第4話ようじょ、素敵な出会いに恵まれ、更に聖母の乳をたのしむ



「すんません、年齢確認できますか?」

「ッ!!」


 鋭い男性の声がレジから聞こえ、寧子はビクンと背筋を伸ばした。

しかし確認されたのは自分ではなく、その前に並んでいた明らかに高校生かそれぐらいに見える少年へだった。


「あの早くしてくれません? 後ろつっかえてるんですけど? 保険証でも、学生証でも、免許証でもなんでもいいんで」


 長身で、細身の、少し怖そうなレジ担当はうんざりしたように、缶ビールを購入しようとして少年へ凄む。

少年はレジの青年を睨んで”ケッ”と舌打ちをすると、ビールをレジ台に叩きおいて足早に去ってゆく。


(わたしも準備しないと!)


 寧子は慌てて財布から学生証を取り出そうとするが、レジ担当の青年が妙に怖くみえてしまい上手く取り出せない。


「1780円です」

「へっ?」


 寧子の間抜けな声に、レジ担当の青年は僅かに首を傾げた。

 目の前にはレジスキャンを終えたお米とワインが一本。


「ちょっと佐藤君! ちゃんと確認しなきゃ駄目じゃないか!」

「は?」


 っと、今度はレジ担当の青年へ、中年の店員が声をかけていた。


「は、じゃないよ。年齢確認はしたんだろうね?」

「する必要あるんすか?」

「あるに決まってるじゃないか! すみませんお客様、年齢確認をお願いできますか?」


 首を傾げる青年を遮って中年の店員が促してきたので、寧子は昨日のように学生証を提示した。

 店員は学生証と寧子を何度も見比べ、ふぅむと不思議そうな唸りを上げる。


「ご協力ありがとうございました……」


 と、納得はいかないが事実を認めたようで、そそくさとその場を跡にする。


「だから必要ねぇって……」

「あ、あの! なんで年齢確認しようとしなかったですか……?」


 寧子はレジ担当である佐藤へ2,000円を差し出しつつ、恐る恐る聞いた。


「えっ? だってお客さん、どっからどうみても20歳以上じゃん。確認する必要あったんすか?」


 佐藤の意外な言葉を聞いて寧子の胸がドキンと高鳴った。


(わ、わたし大人に見えるですか!? 佐藤さんはわたしを成人って分かってくれたですか!?)


 これまでどこへ行っても子供扱いを受けていた寧子にとって人生初の、大人として誰かが認めてくれた瞬間。

嬉しさのあまり耳まで真っ赤に染まって、体温が急激に上昇する


「あ、ありがとうなのです……こんなわたしを大人って言ってくれたの、佐藤さんが初めてなのです」

「あ、いえ……」

「今度からレジに並ぶ時は色々と面倒のかからない佐藤さんのところにしますですね! すっごく嬉しかったですよ!」」


 寧子がお釣りを受け取りつつ興奮気味にそういうと、


「あ、お、おう……」


 何故か佐藤は顔を少し朱に染めて、寧子から視線を逸らしたのだった。

 

 大人と認められて、とっても嬉しい寧子はルンルン気分でデイパックにお米とワインを積めて、颯爽と真っ赤なベスパにまたがった。

 いつもは長い坂道を苦しそうに駆け上がる愛車も、心なしか調子が良いように感じられた。


「わたしは大人~、お酒を飲んでもいい、大人~♪」


 などと即興の妙な歌を口ずさみながらベスパを飛ばして、さっさとアパートへと戻る。


 とても気分のいい寧子はデイパックから米よりも先に、お安く手に入れられた”聖母の乳”を意味する白ワイン【リープフラウミルヒ】を取り出した。

昨晩使ったワイングラスを布団無しの炬燵の上に置いて、ワインを封じるスクリューキャップをパキンと開け放つ。



 グラスの中で、まるで黄金のように輝くワイン。

鼻を近づければ昨日のシュヴァルツカッツよりも更に密度を増した濃厚な香りが立ち昇る。

 花の蜜よりも少し重量感のある香り


「はちみつ、みたいですねぇ。くふふ」


 存分に香りを楽しんだ寧子はもはやたまらんと、口へ運んだ。


「はわぁ~……優しい甘みなのですぅ……」


 舌先にちょこんと触れる優しい甘み。

次いで現れた爽やかさを感じさせる酸味が甘みと調和する。

口の中でわずかに気化したワインが、蜜のような、黄色い果物のような香りがふわりと開いた。

飲み込んでからも鼻に抜けたフレーバーりが心地よかった。



 黒猫シュヴァルツカッツに負けず劣らずの聖母リープフラウミルヒの味わいは格別だった。


「わたしは大人~♪ 佐藤さんが認めてくれた大人~なのでぇ~す♪」


 急な出費だったためろくなおつまみは無い。

しかし寧子は、産まれて初めて大人と認めてもらったことと、そんな評価を下してくれたちょっと強面な佐藤さん肴にぐびぐびとワインを消化してゆく。

 ワインに描かれた聖母はそんな寧子へ、笑みを贈っているように見えるのだった。




●●●



(やっば!……なんだよ、あの最強萌え生物は!?)


 スーパーでのレジ打ちのバイトを終えた佐藤は、帰路の中で彼女を思い出す。


 バイト中に出会った、背が小さくまるで「幼女」のようなお客。

昔からなんとなくで相手の年齢が洞察できる彼だったが、今日のような反応を取られたのは初めてだった。




【あ、ありがとうなのです……こんなわたしを大人って言ってくれたの、佐藤さんが初めてなのです】


【今度からレジに並ぶ時は色々と面倒のかからない佐藤さんのところにしますですね! すっごく嬉しかったですよ!】



 頭のなかで延々と繰り返される彼女の台詞。

 そして学生証を提示された時、たまたま目に留まってしまった”石黒 寧子”という名前。


(なんて名前なんだろ。”やすこ”? ”しずこ”? まさか”ねいこ”だったり。ちょっと釣り目で猫っぽかったから、似合いそうだな……)


 あどけなさ満載な彼女だったが、僅かに感じた大人の雰囲気とのミスマッチが印象的で、彼の中で”石黒 寧子”がぐるぐると回り続ける。


 唐突だが「生ハムメロン」という料理がある。

 これは塩気の強い生ハムを纏った、甘いメロンを一緒に口へ放り込み、そのミスマッチ感を味わう料理。

もしくはスイカに塩のように、塩味が逆に甘さを引き立てるか。


 本来はありえない組み合わせ。それは時として意外な発見と、未知との遭遇を果たし、気持ちを惹かれる。


 つまり佐藤はそんな状況にあるのだった。


(それに、あの凄く嬉しそうな笑顔反則だっつーの……)


 佐藤は小学校五年生以来に感じる、胸のドキドキと頬の熱に戸惑う。


「ビールでも買って帰ろ……なんか今日の俺おかしいや……」


佐藤陽太 梨東大学工学部醸造科2年。


 何故かバイト中にであった「幼女のような成人」の顔が忘れられず、胸の奥がちょっと疼いている。

 その正体を良くわかっていない彼は、酒の勢いで奇妙な感覚を消してしまおうと手近なコンビニへ飛び込む。


 一人の初心な大学生が、人生で初めて一目惚れをした瞬間であった。




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