第2話 ヒロイン誕生


 そしてオニゴッコは続く。続いているのだ。


「ヒィーハァ・ヒィーハァ」名もなき主人公の息もソロソロ限界。


『ゼーハー・ゼーハー』名もなき獣達の息もソロソロ限界。


 ヨレヨレのオニゴッコ。


「し、しつけーぞ! いーかげんにしろや!」

『ガオ、オン……』


 果たしてこの勝負に決着はあるのか?


 だが、主人公の視線の先に現れるその者よ。


(女剣士? 人だよな? 助かるのか?)


 前方にある大木の枝の上に、その剣士はたたずんでいる。

 腰に剣を吊るし、赤いドレスの姿、髪は輝く金髪。

 典型的な美少女剣士のスタイル。


(お約束の助っ人ヒロインか? ……でも、なんだ? なんかいやな予感。もしかして超絶ブスでしたってオチか? 今回はスルーして後から登場する別キャラに期待するか? いや、アホか。勝利を約束されたゲームじゃないんだぞ。現実なんだから少しでもチャンスがあるならしがみつかないといけねーよ)


「た、助けてくれないか?」


 大木の根元に到着。

 上方の少女に救いを求めてみる。

 獣に襲われてる状況で女性に助けを請うなんて普通なら大の男がするはずもない。

 でも、まがりなりにも剣士の格好をしているのだ。

 コスプレイベント帰り途中のレイヤーではないはず。

 定番の流にそっただけである。


「助けてくれ!」


 その言葉を聞いた少女剣士。ちいさくうなずくと、枝から颯爽と飛び降り――

 木漏れ日に反射した美しいブロンドがキラキラと光を放ちながら空をなびく。

 その対比、腰の剣、銀色の鞘がシャァンと人工的な鋭い光を放つ。その頼りがいある存在感。

 赤いドレスの柔らかな生地がヒラヒラと優雅に舞う。その優しくも美しい衣。

 その姿、まさにファンタージーアニメのヒロイン。


「おぉっ」と見とれる。


 そして豪快にめくれたスカート。

 白いパンツが丸見えだー。


「おぉ?」


 がに股に開かれた股間が急接近して主人公の顔面に『ドンガ!』とヘッドショット!


「ゲフッ!」

「ぎょわ!」


 激突した二人、地面に倒れこみ、あたりをのた打ち回る。

 ちなみに主人公は首、ヒロインは股間を押さえてる。

 痛かったのだ、二人とも。


「おぅオァァ――貴様、なんで着地地点に立っておる!」

「グッ、そ、そっちが……(でも、なんか、言葉通じてる。よっしゃー!)」


 彼にしてみればイロイロ抗議したいこともあったが、いまはそんなことより、言葉の通じる人間に会えたことが何よりの救いであった。

 立ち上がって少女に手をさし伸ばし、引き起こす。

 とりあえずは最低限の礼儀。そして気付いた。


「ああっ!?」

「ん? なんだ?」


 引き起こしたヒロインをみて再び絶望。

 彼女は文句なしの美少女だった。

 それはいいが、美少女過ぎたのだ。


「ちぃーせー」

「ぶ、無礼者ー!」


 その剣士ちゃん、小学生高学年くらいの美少女ちゃんだった。

 カワイイにもほどがある。

 だがそれでも異世界の剣士のはずだから、取りあえずお願いしてみる。


「襲われているんだが、助けてくれるか?」

「当然だ。私を誰だと思っておるか?」

「知らん! とにかく、あいつ等!」


 獣を指差す。

 その先で獣達、四つん這いになって「ひーはーひーはー」呼吸を整えてる。


「うむ、魔物か――低級だが、三体。手強そうよのお」


(あれって魔物? 走り疲れて肩で息してる魔物って手強いのか?)


 疑問に思たったが、現地人の言うことだから間違いない。はずだ。


「下がれ! ココは私がなんとかする。貴様は逃げろ!」

「そんななの? じゃあソレ(剣)貸して! オレがなんとか戦ってみる!」

「アホか? 男が魔物と、どう戦うというのだ?」

「魔物って、男じゃダメな設定なの?」

「はあ? 設定? 貴様、まさか!」


 会話そこまで。だって魔物の攻撃が来た。


『ガギっヤ!』と気勢! 魔物再び立ち上がると右前足を鋭い猫招き!


 大慌てでその場から逃げ出した少女剣士。


「へ?」


 代わりに、なんの知識もない彼がソレをモロに喰らった。


「ゲぁげ!? がはっ?」


 身体を通り抜けたナニか。

 胴体をゴッソリ引き抜いていかれた感触。

 地面に倒れこみ激痛に耐えながら自分の身体を確認する。

 見た目も表面上もなにも変化はない。

 ソレの正体は魔撃。魔力攻撃だった。

 確実にHPを奪っていった。 


(何じゃコレ? これがゲームとかでよくあるHPなの? けっこう、というかマジ死にそうな感じなんすけど?)


 喰らった者にしか分からない感触だ。


「貴様、大丈夫か!?」

「あ、ダメ、たぶん、HPほとんどない」

「く! 回復するまで下がっておれ」

(HP……普通に通じるのんな?)

「か弱き男を守るは、女としてまた、剣士として当然の務め!」

(あ、この世界、そんな感じなのね)

「いくぞ! 魔物どもめ!」


 魔物との間に立ちはだかった少女剣士。


(やっぱ、本職に任せて逃げたほうがいいかな。いまのオレ、レベル1だろうし、足手まといになるかもだし……でも? なんか?)


 少女剣士の様子。

 剣を構えてジリジリと間合いを詰めている。

 だが、その顔色は青白い。白くなり過ぎて透けてみえそう。儚く今にも消えそう。

 中段に突き出された剣先はフルフル揺れている。指先の震えが隠しきれていない。

 呼吸も小さくて、本当に酸素を吸入できているのか疑問だ。

 なんだか今にも悲鳴をあげて泣き出しそうな感じだった。

 なのに必死に勇気を振り絞り、前へ前えと進み出でいた。


(ファンタジー世界の剣士だって無敵で最強ってわけじゃないか。それにココはすでに架空の場所じゃない。現実なんだ!)


 その勇気ある行動を見せ付けられたのだ。立ち上がり前に進むと、少女剣士の肩を引いた。


「巻き込んですまなかった」

「ひぃっ、へ?」

「あとはオレがなんとかする」

「なに、ゆっへ……」


 少女剣士恐怖でもう限界。ロレツもまわらない。


「狙われてるのオレだし、もう十分だ。逃げてくれ」

「そんにゃこほできみゃぁ」

「十分だ。勇気貰ったよ? お前、カッコよかったよ。ありがとな」


 少女剣士の頭をナデナデポンポンした。

 それは感謝の気持ち。そして、この子が無事逃げきれますように、という加護の祈りからの自然な行動だった。でも、それこそがこの状況を打破する扉のカギだった。

 ナデナデした頭から銀色の輝きを放ちはじめる少女剣士。その輝きは全身へと――


「うぁ? お前、光ってるぞ」

「こ、これ」

「爆発とかしねーよな?」

「するか!」

「覚醒か? お前ナデナデでしたら、なんか覚醒するんか?」

「これマジック・エールだ。自分でやっておいて何を言っておるのだ。やはり貴様は――」


 二人のやり取り。

 業を煮やした魔物が再び、前足を猫招きした。

 例の魔撃攻撃だ。


(ヤバイ! またアレ!)怯む。どうしていいのか分からない。


 だが、今回はその彼の前へ少女剣士が立ちはだかった。

 魔撃は少女剣士が放つ光に弾かれる。


「凄い魔力だ。力が溢れる。これなら!」


 圧倒的な魔力壁を手に入れ無敵モードレベルの少女剣士。恐れるものはなにもない。


「行くぞ魔物ども、我が名はチィルール・ロクドル! てぃやあああああ!」


 げんきんなものである。無敵になったとたん剣を振りかざし、魔物達に突っ込んでいく少女剣士チィルール。


「たああ!」と気勢をあげ、魔物の一体に剣を振り下ろす。


『ゴイーン!』鈍い音。


 チィルールは魔物を斬らなかった。剣を横に寝かせて平打ちにしていた。


(不殺なのか? 余裕だな)素直に感心する。


 だが、彼女の手から剣が地面に落下し「くひゅ・くひゅ」と右手首をかばって悶絶しているのを見てしまった。捻挫でもしたのかもしれない。


「手首捻ってんじゃねーよ!」


 感心したの、返して欲しい感じ。


(どーなるんだコレ。あのチビッコ剣士全然使えねーじゃん)


 だが懸念はすぐ解消した。

 平打ちされた魔物は硬直したのち全身からゆらゆらした煙を噴出させると粉と光に変化、そのまま半透明になって消えてしまった。平打ちでも大ダメージだったようだ。それに死体も残らないあたりが魔物たるゆえんか。そして、残された二体はお互いをけん制しあうと、こちらに背を向けトボトボと元来た道を帰っていった。


(魔物の行動原理が理解できん。あんなに執拗だったのに。感情はないようだけど、威嚇とかはしてたな。へんなの。動物っていうよりパターン入力されてるゲームの敵モンスターみたいだな)


 ゲームならともかく、現実でコレは困惑するしかない。


「大丈夫か?」


 声を掛けたのはチィルールではない。

 本当ならそうかもしれないが、チィルールは捻った手首を庇っている。


「この程度、たいしたことはない。薬草シップですぐ治る」


 ドレスのポッケから出した緑色の海苔みたいなのを手首に張った。たちまちそれは緑の泡みたいな光になって消える。


「スゲーな。薬草ってそんな感じで使うもんだったんだな」

「なにを感心しておる。あ、そうか、貴様、漂着者だったな」

「漂着者?」

「そうだ。異世界から来たんであろう?」

「みたいだけど。記憶があやふやで……」

「間違いないな。漂着者はみなそうなるようだ」

「みな? ってことはオレだけではないのか?」

「昔からたまに現れるようだな」

「そいつらは、どうなってる?(収容されたりするのか?)」

「さあ? 行政から支度金もでるし、どっかで適当に生きていると思うが?」


 差別や奴隷扱いはないようだ。


「そっか、(よかった)じゃあ、ここはドコなんだ?」


 それを聞いたチィルール「ワアハハハ」と愉快そうに笑った。


「?」

「ここはドコかだと? ドコもなにもあるか現実だ。貴様がいたファンタジーな世界とは違うということだ」

「ファンタジーって、こっちのほうがよっぽど。さっきのモードチェンジみたいなヤツとかモンスターとか」

「モンスターか、まあそんな仰々しいものではないが、魔物であるか。最近は珍しくなっているようだな。それよりも貴様のマジックエールには驚いた。話には聞いておったがまさかアレほどとは」

「マジックエール?」

「貴様がやったアレだ」

「ナデナデか!」


 だが本人にはまったく自覚ない。


「ナデナデ……に直接のチカラはないが、魔法の強制過給加圧の力は凄かった」

「魔法? オレの魔法か!」

「いや、それは少し違うぞ? 男に魔力はないからな」

「え? じゃあ、なんだコレ?」

「知らん。まったく分かっておらん。不思議謎パワーだ」

「……」


 会話、止まる。


「そっか、じゃ、近くの街まで案内じゃなくて、教えてくれないか?」

「街とな?」

「だよ? 人のいるとこ教えて?」

「知ら――ぅう? いや、案内してやろう」

「いいのか?」

「このような所に男一人を置いていくわけにもいくまい」

「そっか、ありがとな」

「いやいや、女なら当然の務め」

「じゃあ、改めてよろしく。オレは、んーと、タロー。ヤマダ・タローだ(馴染み深いものがあるから多分オレの名だよな?)」

「タローだな。わたしはチィルール・ロクドル。よろしく頼む」


 差し出し合った手をお互いが握り締める。握手の習慣がコチラにもあったようだ。


 その後、近くの街に向かって出発する二人。


 そして……三日が過ぎた。


 彼らは相変わらず森の中を進んでいた。

 道なき道を進む。

 そう、いまだ道にすら辿りつけていない。


「……」

「……」


 会話はほとんど無くなった。

 昨日あたりから気まずい沈黙が続いている。

 食料も尽きた。

 今日中には、なんとかならないと二人は……


「おお!」


 前を行くチィルールが声を上げた。

 彼女の前方は視界が開けているのがタローからも見えた。


「助かった」


 タローも前へ出て様子を覗く。


「!!」


 水平線が見えた。

 見渡す限り大海原。

 左右は断崖絶壁が延々と続いている。

 典型的なリアス式海岸。

 こんなとこの近くに人里なんてあるわけがない。


「なかなかの絶景よの」

「街はどこだ?」

「ま、別の道を行くとしよう」

「道? 道なんて今まであったか?」

「心配するな。私に任せておけ」

「任せてこーなったんだろ。お前って、やっぱ迷子だったんだな……」

「……いや、ちょっと迷っただけだ。迷子ではない」

「お前の迷子の定義ってなんなの? それに食料もさっきのでお仕舞いって言ってたよね?」


 エネルギーバーみたいなヤツ。半分コにして食べた。


「安心しろ」

「なにが?」

「私たちは一人ではない。二人で力を合わせれば、なんだって出来る」

「二人で一緒にそこの崖から跳び下りようってことか?」

「なぜか?」


 一度崖に視線を送り、困惑顔のチィルール。

 でも彼女は彼女で必死にタローを元気づけようとしてくれているようだ。


「ははは、冗談だ。そうだな。前に進むしかないよな」

「貴様と心中などせんぞ?」

「いや、進むって方向のことじゃなくてな」

「ふふふ。冗談だ。わはは」

「な、ははは……」


 笑いあう二人。


「さて、じゃあ行くか」

「ああ、行こうぞ」


 そして、これから二人の冒険(遭難)が始まる。『ででーん!』

「ぎあああああああ!」

「こにゃ! それぽ? ほぺろまー!」

「もげー! それ、もげー!」

「ぎゃぼらんぼー!」

「なんまんだぶぅ・なんまんだぶー」

「オシッコ・じょー」


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