カッコのつかない異世界普通物語

しゆぽ

第1話 主人公誕生


 主人公がその場に登場した時、その瞬間からが主人公の始まりであった。


「どこだココ? 自分は誰だ? 今は、いつなんだ?」


 彼には記憶がほとんどなかった。

 でも、明日授業で必要な教材とか、名前も顔も思い出せない母親に頼まれたお使いの代物とか、どーでもいい余計な記憶はちゃんと残っているのが忌々しかった。

 とりあえず状況を確認。

 ココは人気のない雑木林の中。


「誰か! いませんかー!」


 叫んでみても、反応があったのは、声に驚いて逃げ出した小動物や鳥の気配のみ。


「空、緑色お?」


 頭上に広がる薄緑色した綺麗な空。これはコレでアリに思えた。しかし……


「太陽はどこだよ!? 何色だとこんな空色になるんだよ?」


 だが、太陽は見当たらなかった。


(まわりの植物もなんか変だし。あそこの植物も葉っぱが青色ってさあ、少なくとも近所、いや日本じゃみたことない。やっぱ、ここは噂に聞いた異世界ってことかなぁ……)


 異世界なのだと実感するしかない。


「くっそ!!」


 そして絶望するのだった。


(どんな世界なんだ? 言葉はどうする? この世界のお金なんてないぞ? 現実だってお金ないだけで絶望的な状況になるっていうのに――いや、まて。それより、この世界に『人』は存在するのか? この地に知的生物なんているのか? いたとしても出会えるのって、宇宙人遭遇レベルの確率なんじゃねーか?) 


 イロイロ考えてみてもやっぱり今の状況は最悪であり、これならまだ就寝中に拉致され北にあるという幸せの国に連れて行かれるか、南米のジャングルにでも捨てられている状況で目を覚ましたほうがマシなはずとしか思えなかった。


「食べれるモノがあるのか? 夜になったら氷点下四十度になるとか、カンベンしてくれよ?」


 学校の制服姿。その服にそんな登山服レベルの保温機能があるとは思えない。


「あ」


 ポケットにケータイの感触。

 取り出してみる。使い方は覚えていた。でも反応しない。


(バッテリーは充分あったはず。水に濡れて壊れた? いや電磁波か)


 彼自身の記憶障害と合わせて至った結論。だとしたらもう使い物にならない。

 重みがあるだけの塊を近くの茂みに投げ捨てた。


『ギュ! グ!』


 茂みの中から声がした。


「エ! だれか? いますか?」


 だが、茂みから現れたのは三匹の獣たち。

 犬みたいな体型だが、犬よりも大きい。狼だろうか? でも瞳がLEDみたいに真っ赤に発光している――こんな生き物、現実なら存在しない。


「ハロー? こーんにーちはー、言葉分かりますか?」


 語りかけてみるが、返事は『ガアアアっ!』っと殺気をはらんだ咆哮だった。


(獣型の現地人かとも思ったけど、やっぱ、ただの獣か――)


 冷静に検討し、終わる。状況認識。


(じゃあ、コレって大ピンチじゃん!)


 慌てて逃げ出す。

 無論追いかけてくる獣たち。


(ヤバイ! 絶対にヤバイ!)


 この原生林の中で疾走する獣を振り切れるなんて、とても思えなかった。


(なんでだよ? いきなり死ぬのかよ!)


 だが、異世界転移したもの全員が全員、無事でいられてる保証はない。飢えて野垂れ死にしたり、モンスターに襲われ速攻死亡なんて奴も沢山いるに違いない。

 そう! 今まさにこの事態。


(死ぬ・殺される・喰われて! そんな惨い死に方なんて想像すらしたことねーぞ!)


 次の瞬間にも追いつかれ、足に噛みつかれ、激痛のもとに転倒。囲まれ一斉に噛み付かれ肉を引き千切られる。その痛みはまったく想像のできないレベル。


「だ、誰かー! 助けてくれっ!!」


 助けてくれなんて叫んだのは初めての経験だった。

 安全な世界で暮らしていれば普通は死ぬまで口にしない言葉。


 逃げ惑い、息をのむ。リズムを狂わせた呼吸は、息を吸った後にまた吸って『ヒッ・ハ・ハ・ヒッ・ヒッ』なんて普通の状態ではなくなってる。命が魂が絶体絶命を感じてるせいだ。


(なんか頭がボーッと……)


 それは死を目前にした生命に対する、神の最期の温情なのか? 


(ヤバイ、もうソロソロ死ぬ……なはず? だけど? もしかして! 振り切った!?)


 結構走ったのだが、まだ追いつかれない。

 ペースが落ちるのを覚悟の上で少し振り返ってみた。


「ぶーっ!」と噴出す。こんな状況なのに思わず、ゲラゲラと笑ってしまう。

 獣達はまだ追いかけてきているのだ。

 だがその姿。

 前足を宙に浮かせて直立。

 がに股の後ろ足でヨタヨタ・スタトコ・スタコラサーという感じで走ってる。


「なんで二足歩行で追っかけてきてる!? 芸を見せてるのかソレは? いや、お前らどーいう進化の過程をたどってるんだー!」


 浮かせた前足が左右交互に上下上下と揺れている。

 じゃれ付こうとしている子犬みたいなご愛嬌。


『ガオオオ!』


 でもガチギレです。

 抱っこで受け止めれるような感じではない。

 ともあれ、そいつらの足もノロイのですぐに追いつかれることはなさそうであった。


「さすが異世界、なんでもありかよw」




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