第2話 静かなる孵化

 数日後・・・。「は!?」吉村は、甲高いかんだかい音と共に目を覚ました。時刻は、六時を回っていた。(夢か・・・、あの時の・・・。)吉村は、ため息をついた。どうやら、希望の光に関係する夢を見ていたようだ。


 「よいしょっと・・・。」吉村は、立ち上がり洗面台に向かった。「あら、おはよう、直美。もう起きてたの?」一階のキッチンに行くと、娘の直美が朝食を作っていた。「おはよう。」直美は、そう返した。「朝ご飯作ってくれたの?ありがとう。珍しいわね?こんな、朝早くに。」吉村は、笑顔でそう言った。


 「うん。たまには、お母さんを手伝おうと思ってね。」直美も笑顔でそう言った。「あら、そう?ありがとう。」吉村は、カウンターからキッチンを覗き込んでそう言った。「いただきます。」吉村と直美は、手を合わせてそう言った。


 「仕事は順調?」直美は、そう聞いた。「・・・一応ね。この前、失敗したけど・・・。」吉村は、由衣のことを思い出してため息をついた。「・・・そっか。やっぱり、大変そうだね。」直美は、他人事ひとごとのように言った。「本当に思ってる?」吉村は、そう言った。「思ってるよ?」吉村と直美は、見つめ合って吹き出した。


 「・・・今日は、何処どこで仕事?」直美は、そう質問した。「分からないけど・・・。多分、遠出するかもしれない。」吉村は、そう言った。「そう・・・。」直美は、寂しそうに言った。「・・・ごめんね。」吉村は、申し訳なさそうに言った。「・・・気にしないで。」直美は、笑顔でそう返した。


 「ごめんね・・・。」吉村は、仕事の都合上、海外などに出張する事が多い。そのため、直美と接する時間が非常に少ない。「ごちそうさまでした。」二人は、手を合わせてそう言った。「それじゃあ、行ってくるね。」吉村は、化粧を済ませて仕事へ向かった。「いってらっしゃい。」直美は、そう言った。





 「おはようございます。」吉村は、笑顔でそう言いながら自分の席に向かった。「あら、涼子さん。おはようございます。」眼鏡に圧化粧の女が嫌味に声をかけてきた。「・・・おはようございます。木村さん。」吉村は、ため息交じりにそう言った。


 「この前の任務は、あまりよろしくなかったそうですね?」吉村とその周りにいた同僚たちは、白けた表情になった。木村は、こうして自分と同じ以下の地位の同僚をいびることが多い。「・・・用事は、それだけですか?でしたら、自分の仕事を済ませたらどうですか?」吉村は、そう言い返した。


 「そんな屁理屈を言って、逃げれると思って?」木村は、ニヤリとそう言った。「相変わらず嫌な言い方ね・・・。そんな、言い方する割に上司にへこへこしているあなたのような、“卑怯者ひきょうもの”よりはましだと思いますけど?」吉村は、鼻で笑ってそう言った。


 「へえ・・・。課長になる私にそんなこと言っていいのかしら?」木村は、そう言い返した。「知ってます?そういうのパワハラって言うんですよ?」吉村は、あおるように言った。「何ですって!?」木村は、にらみ付けてそう言った。「何よ?」吉村も睨んでそう言った。


 「まあ!まあ!二人共、落ち着いてくださいよ!仲良くね?ね?」禿げ上がった課長が仲裁ちゅうさいに入った。「中島さんは、黙ってて!」中島のほおに両サイドから強烈な平手打ちが入った。「すみません・・・。」中島は、涙目でそう言った。


 「あの・・・。」中島は、小さい声でそう言った。「今度は何!?」二人は、すさまじい気迫でそう言った。「すみません!ぶ、部長が吉村さんをお、お呼びです・・・。」中島は、情けない声を出してそう言った。「部長が?」二人は、見つめ合ってそう言った。





 部長室・・・。「前回の任務、ご苦労だったな。」佐々木は、表情一つ変えずにそう言った。「ありがとうございます。あの、ご用というのは何でしょうか?」吉村は、そう聞いた。「その前回の任務について伝えたいことがある。」佐々木は、そう返した。


 「・・・何でしょうか?」吉村は、苦い表情でそう言った。「希望の光に兵器を提供した、バジリスクの関係者が藤田君の協力により逮捕された。」佐々木は、そう言った。「え?」吉村は、驚いてそう言った。「彼がそうしたいと言ってきたのだよ。お願いしますと、頭を下げてな。」佐々木は、相変わらずの表情で言った。


 「そう・・・でしたか。」吉村は、由衣を思い出し安心した表情で言った。「さて、新たな任務についてだが・・・。」佐々木は、そう言った。「はい。」吉村も切り替えるように言った。「吉村君は、殺生石せっしょうせきの伝説を知っているかね?」佐々木は、素っ頓狂すっとんきょうなことを言った。


 「・・・はい。あの栃木県にある有名な観光スポットですよね?」吉村は、そう答えた。「ああ、そうだ。」殺生石とは、インドから中国、日本に渡って来たとされる、“九尾の狐”が倒された時に変身したとされる石の名前である。これは、栃木県の那須温泉神社なすゆぜんじんじゃで祀られている。


 「・・・それがどうしたんですか?」吉村は、首をかしげてそう聞いた。「知っての通り、殺生石周辺には有毒な火山ガスが漂っている。」殺生石周辺は、時折この火山ガスによって立ち入りが規制されることがある。「この火山ガスに異常が確認された。」佐々木は、そう言った。


 「どんな異常何ですか?」吉村は、そう言った。「前年には、含まれていなかったガスが含まれていたようだ。詳細は不明だが、明らかに人為的なものだったそうだ。それを吉村君に調査してもらいたい。」佐々木は、そう言った。「分かりました。」吉村は、そう返事を返した。


 「ただし、藤田君は休暇を取っている。そこで、君にはに指導も含めて連れて言ってもらう。」佐々木がそう言った瞬間、ドアをノックした音が響いた。「失礼します!」そう元気よく言って、若い青年が部屋に入ってきた。


 「池口です!よろしくお願いします!」青年は、まぶしい笑顔でそう言った。「よろしく。」吉村は、微笑ほほえんでそう返した。「君たちには、栃木県那須町にある殺生石周辺を調べてもらう。神社からは、許可をとっている。では、健闘けんとうを祈っている。」そう言って、話はそこで終わった。





 「ふう・・・。やっと着きましたね・・・。」吉村と池口は、東京駅から、新幹線、バスに乗り継ぎ那須町に着いた。「よく言うわね・・・。あなたが、通りすがりのおばあさんを手助けしたいって言うからでしょ?」吉村は、ため息をついてそう言った。「だって、ほっとけないじゃないですか・・・。」池口は、苦笑いをしてそう言った。


 「まあ、いいわ・・・。行きましょうか。」吉村は、そう言った。「そうですね。」池口は、また笑顔でそう言った。(この子、優しいんだけど方向音痴がなあ・・・。まあ、あの腹黒よりはましだけど・・・。)吉村は、藤田を思い出しながらそう思った。


 「どうしました?」池口は、そう言った。「何でもな・・・な?」頭を上げると、通りすがりの老婆に話しかける池口が目に入った。「・・・池口君?」吉村は、そう聞いた。「よっこいしょ!吉村さん、行きましょう。」池口は、老婆を抱えて能天気にそう言った。


 「・・・一応聞くけど、その人は何処まで?」吉村は、ため息をついてそう言った。「那須温泉神社までだそうです。」池口は、また眩しい笑顔でそう言った。「そうなのね・・・。じゃあ、一緒に行きましょうか!」吉村は、開き直って笑顔でそう言った。





 数分後・・・。三人は、目的の神社についた。「おばあさん、着きましたよ。」池口は、そう言って老婆を降ろした。「そう、二人ともありがとねえ。」老婆のおかげで無事、神社についた。「いえいえ!それじゃあ、僕たちはこれで・・・。」池口は、そう笑顔で返した。


 (やれやれ・・・。)吉村は、ため息をついた。「もしかして、P・S・Cの方々ですかな?」二人は、渋い声のした方向を見ると、そこには神主と思われる男が立っていた。「そうですが・・・あなたは?」吉村は、そう聞き返した。


 「私は、ここの管理をしている神主の渡部といいます。」田村は、手を合わせてお辞儀をした。「吉村です。」吉村は、渡部と握手をしてそう言った。「池口です。よろしくお願いします!」池口は、笑顔でそう言った。「よろしくお願いします。ここでは、何ですからどうぞ中へ。」渡部は、そう言って神社の隣にある家へ案内した。





 「どうぞ。お座り下さい。」二人は、和室に案内された。「わざわざ、ありがとうございます。」二人は、同時にそう言って正座した。「いえいえ、こちらこそ来て下さりありがとうございます。」渡部も正座をしてそう言った。


 「あの、その殺生石の異変というのは?」吉村は、そう聞いた。「・・・は、突然でした。」渡部は、冷や汗をかいてそう言った。「とは、何ですか?」吉村は、そう返した。「はい。去年は、異常など全くなかったのです。ですが、あの事件のせいで・・・。」渡部は、苦虫を噛み潰したような表情で言った。


 「あれとは、その事件のことですか?」吉村は、またそう聞き返した。「・・・はい。」渡部は、持っていたハンカチで汗を拭いた。「何があったんですか?」池口は、そう聞いた。「あの事件は、二、三ヶ月前に起きました。」渡部は、説明を始めた。


 すると・・・。「失礼します。」入ってきた障子の向こうから、老婆のような声が聞こえてきた。「タエ子か・・・、入っていいぞ。」渡部は、そう言った。「お茶をお持ちしました。」と言って、障子を開けた。「あ!」タエ子、吉村、池口は、同時にそう言った。


 「お二方は、私の妻と知り合い何ですか?」渡部は、驚いたように言った。「知り合いも何もさっき会ったばかりよ?池口君?にここまでおぶってもらったのよ。」タエ子は、渡部を見てそう言った。「そうだったのか・・・。ありがとうございます。」渡部は、頭を下げてそう言った。


 「いえいえ・・・、当然のことをしたまでですよ!」池口は、照れくさそうに言った。(何だかなあ・・・。)吉村は、複雑な気持ちになっていた。「どうぞ、粗茶ですが・・・。」タエ子は、そう言って3人の前に置いた。「ありがとうございます。」吉村と池口は、同時にそう言った。





 「では、さっきの続きを・・・。あれは、二、三ヶ月前の事でした。」渡部は、改めて説明を始めた。「その頃は、何も異常はありませんでした。ですので、その日はいつものように立ち入りを禁じていました。」渡部は、説明を続ける。


 「そして、立ち入りの禁止を解いたあと確認の為に殺生石周辺を見に行きました。」渡部は、そう言った。「しかし、そこに殺生石はありませんでした。あったのは、溶けた岩の跡と無造作に置かれた締め縄があるだけでした。」渡部は、不安な表情で言った。


 「“溶けていた”とは、どんな風に?」池口は、そう聞いた。「はい。専門家の先生によると、自然に溶けたのではなく明らかに人為的に作られた薬品によって溶かされたものだそうです。」渡部は、そう言った。「死者は、出ていないんですか?」吉村は、そう聞いた。「今のところは、出ていません。」渡部は、そう答えた。


 「それで、私たちを呼んだんですね?」吉村は、そう聞いた。「はい。その通りです。」渡部は、そう返した。「他のところに影響はありましたか?」池口は、そう言った。「いえ、殺生石があるところだけです。ただ、範囲が徐々に広がっているそうです。」渡部は、ため息交じりに言った。


 「それだけでなく、来て下さる観光客の方々の中に行方不明者が出ているのです。」渡部は、相変わらず不安そうな表情で言った。「・・・それは、何人ぐらい出ているんですか?」吉村は、こわばった表情で言った。「分かっているだけでも、二ヶ月で約五十人ぐらいだと思います。」渡部は、そう答えた。


 「五十人もですか!?」池口は、驚愕の余り声を張り上げた。「なるほど・・・。分かりました。ありがとうございます。」吉村は、納得したように言った。「どうか、よろしくお願いします!不安で夜も落ち着いて眠れないのです・・・!」渡部は、頭を下げてそう言った。「私からもよろしくお願いします!」タエ子もそう言って頭を下げた。


 「二人共、頭を上げて下さい。」渡部夫婦は、頭を上げた。「私たちは、その為に来たんですから気にしないで下さいよ。それが仕事なんですから・・・。」吉村は、笑顔でそう言った。「ありがとうございます!」渡部夫婦は、再び頭を下げてそう言った。話は、そこで終わった。





 「吉村さん。あんなこと言いましたけど、どうするんですか?」池口は、心配するように言った。「あの時は、ああ言うしかないでしょ?それに現場に行けば思いつくわよ。」二人は、自衛隊の待機している殺生石周辺の仮設駐屯地に向かった。


 「お待ちしておりました。二等陸士の山田といいます。こちらへ。」二人は、テントの中に案内された。自衛隊は、こうして自分たちだけで毒物を処理できなくなった場合にのみ、P・S・Cと協力態勢をくことがある。


 「お初にお目にかかります。准陸尉の西原と申します。」そう言って、西原は、敬礼をした。「吉村です。よろしくお願いします。」吉村は、そう言って西原と握手をした。「池口です!よろしくお願いします!」池口も元気よく笑顔でそう言って握手をした。


 「早速ですが、現状について説明したいと思います。」二人は、山田に何やら紙を渡された。「知っての通り、現在、殺生石周辺には未知の有毒ガスが漂っています。我々は、このガスをLOP-1エルオーピーワンと呼んでいます。」と言って、モニターにLOP-1の図を写した。


 「このガスは、異常な腐食性を持っています。これは、ドローンで殺生石周辺を調査し判明しました。しかしながら、このドローンは現在、行方不明となっています。」西原は、そう説明した。「防護服による調査は、出来なかったんですね?」吉村は、そう聞いた。「はい。ですので、あなた方にはその知識を提供して頂きたい。」西原は、そう返した。


 「どこから、発生しているんですか?」吉村は、そう聞いた。「殺生石跡からのみ発生していると思われます。」西原は、無表情でそう返した。「なるほど・・・。」吉村は、そう言った。(そこを潰すってわけね・・・。)吉村は心の中で納得した。


 「腐食性ってことは、酸性のガスということですか?」池口は、そう聞いた。「それは、分かりませんが恐らくそう思われます。」西原は、相変わらず硬い表情で言った。「ということは、アルカリ性の物質で中和できるわね・・・・。」吉村は、あごに手を当ててそう言った。


 「なるほど・・・、それならば殺生石に近づくことが可能ですね。」西原は、少し微笑んでそう言った。「確かに、近づければいいわけだから、ガスも自分たちの周りにく分だけで済みますからね。」池口は、納得したようにうなづいてそう言った。


 「となると、人数がかなり限られますね・・・。」吉村は、そう言った。「じゃあ、誰が?」池口は、そう聞いた。「では、あなた方に私の部下の山田、内藤の四人でどうでしょうか?」西原は、そう言った。「お願いします。」吉村は、そう返した。


 「任務は、あなた方の準備もあると思いますので明日に行いたいと思います。」西原は、山田にアイコンタクトをとった。「では、こちらへ。」吉村と池口は、休養所に案内された。「夕食まで、ここでお休みください。朝食は八時、昼食は十二時半、夕食は七時です。食堂は、あちらです。池口さんの部屋は、この隣です。」山田は、そう説明した。「それじゃあ、吉村さんまた後で・・・。」こうして、二人は後にした。





 翌日・・・。「来たわね・・・。」吉村は、ヘリの音がする方を見つめて言った。吉村は、P・S・C本部に連絡をし、必要なものを頼んでいた。「ですね・・・。」池口も同じようにそう言った。「お疲れ様です。」ヘリに乗っていたP・S・C関係者が降りてきた。


 「お疲れ様です。」二人は、同時にそう言った。「こちらが例の道具になります。」関係者は、そう言って複数のジュラルミンケースを取り出した。「ありがとうございます。」吉村は、そう言ってケースを持ち出した。「失礼します。」関係者は、ヘリに戻り去っていった。


 「これは・・・?」内藤は、そう聞いてきた。中には、加湿器を大きくしたような装置と薬品の入ったボンベがあった。「LOP-1を中和する装置よ。そして、こっちはこの装置につける薬品。そして、こっちが・・・。」もう1つのケースには、胸元にP・S・Cと書いてある防護服があった。「P・S・C特製の防護服ね。これが酸素マスク。」吉村は、そう説明した。


 「道具は、そろいましたか?」西原は、そう聞いた。「ええ。いつでも行けますよ。」吉村は、そう答えた。「では、早速ですが任務を初めて下さい。健闘を祈っています。」西原は、敬礼をしてそう言った。こうして、四人は任務を開始した。





 「山田君と内藤君は、こういう任務は初めて?」吉村は、酸素マスクについている発振器越しに話しかけた。「自分は、初めてです。」山田は、そう返した。「自分は、二回目です。」内藤は、そう答えた。「・・・ありがとう。それじゃあ、起動するわよ。」吉村は、脳裏に不安を抱きながら鞄ほどの大きさの装置を起動した。


 起動すると、装置は青い蒸気を出し始めた。「これって、どのくらいもつんですか?」池口は、そう聞いた。「五時間はもつわね。まあ、ここに戻る頃までは大丈夫でしょ。」四人は、そう話しながら毒ガスの中に入って言った。「僕が持ちましょうか?」池口は、その装置を持ちながら進んで行った。他の三人は、池口を囲むようにpH検知器で安全を確認しながら進んだ。


 「想像以上に被害が酷いわね・・・。」地面に転がっている岩々は、白いあぶくを吹いていた。「・・・それに昨日より悪化しています。」内藤は、眉間にしわを寄せて辺りをにらむように見ていた。「それより、この服は凄いですね。全然溶けない・・・。」山田は、感心してそう言った。「吉村さんは、此処ここに来たことがあるんですか?」池口は、雰囲気を壊すように言った。


 「い、今言うことじゃないんじゃ?」山田は、困ったように言った。「はあ・・・。」吉村と内藤は、深いため息をついた。「す、すみません・・・。アハハ・・・。」池口は、苦笑いをしながらそう言った。「・・・一度だけ、妖怪マニアの友人に無理矢理、連れまわされて来たことがあるわ。」吉村は、そう答えた。


 「・・・ありがとうございます。少しだけ、気持ちが楽になりました。」内藤は、微笑んでそう言った。「あ、はい?ほ、褒められてるのかな・・・?」池口は、に落ちない様子で言った。「そうに決まってるじゃない。」張り詰めていた空気が少しだけ和んだ。「先輩は、ここ一週間休んでなかったですもんね。」山田は、そう言った。「それは、お前もだろ。」内藤は、少し笑ってそう言った。


 「あなた達って仲が良いのね。」吉村は、微笑ましそうに言った。「そうですね。訓練生時代から、ずっと一緒に頑張ってきました。」山田は、懐かしそうに言った。「や、止めろよ!」内藤は、少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。「そうなの。さて・・・、仕事に戻りましょうか。」その一声と共に一同は、急ぎ足で進んだ。





 「中和装置使ってこの数値か・・・。」山田は、検知器を見ながらそう言った。検知器には、数字の“2”と出ていた。「“0”が最高でしたね。とすると、かなり高いですね・・・。」池口は、そう言って装置のダイヤルを回した。青いガスはその色合いを増した。「・・・早く、済ませないとね。」吉村がそう言うと、全員がうなずいた。


 すると、一同は開けた場所にでた。「此処が目的の場所ね・・・。」そこには、渡部の言った通り無造作に置かれたしめ縄があった。「待って。数値が・・・。」検知器には、“7”と出ていた。装置の電源を落としても数値は変わらなかった。つまり、その場にはガスが漂っていないということになる。「・・・素直に安心出来ませんね。」その数字は、その場いる者たちの不安をあおるには十分だった。


 「何かあるわね・・・。」四人は、確認の為に殺生石のあった場所に近づいた。「ん?何だこれ?」山田は、違和感を感じたかのように立ち止まり足元を見ていた。その表情は、不快な物を見ているかのように険しかった。「どうした?」内藤は、駆け寄った。「皆さん、これ・・・。」山田の立っていた場所には何やら取っ手のようなものがあった。


 砂利を払うとそこには、マンホールほどの大きさの四角い扉が顔を出した。「・・・結構、続いてますね。」池口は、楽しそうに言った。扉を開けた奥が薄っすらと光っているように見えた。「皆、嫌だと思うけど下りてみましょうか。・・・一人だけ何故か楽しそうだけど。」吉村の声を合図に四人は、恐る恐る梯子はしごを下りて行った。





 梯子を下りると目の前には、白いLEDで染まった廊下が広がっていた。「かなり古いですね・・・。」内藤は、そう言った。廊下は、びた鉄柵が連なり監獄のようになっていた。鉄柵の中には、コンクリートの地面に倒れているものもあった。そのコンクリートも所々、剥がれ落ち鉄筋がむき出しになっていた。そして、部屋全体はほこり蜘蛛くもの糸に包まれていた。


 「ホ、ホラー映画みたいですね・・・。」山田は、震えた声でそう言った。「お前、このくらいでビビッてんのか?」内藤は、鼻で笑ってそう言った。「だ、だって、怖いじゃないですか。」山田は、恥ずかしそうに言った。「怖くないよ。」内藤は、悪戯いたずらをする子供のようにニヤついていた。


 「山田君は、こういうの苦手なんだ。」吉村は、興味深々にそう言った。「はい・・・。面目ないです・・・。」山田は、居たたまれない様子でそう言った。「怖くないですよ!むしろ、このくらいないと面白くないですよ。幽霊でも出てこないかなあ・・・。」池口は、目を輝かせてそう言った。


 「吉村さん。この人、大丈夫何ですか?」内藤は、吉村の耳元で心配そうにささやいた。「その気持ちは、よく分かるわ。那須町に来る前からあんな感じなのよ。」吉村は、小さくため息をついた。「大変ですね・・・。」山田は、あわれむような表情で言った。「どうしたんですか?」池口は、不思議そうな表情で3人にたずねた。





 「いいえ。何でもないわ。皆で手分けして此処を調べましょうか。」池口の表情には、疑問が残っていたが何も言うことなく仕事に戻った。「うわああああ!?」池口の叫び声が廊下全体に響いた。その声には、底知れない恐怖があった。「どうしたの!?な・・・!?」吉村は、駆け寄るとその光景に驚愕した。


 「二人共どうしたんで・・・。」山田もその光景に絶句した。「どうした山田・・・?し、死体!?」そこには、腐敗した人間の遺体の山があった。遺体の中には、旧日本軍の格好をした者や今時の格好をした者など、様々な年代の者たちが横たわっていた。そのどれもが、まるで火の付いた蝋燭ろうそくのように皮膚がただれ、苦悶くもんの表情を浮かべていた。


 「酷い・・・!まるで、遺体が物のようじゃない・・・!」吉村の言葉通り、その数々の遺体は番号が振られており不法投棄されたゴミのように積み重ねられていた。「・・・ちょっと、待って下さい。何か聞こえませんか?」内藤の言葉と同時に全員は耳を澄ませた。「人の息継ぎ・・・!?」山田の声を聞いて、真っ先に動いたのは池口だった。


 「この人、生きてますよ!速く救助を!」池口は、部屋の一番手前で横たわっている男性の胸に手を当ててそう言った。「わ、分かりました!」山田は、急いで駐屯地に連絡をした。しばらくして、ヘリが到着し男性も含めた十人が救助された。四人は、救助された十人と共に一時撤退した。


 数分後・・・。「・・・あなた、大丈夫?」吉村は、ヘリの中で池口に心配するようにそう聞いた。「え?何がですか?」池口は、何のことか分からない様子で返した。「何って・・・精神面よ。あの惨状を見れば心配になるでしょ?」吉村は、当然のように言った。「・・・正直、大丈夫ではないです。でも、生きている人達がいたので幾分マシです。」池口は、冷静にそう答えた。


 「凄いわね・・・。私もそうだったけど、普通あんな光景を見たら誰でも吐くわよ?」吉村は、拍子抜けしたように言った。「確かに僕も吐きそうになりましたけど、苦しそうにしていたあの男性を見た瞬間に吐き気とか恐怖なんて吹き飛んでました。」池口は、笑顔でそう答えた。その瞳は、未だ優しさであふれていた。


 「・・・そう。池口君は、強くて優しいのね。」吉村は、呟くように言った。「え?何か言いました?」池口は、そう聞き直した。「・・・何でもないわ。独り言よ。これからも、その調子で頑張ってね。」吉村は、そう答えた。「は、はい。ありがとうございます。よく分かんないですけど・・・。」池口は、納得していないかのように答えた。





 「一先ひとまず、お疲れ様でした。」西原は、軽く会釈えしゃくをした。「・・・確認ですが。西原さんは、あの施設があることは知っていたんですか?」吉村は、単刀直入にそう聞いた。「・・・いえ。全く存じ上げておりません。ですが、噂程度ならば聞いたことがあります。まさか、此処がその場所だったとは・・・。」西原は、半信半疑にそう言った。


 「その噂って何ですか?」池口は、そう聞いた。「これは、私の祖父から聞いた話なのですが。日本の地下には、第二次世界大戦中に日本軍が管理していた毒ガス研究施設がありと・・・。余りに非現実的だったので聞き流していましたが本当に存在していたとは・・・。」西原は、信じられないと言った様子だった。


 「あの遺体の山は、当時の犠牲者も含まれているのね・・・。ということは、あの人たちは捨てられたということになりますね。」吉村は、頭を抱えてため息をついた。「・・・西原さんのおじいさんは、それを見て見ぬふりをしていたんですか?」池口は、拳を握りしめてそう言った。「何度も止めようとしたそうです。・・・結局、止められなかったそうですが。」西原は、悲しみの表情を浮かべた。


 「・・・今度は、私に行かせて下さい。」西原は、意外な提案をした。その唐突な言葉にその場にいた者たちは唖然あぜんとした。「し、しかし、准陸尉。あなたは、此処の指揮権を持っています。それを放棄すると言うのは・・・。」内藤は、口をつぐんだ。「・・・責任は、私が取る。何、直ぐに帰って来る。」西原は、祖父の悔しそうな表情を思い浮かべていた。


 「・・・本当にいいんですか?」吉村は、困ったような表情で言った。「・・・祖父の無念を晴らしたいのです。」その目からは、西原の強い意志が放たれていた。「わ、分かりました・・・。」吉村は、池口や山田ら隊員たちの目を見てそう言った。隊員たちは、痺れを切らしたように頷いていた。


 「でも、どうするんですか?何処どこで知ったかは知りませんけど、多分あの施設はバジリスクに使われていますよ。かなり、危険だと思いますけど?」池口は、切り替えるようにそう言った。「ヘリが来ても反応が無いってことは恐らく誰も居ない可能性があるわね。そうだとしても、警戒が厳重になることも考えて侵入するなら今しかないわ。」吉村は、そう答えた。


 「それでは、早速、装備を整えて施設に向かいましょう。原田陸曹長、指揮権を君に与える。後は、頼んだよ。」西原は、再びその場をまとめた。「はっ!」原田と呼ばれた男性は、敬礼をしてそう言った。言葉通り数分で準備を整え、吉村と池口、西原の三人は再び施設に向かった。





 三人は先程、身に付けていた防護服を着て例の惨状を見ていた。「想像以上に酷いですね・・・。」西原は、冷静であったがその表情は怒りで歪んでいた。その怒りの対象は、恐らく祖父の辛い思いを受け止めなかった自分も含まれているのだろう。「・・・そう言えば、さっきは気付かなかったですけど奥に扉がありますね。」懐中電灯の先を見つめると、そこには不自然なほど真新しい白い扉があった。


 「・・・開けますよ?」西原は、片手に銃を持ちゆっくりと扉を開けた。「・・・。」扉を開けると西原は、直ぐに銃を構えて辺りを見渡した。「・・・何も起きないわね。」そこは、一本の床や壁、天井までも異常なほど真っ白な廊下があった。遺体置き場とは、また違った不気味さを放っていた。


 すると、予め準備されていたかのように途切れ、途切れの放送が流れた。「警・・・侵・・・者・・・り。・・・ちに・・・臨・・・をと・・・れ。繰り・・・す・・・。侵入・・・あ・・・。」と狂ったようにそう繰り返し言っていた。「何んだこれ・・・。」流石の池口も不快そうな表情でそう言った。それだけでなく、床には血がしたたったような跡があった。


 西原は、地面に片膝をついてしゃがみ込んだ。「割と新しい物のようですね・・・。気は進みませんが行きましょうか。」血を触った手を吹きながら立ち上がった。三人は、再び歩き始めた。「・・・凄いですね。触っただけで分かるなんて・・・。」池口は、感心したように言った。「・・・昔、色々ありましてね。詳しくは聞かないで下さい。」西原は、笑顔ではあったがかなり戸惑っていた。


 吉村は、無言で池口の腹を肘で軽く突いた。「痛っ!」池口は、腹を押えてそう言った。「どうしました?」西原は、真剣な表情で聞いてきた。「いえ。何でもありませんよ。ね?池口君?」吉村は、笑顔でそう言った。「今、吉村さんが・・・痛っ!」今度は、脇腹を思い切りつねられた。「・・・やはり、何処か怪我されたのでは?」西原は、心配そうに言った。「な、何でもないです・・・。心配なさらず。」池口は、痛みで引きつった笑顔でそう言った。「ならいいのですが・・・。」三人は、気を取り直して調査を続けた。





 奥の扉を開くと、白い空間は相変わらずだが、倉庫になっており棚には数え切れない程の書類があった。「何か重要なこと載ってるといいけど・・・。」吉村は、大きなため息をついた。三人は、書類を調べ始めた。「これは、此処の見取り図ですね・・・。こうして見ると、かなり広いですね。」池口は、乾いたトーンでそう言った。やはり、此処は何かの研究施設のようだ。


 「R・・・SC・・・ガス製・・・造計画?」吉村が見た書類は、どうやら計画書のようだ。LOP-1と効果が似ているので恐らく同じものだろう。「やっぱりね・・・。」池口の発言通り、此処はバジリスクが管理していたようだ。バジリスクリーダーの名前、本部の住所、電話番号、アドレスもあったが全て黒く塗りつぶしてあった。(そんな、都合よく載ってる訳ないか・・・。)吉村は、落胆したようにため息をついた。


 計画書によると、西原の話の通り此処は第二次世界大戦中に日本軍が管理していた研究施設のようだ。LOP-1もといRSCは、旧研究所つまりあの死体置き場の空気中に微量ながら浮遊していたRSCの元となったガスを改良したものらしい。この計画では、更に量産することが目的のようだ。(なるほど・・・。あいつらの考えそうなことね。)吉村は、頷きながら読み進めた。


 前RSCガス、RSC-0は拡散範囲が広い代わりに持ち運びが難しく酸化、空気に触れると劣化し本来の効力を発揮できないという欠点があるらしい。持ち運びが難しい理由は、異常に腐食性が高く厚い外装に包まれた容器に入れてもその容器が溶け、保管が出来ない為のようだ。


 (・・・もう完成しているのね。)完成したRSC-1は、持ち運びがしやすく酸化を八十パーセント抑えた代わりに拡散範囲が狭いという欠点があるらしい。その他には、拡散されたRSC-1ガスはその場に長期間、浮遊し続けるため処理が困難らしい。アルカリ性のガスを使えば一時的に解毒できるがRSC-1xというガスを使用しなければ完全には解毒できないそうだ。計画書は、そこで終わっていた。





 (肝心の保管場所が書いてないわね・・・。まあ、大体の場所は想像できるけど・・・。)吉村は、池口が見つけた見取り図に書いてあった研究室にRSC-1xがあるのではないかと考えていた。「何だこれは・・・?」西原は、持っている書類を見ていた。「どうしました?」吉村は、そう言って西原に駆け寄った。


 「これ・・・恐らく此処で殺生石周辺のガスを研究していた科学者の日記だと思うのですが・・・・。読んでみます?」西原は、眉間を押えながらそう言った。「・・・そんなに文章多いんですか?」池口は、そう聞いた。「・・・覚悟して読んで下さい。」西原は、そう言った。池口と吉村は、読み始めた。


 “五月四日 私の名前は、杉山浩二すぎやまこうじ。ここバジリスク那須研究所で研究・管理・総括を任されてから一週間がたった。何処で仕入れたかは知らないが、ここは第二次世界大戦中に使用された軍事施設だそうだ。信じられない話ではあるが、研究以外のことに興味のない私にとってはどうでもいいことだが・・・。にしても、このRSC-0はなんと不便なことか。高い腐食性のせいで持ち運びできないうえ、空気に触れると直ぐに劣化してしまう。これは、改良の余地があるな。”


 “五月十四日 非常に難しい。RSC-0を何種類もある金属の容器に入れてチタンならば腐食されないことが分かったのはいい。だが、改良はほとんど手を付けれていない。やはり、実験体が必要だろう。幸いにも、此処の真上には殺生石を見に来る観光客がいる。ただの石を見て何が面白いのだろうか。”


 “五月十五日 遂に念願の実験体を確保することができた。しかも、四人家族だった。運がいいことに母親が妊娠しており、娘と息子が一人ずついた。残念なのは、実験体に部下たちが雑に扱ったのだろう全身にあざができていることだ。此処は、部下もそうだが設備も揃っておらず最悪の環境だ。さて、実験の結果だが想像以上に劣化が早く子供は死に至らしめることができたが、親の方は皮膚が爛れるのみだった。まあ、更なるデータを得ることができるので問題はない。先が思いやられるな。”


 “五月三十一日 研究の結果、RSC-0は液体に溶けやすいという性質を持っているようだ。液体化したRSC-0は、腐食性はなく保管も容易にできるようになった。これは、あの死亡した子供の血液を研究したことにより分かった。あの夫婦は、旦那の方は一週間、女房の方は旦那の死亡と同じ日に流産しその五日後に死亡した。二人共、殺してくれとせがんで耳障りだったので丁度良かった。これにより、試作品ではあるがRSC-1が完成した。劣化を五十パーセント抑えることができた。まだ、改良すべき点は幾つかあるが大きな一歩と言えるだろう。”


 “六月八日 遂にRSC-1が完成した。以前の「0」にタールを混ぜることで八十パーセントまで劣化を抑えることができた。これは、実験台に使った観光客の男が持っていたタバコから判明した。お陰で、腐食性をましたが兵器として扱い易くなったので問題はないだろう。ついでに「1」の解毒ガス「1x」も作っておいた。細かく調べればもっと分かると思うがなんせ此処は設備が悪い。それに使えない部下たちのせいで此処がばれてしまうのも時間の問題だろう。本部に連絡してみようかな。”


 “六月十三日 本部に連絡してからやっと返事が来た。電話によると、一週間後に設備の揃ったバジリスク本部研究所に移してもらうことになった。これで、更なる研究をすることができる。ようやく、この最悪の環境から抜け出すことができる。来週から楽しみだ。”日記は、此処で終わっていた。


 「・・・想像以上にエグい内容でしたね。」池口は、少し気分が悪そうに言った。「・・・これがバジリスクのやり方よ。酷いものでしょ?」吉村は、冷たい声でそう言った。その瞳には、底知れぬ悲しみが宿っていた。(優しい吉村さんをこんな表情にさせるなんて・・・。)池口は、バジリスクに対して静かに、されども大きな怒りが湧いていた。


 「それより、西原さんは平気なんですね。」吉村は、そう言った。「・・・仕事柄しごとがら、戦地に行くことが多くてですね。それで、慣れてしまっているのかもしれません。」西原は、暗い声でそう言った。「すみません!そんなこと、聞いてほしくなかったでしょうに僕は・・・。」池口は、先程の言葉を後悔するように言った。「いやいや、気にしないで下さい。さ、調査を続けましょうか。」西原の言葉を皮切りに調査を再開した。





 「研究室は、確かこの先ね。・・・何となく嫌な予感がするわね。急ぎましょうか。」池口と西原は、緊迫した表情で大きく頷いた。倉庫の奥に見える扉の直ぐ下は、大量の血が絵の具のように塗られていた。「・・・開けますよ?」西原は、冷や汗をかきながらゆっくりと扉に手をかけた。「はい・・・。」吉村と池口は、同時にそう言った。その様子を固唾を飲んで見守っていた。


 「んんんっ・・・!」恐らく、それは自動扉なのであろう。何か引っかかった様に重く動きが悪い。「いきますよ?せーの!」途中で止まりながらも池口が手伝って何とか開いた。直ぐさま、銃を構えて辺りを確認した。「・・・真っ暗ですね。」池口は、そう言った。室内は、此処だけ電気がついておらずそれも相まって異様な雰囲気を出していた。


 「えーっと・・・此処ね。付けるわよ?」吉村は、そう言って手探りで見つけた電気のスイッチを押した。「・・・っ!?」そこには、まさしく凄惨せいさんと言っても過言ではない光景が広がっていた。床全体に血が飛び散り、中央にある手術台には外傷のない遺体が腹を割かれた状態で寝そべっていた。手術台を囲むように十数体もの遺体があった。「これは・・・銃で撃たれた跡ですね。」西原は、手を合わせた後に遺体を調べた。池口と吉村も同じように手を合わせた。どの遺体も銃で撃たれた様な無数の穴が体中に空いていた。


 「あの遺体が恐らくあの日記の・・・。」西原は、部屋の奥で壁にもたれかかっている白衣の遺体を指さしてそう言った。「・・・ええ。杉山浩二ですね。」吉村は、そう言った。「一歩、遅かったか・・・!」池口は、悔しそうに言った。「いや・・・ちょっと待ってください。」西原は、何か異変を感じたかのように杉山の首筋を触り始めた。「生きてる・・・!?この男、生きてますよ!」首筋の血管は、ドクドクと脈打っていた。


 「・・・本当のようね。」吉村は、ホッと安心したようにため息をついた。「運良く急所は、免れたみたいですね。気絶だけとは・・・、何て悪運の強い男なんだ・・・。」池口は、複雑な心境でそう言った。「おい!杉山!しっかりしろ!」西原は、杉山の肩をゆすってそう言った。「うーん・・・。は!?ひいいいいい!?な、何だ君たちは!?」杉山は、起きるや否や情けない叫び声を上げた。


 「落ち着いて・・・。大丈夫。私たちは、此処を調べに来ただけであなたに危害を加えるつもりはありません。」吉村は、優しい声でゆっくりとそう言った。「頼む!助けてくれええ!また、あいつらが来る前に頼む!」杉山は、震えた声でそう言った。「・・・あいつら?」池口は、そう質問した。「バ、バジリスクの戦闘部隊のやつらことだ。この際、逮捕でも何でもいい速く此処から出してくれ!痛・・・!」杉山は、足を押さえながらそう言った。


 「・・・足を撃たれたのか?」西原は、呆れたように言った。「そうだ。裏切られる何て思ってもみなかった・・・!痛たたた・・・!」杉山は、痛みの余りに漏れる声を抑えながらそう言った。「行きますよ。細かい話は警察にして下さい。」池口は、冷たい声でそう言った。「ん?杉山浩二って、あの行方不明になってた慶応大学教授の?」吉村は、思い出したように言った。「・・・そうだ。」杉山は、バツが悪そうに言った。


 「え!?そんな偉い人がどうしてこんな事を?」池口は、余りの衝撃に大きな声を上げた。「ある日にバジリスクの一員と言い張る男たちが現れたんだ。その時、脅されて無理矢理、此処に連れてこられたんだ。余りに待遇がいいので少し信用したらこのざまという訳だ。」杉山は、悔しそうに言った。「・・・信用したんですか?」西原は、そう冷静に聞いた。「もちろん、信じた私が馬鹿だったと心底思ってるよ。そんな私がまさか、こうして生き延びているとは・・・。」杉山は、皮肉たっぷりにそう言った。


 「バジリスクのリーダーには会っているんですか?」吉村は、そう聞いた。「・・・会ったよ。名前は、確か・・・“L・H”と名乗っていたよ。“L”が地位で“H”が苗字らしい。奴らは、そうやって秘密を守っているそうだ。」杉山は、そう答えた。(話が一々長いな・・・。)三人は、ウンザリした様に心の中で呟いた。


 「知っているのはそれだけですか?」池口は、そんな感情を顔に出さずにそう言った。「他にも知っているが・・・。とても長くなるが聞くかね?」杉山は、三人の顔をうかがう様に言った。「いえ。遠慮しておきます。」西原は、きっぱりとそう答えた。「そ、即答か・・・。まあ、良いがね。君たちP・S・Cは、こういう取調べは警察に任せてるそうだし・・・。」杉山は、そう言った。「私たちの事も知っているんですね。さ、行きましょうか。」吉村は、感情なくそう言った。こうして、四人は無事帰還した。





 此処は、とあるアパートの一室・・・。暗闇の中、スマホの着信音が響いた。「・・・何だ?」その部屋にいた男は、人間のものとは思えない冷たい声でそう言った。「いきなり、その言い方ですか・・・。全く、ウチのリーダーは冷たいですね。」電話して来た男は、小馬鹿にするように言った。「御託ごたくはいい。要件は、何だ?“DL・N”?」リーダーと言われた男は、淡々と話を進めた。


 「御託・・・。一大事だというのに御託で済ませるのですか?“L・H”?」Nは、大きな深いため息をついた。「・・・杉山浩二のことか?」Hは、そう答えた。「生きていたようですよ?いいんですか?放っておいて?」Nは、わざとらしく煽るように言った。「問題はない。RSC-1は、杉山の研究データと共にこちらにある。後は、ウチの研究員共に任せて置けばいいだろ。」Hは、動じることなく続けた。


 「なるほど・・・。つまり、“バジリスクの卵E・O・B”の完成はもうじきだという事ですか?」Nは、今までとは打って変わって真剣なトーンで返した。「・・・それは、完成してからのお楽しみという奴だな。」Hは、静かに不気味な笑みを浮かべた。(珍しく笑っておられる・・・。面白い事になってきましたねえ・・・!)Nは、歯をむき出しにしてニタリと笑った。


 ーーーバジリスク蛇の王の伝説には、続きが存在している。英雄ペルセウスに倒れた後、彼の王は死の間際に不吉な言葉を残した。『我は、始まりに過ぎない。我らの、我が母の憎しみは、無念は、悲しみは、形を変えても永遠に消えぬ。我らを忘れるな。貴様らが我らを忘れたとき再び我らは現れる。』この言葉を残し、蛇の王は息絶えるまで笑った。その笑い声は、天の果てから地の底まで響いた。


 バジリスクは何故、結成されたのだろうか?彼らの正体とは?“バジリスクの卵E・O・B”とは?彼らの目的とは一体?不気味なほど静かな彼らは、それでも着実に目的へ向けて動き始めている。しかし、そんな事など誰も気付いてはいない。吉村達、P・S・Cでさえも・・・。確実に彼らは、忍び寄っている。それ正しく、蛇の如く・・・。

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ペルセウスの騎士 男二九 利九男 @onikurikuo

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