二人のマニュアル

 長い一日だった。本当に。


 謙ちゃんの力を借りて、元ちゃんの時間をまるっと強奪しちゃったクリスマスイブ。丸一日ずっと目まぐるしくて新しくて楽しくて嬉しくて。ちょっぴり恥ずかしかったり複雑な気持ちになったりしたり泣いちゃったりもしちゃった。


 でも、夢が叶った。ずっとずっと追い掛けていた夢が。


 みんなには二十五日に伝えた。これこれこういう事になりましたって、元ちゃんと二人で。


「やっとか」

「長かったね。おめでとう」

「松葉元気さん。あなたは白藤夏菜独占禁止法に抵触どころか濃厚接触しています。有罪ですギルティですブタ箱行きです極刑です。大人しくお縄を頂戴し」

「マジかー! やったじゃん夏菜ー! で、式はいつなの!?」


 三者三様ならぬ、四者四様のお祝いの言葉を投げ掛けてくれた。え? 美優ちゃんのはお祝いの言葉じゃないって? でもこれ言ってる時の美優ちゃん、ずーっと笑ってくれてたの。それにね。


「頑張ったね。おめでと」


 二人きりになった時、ハグしてくれてね、すっごく嬉しそうにそう言ってくれたの。嬉しかったなあ。


 どう報告するか迷いに迷った末に、謙ちゃんにも伝えたよ。ありのまま全てを。電話口の謙ちゃんの声はガタガタに震えていて、鼻水啜る音も何度も聞こえちゃって、私が笑っちゃいけないのに少しだけ笑っちゃった。おめでとうおめでとうって何度も何度も言ってくれたから、ありがとう、って返した。ごめんなさいはもう言わない。ありがとうだけでいいんだ、私たちなら。


 兄があまりにも挙動不審だったので突っついてみたらとんでもない情報が出てきたのでお電話しましたいやほんとまじでガチでビビりましたわえととりあえずおめでとうございますでいいんですかねどうなんでしょうかあーでもやっぱおめでとうございますですはいですなんかもう。


 この辺で割愛するけど、小春ちゃんからの電話ときたらそれはもう怒涛の勢いで。ちょっぴり泣いちゃったりもしてたなあ。釣られて泣かなかった私、よく出来ました。


 バイトでふじのやに来た時に優ちゃんの耳にも入ったらしく、おめでとうございます! 夏菜先輩頑張りましたねーっ! ってハグしてくれたの。


 これはいい流れですよ……私はまだ舞える……ふふふ……って笑ってるのを聞いちゃったんだけど、アレは私となんか関係あったのかな? なんかちょっと気になるし、今度聞いてみようかな。


 みんなのパパママ軍団にもあっさり情報が漏れちゃったみたいで、もう散々っぱらに弄られた。祝杯だー祭りだーなんて大騒ぎし始めちゃうんだもん。恥ずかし過ぎてずーっと半ベソだったんじゃないかなー私。


 みんながあんまりにも騒ぐから、たーじいを始めとした団地のみんなに知れ渡るのもあっという間だった。中には泣いて喜んでくれる人までいたりした。


 もうねとにかくね、えっ、こんなに喜んでくれる? ってくらい周囲の方々は喜んでくれた。私も元ちゃんも参りっぱなしのここ数日間だったけど、嬉しいのも本当で。嬉しいとか幸せとかにも結構使うんだね、体力。もっと鍛えなきゃっ。


 私たちのこれからの事とか、みんなの進路とか、考えなきゃいけない事がたくさんあるんだけど、まあ年明けまではのんびり過ごせる。大掃除するくらいで他に大きなイベントなんてないかな。


 そう思っていた時期が私にもありました。


「引っ越し!?」

「引っ越し!?」

「うん」

「誰が!?」

「誰が!?」

「ママとパパ」

「いつ!?」

「いつ!?」

「今から」

「今から!?」

「今から!?」

「そ。お、きたきた。みんなーご苦労様ー。ごめんねー年末にまで面倒頼んじゃってー。中入ったら階段上がって右手の部屋ね。そこにあるのは全部持ってって。その間あたしはリビングで荷物まとめてるから。んじゃよろしくー」


 わかりましたーとかうーすとか了解ですーとか姉さんの為なら一肌でも二肌でも脱ぎますーなどなどそれぞれの肯定と了承を返して、見慣れたお兄さんたちが躊躇なく松葉家へ入って行く。私には見送る事しか出来なかった。


「さーて。あたしもやる事やんなきゃー。夏菜も手伝って。お皿とかまだ包みきれてないからさー」

「う、うん…………って! おかしいおかしい!」

「いや遅いわ! おかしいとこしかなかったろ!」

「だ、だよね!」

「朝から声デカイわねーあんたたちは」

「ニコニコしてないでちゃんと答えろよ!」

「んー? んーとぉ……んふふー。はいっ」

「答えたつもりになってんじゃねー!」

「そ、そうだよっ。ちゃんと答えてよ!」

「注文多いなあもうっ。じゃあ理由を話すわよー。それはね…………にゅふふー」

「それも答えになってないから!」

「やーんもぉー夏菜が元気の真似してるぅー見せ付けてくれちゃってーっ」

「だーもう!」

「ふにゃーもうっ!」


 元ちゃんと二人で頭を掻き毟りながら声を荒げるも、この人には何処吹く風状態らしく、涼しい顔を更に涼しげにするばかり。流石、鋼のメンタルを持つメンヘラだなんて称されるだけの事はある。そういえば、メンヘラってどう意味なんだろ?


「要するにだ」

「わっ」


 ポンっと、私の頭に乗せられた大きな手。顔見なくても誰の手かわかっちゃった。


「俺とママは会社の三階で暮らす、って事だ」


 やっぱり。篤さんこと、元ちゃんパパだった。


「やったぁーパパと二人きりだーっ」


 元ちゃんパパの腕に絡ませて、柚珠ちゃんこと元ちゃんママは幸せそうに笑っている。いやいや、笑ってる場合じゃないよぉ!


「なんか懐かしいよなーこの感じー」

「昔を思い出すわあ……あの頃は毎日毎日夜のパイルダーオンしてたわねー」

「パ!?」

「パイルダーオンじゃ今日日のガキには伝われねえって。夜のプロレスとかなら流石にわかるだろ」

「プ!?」

「表現古いわよーパパー。今時の子に寄せるならーもっとシンプルに、こづく」

「おいこらなんて言おうとしたんだメンヘラクソバ」

「それ以上言ったら殺すよ?」

「あいごめんなさいでしたぼくがわるかったですゆるしてください」

「許すーんふふーでもねー次はないからねー? んふふふふー」


 いや怖い! 柚珠ちゃん怖いっ! いっつもニコニコしてると思ったら急に真顔になったりするし! 夜中に一人でふふふふ笑ってる時あるし! 時々ゴルフクラブ引きずって団地の中徘徊したりしてるし! 元ちゃんパパの事悪く言う人いたら教えてね? そいつの四肢、元ちゃんママが引きちぎっちゃうから、とか笑顔で言うし!


 ずーっと昔からそう! とっても仲良しなんだけど、とってもわかんないの! 柚珠ちゃんの事だけは!


「許すーんふふー」

「なかなかの性豪だったよなー俺ら」

「だねー」

「そ、そういう話はいいから! 俺たちが聞きたいのは引っ越しの話! 親父たちが事務所の三階に引っ越すとかなんだそれ!? この家はどうするんだよ!?」

「察し悪いなあ。脳までマクロ級かお前は」

「あんだとー!?」

「あ。ねーねーパパー。急にマグロ食べたくなっちゃったー」

「今夜は寿司かなー」

「いいわねー」

「俺の話聞いてくれるマジでさあ!?」

「つーまーりー! 俺とママが事務所に引っ越す」

「おうそれで!?」

「お前と夏菜がここで暮らす」

「おうそれで!?」

「そんだけ」

「おうそれで!? ん? んーと……いやそれ! それおかしい!」

「そうそうおかしいよっ! ようやく話が見えてきた! 何!? 元ちゃんパパママが事務所の三階に引っ越して、私と元ちゃんがこの部屋を使うって事!?」

「そ」

「そ」

「そ、じゃねーよっ!」

「そ、じゃないよっ!」

「朝から騒ぐなよなー」

「そうよぉ」


 私たちのツッコミも何処吹く風でニコニコ笑う元気パパとママ。そんなやりとりしてる間にも元ちゃんのお家からどんどん荷物が出されていってるー!?


「お前らがあーだこーだ言ったって俺らはもう決めたからなー」

「なんならずーっと前から決めてたんだからぁー。どれだけ前かって言うとーうちの会社作った時からかなー」

「はあ!? なんだそりゃ!?」

「いつか私たちの子供に彼女が出来たってなったら、私たちの家をそのまま使わせてあげようってパパと話してたのー」

「その為に事務所を三階建てにして居住可能なスペース作ったまである」

「どこまで先見てんだよ!? 回り回ってアホの所業だぞアホの!」

「俺らなりの気遣いなんだけどなー」

「ねー」

「要らんわそんな気遣い!」


 ツッコミが追い付かない。元ちゃんは顔真っ赤になっちゃってる。私も負けず劣らずなんだろうなあ。でもでもっ、仕方ないよね? いきなりこんな話されちゃったら誰だって普通じゃいられなくなっちゃうよっ。今日からここで元ちゃんと二人暮らしだなんて、そんなの! そんなのっ! そんなの…………あ、あれ? これ……意外と悪くない話なんじゃ……。


「吠える元気の隣で、意外とこの話悪くない、なんて思っている夏菜なのであった」

「か、勝手に人の脳内予測してモノローグ調にしないで!?」


 せ、正解だけどっ! ニ、ニヤニヤするのやめてよ柚珠ちゃんっ!


「否定はしないのねー」

「う! うにゅにゅーっ!」

「怒った夏菜も可愛いーっ」

「ママの方がもっと可愛いーっ」

「イチャイチャしてないで俺らの話を」

「お前らこそ聞けって。マジな話、お前らがいいキッカケ持ってきたからそれに乗っかっただけなんだわ。歳食ったらここと会社の往復だけでも億劫になっちまう日が来るんだろうし、それに会社の上の方が利便性的な見地で圧倒的に優れてるしな。兎にも角にも、遅かれ早かれこうするつもりだったからよ、今更お前らが騒いだってこの判断を曲げるつもりはないからな」


 ニヤニヤ笑顔のままだけど、元ちゃんパパは至って真面目に語っている。その本気っぷりは元ちゃんにも伝わったらしく、お怒りモードから混乱モードに変わっちゃった。


「……俺に一言くらいあっても良かったんじゃねえの?」

「一言もなかったのは悪いと思ってるよ」

「悪いと思ってるなら」

「けど! 自惚れるなよ、チビガキ」

「はあ?」

「お前は俺のガキだけど、同時に俺の部下でもあんだろうが。お前の会社のボスであるこの俺が、会社の益になる事を優先したってだけなんだ。その判断を下っ端のお前にどうこう言われる筋合いねえ」

「それは」

「俺のガキとして言いたい事があるのはわかったしとことん聞いてやるけどよ、お前の上司としての俺は、部下としてのお前の意見くらいで方針を変えたりしねえって言ってんだ。わかるよな?」

「……わかるけど……」


 元ちゃんパパの言う事はわかる。確かに、事務所の社長の元ちゃんパパとその右腕の元ちゃんママが事務所の上に住んじゃった方が、会社的には色々と便利なんだとは思う。ワーカホリック気味な所のある元ちゃんパパ的にはこれ以上なく正しい事なのかもしれないけど……二人とずっと一緒に暮らしてきた元ちゃんに反対意見や思う所があるのだって正しい事だと思うの。


「……いいのかよ?」

「いいに決まってるからこうして行動に起こしてんだよ」

「そうそう。パパと二人きりになれる時間も増えるしー」

「俺は厄介者扱いかよ……」

「不貞腐れんなよ。そういう事じゃねえってわかってんだろ?」

「まあ……」

「とにかく。俺たちは今日、ここを出る。後の事は夏菜と二人で決めろ。ここで二人暮らしをするもよし。今まで通りにそれぞれの家で暮らすのもいい。お前ら六人のたまり場にするのもアリだな」

「それぞれの家なんて概念なんてあって無かったようなものだけど、あんたたちが二人で暮らすって言うなら少しばっかルール設けたりもするしーそこは安心していいわよー」

「どうすんだ? 今ここで決め」

「わ! 私は!」

「ん?」

「夏菜?」

「夏菜……」


 は、反射的に割って入っちゃった……相変わらず空気読むのへたっぴな私でごめんなさい……でも聞いて欲しいの。私の意見を。


「私は…………ここで暮らしたい」

「お前……」


 元ちゃんの驚いた顔が私を見上げてる。言いたい事があるのはわかるよ。でもね、どうしたいか考えたら真っ先に出て来たの。こうしたいって思える一つの道が。だからね、今この瞬間こうしたいって思える事を、嘘にしたくないな。


「元気と二人で?」

「うん」

「素直ねー夏菜はー」

「正直いきなり過ぎるし……私たちにはまだ早いと思うけど……」

「そうしてみたいって思っちゃった?」

「うん……」

「遅かれ早かれこうなるんだから早い方がいいって思っちゃった?」

「う、うん……」

「なんか夏菜、もう結婚するみたいな」

「ち、違うよっ! けけけけっぽんとかそんなんじゃらくてぇ!」

「カミカミな夏菜も可愛いーっ」

「ママには及ばないけど可愛いー」


 こ、この大人二人は……! また意地悪な顔しちゃってもーっ!


「お前はどうなんだ、元気」

「お、俺は……」

「どうしたいのかだけ言ってごらん?」

「どうしたいか……」


 意地悪ニヤニヤ笑顔を引っ込めた二人がゆっくりと元ちゃんに詰め寄る。ここで意地悪な聞き方をしないとこは優しいというか、元ちゃんの事をよくわかってるよなあって。多分ここでまた揶揄われたら不貞腐れちゃうか結論を後回しにしちゃいそうだから。元ちゃんのそういうとこ、可愛いんだあ……。


「…………したい」

「んー? 聞こえないぞー? 小さいのは背丈だけで間に合ってるからよーもっとデカいと声で」

「夏菜と二人で暮らしたい! ほら言ったぞ! これでいいんだろ!?」


 元ちゃんパパに刺激された途端、元ちゃんが爆発した。


「はい決まりー」

「はい決まりー」


 それを聞いた大人二人は手を合わせてニコニコ笑い始めた。計画通り、って感じなんだろうなあ。


「げ、元ちゃん……」

「なんだよ? これでいいんだろ?」

「……うん……」

「ならもうそれでいいよ。この老害共の掌の上で遊ばれてるみたいで癪だけどよ……」


 ムッとしている風だけど、私は見逃さなかったよ? ほんのちょっぴりだけど、口角が上がった瞬間を。元ちゃんってば、素直になるのは苦手科目だからなーっ。そんなとこも可愛いというか……えへへ……。


「老害とは失礼な。ママのこのフレッシュな可愛らしさを見ろや」

「パパも若々しくてカッコいいよぉー」

「そうかなー」

「そうだよぉー」

「惚気なら新居でやってくれ」

「恥ずかしがる事ねえのによお」

「あんたらは少しは恥ずかしがってくれ……」

「朝から騒がしいなあ」

「なーに騒いでんのあんたたち」


 朝から十四号棟を騒がせている私たちの前に、ついさっきおはようをしたばかりの大人二人が割って入ってきた。


「おーおはよー琢磨」

「真琴もおはー」

「挨拶いいからこの騒ぎがなんなのか教えてくれね?」

「何? 引っ越し? あーそゆことかー大体理解したわ」


 早速この状況とこれからの展開をしたらしい女性は、私のお母さん。真琴。その隣には私のお父さん、琢磨。今日はお父さんのお店に二人で出勤するらしく、二人並んでの登場だ。


「あーそういや付き合い始めたんだったなーお前ら。そういう事な」

「だねー」

「お察しの通り。俺と柚珠は事務所の上に引っ越すわ」

「ここどうすんの?」

「元気と夏菜に住ませる」

「いいんじゃない。じゃ行ってきまーす」

「待って!? 早いし軽いよ真琴ちゃん!」

「お、久しぶりに真琴ちゃんって呼んでくれたねー元気ー」

「な、撫でんなこら!」

「撫で易い所に頭のあるあんたが悪い」


 クスクス微笑みながら元ちゃんの頭を撫でている。お母さん……羨ましいなあ……じゃなくてっ!


「相変わらずオンとオフの差が激しいね真琴ちゃんは!」

「接客業ですから」


 元ちゃんの頭をグリグリ撫で回しながら横ピースなんてしちゃってるよ……少しも痛々しい絵にならないのはお母さんの若々しさ故なんだろうなあ。


 元ちゃんの言う通りで、私のお母さんにはオンとオフがある。仕事中は凄く丁寧な言葉遣いになるし、人を小馬鹿にしたような事は言わない。なんかこう、出来る女! って感じの立ち振る舞いなの。小春ちゃんと久し振りに会った時とか優ちゃんに初めて会った時とかもこっちモードだったんだろうなあ。


 そんなお母さん、この団地に帰ってきたり身内だけの集まりになると一気に雰囲気が変わる。語尾は伸びるし気怠げな雰囲気になるし圧が強くなるし。雑に言うと、女ヤンキーって感じになるの。いつだったか、真琴は裏番長って感じするーって朝陽さんが言ってた事があったなあ。お母さん以外全員が頷いてたっけ。ちなみに表番長は元ちゃんパパとママのコンビらしい。わかるなあ。怖いもんね、いろんな意味で。


「急な話だなあ」

「急に付き合い始めるこいつらが悪い」

「何年も前からこの日に備えてたくせに」

「わかる?」

「そりゃわかるって。ま、夏菜と元気がいいならそれでいい。好きにやってくれ。必要だなと思った物なら好きなだけ持って行っていいから」

「お父さん……」

「うーわ出た出たー。琢磨の露骨な娘の好感度稼ぎプレイング」

「引くわー」

「バカ言ってんなダメ夫婦」

「引くわー琢磨引くわー」

「真琴までその弄りしてくるのタチ悪過ぎない? やめて?」

「相変わらず仲良いねー白藤夫妻はー」

「お前らに言われたくないわ」


 なんて言い返すお父さんだけど、お父さんはこの辺自覚がないんだよね。それ言い出したらお母さんもなんだけど。うちのお父さんとお母さんが唯一なの。今でもお互いを名前で呼び合うの。オンの時は流石に変えてるみたいだけど。


 そういえば、随分昔に二人に聞いた事あるなあ。どうして二人はお父さんとお母さんじゃなくてお名前で呼び合うのって。そしたらね。


「夏菜にとってお母さんはお母さんかもしれないけど、お父さんにとってのお母さんは昔から今でもずっと、真琴ちゃんだから」

「だって琢磨って伸び慣れてるんだもん。それに、お父さんとかパパって呼ぶよりも琢磨って呼んだ方が面白可愛い顔するの。今のはお父さんにナイショね?」


 ってそれぞれ言ってたの、今でもよく覚えてるよ。あの頃から全然距離感変わらないんだから凄いと思わない?


「ま、引っ越しって言ってもめちゃ近所だし、頻繁にこっち戻ってくるよ」

「そうしなそうしな」

「こいつらが上手くやれてるかどうかからか……様子を見に来なきゃだしなー」

「揶揄うって言おうとしたろ親父こら!」

「なんかさー俺らがここに越してくる時の事思い出したわ」

「誤魔化すな!」

「あんたらの時かー」

「色々あったっつーか、色々やらかしたよなあ。主に柚珠が」

「そうなの?」


 純粋な興味で聞き返してみると、苦笑しているお父さんに代わって、篤さんが当時の思い出を語り始めた。


「そ。十四号棟の十階に引っ越そうと決めて不動産屋当たったけど、当時はどこも空いてなくてさ。しかし俺らはどうしてもここに住みたかった。なんとかならねえかなあと視察も兼ねてママと二人でこの辺徘徊してたらママがさ、その辺チョロチョロしてる住人捕まえて、お引っ越しの予定とかないですか? というか出て行ってくれませんか? すいません間違えました。今直ぐに出て行け。とか言いやんの。いやーアレには痺れたね」

「痺れるな。ビビれ。つーか止めろ」

「断られたらその人の住む部屋のドア蹴り始めるし。しかも毎日それやんの。尖ってたよなあ、あの頃のママ」

「おまわりさんこの人ですーっ!」

「あんなのただの挨拶だよぉ」

「ママが蹴り入れた部屋が割と直ぐに空いたのは何か関係があったのだろうか……」

「あるに決まってんだろ! マジでわかりませんみたいなツラして何言ってんだ!」

「まあ細かい事はいいじゃない。柚珠のDQNムーブの結果の今なんだからさー」

「真琴ちゃんたちは止めなかったの?」

「うん」

「なんで!?」

「止めたら私らの身の回りで不吉な事が起こりそうじゃん」

「あー」

「あー」

「触らぬ邪神に祟りなし」

「誰の事言ってるのかなー琢磨くんはー?」

「よーし仕事行くぞーさらばだ子供たちー」

「じゃ行ってくるねー二人共ー。引っ越しは好きなようにやっちゃってねー」

「い、いってらっしゃい!」

「いってらっしゃい……」


 元ちゃんママから放たれる邪悪な波動に恐怖を感じたのか、足早に退散するお父さん。お母さんもそれに続いて行っちゃった。もしかしなくても大切な話をしそびれちゃったねこれ。代わりに怖い話ばっかされちゃったし。何かがおかしい……。


「よーし俺らも作業戻るかーママー」

「うんうんー」

「お、親父!」

「あん?」

「その……なんか弄ばれてる感半端ないけど……あ」

「ありがとうだなんて言ってくれるなよ? 俺とママがこうしたいって思った事をしてるだけなんだからよ」

「そーよぉ。折角また二人きりになれるだなんて今からワクワクが止まらないわあ……あんたたちの子供が出来るのが先か、あんたたちの下の兄妹が先に出来るか競争ねー」

「きょっ、競争しないよっ!」

「バカ言ってんな色ボケ夫婦!」


 そ、そうだよっ! そういうのはもっと大人になってからなんだからっ! って! ちょっと待ってっ!


 私と元ちゃんは今日から二人暮らしを始める。二人暮らしっていうのはつまり、二人きりで過ごす時間がすごーく増えるわけで……もっと言えば、二人きりの夜がすごーく増えるわけで……そっ、それはつまり……え、ええ、えっ…………ち! な事が起きたりしちゃったりしちゃわない可能性が!? い、勢いで二人暮らししたいって言ったけど、とっても大胆な事を言っちゃったんじゃないの私!? いきなり過ぎてそこまで考えが回らなかったよぉ!


「よーしパパ張り切っちゃうぞー!」

「ママもハッスルするー」

「するな! 行け!」

「え? ラブホに?」

「多目的トイレはアリ?」

「無しだバカ! はよ行け!」

「へいへーい」

「んふふー」


 散々っぱらに元ちゃんと私を揶揄った嵐のような夫婦は、まだまだ遊び足りないを隠さないまま、続々と荷物の運び出されていく松葉家へと消えて行った。


「な、なんなんだ一体……」

「怒涛の展開だったね……」

「だなあ……」

「だねえ……」

「はぁ……」

「ふぅ……」

「……むぅ……」

「……あぅ……」


 わ! わわわ! きっ、気不味いっ! 何これ!? 何で!? どうしてこうなっちゃった!? パパママ軍団の所為だ! 私たち自身の所為でもあるんだけどそれは棚上げっ! あ、後で文句言っちゃうんだから!


「え、っと……」

「まあ…………なんだ……こうなったらやるしかねえよな……」

「や、犯る!?」

「文字に起こさないとわかり辛いボケねじ込むの止めてくんねえかな!? そもそもそのやるじゃねえ! 色々ニブちんなのにそこはわかるのな!」

「なんかごめんなさいっ!」

「謝んな……とにかくっ。こうするって決めた以上、ちゃんとしねえとな。とりあえずは親父たちの手伝いして荷物を搬出。みんなの作業が終わったら夏菜がこっちに持ってきたい物も運ぶか。みんなに手伝わせるのも悪いし、俺とお前で少しずつやってこう。それでいいか?」

「う、うん……」

「どした?」

「元ちゃん……意外と冷静だね」

「冷静っつーか……あっさり流されちまった自分を恥じると自然と全身冷えてくっつーか……これからもっとアクの強いパパママ軍団に弄られるのかと思うとな……」

「あぁ……」

「……うっし!」


 両手で自分の頬をバシンと叩く元ちゃん。切り替えの時や、何かを吹っ切るときによくやる仕草だ。


「ま、なるようになんだろ! ウジウジ悩んでも仕方ねーし、今以上に楽しくなるようにしてこうや! な!?」

「うんうんっ!」

「よーしその意気だ! あんまり考え過ぎないで、二人暮らし…………を…………」


 さっきまでぐいぐい右肩上がりだった元ちゃんの勢いがいきなり右肩下がりに変わっちゃった。


「どうしたの?」

「や、その…………」

「その?」

「……ほんとに始まるんだなって……ふ、二人暮らし……」

「…………あぅ……」

「お、お前まで照れるのやめろ……」

「げ、元ちゃんだって……」


 すっかりどっかに行っちゃったと思っていた気不味さと緊張がおかえりなさい。


 まだまだ先になるどころか考えてもいなかった、元ちゃんと一つ屋根の下暮らし。


「な、なんだ……この急展開……」


 いやほんとに! 仰る通りです!


 まさか付き合い始めて五日で同棲生活が始まるなんて、思ってもいなかったよお!


* * *


「なんか……」

「な、何っ?」

「……広いな……リビング……」

「うん……」

「ここは大して物減ってねえのに……」

「お、おかしいよね……」

「だな……」


 元ちゃんパパの所で作った家具類がたーっくさんのリビングの真ん中。椅子には座らず、何故かフローリングに正座をして向かい合っている私と元ちゃん。一体私たちは何をしているんだろうね。誰かに教えて欲しいくらいだよ……。


「親父とお袋がいないだけでこんなに違うんだな……」

「ぜ、全然違うよね……」

「な……」

「うん……」

「…………なあ」

「…………あの」


 タイミングぴったり重なっちゃった。う、うわわ……余計に気不味いよぉ……!


「俺から……いいか?」

「どっ、どうぞどうぞっ!」

「その……あんまりたくさん物を持ち込んでなかったけど……大丈夫なのか?」

「うん……お洋服とかは少しだけこっちに持って来ればいいし……本当に少しずつでいいかなって……」

「まあそうか……どうせこんなに近所なんだしな、実家」

「そ、そうそうっ。だから今日は新生活に必須な勉強机とかベッドとか…………は! はわわ……!」

「自爆に俺を巻き込むなよ……」

「ご、ごめんなさい……」


 ああ……気不味さのレベルが上がってしまった……私のバカ! ポンコツ! 


「お、ラインだ……」


 気不味い空間にテコ入れをするみたいに、元ちゃんのスマホが震えた。ライン電話みたいだ。


「お袋からだ……何、どしたの? え? いや、荷物はゆっくりでいいかなって……つーか、日本酒とかめっちゃ残してってんぞ。これもそのうち取りに来いよな。いや飲むか! 未成年だわ! 話それだけ? は? 電話の横の引き出しを見てくれ? 忘れ物かなんかか? 何その曖昧な返事……まあいいや。ちょっと待て……」


 話を聞いている限り、柚珠ちゃんが電話の横の引き出しに忘れ物かなんかをしちゃったみたいだ。なんとなく気になるので、正座を崩して立ち上がった元ちゃんの後を追う。


「引き出しの何段目だよ? 三段目な。ほい開けたぞ。一体この中の何……を……」

「元ちゃん?」


 細長い引き出しの三段目を開けた途端、元ちゃんが固まっちゃった。静かになった所為でよく聞こえるようになった柚珠ちゃんボイスは、上手く使って。楽しみだわー。孫。ゆうべはおたのしみでしたね。などなど、よくわからない事ばかりを言っていた。


「い、いつの間にこんなもん仕込んだんだ!? は? 俺らで使えって……ちょ、待てコラ! 何を好き勝手言ってんだ! お、おい! まだ話は終わって……き、切りやがった……! あんのメンヘラババア……!」


 な、なんだか元ちゃん……怒ってる? そんなに変な物があるのかなと思って上から覗き込んでみたけど、掌よりずっと小さい、正方形の形をしたビニールの袋が三つあるだけだった。それぞれの袋には、うすうすとか、幸福の0.01ミリとか、イソプレンラバーとか、なんかよくわからない事ばかりが書いてある。何かの暗号かな?


「元ちゃん元ちゃん」

「うおお!? ビックリしたあ! っていうか頭が高いな!?」

「頭が高いって今使う言葉じゃないよ!? 柚珠ちゃんの忘れ物って、それの事?」

「あ! や! こ、これは……!」

「違うの?」


 純粋な興味で聞いてみたんだけど、元ちゃんはあわわと慌てるばっかり。しかも、引き出しの中から三つのビニールを取り出して手の中に隠しちゃった。そんなにおかしな物なのかなあ?


「その袋の中には何が入ってるの?」

「何が入っているというか……ナニを入れるというか……」

「ほぇ?」

「い、今のなし! 結構ギリギリアウト寄りのアウトな事言ってるような気がするし!」

「わ、わかんない、わかんないよっ。結局それはなんなの?」

「これは…………ふ、風船! 風船だ!」

「変わった入れ物に入ってるんだねー! あ! うすうすとか幸福の0.01ミリって、ゴムの厚さの事かー! じゃあイソプレンラバーってヤツはちょっと特殊な風船みたいな感じなのかな?」

「だ、大体そんな感じ……」

「へー。ねえねえ、それ開けてみていい?」

「ダメ!」

「でもこれ、私たちで使えって柚珠ちゃん言ってたんでしょ?」

「ぐっ!」


 うわ、元ちゃん顔真っ赤……汗凄いし……なんでそんなに動揺して…………あ、わかった! もう高校三年生にもなったのに、本気で風船遊びをするのが恥ずかしいんだね!? 元ちゃんってば、そういうの気にするんだねー! 気にしないで楽しんじゃえばいいのに! そういう考え方こそ子供っぽいと思うんだけどなー!


「ね、これ使ってみたい!」

「うぐ……!」

「膨らませてみたい!」

「ぐぅ……!」

「大丈夫大丈夫! 恥ずかしがり屋さんの元ちゃんの代わりに私がやってあげるから!」

「あうぅ……!」

「だから私とこれ使お? ね!?」

「だ、ダメーっ!」

「のわっ!? ビックリしたあ! っていうか今のリアクション、すっごく乙女乙女してた!」


 ぐいっと肩を押されて距離を取られちゃった。元ちゃんってば、こんなに必死になっちゃって……時々見せるこういう顔、ものすっっっっごく可愛いっ!


「や、やかましい! とにかくこれはダメ! 俺たちにはまだ早い! レベルが足りてないからダメなの!」

「風船で遊ぶのにレベルって概念あるの?」

「あるの! それすら知らない夏菜にはまだ早いの! 俺だってある程度の知識しかないからまだ早いの! だからダメなの!」

「えー」

「えーじゃない! っていうかこれはあのメンヘラとインテリヤクザ擬きのもんだから! 俺が責任を持ってあいつらに返しておくから!」

「そんなに必死になって誤魔化しちゃって……元ちゃんってば可愛いんだからぁ!」

「お、お前……わかっててやってんじゃねえだろうな……」

「何が?」

「……もういい……とにかくっ! これは没収! 俺がしっかり管理しておくから!」

「ぶー」

「はいそこ! よくわかっていない物を取り上げられたからって不貞腐れるんじゃありません! よーしこの話はおしまい! これ以上この話広げたら……お、怒る!」

「もう怒ってるでしょ」

「もっと怒るって言ってんだ! だからもうこれには」


 ガンッ!


「はぅわ!?」

「ほわっ!?」


 ガン! ガンガンッ!


「な、何この音……ガンガン言ってる……」

「玄関の方からだ……」


 いきなりガンガンと鳴り出した異音が、私たちのテンションを急降下させた。お、大きな声でお喋りしてたからお隣さんからクレーム来ちゃった? いやいや、今さらそんな事でクレーム来るとは思えない。じゃあ一体何が……。


「まだガンガン鳴ってる……」

「見てみるか……」

「だ、大丈夫なの……?」

「わかんねえけど……このまま放っておくのもよくねえだろ……」

「た、確かに……」

「お前はここで」

「わ、私も行くっ」

「……わかった……」


 私の意思は硬いと思ったのか、特に拒否する事もなく、付いて行く事を許してくれた。ああは言ったけど怖いものは怖いので、元ちゃんの背中にしがみ付きながら玄関へと向かう。その間もガンガン音は鳴り止まない。どうやらこの音は、玄関の扉と何かがぶつかる音みたいだ。って事は……。


「外に誰かいるな……」

「みたいだね……」

「中から見てみよう……」

「わ、私も見る……」

「おう……」


 尚も異音の止まらない扉に抜き足差し足で進んで、ギリギリ届くらしい元ちゃんと寄り添うようにしながら覗き穴から向こうを見てみると。


「おわぁ!?」

「め、目玉ーっ!?」


 思わず叫んでしまった。でもでもっ、覗き穴の向こうに大きな目玉があったら誰だってびっくりするでしょ!?


「なにこれなにこれなにこれぱりこれなにこれー!?」

「おおお落ち着け! ビビり過ぎてパリに片足踏み入れてるぞお前!」

「でもでもだってだって!」

「こんな二流ホラーみたいな展開あり得ねえ……誰か外にいるに決まってる!」

「じゃあ……誰が?」

「そ、それは……」

「いいなあー」

「ほわぁ!?」

「んきゃーっ!」


 テンパリ会議中の私たちに追い討ちをかけるよう。女の人が聞こえた。あまりの恐怖に元ちゃんに抱き付く私の目の前でゆっくりと……玄関の扉が開いた。そこにいたのは……!


「いいなあ……ズルいなあ……」

「み、美優……?」

「ちゃん……?」

「いいなあ……羨ましいなあ……」


 寝巻きに身を包んだ美優ちゃんだった。


 いつもは家でゴロゴロしてる時もそれなりにしゃんとしている美優ちゃんだけど、今の美優ちゃんは髪といい服装といい、とにかく乱れに乱れまくっている。全体的に覇気がないしやさぐれてるし。あと、おでこが真っ赤っか。痛そう。


「な、なんだよ! 犯人お前かよ! 脅かすなよお前ほんとお前ー!」

「そ、そうだよ美優ちゃんっ! すっごく怖かったんだからね!?」

「夏菜と同棲……イブから付き合い始めたばかりのゴミチビが夏菜と……あっさりそこまでまだいっちゃうのおかしいよ……マジズルい……」

「聞けよ!」


 あーなるほどぉ……そういう事かあ……。


「羨ましい……ズルい……もういっそこの部屋燃やしちゃおうかな……」

「物騒な事言わないで!?」

「だって……あたしの夏菜が独占されただけでもメンタル崩壊案件なのに……」

「私の所為みたいに聞こえるからやめてもらっていい!?」

「そのうえ同棲とか……もう元気殺すしかないじゃん……」

「うちのお袋みたいな事言うのな!」

「ああ……あたしも夏菜と暮らしたい……毎日夏菜にあーんしてもらいたい……」

「あ!?」

「あ!?」

「夏菜と一緒のベッドに入りたい……」

「ベ!?」

「ベ!?」

「夏菜と一緒にお風呂入りたい……」

「お!?」

「お!?」

「夏菜の子供がほ」

「あ、あーもうっ! さっきから何言ってんだ、このすかぽんたん! 人ん家の前でネガティブ撒き散らすんじゃねえ!」


 ナイス割り込みだよ元ちゃんっ! あれ以上何か言わせちゃったら気不味さ倍々ゲームになりそうな気がしたから! なんとなく!


「だって……お、わ……!」


 死んだ魚みたいな目で呪詛めいた何かを吐き出し続ける美優ちゃんの体が、急に持ち上がった。


「はいはーい。ポンコツちゃんの回収に伺いましたよー」

「修ちゃん!」

「いいタイミングー!」


 肩に美優ちゃんを担ぎ上げたのは、修ちゃんだった。私たちの大騒ぎに気が付いて助けに来てくれたみたいだ。


「こら、そこの白藤夏菜過激派。二人の折角の門出だって言うのに、水差すような真似するんじゃありません」

「だってぇ……」

「もはや誰これ状態だな……今日の所は俺に愚痴を吐き出すだけにしときなさい。ほら、戻るよ」

「う、うぇ……夏菜……夏菜ぁ……」

「流石に空気読めなさすぎ。問答無用です。じゃあお二人さん、楽しんでね」

「何を?」

「新婚初夜」

「は、はあ!?」

「な、なあ!?」

「ごめん間違えた。初体験」

「お前さあ!」

「修ちゃーん!」

「あとで感想聞きに来るね」

「そんな事聞かないでよ!?」

「お前のメンタルオリハルコン製かよ!?」


 騒ぎ立てる私たちを爽やかな笑顔一つでひらひらりと躱して修ちゃんは、肩に載せられた米俵状態の美優ちゃんと共に私たちの部屋を出て行った。


「な、なんなんだ……あいつら……」

「つっ、疲れたぁ……」


 その場にへたり込む私たち。ずっと緊張してたのに立て続けに爆弾放り込まれちゃって……もう限界だよ……。


「嵐のような数分間だったね……」

「みんなして俺らの事揶揄いやがってよお……」

「参っちゃうね……」

「また増援来るんだろうなあ……」

「だね……」


 乾いた笑いしか出てこない……奏ちゃんと千華ちゃんや、まだ私たちの所に来てないパパママ軍団。みんなに弄られたら……私たちのメンタル、来年まで保つかな……。


「…………なあ」

「なあに?」

「いいキッカケ……って言うのはなんかアレなんだけど……」

「うん」

「大切な事だと思うから…………ちゃんと決めたいっていうか……お前と共有しておきたいっていうか…………言っていいか?」

「う、うん……」


 やけに遠回しだし、慎重に言葉を選んでいる感じがする。大切な事って言ってたけど、一体何の事だろ?


「…………え、エッチな事!」

「はぅわ!?」

「俺と! お前とでする! エッチな事についてなんだけど!」

「はわわわわわ」

「はわわはわわしてないでちゃんと聞いてくれ! 大切な話なんだ!」


 と言われましてもー! 動揺しないで聞けって方が無理だよーっ!


「そ、その……エッチな事はいつかする! これは絶対だ!」


 ぜ、絶対なんだ……大人の階段登るんだ……私たち……す、すでに怖いんですけど……!


「でも!」

「で、でも?」

「今はしない!」

「…………今は?」

「そう! 今は!」

「えっと……どういう事?」

「俺は仕事があって、夏菜は受験がある。だから……あんまり……なんだ……うつつを抜かすというか……そういうのはよくないと思うんだ……」

「元ちゃん……」

「今は土日メインだけど、春になったら俺は毎日仕事に行く事になる。だから今のうちに少しでも仕事の知識や技術を俺は身に付けたいと思ってて……夏菜は受験勉強あるし……だから……」

「そ、そういう事かあ……」

「だ、だから! そういうのが終わってから! エッチな事とかは! そう決めちゃわないか!? いや決めた方がいい! 絶対その方がいい! じゃないと……!」

「じゃないと?」

「…………歯止め利かなくなったりとか……あり得そうで……」

「あぅ」

「ど、どうした!?」

「う、ううん……なんでも……」


 なんでもあるよ! 恥ずかしいのっ! 照れるのっ! 歯止め利かなくなりそうとかっ! 何言っちゃってるの元ちゃんはもうっ!


「だ、だからだな」

「それでいこ」

「……いいのか?」

「うん。っていうか、私も受験まで余裕ないし、そうせざるを得ないというか……」

「だよな……」

「じゃあ……その方向で……」

「おう……」


 賛成多数により、私と元ちゃんのえ、ええ、えっ……エッチ法案が可決されました! いやいや何バカなワード作ってるの私!? バカなの!? バカです!


「差しあたっては……アレだ……少しずつ馴染んでいこう……」

「ふぇ!?」


 手! 握られ! ちゃった! げ、元ちゃんのえっち!


「二人だけでいる……この空間に……」

「ががががががんばばばるるる」

「テンパリ過ぎだろ……気持ちはわかるけど……けどよ」

「ななななななあにににいいい?」

「二人暮らしっちゃ二人暮らしだけどさ、あいつらが俺たちと一緒にいるって事は、何も変わってないだろ?」

「…………うん……」

「確かに変わる事はある。ビックリするくらいある。でも、変わらねえもんだってある。結構ある。だから、あんまり気負い過ぎないでもいいんじゃねえかな……なんて……」


 元ちゃんの右手に込められる力が強くなった。私の左手を絶対に離さない、とでも言ってるみたいだ。


「住む所が変わろうが何が変わろうが、俺たちはそんなに変わらない。だから、そんなに緊張しなくてもやってけると思うんだ」

「…………だね……」

「だから…………なんだ……とりあえず……今後ともよろしく……って事で……」

「こっ、こちらこそよろしくっ! お、お願い……します……です……」


 手を握ったまま、小さくお辞儀をし合う私と元ちゃん。


「ぷっ」

「っは」


 それがなんかちょっと間抜けな感じがして、二人とも笑っちゃった。


「今日の所はとりあえず……ご飯食べよ?」

「そだな…………じゃああいつらも」

「きょ、今日は!」

「ん?」

「今日は……二人がいいな……」

「……実は俺も……」

「け、決定! じゃあ決定っ!」

「……んじゃあ、準備するかあ!」

「う、うんっ!」


 これが、私と元ちゃん、二人で用意した新しいアルバムの1ページめ。


 本当に長く長く使う事になるアルバムの、1ページめだ。

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