そろそろ、次を。

「お……おぉ……あぐうぉ……」

「小春ちゃーん。大丈夫ー?」

「ふぬ……らひろふれすぅ……」

「全然大丈夫じゃなさそうだね……」


 寝起きだというのはあるにしても呂律回らな過ぎ問題。こいつ本当に人間か?


「大丈夫? 起きれる?」

「あ、あぉ……おぅふ……でゅふ……」

「わ、笑ってる?」


 ヤベ。キモオタ笑い出ちゃった。でもねでもね、朝起きて目を開けたら、エプロン付けた夏菜先輩がいるってヤバくないですか? 何これ、現実? 私と夏菜先輩結婚してた? 任せてください。生涯幸せにしてみせます。子供は十一人がいいですね。うふふ。いやうふふちゃうわ。起きろバカ。


「笑ってないれす……起きましゅ……いたたいていてて……」

「じゅ、重症だね……」

「はひぃ……」

「おーい夏菜ー。入るぞー。五時半には下降りますーって言ってたねこは」

「ん! んんーっ!?」

「奏ちゃんストップ!」

「起きてるみたいだけど……なんだ今の唸り声」

「乙女には色々な事情があるんですとりあえずこっち入ってこないでくださいお願いしますーって唸り声だと思うから玄関でストップー!」

「うい了解。起きてはいるんだな」

「うん……どうも酷い筋肉痛みたいで……」

「あー」


 全身くまなく上から下までバッチバチ。痛くない箇所を探す方が難しいレベル。ここまでまで深いダメージを負うとか、本当に若者かこいつ?


「帰ってからちゃんとクールダウンしなかったろー?」

「はいぃ……」

「まったく……じゃあ今日はやめとくかー」

「い、行きます! 軽めなら出来ます!」

「やめておこうよ小春ちゃん……悪化しちゃったら大変だよ……」

「こういうのは継続が大切なのです! 毎日やり続ける事に意味があるんです!」

「そ。じゃあ好きにしなさいな。下行ってるぞー」

「ちょっと奏ちゃん! ちゃんと止めてよー!」

「す、直ぐ追い掛けますから!」

「うーい。必要なら着替え手伝ってやろっかー?」

「んにゃ!?」

「それは奏ちゃんが止まりなさいっ! 小春ちゃんも! 止まってよー!」


 ふぬーっと気合全開、布団を跳ね飛ばし立ち上がる。既にあちこち痛いんだけどそんなの無視です無視。やると言ったらやる。その為に私は白藤先輩と松葉先輩のお宅に泊めさせていただいてるんですから!


 白藤先輩と松葉先輩のお宅に泊まっている、ですか。


 なんか……改めてとんでもない事になっているなあ。


* * *


「マジ? 夏菜先輩と松葉先輩の愛の巣に泊まり込んでるの!?」

「表現が昭和」

「昭和ちゃうわこちとらさとり世代じゃ」


 ふんすふんすと鼻を鳴らす、ウルトラプリティオタガール、黒井優ちゃん。まあ、前のめり案件よね。私たちには。


「昨晩からお世話になってるの」

「お世話っておま……え、どこまでお世話になったの? どこまで許されたの?」

「言いたい事よくわかんないけど、昨夜は一緒にお風呂にはわっ!?」

「どうだった?」


 ガッと肩を掴まれた。更に荒くなる鼻息で出来た煙幕の向こうでギラッギラに目を輝かせる姿は完全に不審者。おまわりさんこの人です。うちのアレとどうにかなる前に確保願います。


「ねえどうだった!?」

「宝。国の。世界の。地球上にある争い全てを終わらせるたった一つの可能性」

「そ、そんなに……!?」

「白藤先輩の恥じらいキャラで、恥ずべきものなど何もないスーパーなお体……あんなん惚れてまうやろ……」

「さ、触った? 揉んだ!? 吸った!? ねえ吸ったの!?」

「恐れ多過ぎて肌に触れる事さえ私には出来なかった……一生の思い出です……ごちそうさまでした……」

「行けよぉ! そこは男見せろよぉ!」

「一応女なんですよわたくし……」

「私が小春だったら絶対逃さなかった……全身くまなく味わった……一頻り盛り上がってくたくたな全裸夏菜先輩の写真撮って松葉先輩に」

「おいやめろその先は地獄だぞ。私や松葉先輩たちを相手にした戦争的な意味で」

「それはつれぇわ……冗談はさておき。松葉先輩の不在が寂し過ぎて鬱々モードな夏菜先輩は喜んでるんじゃない?」

「めっちゃ歓迎されて笑っちゃった。バイトの時のダウナーっぷりが嘘みたいに楽しそうでさー」


 ペット飼わないかと山吹先輩に持ち掛けられた途端、可愛い部屋着に身を包んだ白藤先輩のテンションはぐーんと右肩上がり。今からいいよいつまでもいいよと受け入れられてしまったので、今日から私、白藤先輩のおうちの子になります。松葉先輩が帰ってくるまでの間だけ。


 私としては嬉しい楽しいてんこ盛りですのでありがたいのですが、白藤先輩の受験勉強の妨げにならないかと危惧していたのですが。


「夏菜は真面目だよねーとか友達に言われるんだけど、結構サボり癖があって……誰も見てない所だと怠けちゃうの……だからね、私がだらーっとしてたらダメだぞー言って欲しくて……え? 元ちゃん? 元ちゃんはすっごく言ってくれるよ! 前はそんなでもなかったんだけど、ここで一緒に暮らすようになってからは違うの! 例えばなんだけどっ! この前ね! 買い物し」


 以下略。延々と惚気話をされましたので。胃もたれしかとかじゃないですよ? 私以外の人に知られたくないだけなので。白藤先輩の可愛い秘密を知っているの、私だけなので。どやぁ……。


「っていうか、どして急にそんな話になったの?」

「それがっ……あてて……」

「その全身筋肉痛と関係アリ?」

「アリ……実はですね……その…………毎朝……運動をする事になりまして……」

「ほほうほほう」

「……山吹先輩と……二人で……」

「ほほーう!? 大胆じゃん小春ー! 先輩と! 二人っきりで! 運動だなんふぅ」

「こ、声が大きいっ!」


 ガヤガヤ騒がしい昼休みの教室内にバッチリ響いてそうな大音量を吐き出す口を慌てて塞ぐも、無視出来ない量の視線ビームが私を滅多刺している。やめて。見ないで。おかしな事は何もないのでほんと。


「ぷは! アレでしょ。年末の小春より冬休み明けの小春の方が確実にボリューミーになってたからって感じでしょ?」

「そ、そんなに変わった? そう見える? ほんとに?」

「うん。こことか結構キてるねー」

「ひゃっ……!」


 いきなり顎の下をさわさわされたもので変な声が出てしまった。私たちに集まる視線が更に増えたような気がする。中には真っ赤な顔してこっちを見ている男子もいる。おい、何を考えている貴様。変な想像するのをやめなさいやめるのですお願いですから。


「キてますキてますねー」

「そ、そんなに違うかな」

「小春の体を隅々まで知り尽くしている私だからわかる誤差くらいだし大丈夫」

「何も大丈夫じゃない。いろんな意味で」

「リアル百合ってゾクゾクするよね」

「ゾクゾクを提供する側になりたくないです……」

「で、進展は?」

「昨日の今日で何かあるとでも?」

「判断が遅い」

「言いたいだけじゃん……」

「まあ小春は小春のペースでやってけばおけおけ。ただ、何かしら掴んでおきたいねー。松葉先輩が帰ってくるまでお泊りする感じなんでしょ?」

「そうだけど……掴むって、何を?」

「先輩の男心とか、先輩の胃袋とか?」

「あーそういう……」

「ふっふっふーお互い頑張ろうじゃないかー友よー!」

「ぅーふーぁー」


 曖昧な言葉で濁してやろうと思う私の頬を好き放題にぷにっている。優ちゃん、自由。


「ま、先輩の胃袋はふじのやに掴まれてる説あるけどね」

「最近よく来るしねー」

「確かに。今夜もふじのや来るって言ってたなあ」

「最近よく来るねー」


 言われてみればその通りだ。毎日のようにふじのやで顔を合わせている気がする。


「夏菜が元気と暮らし始めてから夏菜んとこでみんなで飯ってのは控えるようにしててさー。理由は察してよ。あいつらにはこれ言わなくていいからね」


 松葉先輩と桃瀬先輩が合宿に向かう少し前にそんな言葉を聞いたのですが、これが答えの一つなのでしょう。


 それにしてもですよ、毎晩一人で来るんですよね、山吹先輩。先輩方とちょっかいを出し合いながら暖簾をくぐる山吹先輩の姿、しばらく見てないです。ちょっとやそっとのケンカでみなさんと別れて行動をするようになるってのもイメージし辛いし……むむむぅ……。


「まさかまさかぁ、小春に会いに来てるとかー?」

「それはない」

「いやいやわかんないぞー?」

「いやいやわかるんだよね」


 みなさんとふじのやに来ない理由はわかりませんが、頻繁にふじのやに来る理由ならわかっています。


「最近、東雲先輩の帰りが遅い日が多いらしくて」

「それなんか関係ある?」

「東雲先輩がいないと二人のお母さんの調理意欲が失せるんだってさ」

「あーそういう」

「連日遅いみたいだけど何やってるんだろう……まさか変な友達でも……」

「心配しなくて大丈夫だと思うよー。あの人以上の変な人なかなかいないし」

「間違いないけど、なんか知ってるの?」

「なんかね、東雲朝陽さんが所属していた劇団の方々の稽古場に毎日のようにお邪魔しに行ってるみたいだよー」

「へ?」


 瞬間、言葉にし難い違和感を覚えた。なんか、東雲先輩らしくないなって。東雲先輩ってそうじゃないなって。何の為にお邪魔しに行っているのかも聞いていないのに、どうしてこんな風に思ってしまうんだろう。


「ご両親やケイトさん、団地の皆さんのパパママーズの昔話を聞きに行ってるみたい。劇団の方々にもめちゃくちゃ気に入られてるみたい。そりゃあ朝陽さんの娘が遊びに来るんだもんなー。向こうの皆さんも楽しいだろうなあー」


 皆さんの昔話を聞きに行っている。なるほど、わかる話だ。朝陽さんが所属していた劇団赤い羽と団地の皆さんが深い仲である事は

ケイトさんや白藤先輩のお母様の口から聞いた事がありましたし、知らなかった事を知れる場所である事は間違いないですよね。


「そういえば言ってたね、先輩とケイトさんと三人で行ってきたって」

「うん。今思えば、あの日の東雲先輩もらしくない感じだったよなー。ご両親たちの人生設計に深く関わった場所だし、思う所があるのかもねー」

「だね……」


 気になる。東雲先輩の事はもちろん、劇団赤い羽というコミュニティが。正直、私も行ってみたい。東雲先輩の背中に隠れながらでも、朝陽さんやエミーさん。ケイトさんやみなさんパパママーズさんのお話、たくさん聞いてみたいです。


「あ、チャイム鳴っちゃった」


 騒がしい生徒たちを諫めるようにキンコンカンコン喚くスピーカー。話が盛り上がっちゃうとあっという間に終わった気がしますよね、自由時間って。


「とにかくっ! 夏菜先輩のおうちにお泊りなんて一生に一度あるかないかのハッピー全振りの神イベントなんだから、全力で満喫する事!」

「おっす」

「それと! 山吹先輩とも」

「はいはい頑張ります頑張ります私なりにやってみますお任せください」

「よろしい。それと……」

「それと?」

「夏菜先輩のおうち……私も泊まれるスペースって」

「よーし五限は体育だあ移動だあ」

「いやそんなに嫌がる!?」

「筋肉痛しんどいけど頑張るぞーおーっ」

「おーっ! じゃなくて! いやさ、毎日ってのは図々しいからさ、一日くらい……せめて週末とか! バイトのある日とか! 私も幸せ空間に浸ってみたいなーっ。夏菜先輩とお風呂入って全身くまなく洗ってあげたいなーみたいなーって、小春ー! おいてかないでよー!」


 元気いっぱいな親友から距離を取りながら、もう一つお布団セットありますかって白藤先輩に聞いてみるかー。などと考える私なのでした。


* * *


「た、ただいま戻りました」

「おかえり! 小春ちゃんっ!」

「あっ」

「小春ちゃん!? どうしたのフラフラして! 大丈夫!?」

「い、いえ……ちょっと心停止してただけなので何も問題ないです……」

「問題しかないよね!? とにかく入って入って! あ! お風呂は沸いてるから! 先にご飯にする!? 小春ちゃんが選んで!」

「白藤先輩で」

「へ?」

「え? あ……」


 やっべ。キモオタの頭の中にしかないテンプレ押し付けちゃった。でも許してくださいよこれくらい。玄関開けたらエプロン付けた満面の笑みの白藤先輩がいるんですよ? ご飯にする? お風呂にする? って聞いてくるんですよ? こんなの嬉死ぬしかないでしょ……幸せに溺れて死ぬ……。


「な、なんでもありません……っていうか、まだご飯食べてないんですか? もう十時になるのに……」

「小春ちゃんと一緒に食べたくて、待ってたの!」

「しゅき」

「私も小春ちゃん好きー!」


 こんなん嫁やろー! 好きになってしまうやろー! 白藤先輩お胸に顔を埋めて腰に手を回す私を抱き締め返してくれる白藤先輩が嫁過ぎてもうヤバい。松葉先輩に渡したくねーなーこの人ーっ!


「先にご飯食べましょ……一緒に食べましょ……」

「そうしましょー!」


 上機嫌な白藤先輩とイチャイチャしながらあったかーいリビングに入る。去年の夏にこの部屋にお邪魔した時よりも物が少なくなった、如何にも新婚さんの同棲始めたてみたいなリビングだあ。そうか、ここが私と白藤先輩の愛の巣かあ……でゅふふ……。


「おーそーいー」

「あ、はい。すいません。ごめんなさい」

「こら美優ちゃんっ。小春ちゃんはバイトしてたんだから困らせるような事言わないのー」

「だってお腹空いたんだもーん」


 おまわりさんおまわりさん。私と白藤先輩の愛の巣にどちゃくそ綺麗可愛い不審者いますよ。捕まえてください。


「お疲れ様です……浅葱先輩……」

「疲れてるのはそっちではー?」

「……お、お疲れてます……浅葱先輩……」

「なんじゃそらー」


 クスクス笑いながらソファーで寝返りを打つ姿のなんたるスケベな事か。日に日にいい女度っぷりに磨きかかってますね。えっちだ……。


「もう直ぐご飯出来るからねー二人とも待っててねー!」

「はーい」

「いいお返事でーす! あ! 小春ちゃんも座ってなきゃだよ!? お手伝いしようとか考えなくていいんだからね!」

「お見通しですか……じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます……」

「そうそう! 甘えなさい甘えなさいっ!」


 大きな胸を張るポーズを見せ、キッチンに消えていく白藤先輩に甘えた過ぎてヤバい。うっわ甘えてえ……物理的に甘えまくりてえ……頭撫でてもらいてえ……私が寝るまで耳元で子守唄を歌ってもらいてえ……夏菜先輩抜きじゃ生きてけない所までドロドロに甘えさせてもらいてえよお……。


「キレそう」

「は、はいっ!?」

「夏菜に甘えるとか……キレそう」

「ガチ睨みはやめましょうよ……」

「ガチだもん。本気でキレそうなんだもん」

「私はどうしたらいいんですかそれ……」

「あたしの見てる前でイチャイチャしない方がいいとだけ言っておくね」

「こ、心得ました……」


 流石は白藤夏菜筆頭厄介ぜ……こほんこほん。筆頭ガチ勢の浅葱先輩だ。トーンも目もマジ過ぎ怖過ぎ美人過ぎ。


「今日は挨拶と釘刺しでここにいるけど、明日からはほとんど来ないつもりだから。夏菜の事、退屈させないようにお願いね」

「わかりました……って、え?」

「受験生よーあたしたち。それぞれで準備しなきゃだし、チョロチョロするのは控えなきゃでしょ」


 意外でもない…………いやいや、やっぱ意外だ。夏菜先輩に迷惑にならない範囲で自分のペースを保持するんじゃないかなあ、的なイメージがあったから。


「なるほど……」

「特に今はあのチビ不在でグズグズモードになりがちだから。頼むね」

「は、はあ……」


 白藤先輩も会話に混ざっている最中こそ平常運転でしたけど、二人きりでの会話になった途端に見せる、優しいお姉さんの顔。優しくて思いやりのあるお姉さんだって事は知っているつもりですが、かなりレアなのではないでしょうか。私の前でもそういう姿を見せるのは。


 なんだろう。変わっていっているんですかね。白藤先輩と松葉先輩の関係のように。どういった理由からかはわかりませんが、ご両親の過去に前のめりで触れていく東雲先輩のように。みなさん、少しずつ、少しずつ。


「あ。先に言っとくけど、あの小生意気ガールも一緒させてくれーなんて言い出す展開になったらこっちも色々手を打たせてもらうからね」

「えと……自分が使えるお布団セットはあるのか確認しておいてって……優ちゃんに言われました……」

「ない。ないから。回れ右しなさい。あなたはダメです。って夏菜が言ってたって事にしといて」

「バイトやらで顔合わせた際に直談判されたら速攻歓待モードになる白藤先輩しか想像出来ないのでその工作は無意味かと」

「だよね……そんな夏菜も可愛い……来るな、来るなよーまっくろくろちゃん……」


 この前の事があるもんなあ。いい気分にはならないか。しかし、私は知っています。私たちの知らない所で優ちゃんにラインを聞かれ、教えてしまっている事を。しかも結構な頻度で連絡取り合っているらしいじゃないですか、優ちゃんが言うには。まあほとんど優ちゃんからの一方通行らしいですけど。優ちゃんのメンタル逞し過ぎて惚れちゃいそうですよぼかぁね。


「それにしても……ここにお泊まりねえ……そんで毎朝奏太と二人きりで運動とは……」

「ふ、二人きりと決まったわけじゃ……あ、浅葱先輩も頻繁に運動されてるじゃないですか? よかったらご一緒」

「しないよ。あたしはあたしのペースがあるからねー」

「そ、そうですか……」


 二人きりってワードを強く意識してしまった所為か、言葉がフラついてしまった。しかしそこを拾い上げられる事はなし。さっきはガチ目の圧を冗談混じりで掛けられましたけど、今日の浅葱先輩は攻めが緩めだなあ。いつもはもっとこう……言葉狩りが陰湿と言いますか……どんな些細な言葉でも掬い上げて、それをフックに言葉のオラオララッシュするみたいな感じなので……。


「ねこちゃんがどこまで考えてこうしてるのかは聞かないけど……いい機会だと思う」

「いい機会、と言いますと?」


 問い直してから後悔した。こういう取っ掛かり方をしたらきっと、ねこちゃん太ったもんねーこういう機会大事だよねー今更遅いけどーっていうかマジで太ったよねー、的な弄りが飛んで来る可能性大だ。やってしまった。必要以上に触り返さず、且つ完全スルーでもなく、ってラインのアクションが一番だった。って難しいなそれ。


 とかなんとか頭の中が渋滞していたものですから。


「奏太に伝えたら? 好きですって」


 一気に大渋滞。大惨事ですよ、私の脳内。


「もうそろそろいいんじゃない?」

「……な……何を……」

「ふーん。そういう感じか。このまま誤魔化すもよし。誤魔化さぬもよし。ただ、このままにしておくのは無理なんだって、自分が一番わかってるんでしょ? 見ててわかるよ」

「あのあのっ、だから何を」

「あたしも似たようなもんだったから」

「……あの」

「お待たせーっ! いやーすっかり張り切っちゃったー! 作り過ぎちゃったかもだよー! ほらほら、テーブルの上片付けて美優ちゃーん!」

「ほーい。うーんいい匂いだー」


 白藤先輩の言葉に反応し、ソファーから身を起こす浅葱先輩は、目の前で絶賛混乱中の私の脇を通り抜け、大して散らかってもいないテーブルの上を整頓し始めた。


「あ! 小春ちゃんは座って待ってていいからねー!」

「贔屓だ贔屓だーズルいぞーあの子だけー」

「いいからテキパキ動くっ!」

「酷いや夏菜ぁ……あたしをもっと大切にしてよお……」


 わざとらしい浅葱先輩の泣き真似が、いやに耳に残った。


* * *


「おはようございます……」

「はよー。なんだ、元気ねーな。まだ筋肉痛抜けてない感じ? それとも寝不足?」

「えと……両方……ですかね……」

「夏菜に惚気聞かされて寝不足とかだろ?」

「大体そんな感じです……」

「元気絡みの話しだすと止まらないからなーマジで。しかも無自覚。無敵かよ」


 嘘です。私がバイト上がりだった事もあってか、昨日はお互い早くに布団に入りましたから。寝不足なのは、私だけの理由です。


「そうですね……」

「今日は動ける?」

「だ、大丈夫です……」

「ほんと? つーか顔色悪くね? 目の下なんてクマが」

「ひゃっ」

「っと……」

「あ……!」


 山吹先輩の手が私に伸び、触れる寸前。小さくバックステップをしてしまった。まるで山吹先輩を避けるみたいに。


「す、すいませんっ! いきなりだったからビックリしちゃって……本当にすいませんっ!」

「いやいや、そんなガチで謝られたらこっちがヘコむんだけどー? あ、これマジで嫌われてるパターンやって」

「き、嫌いなわけないじゃないですか! だって!」

「ふんふん」

「…………き……嫌いだったら……ここにはいれません……から……」

「そりゃ間違いないわな。まあいいや。ストレッチからやるぞー」

「はい……」


 私が? 山吹先輩に? 伝える? もうそろそろいい? 


 わからない。浅葱先輩の胸中も。


「今朝は空気が澄んでていいなあ……目が冴えるわあ……」


 いざ伝えられたとして、山吹先輩がどんな顔をするのか。どんな答えをくれるのか。


 踏み込む事に、少なくない怖さを覚えているらしい、私自身の事も。

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