第11話 騎士団の来訪
広場といっても、そこはただたんに拓けた場所だ。商人が寄った際には、そこで荷馬車を広げ商いをするために広くなっている。アスラ村のもうひとつの出入り口。森に出る方とは反対の、王都へ向かう街道へと続く門の前だ。
大和とレイラ、ジーン、ナナがそこへたどり着くと、村の住人たちが集まっていた。半円にできた人集りの真ん中は見えない。
セラが呼んでいると言うのだから、どこかにいるはずだと辺りを見回す。
「あ、ヤマトにーちゃん」
ヤマトの腰より少し上の辺りで声がした。ミーユだ。ライもいる。
「いったい何があったんだ?」
「騎士団が来たんだよ」
大和は眉をひそめてライを見る。ライは集団の中を指差して続けた。
「王国の騎士団。中央軍の、なんだっけ?」
「サラシャ様でしょ。ライはほんと、人の名前を覚えるのが苦手なんだから」
と、ミーユが続ける。
「そうだった。そのサラシャ様が、セラ先生と話をしたいそうだ」
「ちょっと待ってください」
レイラが遮るように口を挟む。彼女を見ると、青い顔をしていて、眉根がキュッと寄っていた。
「レイラ?」
名前を呼ぶ。しかし、レイラは聞こえなかったのか、人集りに向かってつかつかと歩き出した。取り残された大和たちは顔を見合わせ、誰ともなくレイラの後を追う。
人集りの中央に出ると、レイラは怖い顔をして、その騎士団とやらを睨みつけた。騎士団は、騎士団というからにはかなりの人数だと思っていたがそうではなく、立派な装飾のある純白の馬車と数人の鎧を付けた騎士だけだった。大和の脳裏に、シンデレラのかぼちゃの馬車が浮かび、慌てて搔き消した。
「レイラ様!」
騎士のうちのひとりが駆け寄ってくる。黒に近い青い髪を肩で切りそろえた、切れ長の目が特徴の女性だ。年齢は大和と変わらないくらいだ。
「サラシャ!これはどういうことですか?」
レイラは怒っていた。可愛らしい丸い瞳を吊り上げ、頬を紅潮させて女性騎士を睨みつけている。
「レイラ様こそ、どういうおつもりです?予定では、腕のきく医師をつれて、今頃は王都に戻っているはずではないのですか?」
「それは、まだ交渉中よ」
バツが悪いというように、レイラは顔を逸らした。話が見えない大和たちは、一様に困惑を浮かべ、とりあえず状況を見守ることにした。
「レイラ様、もはや一刻の猶予もございません。西のアルバート共和国が、国境間近に陣を張っています。いつ開戦の狼煙が上がってもおかしくありません。先の大戦で我々ファルガールの兵は負傷者多数。とても持ちそうにありません」
レイラは罰の悪い表情のまま動かない。畳み掛けるように、女性騎手は続ける。
「今、各地に徴兵の命が下っています。この村からも使える男性陣を連れて行かなくてはなりません。医者のことは諦めて、王都に戻りましょう」
厳しい眼つきの女性騎士の言葉に、集まっていた村の住人が息を飲む。誰かが泣き出す声が聞こえた。女性の声だ。
「待ってくれよ」
声を上げたのは、険しい顔をしたドグだ。彼は歳の割にしっかりした足取りで前へ出る。
「なんだ?」
女性騎士がドグに視線を向ける。皆が注目するなか、ドグはハッキリとした声で言った。
「見ての通り、これ以上連れて行かれたらこの村はおしまいだ。働き手がいなくなる。これから冬が来る。その準備もまだできていない」
そうだそうだと、誰かが声を上げた。わかりやすい群集心理だ。今ならまだ、抗議の声も通るかもしれないと、次々に声が上がる。
「黙れ!王国が滅びれば、冬支度どころの話ではない!」
一喝だ。迫力のある騎士の声が、一瞬で広場を静寂へと戻す。ドグは苦虫を噛み潰したような顔のまま、女性騎士を睨んでいた。
「明日だ。明日までに王都へ向かう人間を選んでおけ。それが嫌ならば、セラという医者を差し出せ」
「サラシャ!それはあまりにも時間が短すぎます!」
「ですが、我々も一刻を争う状況なのです。レイラ様も、急いで帰り支度をなさってください」
「そんな……」
身を翻し広場を後にする女性騎士の後を、レイラが慌てて追いかけていく。
広場に、どんよりとした空気が流れた。それは黒い靄となり足元に鬱積し、だからなのか、誰も動けなくなってしまっていた。
☆
騎士団とレイラが広場から姿を消した後。村の住人達は陰鬱な表情のまま、そこに留まっていた。
「なんだ?しけたツラしやがって。お、ヤマト、何があった?」
「セラさん!って、セラさんが俺を呼んだんじゃないですか」
白衣の裾を翻し、大欠伸をかましてやってきたセラが首を傾げ、ヤマトを見つけると片手を挙げた。ちょっと来い、説明しろよということだろうか。
「遅れたことは謝るよ。で、誰か死んだのか?」
セラに駆け寄ると、彼女はまるでふざけているのかというような暢気な声を出した。
「セラさん、マズイですよ」
「ほう。なぜだ?」
「俺よくわかってないんですが、多分なんですけど」
「要点だけ言えよ」
「セラさんが王都に行かなければ、この村から男性が消えます」
セラはポカンと大口をあけ、それから盛大に笑い出した。美人な人がしてはいけない顔だと大和は思った。
「セラさん、笑い事じゃないんですよ」
「お前、本当にバカだな。よし、話はわかったよ」
「わかっちゃったんですか?」
「ああ。以前からレイラに言われていたんだよ。医者として王都に来てくれと。わたしが行かなければ、兵として男連中を連れていくということだろう、どうせ」
驚いたのは大和だけではなかった。村の住人の中でも、セラといる時間の長いジーンやナナはもちろん、その他の誰ひとりとして知らなかったようだった。
「どうするんですか?」
大和の質問に、その場にいた全ての人間が耳をそばだてたことだろう。だが、声は別の方から聞こえてきた。
「セラ先生がいなくなったら、ワシらは誰を頼ればいい?」
声の主は確か、水車小屋で粉挽きをしているゲールさんだ、と大和は思い至る。この世界に転生してすぐの頃、石臼挽きで細かい小麦を作る技術に驚いてよく見学に行っていた。日本で売っている小麦粉と変わらないというだけではなく、それを使って焼くパンは風味豊かで最高だ。
ゲールは最近、腰を悪くしていた。まあまあ歳も歳なので、石臼を挽く作業は、たとえ水車がほとんど臼を動かしているとしても、だいぶ腰にきているようだった。立ち上がると急に激しい痛みが足を襲い痺れるとの事で、多分椎間板ヘルニアなんだろうなあと大和は考えていた。医者であるセラが何も言わないので断定はできない。
ともかく、セラに定期的に診てもらい、薬を貰っている住人は結構多い。だから、広場に集まった彼らのうち、少なくない数の声が、どうしろってんだよ?と言った。
「そりゃあ当然の疑問だけどよ」
遮ったのは、またもドグだった。ドグは盛大に顔をしかめ、遠慮がちに続ける。
「次兵士を選ぶならよ、デイルもだよなぁ」
大和はギクリと肩を震わせた。近くにいたジーンとナナも同じようにしたのを見た。デイルは、昨日出産したばかりのパメラの夫だ。
「それと、カナの旦那のジクスもよ」
誰かが叫ぶ。カナは産まれた時から身体が弱い。やっとお互いの両親に認められ、結婚したのが五日前だ。
「人数を考えるなら、今年ギリギリ15になるライもだな」
誰かが言った。
「オレ、も……」
視線の先で、ライが目を見開き動きを止めている。その横で、ミーユがワナワナと震え、両手で顔を覆ってしまった。
「ほらな、わたしが行けば全てが上手くいく。なあ、ジーン、ナナ。わたしの書棚に全て記録してある。なに、わたしが帰るまでの間だけだから、頼んだぞ」
ひとり納得したように言うセラに、誰も、なにも言えなかった。セラはまた、ふわあと大きな欠伸をしてから、人混みを抜けて行ってしまう。
誰も止めなかった。それぞれがそれぞれに、思うことがあった。みんな自分のことが心配で、セラがいれば確かに大抵の健康上の問題は解決する。そうして何年も生活してきたのだ。
だが、ただでさえ男手の少ない今のアスラ村から、さらに減ったのならどうなるのか。
選べるほど男はいない。
三人目の子どもが産まれたばかりのパメラを、では誰が養うのか。身体が弱く一生独り身かと心配されていたカナは、この先どうなるのか。幼くして両親を亡くした双子を、引き剥がしてしまうのか。
他にも何人か事情を抱えた人がいた。大和はそんな家をまわることが仕事だった。
聞いていられない。
大和は逃げるように広場を飛び出した。意識していないが、脚はその場所へ向かっている。
いつの間にか、空はすっかり夕暮れの藍色とオレンジの混じったものになっていた。走る大和の頬を撫でる風は、少し冷たかった。
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