ペルセウスの騎士
男二九 利九男
プロローグ 救済の騎士
「ちょっと!キャビンアテンダントさん。」一人の男がCAに声を掛けた。「何でしょうか?」CAは笑顔で言った。「バーボンもらっていいかな?」中年と思われるその男は、毛深い手首に金の腕時計をつけていた。「かしこまりました。」CAは去って言った。
それを一人の女が見ていた。「いやねえ!ああいうオッサン・・・。」サングラスを掛けたその女は、ボソッと呟いた。「全くですよ・・・。」後輩と思われる若い男は、鼻で笑った。「・・・あと何時間で着くの?」女は、後輩に聞いた。「あと・・・1時間ですね・・・。」女は、ため息をついた。
「お待たせいたしました。」CAは、バーボンを手渡した。「ありがとう。」中年男は、笑顔でそう返した。「ごゆっくりお過ごしください。」CAは、去っていった。そして、男はバーボンを飲んだ。「ぷはああーー・・・。」男は、口を拭った。
10分後・・・。「はあ・・・。」男は、どうやら気分が悪いようだ。「どうしたの?」となりの席に座っている、妻と思われる中年女性は心配そうに言った。「いや、少し気分悪くてな・・・。」と言って、男はトイレに向かった。
「はあ・・・・。」男は、帰ってくると汗をかき、見るからに体調が悪化していた。「大丈夫なの?」中年女は、不安な表情で言った。「ああ・・・。何とか・・・。」と口では、言っているもののやはり気分は優れないようだ。
すると・・・。「あなた・・・!?気をしっかり!!」中年男は、白目で口から泡を吹き、気を失い
飛行機内が騒いでいる中、「ちょっと失礼しますね・・・。」あのサングラスの女が群衆を避けて中年男に近づいた。「あなた達は・・・?」妻がそう聞くと若い男は、名刺を渡した。「ポイズン・・・セーフティー・・・コーポレーション?」英語でそう書いてあった。
「通称P・S・Cの藤田といいます。」若い男は、爽やかな笑顔でそう言った。「そして、あちらが私の上司の吉村といいます。」吉村は、サングラスを外した。「藤田君。注射器と調査薬、それから調査シート。旦那さんをしっかり、押さえててね。」「はーい。」藤田は、注射器と何やら薬と紙を取り出した。中年男の血液を取り出し始めた。
「何をするんですか?」妻は、相変わらず心配そうに言った。「毒の成分を調べるんですよ。」藤田はしれっとそう言った。「毒!?」妻は、驚愕のあまり大きな声を上げた。「しかも、これトリカブトね。」吉村は、脈を測りながら言った。また、飛行機内がざわついた。
「藤田君、あれ
トリカブトには、アコニチンと言われる毒素が含まれている。この毒素の症状は、10分~20分ほどで現れるとされている。唇のしびれから始まり、手足のしびれ、嘔吐、下痢、不整脈と続き、最終的に痙攣や呼吸不全を起こして最悪の場合死に至る。治療法は、吐き出させるもしくは、胃を洗浄するのみとなっている。ちなみに、致死量は2~6ミリグラムとされている。
中年男は、痙攣まで進んでいるため、恐らく毒が血液に混じっている。そうなると、毒が体中を一気に巡り人間の免疫力では対応できなくなってしまう。そこで必要になるのが、血液を用いて作られる特効薬「血清」である。自分の血が必要なため、事前に作っておく必要がある。しかも、トリカブトの特効薬はまだ生み出されていない。
P・S・Cは、この場合によっては対処できない毒物や薬物といったものを独自に調査・研究し、薬を開発している。そんな中、P・S・Cは血清と同じように効果を発揮する特効薬を開発した。それこそが毒素中和剤である。これは、全ての毒物に共通している、ある部分を破壊することによって可能にしている。つまり、全ての毒物に効果がある。
「そ、それじゃあ・・・。」妻の表情が明るくなった。「ええ。旦那さん、助かりますよ!」藤田は、爽やかな笑顔でそう言った。「ありがとうございます・・・!」妻は、頭を深々と下げた。「いえいえ・・・。仕事ですので。」吉村も笑顔でそう言った。中年男は、穏やかな表情になった。飛行機内は、拍手喝采だった。
「これで、ひとまず落ち着いたわね・・・。」吉村は、息を漏らした。「・・・あと一仕事残ってますけどね。」藤田は、ため息をついた。「あと一仕事?もう終わったんじゃ・・・。」妻は、首を傾げた。「CAさんに聞きたいことがあるのよね。」吉村は、その場を離れようとしたCAを呼び止めた。
「アコニチンのこと何か知ってた?」吉村は、唐突な質問をした。「え?いいえ、始めて聞きました。」CAは、首を傾げた。「ふーん・・・。じゃあ、どうして手袋をつけていたのかしら?」吉村は、CAを見つめて言った。「・・・衛生のためにつけていました。」CAは、困ったような表情で言った。
「どういうこと?夫は、助かったからいいんじゃないの?」妻は、混乱しているように言った。「・・・アコニチンは、触れただけでも吸収してしまうのよ。」吉村は、続けた。「え?それじゃあ・・・。」妻は、
「ちょっと、いいかしら・・・。」CAの袖をめくった。「ちょ、ちょっと、止めて下さい・・・!」そこには、王冠を被ったコブラがとぐろを巻いている入れ墨があった。その下には、英語で“バジリスク”と彫ってあった。
「くっ・・・!」CAは、ナイフを取り出し、吉村に飛びかかった。「キャアアアアアア!?」妻は、悲鳴を上げた。「おっと・・・。」吉村は、横に避けてCAを取り押さえた。「はい。現行犯逮捕っと・・・。」藤田は、手錠を掛けた。
「クソッ・・・!」CAは、悔しそうにそう言った。「女がそういう事言ったら駄目よ?」吉村は、冷静にそう言った。「言いたいことは、いっぱいあると思いますけど。あとは、警察に言ってくださいね。」藤田は、相変わらずの爽やかな笑顔でそう言った。
「これで・・・。仕事終了と・・・。」吉村は、何処かに電話した。この数十分後、空港についた。「・・・お疲れ様です。」しかめっ面の中年男性警官はそう言った。「・・・お疲れ様です。では、よろしくお願いします。」CAだった女を藤田が連れてきた。
「・・・あのバジリスクのメンバーだそうです。」藤田は、そう言った。警官は、無言で女を預かった。「ありがとうございました。」警官は、愛想のない表情で不機嫌そうに言った。そして、女を連れて去っていった。「何なんでしょうね・・・。あの嫌な感じ。」「全くね・・・。」藤田と吉村は、ため息をついた。
「吉村さん、藤田さん!」先ほどの妻が声を掛けてきた。「奥さん!どうされたんですか?」吉村は、笑顔でそう言った。「はあ・・・、はあ・・・・。えっと・・・夫のことありがとうございました。」妻は、息を切らしてそう言った。「あら。わざわざありがとうございます。」吉村は、頭を下げた。
「お陰で凄く良くなりました!本当にありがとうございました!」妻は、深々とお辞儀をした。「それじゃあ・・・。」妻は、去っていった。「いい人でしたね。」藤田は、そう言った。「本当ね。」吉村は、そう返した。
「あら?もうこんな時間ね・・・。急ぎましょうか。」吉村は、自分の腕時計を見ながらそう言った。「そうですね。・・・あの人、遅れるとうるさいですからね。」こうして、吉村と藤田は次の仕事場へと向かった。その背中は、まるで人々を救う騎士のようであった―――。
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