第1話 悲しき少女

 「・・・まずは、お帰りと言っておこう。」佐々木は、そういった雰囲気とは思えないトーンで言った。「・・・お疲れ様です。」吉村と藤田は、同時にそう言った。「・・・遅刻したがな。まあ、今回は大目に見ておこう。それよりもだ。」佐々木は、P・S・Cの部長である。


 「早速、新たな任務が入ってきた。」と言って、説明を始めた。「ここ東京で、とあるカルト集団が規模を拡大している。」「カルト集団?」吉村は、首を傾げた。「その名も、“希望の光”。教祖の斎木を中心に活動している。」「そいつらがバジリスクと関わっていると?」藤田は、そう聞いた。「その可能性が高い。」佐々木は、表情を全く変えずにそう言った。


 「希望の光は、バジリスクの毒物兵器を改良したネオサリンというものを持っているらしい。」「ネオサリン?」吉村は、そう聞いた。「従来のサリンよりも、少なく、より多くの人々を殺し、より広範囲に影響を及ぼすもののようだ。」吉村と藤田は、サリンについて考えていた。


 サリンとは、神経の伝達に必要なアセチルコリンを分解する神経ガスである。つまり、神経の伝達を阻害する。それにより、めまい、嘔吐、下痢、不安感、錯乱、言語障害、血圧の上昇を引き起こす。重症の場合、失禁、呼吸困難、痙攣けいれん、昏睡、体温の上昇を引き起こし、最悪の場合死に至る。ちなみに、これはナチスドイツが最初に開発したと言われている。





 「君たちには、希望の光に潜入し、調査してもらう。そして、ネオサリンを無力化してもらいたい。ここに、サリンを無効化する薬品とガスの入った手榴弾しゅりゅうだんがある。」そう言って佐々木は、手榴弾と赤い液状の薬品を取り出した。


 「でもこれ・・・。サリンの薬なんじゃ?」藤田は、そう聞いた。「・・・そうだ。実は、ネオサリンの製造方法は分かっていないのだ。」佐々木は、深刻な表情で言った。「保険ということですね?」吉村は、そう言った。「・・・その通りだ。」佐々木は、そう言った。


 「じゃあ、ネオサリンが出来上がってからでいいんじゃ?」藤田は、そう聞いた。「どおやら、ネオサリンはまだ研究段階のようだ。叩くなら今しかないだろう。」佐々木は、静かにそう言った。「なるほど・・・。」吉村は、そう言った。


 「期間は、一週間だ。3日間休暇をとったのち、任務を開始してくれ。健闘を祈っている。」こうして、今回の任務の説明が終わった。「失礼しました。」吉村と藤田は、そう言って社長室を後にした。「今日は、怒られませんでしたね。」藤田は、そう言った。「今日は、娘さんの誕生日だそうよ。」吉村は、真顔で言った。





 3日後・・・。「藤田君、おはよう。」吉村は、笑顔でそう言った。「あ、吉村さん。おはようございます。」藤田は、深くお辞儀した。吉村と藤田は、潜入のために私服で希望の光の近くの公園で集合することにしていた。「それじゃあ、行きましょうか。」希望の光本部に向かった。


 「ここね・・・。」その外観は、普通のビルであった。入口の上には、黄金の板にローマ字で希望の光と書いてあった。「悪趣味ですねー・・・。」藤田は、そう言った。「ようこそ。希望の光へ。ご用件は何でしょうか?」中に入ると、受付嬢がお辞儀をしてそう言った。


 「あの、入会したいんですけど・・・。」吉村と藤田は、眼鏡をかけて受付嬢に話しかけた。「かしこまりました。お子様も入られますか?」受付嬢は、そう聞いてきた。「はい。お願いします。」藤田と吉村は、目を合わせて頷いた。


 「かしこまりました。では、この申請書にお名前をお書きください。」その申請書には、吉村の偽名の田中涼子タナカリョウコと藤田の偽名である田中雄二タナカユウジと書いてあった。「はい。ありがとうございます。では、教祖様の有り難いお話がありますので、奥の集合室へお進みください。」と言って、あっさりと侵入することができた。


 「・・・意外と簡単に侵入できたわね。」吉村は、小さな声でそう言った。「何か裏がありそうですね。」藤田も同じように小さな声で言った。「何もないといいけど・・・。」不安を抱いたまま、両側に黄金の柱が何本もある大理石の廊下を進んだ。





 入口に集合室と書いてある部屋のドアを開けた。「失礼します。」吉村と藤田は、そう言って部屋に入った。「ようこそ!希望の光へ!」そこには、二人を歓迎する数十人の入会者がいた。どの入会者も、同じような緑色の和服を着ていた。その奥には、紫色の和服を着た斎木が椅子に座っていた。


 「えーっと・・・。え?」戸惑っていると、二人は手を引かれ空いている席に連れていかれた。「あ、あの・・・。」藤田は、二人の手を引いた少女にそう聞いた。その少女は、何も言わずに笑顔を向けて自分の席に戻っていった。すると、斎木はマイクを取り出し、おもむろに立ち上がった。


 「えー、皆さん、こんにちは。」斎木は、笑顔でそう言った。「こんにちは!」入会者全員も同時にそう言った。「話を始める前に皆さんに紹介したいと思います。前へどうぞ。」吉村と藤田は、斎木の横に並んだ。「田中涼子さんと息子さんの雄二君です。拍手を!」大きな拍手が部屋に響いた。その後、話は4時間以上続いた。





 「・・・やっと終わったわね。」吉村は、ため息をこぼした。「全くですね・・・。」藤田は、ビールを一口飲んだ。「吉村さんは、飲まないんですか?」藤田は、吉村が水を飲んでいる最中にそう言った。「・・・飲めないのよ。知ってるでしょ?」吉村は、そう言った。「そうでしたっけ?」藤田は、また一口飲んだ。


 「すみません!皮を一つ。」藤田は、そう言った。「はいよ!」吉村は、ため息をついた。「ところで、娘さん元気ですか?」藤田は、唐突に質問した。「・・・元気よ。一応ね。」吉村は、約1か月前に離婚し、シングルマザーとなっている。


 「・・・大変ですね。」藤田は、またビールを飲んだ。「・・・意外とそうでもないわよ。由香と接する時間も増えたしね。」吉村は、水を飲んだ。「すみません!ハツを一つ下さい。」「はいよ!」吉村は、空気を切り替えるように言った。


 「そんなもんですかね・・・。」藤田は、皮を食べた。「そんなもんよ。」吉村は、ハツを食べた。「そう言えば、彼女さんとはうまくいってるの?」藤田には、両親の反対を押し切り付き合っている恋人がいる。現在は、藤田とその恋人は両親に勘当されている。


 「・・・ガンが悪化しているんでしょ?」吉村は、重い口調でそう言った。「・・・大丈夫です。と、本人が言ってます。」藤田は、苦笑いをしてそう言った。「そう・・・。頑張ってね・・・。」吉村は、笑顔でそう言った。「・・・はい!」藤田も笑顔でそう言った。





 2日目・・・。「それでは、お祈りを始めます。」希望の光本部にて、お祈りが始まった。お祈りと言っても、あぐらをかき膝に手を当てて、目を閉じ呼吸を整えるというものだ。これを数十回繰り返す。こうすることで、希望の光の信仰している神に近づけるらしい。


 言われた通りに続けること約2時間・・・。(まだかしら・・・。)吉村が待ちくたびれていると、「はい!皆さん、お疲れ様でした。お祈りは以上になります。」斎木の声を合図にお祈りは終了した。「イテテ・・・!」藤田は、お尻をさすって言った。


 「うふふ・・・。」あの藤田と吉村の手を引いた少女が笑っていた。「あなたは・・・?」吉村は、そう聞いた。「その子はな、斎木様の義理の娘さんの由衣ちゃんじゃよ。」入会者の老人がそう言った。「おじいさんは?」藤田は、そう聞いた。「山本というものじゃ。よろしく。」老人はそう言った。


 「・・・よろしくお願いします。」由衣は、照れくさそうに笑ってお辞儀をした。「あ、こちらこそ、よろしくお願いします。」藤田は、咄嗟とっさに立ち上がりお辞儀をした。「何慌ててんのよ。」吉村は、笑顔で背中を叩いた。「イッタ!」藤田は、背中をさすった。大きな笑い声が響いた。





 「山本さんは、どうしてここへ?」藤田は、そう聞いた。「・・・去年に妻が死んでしまってな。」山本は、悲しそうな表情をした。「・・・それで寂しくて?」藤田は、申し訳なさそうに言った。山本は、頷いた。「そうですか・・・。」気まずい空気が流れた。


 「・・・そういえば、田中さんはどうしてここへ?」今度は、山本が聞いてきた。「えーっと・・・、友達に誘われて・・・ね?雄二?」吉村は、戸惑いを誤魔化すように言った。「そ、そうです。アハハ・・・。」藤田は、不自然な笑顔で言った。「?そうか。」山本は、納得しているようだった。


 (バレるかと思った・・・。)吉村は、安心したようにため息をつき胸を撫でおろした。藤田は、吉村に睨まれ申し訳なさそうにしていた。3日目、4日目も変わることなく同じくお祈りをした。どうやら、斎木の話は週に一回のようだ。





 「ん?由衣ちゃんは、義理の娘ってどういうこと?」藤田は、そう聞いた。「・・・。」由衣の表情が暗くなった。「・・・ちょっといいか?」山本は、藤田と吉村の耳元で呟いた。山本によると、幼い頃から由衣に両親はおらず、叔父である斎木に育てられたそうだ。


 「そうだったんですね・・・。山本さんは、どうして由衣ちゃんのことそんなに知っているんですか?」藤田はそう聞いた。「・・・由衣ちゃんのおじいさんと親友でな、それで知っているんじゃよ。それに・・・一時期だけ面倒を見ていたからのう。」と山本は、寂しそうに言った。


 「なるほど・・・。」藤田は、申し訳なさそうに言った。「・・・気にするな。」山本も気まずそうに言った。「すみません・・・うちの雄二が・・・。」吉村は、まるで藤田の母親のように言った。「あ、本当にすみませんでした。」一瞬、藤田は呆然としたが、すぐに頭を下げた。「藤田さん面白い・・・。」由衣は、クスクス笑ってそう言った。


 その夜・・・。「・・・全然仕事が進まないわね。」吉村は、ため息をこぼした。「どうしましょうかね・・・。」藤田は、ムネを食べてそう言った。二人は、いつもの焼き鳥屋に来ていた。「アレをするしかないわね・・・。」「あれって?」「あのね・・・。」どうやら、秘策があるようだ。





 5日目・・・。「斎木様、お話が・・・。」藤田は、そう言って斎木に話しかけた。「・・・なるほど。ありがとうございます。」斎木は、眉間にしわを寄せてそう言った。「佐藤。」斎木は、一人の部下に声を掛けた。そして、何やら耳元で呟いた。「かしこまりました。」と言って、佐藤はどこかへ去っていった。


 数分後・・・。佐藤がまた現れた。「斎木様。」今度は、佐藤が耳元でささやいた。「・・・何?」斎木は、吉村を睨んだ。「その女を連れて行け!」すると、スーツを着た男たちが現れた。「え?ちょ、ちょっと、離して!」吉村は、連れていかれた。


 薄暗い部屋に連れていかれた。「ちょっと!」吉村は、ひもで椅子ごと拘束された。「田中さん。いや、P・S・Cの吉村さんとでも言っておきましょうか。」斎木は、そう言って吉村の周りを回った。「・・・情報の収集が速いわね。」吉村は、開き直ってそう言った。


 「佐藤は、優秀でね。大変、助かっていますよ。」斎木は、笑顔でそう言った。「ああ、そう。あなたより優秀そうね。」吉村は、皮肉たっぷりにそう言った。「・・・この状況でよくそんなことが言えますね。」斎木は、ため息をこぼした。「まあ、いいでしょう。こちらが有利なのは変わりませんがね。」斎木は、怒ることなくそう言った。





 「いるんですよ。あなた達みたいな人が・・・。」すると、部屋の扉が開いた。「おい!離せ!イッテ・・・!」何と、腕を拘束された藤田が入ってきた。「藤田君!?」藤田は、そのまま投げ飛ばされた。「斎木様。この男も仲間のようです。」スーツを着たサングラス男はそう言った。「そうか。ありがとう。君は、仲間と一緒に入会者を落ち着かせてくれ。」と言うと、「かしこまりました。」サングラス男は、去っていった。


 「・・・さて、尋問といきましょうか。」斎木は、切り替えるようにそう言った。「あからさまにそんなこと言われて、はい、そうですかってなると思う?ね?藤田君。」吉村は、余裕の表情で言った。「イテテ・・・!」どうやら、打ちどころが悪かったらしく、まだ悶絶もんぜつしていた。「・・・あちらは、余裕なさそうですね。」「・・・そうみたいね。」二人は、ため息をこぼした。


 「・・・吉村さん、絶対そいつと仲良くなってますよね。」藤田は、痛みが落ち着いたころにそう言った。「そんな訳ないだろ!」二人は、同時に強くそう言った。「絶対そうだ!ハモってるし!そのまま、結婚しちまえばいいんだ!」藤田は、やけくそになってそう言った。





 「・・・本題に入りましょうか。」斎木は、咳払いをしてそう言った。「お二人ともは、どうやら希望の光が兵器を持っていると思っているようだ。」斎木は、見透かしているようにそう言った。「・・・サリンでしょ?」吉村は、斎木の洞察力に警戒してそう言った。藤田は、冷や汗をかいて固唾かたずを飲んだ。


 「残念ながら、どれも違います。」斎木は、首を横に振った。「じゃあ、何だって言うのよ?」吉村は、斎木を睨んでそう言った。「これを見てもらいましょう。」というと、斎木は部屋の電気をつけた。「これは・・・?」目の前には、ここが研究室であることを証明する、薬品棚や顕微鏡、机が置いてあった。


 「これ、何だと思います?」斎木は、緑の薬品の入ったフラスコを取り出した。フラスコには、栓がついていた。「これは・・・?」藤田は、そう言った。「あなた方がネオサリンと言っているものですよ。」斎木は、ニヤついてそう言った。「・・・。」さすがの吉村も冷や汗をかいた。





 「でも、ご安心ください。これには、従来のサリンのような毒性はありませんので・・・。」斎木は、自慢するようにそう言った。「・・・相当その薬を信用しているようね。一応聞くけど、それにはどんな効果があるの?」吉村は、鼻で笑ってそう言った。


 「これは、知っての通りバジリスクから買った、サリンより毒性の低い薬物を改良したものでね。」斎木は、自信満々に続ける。「・・・で?」吉村は、呆れたように言った。「サリンより、攻撃性は低いですがその代わりに人間の記憶を消すことができる。しかも、後遺症がサリンに似ている。兵器としては、これ以上ないくらい完璧ですね。」吉村は、ため息をこぼした。


 「しかし、これは試作品でしてね。もしかしたら、失敗すれば死ぬ可能性がありますが、成功すれば全ての記憶が消えますよ。」と悠長に話した。「・・・話は、終わった?」吉村は、待ちくたびれたように言った。「終わったみたいですね・・・。」藤田は、大きな欠伸あくびをした。





 「その余裕も、直ぐに無くなりますよ。」斎木は、そう言った。「・・・あなたって、本当にお調子者ね。由衣ちゃんがかわいそうだわ。」吉村は、再びため息をついた。「あんな小娘なんざどうでもいいんですよ。」斎木は、相変わらずニヤついてそう言った。


 「・・・何だと?」藤田は、斎木を睨み付けてそう言った。「・・・あなたが親代わりじゃないの?」吉村は、そう言った。「あの娘は、私の計画を実行するために必要なのですよ。」藤田は、拘束されていなければ殴り掛かりそうな形相で睨んでいた。


 「計画って?」斎木は、続ける。「この薬を利用して、日本を支配することですよ。」斎木は、どや顔でそう言った。「はあ!?」藤田と吉村は、呆れたように言った。「ああ・・・、キレて損した・・・。」藤田は、ため息をついた。





 「だそうですよ・・・。社長。」吉村は、突拍子もないことを言い始めた。「どうしました?追い詰められて、頭でもおかしくなりましたか?」斎木は、動揺することなくそう言った。「きっと社長も呆れてますよ。」藤田も便乗するように言った。


 「だから、さっきから何を言って・・・!」斎木は、苛立ちを隠せていなかった。「・・・今にわかるわ。」吉村は、笑顔でそう言った。「どういうことだよ・・・。」斎木は、ため息をついた。すると、「斎木様!」佐藤が突然、研究室のドアを開けた。


 「どうした!?」斎木は、驚いたように言った。「外に沢山たくさんのパトカーが・・・!」佐藤は、慌てたように言った。「なに!?」斎木は、吉村と藤田を睨んでそう言った。「・・・ほらね?言った通りだったでしょ?」吉村は、そう言った。


 「貴様!何をした!?」斎木は、吉村の胸倉を掴んで持ち上げた。すると、ぼろっと何か小さな機械が落ちた。「これは・・・?発信機か!?」斎木は、理解したように言った。「そっ、今までの言葉、全部私たちの部長に聞こえてるわよ。」吉村は、冷めた目でそう言った。


 「おのれ・・・!」斎木は、殴り掛かろうとした。「いるんだよなあー・・・。お前みたいな奴が・・・。」藤田は、ひもを力だけでほどいていた。「な・・・!?」そして、すぐさま回し蹴りを入れた。「何だ・・・と・・・?」斎木は、気を失った。「・・・お前、どうしようもないクズだな。」藤田は、鼻で笑ってそう言った。





 数分後・・・。「吉村さんたち、まだかなあ・・・。」黒スーツ達を逮捕した警官の一人がそう言った。「P・S・Cは、人使い荒いよな・・・。」先輩警官は、ため息交じりに呟いた。「ですね・・・。」後輩と先輩は、タイミング同じくため息をついた。


 「お、来た。来た。」先輩の呟きと共に、斎木を連れた吉村たちが出てきた。「お疲れ様です!」二人は、姿勢を正してお辞儀をした。「お疲れ様です。」吉村たちは、お辞儀を返した。「よいしょっと!」藤田は、抱えていた斎木を降ろした。


 「おい!斎木!起きろ!」先輩警官は、斎木の頬を軽く叩いて起こした。「ほら!行くぞ!さっさと、立て!」斎木は、立ち上がりとぼとぼと歩いて行った。「では、吉村さん、藤田さん、ありがとうございました!」先輩は、頭を下げた。「ありがとうございました!」後輩も頭を下げた。





 「おじさん!」そこにいた一同は、振り返った。声の主は、由衣だった。その後ろには、山本がいた。「由衣ちゃん・・・どうしたの?」吉村は、どう説明したらいいのか分からない様子で言った。「斎木さんと話したいと言ってな・・・。」山本も困っているように言った。


 「・・・。」斎木は、無言で由衣の方を向いた。「おじさん・・・何してるの?仕事は?」由衣は、まだ現実を受け止められていないようだ。「・・・。」斎木は、無言でうつむいた。「何で何も言わないの?どうして?」少女の純粋な言葉に誰も返すことができなかった。


 「すまん・・・。」斎木は、それしか出てこない様子で言った。「それじゃあ・・・。最初に出会った頃のおじさんの優しい笑顔は、嘘だったの?」由衣は、泣きそうな表情で言った。「・・・ああ、すまん。」斎木は、苦し紛れにそう言った。





 「・・・ほら!行くぞ!」先輩警官は、空気を読んで連れて行った。(先輩警官ナイス!)吉村と藤田は、心の中で安心した。由衣は、泣きそうな表情でしばらくうつむいた。そして、「・・・待ってるから。」斎木は、驚いた表情で振り向いた。


 「おじさんが帰ってくるまで・・・待ってる。」由衣は、うるんだ瞳を斎木に向けて笑顔でそう言った。「・・・帰って来るまでワシが面倒を見ようかのう。」山本は、そう言った。「だから・・・また帰ってきて。」由衣は、そう言った。


 「・・・本当にすまない!ありがとう・・・、ありがとう・・・。」と斎木は、涙を流して連れていかれた。藤田は、鼻をすすって泣いていた。「何であんたまで泣いてるのよ。」吉村は、うるんだ瞳でそう言った。「・・・吉村さんだって・・・泣いてるじゃないですか!」藤田は、涙声でそう言った。「うるさい!」吉村も涙声でそう言った。





 「・・・吉村さん、藤田さん。」由衣は、そう言って二人に近づいてきた。「おじさんを止めてくれて、ありがとうございました。」由衣は、深々とお辞儀をした。「あ、ああ。こちらこそ、ありがとうございます。」藤田は、少し驚いていたがすぐさま笑顔でお辞儀をした。


 「わざわざ、ありがとうます。仕事ですから。」吉村は、笑顔でそう言った。三人は、見つめ合ってまた笑顔になった。「・・・おじさんのこと嫌いにならないの?あんな風に騙されて・・・。」吉村は、そう聞いた。「・・・私のお父さんみたいな人だから、全然それはないです。」由衣は、変わらず笑顔でそう言った。


 「おい!どうした!?」廊下から、先輩警官の大きな声が響いた。「があああ、ああ・・・!」三人が急いで廊下を見に行くと、そこには入口前で嘔吐おうとをして斎木が苦しみ悶えていた。「斎木!おい!しっかりしろ!速く救急車を!」後輩が震えた手でスマホを急いで取り出し、救急車を呼んだ。


 「斎木さん。どうしました?斎木さん?斎木さん!」吉村も急いで駆け寄った。「おじさん!しっかりして!」由衣も駆け寄った。「由衣・・・!すまない・・・!本当に・・・。」斎木は、由衣の手を一瞬握りしめて気を失った。「いけない・・・!心臓が止まってる!」吉村は、着ていた上着を脱いだ。「吉村さん!これ・・・!僕は、心臓マッサージを・・・。」藤田は、毒素中和剤を手渡し、上着を脱ぎ捨て心臓マッサージを始めた。「おじさん!」斎木は、救急車がたどり着く前に息を引き取った。





 「お願いします。」藤田は、救急車の隊員にそう言った。由衣は、山本に頭を撫でて慰めて貰っていた。「・・・由衣ちゃん。大丈夫?」吉村は、心配そうに聞いてきた。「ああ・・・。大丈夫です・・・。」由衣は、笑顔でそう言ったが瞳には悲しみが宿っていた。


 「・・・どうしておじさんは、死んじゃったんですか?」由衣は、そう聞いた。「・・・おじいさんはね。バジリスクっていうテロリスト集団から、サリンっていう薬品を買っていたのよ。それを改造して、日本の支配を狙っていたそうよ。どうしてそれを狙っていたのかは知らないけど・・・。」吉村は、ため息をついた。


 「・・・でね、流通ルートを隠蔽いんぺいするために、自動的に毒物が出てくる時限爆弾のようなものを埋め込まれていたんだと思う。」吉村は、そう返した。「そんな・・・。どうして・・・?」由衣は、泣きそうな声でそう言った。「・・・あのテロリストたちは、取引した作った兵器の実験台に使うのよ。」吉村は、悔しそうにそうに言った。





 「・・・おじいさんみたいな、被害者ってどのくらいいるんですか?」由衣は、そう聞いた。「・・・沢山いるわよ。藤田君の両親もバジリスクに殺されたわ。私の夫もバジリスクの一員だった。」吉村は、冷たい声でそう言った。「酷い・・・。」由衣は、悔しそうにそう言った。


 (こんないい子に何てむごい・・・。)吉村は、の怒りと悲しみを思い出していた。「・・・そのために私たちがいる。」その口調には、強い決意が込められていた。「あなたのように苦しんでいる子たちを増やさない為に、私はここにいる。」吉村は、自分に言い聞かせるようにそう言った。


 「・・・だけど、駄目だった。」吉村は、拳を強く握りしめてそう言った。「あなたのおじさんとあなたを助けることができなかった・・・。」吉村は、目に涙を浮かべてそう言った。「本当にごめんね・・・。」吉村は、涙を拭ってそう言った。山本は、二人の話を黙って聞くしかなかった。


 「・・・そんなに自分を責めないで、吉村さん。」由衣は、無理な笑顔でそう言った。「私は、吉村さんに助けてもらって良かったと思っているんです。」由衣は、優しい声でそう言った。「そう・・・。ありがとうね。」吉村は、由衣を我が子のように抱きしめた。「あ、あの?吉村さん?」由衣は、困ったように言った。


 「・・・由衣ちゃんの方が悲しいのにね。」吉村は、そう言った。「・・・そんなことないですよ。」由衣は、涙をこらえるように言った。「我慢しなくていいのよ?まだ子供なんだから・・・。」吉村は、実の母親のように優しくそう言った。「ううっ・・・!」由衣は、幼い子供のように号泣した。





 数分後・・・。「少しは落ち着いた?」吉村は、由衣の顔を見てそう言った。「はい・・・。ありがとうございます・・・。」由衣は、涙を拭ってそう言った。「そう・・・、良かった・・・。」吉村は、由衣の頭を撫でてそう言った。


 「・・・吉村さんってお母さんみたいですね。」由衣は、また笑顔で言った。「そりゃそうよ。だって、お母さんだもの。」吉村も笑顔で答えた。「そっか。いいなあ、吉村さんの娘さんは幸せ者で。」由衣は、そう言った。「・・・そう言ってもらえると嬉しいわ。」吉村は、そう返した。藤田は、二人の話を少し離れた場所で静かに聞いていた。


 「さて・・・、そろそろ時間ね。」吉村は、自分の腕時計を見てそう言った。「・・・そうみたいですね。」藤田もそう言って吉村に近づいてきた。「私たちは、仕事があるから帰るけど、大丈夫?」由衣に心配するように聞いた。「はい!もう大丈夫です。」由衣は、元気にそう言った。


 「では山本さん、由衣ちゃんをお願いします。」吉村と藤田は、同時にそう言った。「ああ・・・。」山本は、照れくさそうに言った。「・・・元はと言えば、ワシが自信がないという理由で面倒を見なかったせいじゃからのう。」山本は、そう言った。


 「今から、親代わりになる人がそんなこと言ったらダメですよ。」藤田は、笑顔でそう言った。「本当ですよ。山本さんなら、きっと良いお父さんになれますよ。」吉村も続けてそう言った。「・・・そうじゃな!初めて孫ができるまで頑張らないとな!」山本は、意気揚々とそう言った。「その意気ですよ!でも、無理はなさらないでくださいね。」吉村は、そう言った。「分かっておる。」山本は、そう返した。





 「では、私たちはこれで・・・。」吉村と藤田は、そう言ってその場を後にした。「・・・吉村さん。」会社に戻る道中、藤田は吉村に声をかけた。「・・・何?」吉村は、足を止めて振り向いた。「・・・僕は、一体何ができたでしょうか?」藤田は、真っ直ぐに吉村の目を見つめてそう言った。


 「・・・それは、どういう意味かしら?」吉村は、それに答えるように真剣に見つめた。「僕は、奴らを全員捕まえたいとあの日から・・・、父と母を失った日から誓いました。」藤田は、光の全くこもっていない、憎しみに染まった瞳でそう言った。(あの時と一緒ね・・・。)吉村は、藤田が新人の頃を思い出していた。


 「それがどうですか?全く何もできなかった。あの日のように・・・!」藤田は、歯を食いしばって、血走った目でそう言った。「・・・あの子がそう言ったの?」吉村は、そう言った。「え?」藤田は、驚いたようにそう言った。吉村は、鋭い目で睨み付けるように見つめていた。


 「・・・あなた、あの子の境遇と自分を重ねているんじゃないの?」吉村は、怒っているような声で言った。「それって、自分が一番不幸だって言ってるように聞こえるんだけど?」藤田は、無言になった。「・・・じゃあ、あの子は大して辛くないっていうの?」吉村は、続けてそう言った。


 「それは・・・。」藤田は、何も言い返せなくなった。「だったら、そうことを口走るんじゃないわよ!」吉村は、声を荒げてそう言った。「す、すみません・・・。」藤田は、反省しているように言った。「・・・それに、まだ若いんだからそういうこと気にしたら駄目よ。」吉村は、ため息をついた。


 「え?」藤田は、驚いたように言った。「何やってんのよ?速く行くわよ!」吉村は、気づけば藤田の数メートル先を歩いていた。「は、はい!ただいま行きます!」藤田は、急いで吉村について行った。今日も上司と後輩は、明日の為に力強く踏みしめて行った。

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