑みを浮かべながら答える。

芽衣は深いため息を吐いた。


「全く……何があっても知りませんよ」

「大丈夫だよ、あの子達はみんないい子だし。まっ、間違いがあったらそれはそれで……」

「やめなさい。そういう想像をするのは。はしたないです」

「ごめん……ドンペリ開けるから許してよ」

「ド、ドンペリをですか……?」


 梶原さんの鉄面皮が歪み、僅かに唇が震える。


 いわずと知れたプレステージシャンパーニュの代表格【ドンペリニョン】――シャンパーニュを発明した偉大な修道僧の名を冠する最高級ワインである。


 偉大なワインはその名称が口にされただけで、OSIROの社内でもお得意先でも”鋼鉄参謀”と恐れられる梶原さんの心をいとも簡単に、激しく揺さぶる。

 そんな梶原さんのリアクションを見て、羊子さんはにやりと笑みを浮かべた。


「ほらほら、飲みたいでしょ。しかもセラーに秘蔵していた良いやつ開けちゃうよ?」

「ぬぅ……!」

「まっ、寧子ちゃんたちが心配ならアパートに様子見に行ってきなよ。あたし、一人でドンペリ飲んで待ってるからさぁ~」


 鋼鉄参謀、梶原芽衣はグラスに残っていたシャンパーニュを一気に飲み干した。


「石黒さん達はいい子……た、たしかにそうですね。社長のおっしゃる通りです」

「うんうん! あの子達はいい子達だから心配いらないよ。じゃあ一緒に飲もうか、ドンペリニョン!」

「承知しました! 御相伴に預かります! ありがとうございます!」


  心配よりも、高級シャンパン。鋼鉄参謀さえもあっさり陥落。

 やっぱり高いワインはとっても怖い。




★以上でスパークリングワイン編終了です。今夜は是非スパークリングワインをお楽しみください!! 【 】内のキーワードを検索しますと、対象商品がでてきますよー

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