看護記録2 ファルガール王国

第13話 旅の途中で


「あの、ですね。王都までって、どれくらいかかるんですか」


 もうすぐ太陽が真上に来るだろう頃。街道をガタゴトと進む馬車の中で、大和が口を開いた。


「多分、一ヶ月くらいかなぁ」


 隣で足を組んで、窓の外を眺めていたライラック答える。


「長っ!!」

「だってそりゃ、アスラ村はファルガールの中でも端の方だし。まあ、山の向こうにはまだ村があるから、街道が繋がってる分マシだけど」


 なんでもないことのように言うライラックだが、大和からすると、一ヶ月もこの乗り心地の微妙な馬車で揺られ続けるなど、考えただけでも腰が痛い。


 新幹線でもあればなあ、などと思う大和だ。金銭的に余裕がなく、新幹線など片手の指で数えられるほどしか乗ったこともない癖に、だ。


「ところでですね。セラさんは、いつから決めていたんですか?」


 斜め向かいのセラは、静かに本を読んでいる。分厚い本だ。セラは本から目を離さない。


「レイラが村にやってきた時だ」


 それは、捻挫したレイラを診療所に運んだ日だと思い至る。ライラックと初めて話した日、でもある。


「そんなに前から決めてたんですか。話してくれても良かったんじゃ」

「なぜだ?」

「いや、なんとなくですけど」


 もごもごと尻すぼみになる大和に、セラは面倒だなとこぼす。


「アスラ村に徴兵令が来る前に出て行くつもりだったんじゃないの。そのお姫さまが、あなたが来てくれたら徴兵令は取り消せますとか言ってセラを誘惑して。んで、セラはとりあえず時間を稼いでいた。違う?」


 ライラックの丸い眼鏡の縁が、太陽光で煌めいた。大和は、名探偵のアニメを思い出す。


「その通りだ。相変わらず、お前は鋭いなあ」

「頭が良いことだけが取り柄だからね。しかしセラにも人並みに感情があるんだね。アスラ村に心配かけないように、黙ってたんでしょ?」

「お前な、わたしだって人間なんだよ」

「へぇ、そう、初めて知ったよ」


 フンと鼻を鳴らすと、セラはまた本に意識を集中させた。もう話さないからなと、態度で表しているようだ。


 そんなことよりも、だ。セラとライラックが話しているところを初めて見た。セラは誰に対しても見下したような態度を取る。特に大和に対してそれは著しく、愛情の裏返しだと、ヤケクソのように無理矢理納得して耐えてきたのだ。


 それがなんと、ライラックとは親しげに話すではないか!


 またしてもこの同じ年頃の美形の頭の良い奴に負けた気になってしまう。クソ、いつか絶対に勝つ、と大和は心に誓う。


「止まれ!休憩にしよう」


 外から女性騎士の声がして、まもなく馬車は停止した。


 大和は、未だに一言も発さないレイラのことが気になって仕方なかったのだが、女性に消極的な残念な性格のせいで、なかなか掛ける言葉が見つからないのだった。







 ☆

 代わり映えのしない一週間が過ぎた。


 さすが王家の所有する馬車だ。広々としていて、なかなかに快適だ。というのは、ライラックの言葉だ。大和は思わず眉をひそめ、痛い腰をさする。そんな一週間だった。


 この日、順調に旅路を進んでいた一行は、夕暮れと同時に小さな街にたどり着いた。思わず歓声を上げそうになるが、喜んでいるのは自分だけだと気付き、辞めた。


 現代日本の移動速度に慣れきっていた大和は、この一週間の馬車移動は永遠とも言える時間だった。遅々として進まない景色に、本当に進んでいるのか?もしかして、同じ場所から動いてないんじゃないか?などと、どうしようもない不安に襲われていたのだが、それは大和の思い込みである。


 アスラ村を出て初めての街は、小さいとはいえ、アスラ村よりもしっかりした作りの家が並んでいた。石積みの外壁が街を囲み、小さいけれど頑丈な門がついている。皮の鎧を纏った兵士が門の前で、長い棒を持って立っているのを横目に、王家の紋章のついた馬車は、街の中へと入って行く。


「今日は久々に、ベッドで寝られるな」


 セラが分厚い本を閉じて目を閉じ、ゆっくりと肩を回す。


 セラの言った通り、馬車は街で一番綺麗だという宿の前で止まった。二階建ての石造りの立派な宿で、店主は気さくで髪の薄い小太りの男だった。サラシャが部屋を取るためにカウンターへ向かい、大和達は一階の食堂に集まった。食堂はそれなりに広く、賑やかだった。まだ夕食には早い時間のはずだが、ほとんどのテーブルが埋まっている。


 騎士たちが馬の世話をしたりと、せっせと動き回っている間に、大和たちは一足先に食事を済ませた。食事は柔らかいパンと具沢山の暖かいスープ、鶏肉の塩焼きで、一週間、日持ちのする固いパンと乾燥させたなにかの肉や果物だけだったこともあり、大和はとても満足していた。


 食事を終える頃、給仕係の女性がやってきて、空いた皿を片付けながら話しかけてきた。


「お客さんたち、いいところに来ましたね。今日はお祭りの日なんですよ」

「お祭り?」

「そ、夏祭りです。屋台が沢山出るので、よかったら行ってみてくださいね」


 女性は快活に微笑み、両手に器用に皿を持って去っていく。


「お祭りだって」

「なんだ、行きたいのか?」


 ツンとする匂いが鼻をつくアルコール度数の高い蒸留酒を煽りながら、セラが大和に言う。


「そうですね、興味はあります」

「行ってくればいいだろう。あ、お前に良いものをやる」

「良いもの?」


 セラは白衣のポケットに手を突っ込み、なにかを取り出しテーブルに放り投げるように置いた。ドス、とかなり重い音がした。余談だが、旅の最中でもセラは白衣を着ている。旅には不向きじゃないかと思うが、怖くて突っ込めないでいた。


「なんですか、これ」

「中を見てみろ。わたしの優しさに卒倒するぞ」

「はあ」


 ジャリジャリと音を立てる皮の袋だ。上部の紐をほどき、中を見る。となりのライラックが覗き込んできた。


「うわ!セラは気前がいいなあ」

「だろう?感謝してもしきれないだろ」

「いくらくらいあるんだろう」


 という会話の内容から、それが何であるかは大和にもわかった。見慣れない模様の入った金銀銅のコインは、この国の貨幣だ。


「セラさん!これ、くれるんですか!?」


 皮袋に触れる手が震える。


「アスラ村でのお前の給料だ。あそこではあまり必要のないものだったが、これからはそうもいかない」

「で、でも、多くないですか?っても俺にはこれがいくらになるかわからないですけど」

「ちょうどいい。ライラックに教えてもらってこい。二人で屋台を回っても、すぐにはなくならないだろう」


 大和はポカンと呆けたように口を半開きにする。


「だってさ!行こう、ヤマト」


 嬉々として立ち上がるライラックに、大和も腰をあげる。


「セラさん、ありがとうございます」


 そう言うと、セラはフンと鼻を鳴らし、酒の入ったコップを煽る。


「レイラはどうする?」

「え、わたしですか?」


 急に話しかけられたことに驚いた、というように、レイラは大和を見る。


「わたしは、やめておきます」

「そっか。じゃあ、なにかお土産でも買ってくる」

「気を遣わないでくださいね」


 明らかに悲しげな笑顔を浮かべる彼女だが、ヘタレの大和には、ほかにかける言葉が見つからなかった。一応誘っただけでも僥倖、というわけだ。


 こうして大和は、ライラックと共に夜の街へと繰り出していった。







 ☆

「いいか、この銅貨100枚で銀貨1枚の価値と同じになる。銀貨10枚は金貨1枚の価値。わかった?」

「それはわかった。でも、これだけ?他にないのか?」


 屋台の並ぶ広い通りを歩きながら、大和は手に持った銅貨を眺める。描かれている模様は、ファルガール王家の紋章だそうだ。言われてみれば、馬車についているものと同じ気もする。


「他、って、わかったわかった。お得意の異世界の話だね」

「そうだけど、その言い方気に入らない」

「悪かったよ。だけど、ヤマトは本当になにも知らないんだね」

「だから別の世界から来たんだって」


 ライラックが肩をすくめ、ため息混じりに吐き出した。


「そこまで言われると、本当に思えてくるから不思議だ。あ、あれ買ってくれよ」


 と、無邪気に走り出すライラックの背中に、


「だから本当なんだって……」


 と呟いて、仕方なく跡を追う。ライラックが興味を示したものは、串に刺して焼いた肉だった。香ばしい匂いが辺りに広がっている。


「さっき夕食を食べたばかりじゃないか」

「あんなのじゃ足りないよ。僕は人一倍頭を使うから、人一倍お腹が空くんだよ」

「本当かよ」


 屋台の店主は大柄な中年男性で、大和たちを見るとニカッと笑顔を見せた。大柄な体躯に似合わないなと大和は思う。


「今ちょうど焼きたてだぞ」

「じゃあ二つください」

「銅貨四枚だ」


 言われた通りにお金を渡し、熱々の串を受け取る。はじめてのおつかい、という単語が大和の頭に浮かんだ。


 受け取った串を齧りながらまた歩き始めた二人は、賑やかな人混みをゆっくり進む。串に刺さった肉は確かに美味しかった。


「そういえば、あんたに字を教えなきゃならなかった」


 唐突にライラックが言ったので、大和も思い出した。読み書きを教えてくれとは頼んでいたが、なにかと忙しかったのでまだ始めていなかったのだ。


「ああ、確かに。ひょっとして、そのためについてきたのか?」

「僕は義理堅いんだ」

「へえ、義理堅いから、薬師の仕事を放り出してきたんだ」


 ちょっとした意地悪のつもりで言う。するとライラックは、苦い顔で答えた。


「違う。いや、違わないか。アスラ村は僕には狭すぎるんだ。楽ではあるんだけど、僕の好奇心は満たされない」

「自分勝手だ」

「どうとでも言ってよ。だいたい、薬なんて作り方さえわかれば誰でもできるし、僕はあの一週間で出来るだけ作り置きしてきたんだぞ」

「だから俺を追い返したのか」


 なんて奴なんだと、大和はため息を吐く。


「いい口実じゃないか。僕は晴れて自由の身になり、あんたは読み書きを習得できる」


 それに、とライラックは意地の悪い笑みを浮かべた。いやにもったいをつけて、手に付いた肉の脂を舐める。


「あのズーンと沈んだお姫様と、本ばっかり読んでるセラと三人で馬車に缶詰だと、あんたがかわいそうだからね」

「確かに。そこは助かってるところではある」


 大和は小さく頭を左右に振った。やれやれだぜ、という気分だった。


「あのお姫様はなにをやらかしたの?」

「レイラがセラさんを引き抜きに来た事を、アスラ村のみんなに黙ってたんだ。徴兵の話も知っていたらしい。その上で、四カ月も村のみんなと親しげにしていたから、みんな残念に思ったんだよ」

「なるほどなあ。仕方ないっちゃ仕方ない話だね」


 きっとレイラ自身、国のために良い医者を連れて帰りたいという思いで動いていて、まさかこんなに村の人たちに嫌な顔をされるとは、想像もしていなかったのだろう。一方が良かれと思っていても、もう一方にとってはそうじゃない、ということはよくある話だ。


「で、あんたはお姫様を元気付けようと、今からステキなプレゼントを選ぶんだね」

「プレゼント、というか、なんというか」

「ついでに告白でもすればいい」


 大和は思わず足を止めた。唖然としてライラックを見る。


「なんでお前までそんなこと言うんだよ!?」

「あれ、違うの?セラが言ってたよ。あいつら、くっつきそうでくっつかない、見ている方が腹が立つ!って」


 穴があったら入りたい、と大和は頭を抱えたい気分だった。

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