早起きは三文の得

「いらっしゃいませー!」

「おーっす」

「山吹先輩!」


 暖簾をくぐって来たお兄さんを見るや大きな声を上げてしまったが、従業員にもお客さんにも咎められる事などない。私のバイト先、とーってもフレンドリーでとーってもアットホームなお店なもので。


「売り上げに貢献しに来たぞー」

「じゃんじゃん貢献してください! 奥の席にどうぞー!」

「うーい。夏菜ー。生姜焼き頼むー。あ、野菜多め、ご飯少なめでよろしく」

「はぁい……」

「ん? おーい夏菜ー? 人妻夏菜さーんー? 松葉夏菜さんやーい」

「わかってまぁす……」

「むむ。心ここに有らず」

「今日ずっとこんな感じですよ。ほら、松葉先輩が留守にしてるから……」

「もう三日目じゃんか。少しは慣れようや……」


 半ば呆れ気味なため息を吐き出す山吹先輩。まあそう言わないであげてくださいな。こんなにも大きな反動が来ちゃうくらい松葉先輩との日々が充実しているって事なんでしょうから。


 三年生の皆さんは現在、自由登校期間。その動き易い期間を使い、自動車免許を取得する合宿に行っているのですよ、既に進路を確定させている、松葉先輩と桃瀬先輩のお二人で。期間は二週間程度だったかな。


「おばーちゃぁん……奏ちゃんが生姜焼き食べたいって……うぅ……」


 まだ予定の折り返しにも差し掛かっていないのにこの有様。聞くに、松葉先輩と毎日通話しているらしいのですが、それだけでは物足りないご様子ですね。大丈夫かなあ。


 でもですよでもですよ? 実は松葉先輩も似たような状況とかになってたら可愛くないですか? 萌えませんか尊くないですか!? はーっ! 心がポカポカするんじゃー! やっぱ妄想ってすげえや。最後まで尊みたっぷりだもんな。


「毎日連絡は取り合ってんだろ? その時間で大量摂取しとけよ、ゲンキニウム」

「レア鉱石みたいに言うのやめましょ」

「シャキッとしろよなーほんと。受験勉強疎かになっちゃしゃーないぞー」

「そういう山吹先輩の方はどうなんです?」

「ぼちぼち。センターも悪くなかったし、前より力付いたなーって感じるわ」

「おお、前向きなお言葉」

「ダメだったらそん時はそん時だーくらいゆるーいのがデフォの俺にしてはポジティブ思考だと思わない?」

「思いますけど、ダメな事にならないようにちゃんと出来る努力はしてくださいね」

「わかってますよーだ」


 頬杖を付いたまま、歯を見せて、山吹先輩が笑う。


「ぅ」

「どったのねこちゃん。換毛期? ブラッシングしてあげよっか?」

「ばっ、バカな事言わないでくださいっ!」

「あり、怒られちった。そんな大っきな声出さなくてもいいじゃないか後輩ちゃんや」

「し、知りませんっ! 今のは山吹先輩が悪いです!」

「えー」


 嘘です。全然私が悪いです。ブラッシングってワードから、山吹先輩の手で頭とかあちこちを撫でられる妄想をした私が絶対に悪いのです。何このムッツリムーブ。うわ、なんか恥ずかし……!


「はいどーぞ……」

「おーサンキュー夏菜ー。って、もうちょいご飯少なくて大丈夫だぞー」

「はぁい…………どうぞぉ……」

「ういういありがとよー。いただきまーす」


 パシっと手を合わせる山吹先輩の前に並ぶ生姜焼き定食は、ご飯の量とおかずの分量がまるで釣り合っていなかった。結構食べる人な印象なんだけども。


「今日は少食なんですね」

「最近節制しててさー」

「それはまたどうして?」

「冬休みはっちゃけ過ぎたから。食事的な部分で」

「あー」


 冬休みあるあるですね。身に覚えがあるもので、追求など絶対に出来ません。するもんですか。ブーメランって怖いですよね。


「だもんで、三学期始まってからは毎朝運動してんの」

「毎朝ですか」

「うん。一日も欠かさずやってる。センター当日もやったんだぞー」

「意外です。先輩って、そういうの面倒臭がりそうな印象あるから……」

「何を仰るロリねこや」

「ロっ!?」

「俺だってやる時はやるんだから。朝めっちゃ早く起きて運動して、夜も筋トレして、受験勉強して、日付が変わる前にはベッドに入るっつー健康的な生活しちゃってるんですから。なんか寿命伸びそう」

「成果は出てます?」

「絞れてるねー確実に。目覚めも良くなってるし、いい事づくめ」

「それは良かったです。っていうかさっきのセクハラ案件ですからね!? 人の事をロリ呼ばわりとか!」

「店員さん、お茶お代わり」

「はいはい……」


 もう川原町団地の皆さんのセクハラにもスルー対応にも慣れちゃいましたよ……なれてどうするのほんと。


 っていうか。っていうかですよ?


「先輩、毎朝の運動って、団地下で?」

「そ。修がいつも走ってるのと同じコース走って、公園で筋トレしてーって感じ」

「へー」

「何? ねこちゃんも一緒にやりたいの?」

「な!?」

「そっかそっかー。冬休みの間で丸ねこになっちゃったかー」

「なってません! ちゃんと摂生してました! や、山吹先輩と一緒にしないでくださいっ!」

「その割にほっぺや顎下の感じが」

「変わってません丸くなってません食べ過ぎてませんっ! 動揺させようと適当な事言わないでください!」

「動揺させようも何も事実を」

「はいはいわかりました! そんな妄言に揺さぶられるような私じゃないので! とにかくっ! 私には早朝運動なんて不要なので! 絶対そうなのでっ!」


* * *


「ねこちゃんはアレよね、新世代ツンデレよね」

「へ、変な俗称付けないでください……」

「とりあえずおはよう。昨晩、私は冬休みを経ても全然肥えてないので早朝運動とかしませんわ。っていうかそこまでしなきゃいけないほど体型変わるとかマですか? はー意識低いわー人間のクズやわー。とか言っていた赤嶺こねこちゃん」

「いやーな脚色の仕方しますね……っていうか捏造だし……」

「浅葱美優直伝です」


 ニヤニヤしながらピースまで添えている。私をいじめる気満々じゃないですかやだー。本当にいやだーうわーん。


 ええええ、クッソ早起きしてやりましたよ。深夜までツイッタでリアタイでアニメ実況していた寝ぼけ眼に喝を入れ四時起きですよ四時起き。自転車カッ飛ばして早朝から来ちゃいましたよ、川原町団地に。今日の授業中絶対寝ちゃうやつですねこれ。いや寝ないが? 授業中に寝るとか許されんが?


「いやーまさか来るとは思わなかったわ。そんなに下っ腹や頬や二の腕が」

「気になりません本当ですっ! ほらそこ! じろじろ私の顔を見ないっ!」


 別に、先輩の指摘に危機感を煽られたとかじゃないんですからね。本当に違うんですからね。体育の授業意外で禄に運動しないので運動不足だよなーと感じただけなので。体型も体重にも大きな変化はありませんので。本当なのでっ。


「うーん……やっぱほっぺの感じが」

「そんな事ないですからー! 適当な事言わないでくださいーっ! え、えっと……ばっ! ばーか! ばーかばーか!」

「罵倒のレアリティ低過ぎて笑うわ。まあなんでもいいや。せっかく合流したんだし、共に行きますか」

「はい……」


 何度も言いますが、本当に体型云々脂肪云々ではないんです。コンディション的な理由ではないのです。


 ただ、来たかったんです。だって、この時間ならきっと……誰の介入も無く…………いっ、以下省略っ! 続きはウェブでっ!


「柔軟体操しまーす。まずは屈伸伸脚からでーす」

「……その次って、アキレス腱です?」

「そ。ベタな流れよな。にしてもなんでわかった?」

「ああいえ……その……私がよく知ってるあの体操やるのかなって……昔よく見てた……みんながやってた体操を……」


 どこかの学校の校庭や、どこかの公園のグラウンドで、何度も見てきたルーチン。当時の私よりも大きな男の子たちが、いち、に、さん、しと、元気よく声を張りながらやっていた事、よく覚えていたので。もしかしたらそうなのかなって。


「そうそれ。体に染み付いててさー。気づいたら自然とこれやってんだよなー。ラジオ体操より馴染んでるとか日本人的にどうなの案件では?」


 ぐーっと体を伸ばしながら、冗談めかして笑っている。そうそう。こんな風に雑談しながら柔軟をしてましたね、みんなが。やんちゃな子供たちの面倒を見るをコーチの方々も咎める事もなかったから、いつでもワイワイ賑やかで。懐かしいなあ。


「そんな大袈裟な……私もこの流れが一番染み付いてますよ。やってはいませんでしたけど、毎日のように見てましたから」

「んかんか。なら、次何やるかわかるよね?」

「これですよね。んっ……!」


 ラジオ体操とかでもやる、体を前に倒してから、大きく腕を広げながら体を起こすあれ。前後屈って名前であってたような気が。


「ぴんぽーん。じゃあ次なー」

「はいっ」


 次は確か、地面に座って開脚だ。左右それぞれに十秒くらいやってから、前方にも十秒くらい。その後足を組み替えてなんかどっかの筋肉を伸ばしたりなんだりかんだりするんです。頭ではわかってるんですけど、文字に起こすの難しいっ!


「ほっ……くぅ……!」

「ねこちゃん体硬っ」

「い、言わないでくださいぃ……!」


 東雲先輩ほどの運動音痴ではないのですが、昔から運動神経悪めな私。しかも体はガッチガチ。隣を見れば、肘辺りまで余裕で地面に付けている山吹先輩のいやーな笑顔。なんだか辱められている気分ですねえ……。


「地面が遠いねえ。それで限界?」

「は、はいぃ……」

「いや、まだ舞える。まだ舞えるんだお主は」

「は、はひ?」

「お兄さんに任せろ。とーうっ」

「ほっ!? ほぁ!?」


 勢いよく飛び上がる山吹先輩の姿を確認した頃には時既に遅し。


「ふぬぉ!?」

「なんだそのいかつい声」


 山吹先輩が! 私の背中に! 両手を添えて! いますねこれ!?


「ほのののおおほほほぬのののの」

「いやわからんわからん。思いっきり体重掛けたりしないから、ゆっくり上半身倒してみよう。いくぞー」

「ちょ! ま! まもっ!」

「ほれほれー」


 ゆっくりゆっくり、私の呼吸に合わせるように負荷をプラスしたりマイナスしたりする山吹先輩。だ、大丈夫ですよね? 私の背中に添えている手が前に回って私の胸を……いやいやないない! そういう事する人じゃないですし! っていうか、ブラ紐大丈夫かな!? 大丈夫も何もないけど! でもなんか気になるな!? これがブラ紐かーとか考えてないよねこの先輩!? っていうか! キツい! しんどい辛い助けて! いろんな意味でっ!


「う、ぐぐ……ぅ……!」

「力まない。ゆっくりリズム取るから、俺に合わせて少しずつ前に倒してみよう」

「はひぃ……ぬっ、ふっ、ほっ……!」


 いち、に、さん、し。声に合わせて負荷を調整する山吹先輩について行くように、体を沈められるだけ沈めてみる。いやめっちゃしんどい。泣いちゃいそう。泣く。


「ほら、さっきより出来てる」


 言われて気が付く。さっきより地面が近くに見える。指先が地面を掠めたりもした。いや、結構出来るじゃん私っ。まさかこれほどまでの潜在能力が私に秘められていただなんて。


「はい終わり」

「おぉふ……うぬぅ……はぁ……」

「いや疲れ過ぎだから」


 疲れるに決まってるじゃないですか。自分の知ってる限界以上の事やったんですよ? その上背中には山吹先輩の手が置かれていて……そんなん疲れるに決まっとるやろー! 先輩のおたんこなす! こんなの言えねー!


「体を柔らかくするには継続が大切です。続けていくよーに」

「は、はひ……毎日やります……」


 ドッキドキのバックバク。じんわりと汗が滲んで額がピカピカリしていそう。薄めではあるけど整えてきたメイクが崩れないと良いのですけど。


「ほら次。ストレッチ終わったらランニングなー」


 肉体的にも精神的にもこんなに疲弊している状態でランニング? 本気です?


「安心して。ねこちゃんが死にそうな顔してすっ転んだら、とことんまで引き摺り回してあげるから」


 うーんとってもいい笑顔!


「あ、ありがとござましゅ……」


 小春、死す! デュエルスタンバイ!


* * *


「生きてる?」

「生きてません」

「まだまだ元気そうだ。あ、蛇行運転しないように注意するよーに」

「この人私の話聞いてくれない助けて優ちゃん」

「黒井さんも俺と似たような事言いそうだけども」

「あーそれ。すっごいそれです」

「だろー」


 たったったと私の隣を駆けながら笑う山吹先輩、ぜーんぜん息乱れていないんですけど? なんなの? バケモノ?


 勝手にドキドキしながらストレッチして、爆発するんじゃないかくらいバクバクと心臓を鳴らしながらランニングをして、山吹先輩曰く、軽めの体幹トレーニングと軽めの筋トレらしいメニューにご一緒して、案の定死ぬ思いをして、今日のメニューはお終いとの事。山吹先輩にお疲れ様でしたを言い、よし帰ろう今日学校いいや夜まで寝てやると意気込み自転車を発進させると、隣に並ぶ見慣れたシルエットが。


「送ってく。そのフラフラハンドル捌きで事故起こされちゃ俺が謙之介に殺されちゃうからねー」


 との事で、我が家まで並走している次第です。そんなに危なかっしい運転してないと訴えるも、バスケットが電柱を掠めるという迂闊な姿を見せてしまった手前、何も言えなくなってしまう私なのでした。


「つーかそのジャージどこの?」

「……中学の頃のジャージです……」

「他になんかなかったんか……」

「スウェットならたくさんあるんですけどね……」

「俺のお下がりで良ければ着」

「おほぅぁ!?」

「あっぶな! 何!?」


 車体ごと大きく山吹先輩の方へ傾いてしまったけど、なんとか足を着いて、接触寸前の所で踏ん張れました。セ、セフセフ!


「な、何はこっちのセリフですっ! 急に何言い出すんですか!?」

「や、そんなにおかしい?」

「おかしいですよ! 私、女の子! 先輩男の子! やっぱおかしいです絶対!」

「そうかあ? 美優とか千華なんて平気なツラして俺らのお下がり着てるけどなあ。美優なんて勝手に持って行きやがるし」

「その当たり前が普通じゃないんです!」

「普通じゃないは言い過ぎなのでは」

「少なくとも軽くズレてるのは間違いないです!」

「着れなくなった物を再利用してるんだから悪い事じゃないと思うんだけどなあ」

「それはそうかもなんですけど! やっぱ違うんですよぉ!」

「ねこちゃんの言う事は時々難しいなあ」


 何が難しいものですか。山吹先輩が着ていた服を私が着る? そんなの……あいや、難しいなこれ。なんか色々難しいな!? 難しいので無理! いただけません! え? 意識し過ぎな私がおかしい? ええそうですおかしいですよ! それが何か!?


「ね、明日からはどうするの?」

「と言いますと?」

「また一緒するのかなーって」

「は、はい?」

「毎日運動する的な事さっき言ってたじゃん? だからど」

「やります!」

「うなのかなぁ、って聞こうとしたんだけど」

「…………ほぁ!?」


 気付く。私、やっちゃいましたね!? 食い気味で言っちゃいましたね!? 本音なんですけど! また一緒したいですけど! それは間違いないんですけど!


 なんか……変わっていってるんですかね、私って。どうなんだろ。少なくとも、川高の制服に袖を通したばかりの頃の私に、こんな積極性はなかったと思うんですよ。


「で、どうすんの?」

「……恋愛って凄いんだなあ……」

「聞いてる? っていうか、アイタタターな事言った?」

「い、言ってませんっ! おかしな事何も言ってませんので!」


 いやめっちゃ言ったわめっちゃ痛いわ。なんでそういうところ拾っちゃうんですか勘弁してくださいほんと。


「まあいいけど。なら、俺がそっち行こっか?」

「ほいっ!?」

「いやだってさ、初日でこんなんじゃんねこちゃん。家に帰るまでに事故ったりされたら俺が謙之介に殺されるし。ランニングでそっち行って……赤嶺家の近くって大きめの児童公園あったよね? そこ使うかー」

「え、えと…………嫌じゃないんですか?」

「何が?」

「その……私と一緒で……」

「嫌とかないでしょ。一緒の方がいいじゃん?」

「そ、そうなんですか……」

「そりゃね。おかしい?」

「いえいえ! そんな事ないです!」


 そんな事はないんです。こういう時間を共有してくれる存在、共に汗を流してくれる存在は貴重です。継続にもモチベーションにも繋がりますし。


 ただ、気になる事がありまして。


「だよねー。うん、俺はおかしくないぞー」


 山吹先輩の方も、変わってる感じがするんですよ。


 単に私を揶揄っているんだっていうのはわかるんです。わかるんですけど……脳内お花畑過ぎぃとか言われそうな発言になりますが……なんか……思わせ振りというか……試されているかのような……そんな気分になるんですよ……なんなんだろ、この感じは……、


「で、どうすんの?」

「厚意は嬉しいのですが……なんだか申し訳ないと言いますか……」

「気にする事ないのに」

「気にします! 私の身勝手に山吹先輩を振り回すなんて、私が嫌なんです!」

「うわ出た、真面目ねこモード」

「これが私のデフォです! とにかくその案は無しです!」

「悪い話じゃないと思うんだけどなあ……じゃあ今日みたいに…………お?」

「お?」

「……おお、閃いた。閃いたぞー」

「何をです?」

「ねこちゃんの意思を尊重しつつ負担を軽減出来る、一石二鳥か三鳥くらいまであるグッドなアイデアをね」

「それは?」

「ふっふっふー。それは」

「小春! 小春ーっ!」

「えぇ……」

「えぇ……」


 ネタばらしをしたい先輩とされたい私の邪魔をしたドデカい声がアレの物だと秒で気付いてゲンナリする私たち。音の発生元の方を向くと、寝巻きの上にダウンを羽織っただけのアレが、全速力で駆けてくる最中だった。


「小春! 何処行ってたんだよ!? 小春がいないってお袋が血相変えてたぞ!」

「あーそういえば誰にも言ってなかった。ごめん」

「ごめんじゃなくて理由を……って、奏太?」

「おっすおっす」

「……お前……こんな時間に何してんだ?」

「こんな時間? こんな時間……朝だな」

「なんで小春と一緒にいる? 小春と何してた?」

「今は朝。スズメがちゅんちゅん泣いている朝……ああそうか。これがいわゆる、朝チュ」

「殺す」

「ちょ!? なんで拳握り締めてこっち来るんだよ! 冗談に決まってんだろ!」

「冗談でも許せねえ! お前を殺して俺も死んでやる!」

「だーもう面倒臭えなほんと! 本気で追い掛けてくんなクソシスコン!」

「シスコンじゃねえ!」

「はあ……」


 早とちりしてもいないのにアレに追い掛けられる所為で、軽めのジョギングはレースに早変わり。頑張れっ、山吹先輩っ。あとごめんなさいっ。


 それにしても、山吹先輩の言うグッドなアイデアとは、一体なんなのでしょう?


* * *


「入るぞー」

「奏ちゃん……」

「おー随分と片付いたじゃん。すっかり夏菜と元気の部屋になったんだなあ」

「元ちゃん…………あうぅ……」

「おっと、アカンワード選んでしまった。まあそれはさておいて。夏菜さ、ペット飼ってみたいって言ってたじゃん?」

「言ったけど、この団地の中じゃ無理だよ……ペット禁止だもん……昔みんなでしてたみたいに、団地の中のどこかでこっそり飼うとかしか……」

「それが出来るんだよなあ」

「え?」

「って事で……ほら、どーぞ」

「え? えっ、え?」


 目を丸くする白藤先輩の前に立った私の背中をポンと叩いて。


「ねこ、飼ってみない? 期間限定で」


 悪びれる様子もなく、山吹先輩はそう言った。

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