赤嶺謙之介の覚悟と大勝負

 俺の名前は赤嶺謙之介。七月十三日産まれ、十八歳。血液型はA型。身長172センチ。体重72キロ。趣味は筋トレ、特技はサッカー。最近のマイブームは泣きメロ漁り。川崎市立川ノ宮高校三年五組在籍。出席番号は一番。産まれも育ちも神奈川県川崎市。平凡なサラリーマンの父親と平凡なOLの母親と尋常じゃない可愛さを持つ妹と全く懐いてくれる様子のない飼い猫と。家族五人で二階建ての一軒家に暮らしている、何の変哲もない男子高校生だ。


 最近の俺にはいくつかの悩みがある。一つは、好きな人の事。もう一つは、妹の事。どちらもこの俺を長期に渡って悩ませている案件だ。


 しかし。立てよ謙之助。とうとう来たのだ。悩みの一つと縁を切る日が。


 覚悟は出来た。自らが設定した挑戦するまでに越えるべきハードルも越えた。あとはもう、挑むだけ。


 ターゲットは前者。悩み続けて約十年。もうそろそろ、終わらせなくてはいけない。残り時間はもう僅かなんだから。


 昔の俺には出来なかった、自分発信で彼女と連絡を取るという行為。それを繰り返していく中で俺は察した。彼女は、覚悟を決めている。恐らく、あの野郎の誕生日までに、大きな動きをみせる。


 正直、あの二人のこれからがどう転ぶのか想像も付かない。


 仮に彼女の想いが実った場合。そうなったら最後。俺が立ち入る隙間など微塵もなくなってしまうのだろう。望まぬ形で俺の悩みは解消されてしまう事となるわけだ。


 仮に実らなかった場合。人の不幸に付け込むようで気が引けるのだが、それはそれでチャンスであると言っていいのだろう。少なくとも年内のうちに全ての芽が無くなるという事態はないと思っていい。


 であるならば。ここは待ちに回るのが吉と言えるのかもしれない。皮算用でしかないが、その方が勝率を高められるだろう。


 しかし、それはダメだ。


 理由は幾つかある。弱味に付け込むようで気が引けるとかそういう話じゃない。とにかくダメなのだ。何故かって? ダメだから。


 そんなわけで、俺が取るべき行動を簡潔にまとめるとこうなる。


 十二月某日。松葉元気の誕生日を迎えるまでに。白藤夏菜が行動を起こす前に。もう一度、白藤夏菜に告白する。


「それ……! しか……! ない……!」

「ちょっと!」

「どわぁ!?」


 ドア壊れたぁ!? くらいの勢いで扉を開け放ったのは、はちゃめちゃに可愛い妹、小春だった。


「もうすぐご飯出来るから降りてこいって! お母さん何回も呼んでたんだから一回で反応してよ! 顎で使われるこっちは超めんどくさいんだから!」


 ゴミを見るような目で俺を見ているし、言動も刺々しくなっちまったけど、それでも可愛いんだなあ小春は。これ、俺がシスコンだからとかじゃないと思うんだけど。だって誰が見たって可愛いじゃんか、小春。最近イメチェンにも成功して可愛さ倍々ゲーム状態まである。そりゃミスコン上位にも食い込んでくるよなあ。絶対女王浅葱美優がいなくなる来年は玉座に座る可能性めちゃ高いと思う。そうなったら多分泣く。記念写真撮りに学校押し掛けるまである。


「すまん……もうちょいしたら行く……」

「また筋トレしてるし……ジム通ってるんだからジムでやってよ。鬱陶しいから。結構な騒音出してるんだって事も自覚して」

「いや、その……」

「何?」

「こうやって体動かしてると考え事が捗るもので……」

「考え事なら他所でも出来るでしょ。部屋の中汗臭くなるからやめて」

「く、臭くねえから! これでも結構気を付けてだな」

「ウザい。いいから早くして」

「はい」


 こっちに一瞥くれて部屋を離れる小春。あの子、俺の二つ年下の妹のはずなのだが、いつの間にか頭が上がらなくなってしまいどうにも強く出れない。何処の家庭の兄貴もこんなものなのかなあ。


「ねえ」


 開きっ放しのドアの隙間から、小春の声が届いた。


「うん?」

「あの人たちの事……好き?」

「好きだな。あいつら全員好きだ。なんだかんだといい友達だよ、あいつらは」


 ノータイムで答えていた自分自身に、俺自身が驚いている。あの人たちなんてフワッとした問い掛けだったんだけどな。


「……そ」


 やっぱりというべきか、当たりを引いていたらしい。


 というか。事務的な会話以外まともにしてくれない小春が俺に質問をしている? まずそこに驚くべきだった。ただの気紛れかなんかなのだろうけど、仲良くなるチャンスがきたのだとポジティブな解釈をしよう。その方が心身に良さそうだし。


「私……さ」

「おう」

「あの人たちに……ずっと一緒にいて欲しいの。誰一人欠ける事なく。あの団地に、ずっと。そう思うの」

「……なんかあったのか?」

「別に」


 嘘ヘタか。間違いなくなんかあったろ。しかし、それを根掘り葉掘りするタイミングは今じゃない。今は、小春が言えた事だけを聞いてやる。それでいい。胸に秘めた本音を無理やりほじくり返すような真似をするのは、なるべくしたくない。


「変かな?」

「変ではないだろ。けど無理だな」


 滅多にない機会だ、小春が求めている答えを用意して好感度を稼ぐのもアリな場面。しかしながら嘘を言ってもしょうがねえ。思ったままを答えたよ。


「どうして?」

「あいつら全員似てるけど、違う人間だから。ずっと一緒にいるなんて無理だろ。そもそもあの場所に留まるつもりもないヤツだっているだろ。あのアホとか」

「うん」

「自然な事だと思うし、仕方のない事だと思うよ」

「だよね……」


 いや、結構深刻そうだな小春ちゃん。誰だ、小春のメンタルに圧掛けたヤツは。


「まあ……なんだ。いつか一緒にいられなくなるのが当たり前だから、そうなる前にたくさんの事を話しておくべきっつーか……一緒にいられる一分一秒を大切にするしかない……みたいな」

「何いい事言ってやろう感出してんの。無理矢理過ぎて引く」

「いやいや! 大切な事だから! とにかく、アレ。小春が何を悩んでるのかわかんねえけど、あいつらを思うその気持ちは大切にして欲しい。小春にとってもあいつらにとってもすげー大切な事だと思うから」

「だからキツいってそういうの」

「う、うるさい! 俺はだな」

「はいはいもういい。早くしてよね」

「わかったよ……」


 取り付く島もない。自分から話振っておいてこの態度はどうなんだ。いくらスーパー可愛いウルトラ可愛いミラクル可愛い妹だとはいえ、流石に怒っていい所なのでは? いやでもそういうのは……うーん……。


「ね」

「ん?」

「…………ありがと」


 フローリングが軋む音にさえ負けてしまいそうなボリュームだったけど、小春は言った。確かに言った。ありがと、って。


「な、なあ!」


 返事はなし。小気味好くパタパタとスリッパの鳴る音は、小春がリビングへと戻って行ってしまった事を教えてくれた。


「いやいや……」


 なんだよ今の。照れ臭いからって姿隠したままあんな事言っちゃってさ。触れられたくないからって慌ててどっか行っちゃってさ。


「俺の妹がこんなに可愛いわけがある……」


 もうただひたすらに。反抗期だろうと。俺の事を煙たがっていようとも。可愛くて可愛くて仕方がない。こんなの、怒ろうにも怒れねえって。あーそうか。俺がこんなんだからシスコンだなんだって言われんのか。うるせえ。シスコンで悪いか。


「へへ……うーしっ!」


 やる気出た! エネルギー湧いてきた! ありがとうだ! 小春!


 このエネルギーは溜めておこう。溜めて溜めて溜めて溜めて。全部まとめて、白藤夏菜にぶつけてやる。


 生涯を通して俺を悩ませ続けるだろう可愛い妹から無自覚な援護をもらった。あとはもう、やるだけだ。


 しかしその前に。


「メシだ!」


 こっちのエネルギーもしっかり摂取しておかないと!


* * *


「いよっし! 勝ちぃ!」


 いぇいとガッツポーズ。終わってみれば三点差。圧勝だった。いい感じいい感じ。


「はいじゃあ決勝進出は五組ねー。二十分後にまたここに集まるように。負けたクラスの生徒たちは着替えて教室に戻るように。決勝を見学したいって言うなら構わないけどあまり騒ぎ過ぎないように。以上」


 体育教諭の号令を受け蜘蛛の子散らすように男子生徒たちがわらわら広がって行く。うちのクラスの面々はどいつもこいつもかなり疲れているらしく、どっかりと座り込んでしまった。どいつもこいつもやる気ないですー走る気ないですー感全開だった割にへばってんなあ。


 十二月初旬。雲の少ない冴えた寒空の下、生徒全員学校指定ジャージを着用中。本日は時間割に大きな変更がある。朝一から放課後まで、学年別球技大会が行われるからだ。


 我が校の球技大会は男女混合ではなく、男子対抗、女子対抗の形を取っている。男子対抗戦の方はサッカーバスケ野球の三種目。女子対抗戦の方はバドミントンバレーボール軟式テニスの三種目。各種目トーナメント形式。参加者は自由に変更可能。


 男子はすでにバスケ野球が決勝まで終えていて、残すはサッカーのみ。女子は今行われているバレーボールの決勝が終われば全てのプログラムが終了するとの事。その所為か、結構な人数の三年生たちが男女入り乱れでグラウンドに詰め掛けている。決勝を見ていくつもりらしい。物好きだなあ。


「あ……!」


 ギャラリーの中に、一際目を引く高身長の女の子の姿が見えた。同じ団地の女二人に挟まれ談笑している。


 いた。来てくれた。ここまで順調。思惑通りに進んでいる。あとは全て、俺次第。


「お、勝ったの五組か」

「謙之介のクラスとかー!」

「これはいい勝負になる予感」


 サブグラウンドの方で試合をしていたらしい六組の面々がやってきた。今日も今日とて三人でいるなあこいつらも。


「よう。その口振りだと」

「おうよ! らっくしょー!」


 得意げにピースを決めて、クッソ生意気そうな面構えのバカチビ、松葉元気が笑う。まあそうだろうよ。サッカー未経験者の集団なんて、こいつら三人だけでも手玉に取れちまうしな。


「そっちも順当って感じじゃん」


 額に浮かんだ汗をタオルで拭いながら、川高サッカー部史上最高の成績を残したチームをまとめあげていた男、桃瀬修が爽やかに笑う。こんなにもイケメンな修だけど、実は重度のメガネフェチである事を在校生のほとんどが知らないんだろうなあ。修の場合それがバレても好感度に一切影響出なさそうなのがまた。ただしイケメンに限る、だろうなあ。


「まあどうにかな」

「ふーん。まあどっちも頑張れや」


 眠そうというか気怠そうというかぼけーってしているというか。爽やか系っちゃ爽やか系なんだろうけど、ちょいと独特な雰囲気を纏っている男。川高のじゃなく、俺たちのキャプテン。山吹奏太が適当なエールを送ってきた。つーかこいつ、汗一つかいてないな。それどころか寒そうにしてるし。


「なんだその味方にまで投げやりなエール」

「や、俺出ないし。面白いもん見れればどっち勝ってもいいかなーって」

「は? 出ねーの?」

「ん」

「そうなんだよ聞いてくれよ謙之介! 奏太のヤツさあ、今年はバスケ出るからあと任せたーとか言いやがったんだよ!」

「まあビックリしたよね」

「だからそれは何度も言ったろ。気分じゃなかったんだって」


 なんつー適当な理由だ。まあ奏太らしいっちゃ奏太らしいのだが。


 しかし、これは好機だ。元気も修もいるし元サッカー部の面々が多い六組だが、奏太がいないだけで脅威度が格段に落ちる。とっくにサッカーやめた今でも化け物だからなこいつ。サッカーに関しちゃマジの天才だと思ってるよ。それくらい圧倒的なんだ、奏太は。


「ま、奏太がいなくても俺らが負ける要素ねーけどなー」

「言ってろクソチビ」

「うっせー駄犬」

「お?」

「あ?」

「はいはいイチャイチャしないそこ」

「イチャイチャしてねーから!」

「イチャイチャしてねーから!」

「ほら元気行くよ。メンバー決めなきゃ」

「だな。首洗って待っとけよ謙之介ー!」

「こっちのセリフだバカチビ」


 修に引き摺られるようにして元気退場。今日も今日とてバカっぽいが、敵に回すとクッソ厄介なんだよなああのチビ。いろんな意味で。


「修と元気もいるし、うちのクラス有利かなあ」

「お前は行かねーの?」

「俺出ねーし。別にいいかなーって」

「あそ」

「五組はメンバー弄らねえの?」

「こっちは固定だから」

「ふーん」


 自発的にサッカー出るって言ってくれたサッカー経験者と俺と、ど素人何人かで構成された五組のサッカーチームは、決して強いとは言えない。ここまで勝ち上がりたかったけれど、ここまで来れると思っていなかったのも本当。というか、実力云々以前の話だ。


「つーか温度差すげーな」

「あん?」

「お前と五組のヤツらの」

「あー」


 そうそれ。それである。部外者の奏太があっさり看破出来てしまうくらい、五組のメンツはやる気がない。そりゃそうか。勝ち上がったって成績に影響出るわけでもない。下校時間が遅くなるだけだ。ここまで勝ち上がりたくなかったわーなんて言っているヤツがいるのも、まあわからなくはない。


 だもんで、五組の中で俺だけらしい。どうしても優勝したいと思っているのは。


「お前はアレか」

「どれだ」

「夏菜にカッコいいとこ見せたいーってだけだろ?」

「ズバリ言うな!」

「否定するなり誤魔化すなりしろや。まあ確かに、決勝までくれば他のクラスの連中も女子連中も見に来れるもんなあ。むしろ決勝以外だと見るタイミングなんてねえやな」

「そ、そうだよ! それ以外の理由なんてねえよ!」

「うーんこの清々しさである。そういう素直さ、ちょっと憧れるわあ」

「いや素直も何も、やりたい事やってるだけだし。普通だろ?」

「まあ……普通……なんだろうなあ……」


 腕を組んでうんうん唸っている。なんだあ、奏太のやつ。


「つーか、絶対わかってんだろうけど一応言っとくぞ。今のお前、ガチ過ぎて周りに引かれてるまであるからな」

「わかってるよ」


 んなもんクラスメイトの反応見れば一目瞭然だ。優勝狙うとかマジ? 意味ある? って言われくらいだし。


 しかし、それは俺以外の人間の話。どうでもいいんだ、他のヤツの事情なんて。


 鮮度が落ちない間は大丈夫かもしれないが、少し時が経てば忘れてしまわれる。うちの生徒たちにとって球技大会なんてイベントはそんな程度。


 しかし、俺は拘っている。優勝する事にめちゃくちゃ拘っているぞ。ただし、単なる優勝を狙ってるわけじゃない。


 カッコ付けたいんだ。少しでも、カッコよく優勝したいんだ。その姿を、白藤に見て欲しいんだ。


 今更それで何かが好転するとは思わない。これくらいの事で気持ちがこっちに向く事なんかないとわかってる。でも、カッコいい所を見せたぶん。勝ち進んだぶん。たくさん笑ってくれると思うんだ。


 残念だったねと励ましの笑顔をもらうのも悪くない。けどさ、凄い! おめでとう! から始まる、全力の笑顔の方が嬉しいに決まってる。そうだろ?


 その為だけに、俺はやるのだ。


「まあモチベなんて様々だけどさあ。なあなあ、折角だしなんか賭けるか? 体育祭の時みたいに」

「やるかんなもん。そもそも元サッカー部大勢いるだろうよそっちは。こっち不利過ぎるっつの」

「勝算の低い賭け事はやりたくないタチかな謙之介くんは?」

「安い挑発すんなバカ」


 いつかの運動会みたいに賭け事なんかにしない。これは、クラスメイトを勝手に付き合わせてしまっている俺の、俺による、俺一人の戦いだ。


「そんなもんしなくていい。とにかく勝つんだよ、俺は」

「そんなに勝ちたいんだ?」

「そう言ってんだろ。悪いか?」

「いんや…………ま、頑張れよっ、と」

「いってぇ!? 背中叩くなクソ奏太!」


 悪びれもしないどころかこっちを見ようともしないままフラフラと、六組の生徒たちの輪の中へ、奏太は消えていった。


「なんなんだあいつ……」


 相変わらず掴み所がないというか、何考えてるかわかんないヤツだよ。奏太もどっかのアホと同じで天才肌のヤツだからな、よくわかんねーのも道理か。ほら、天才気質のヤツって何考えてるかわかんなかったりするじゃんか。そういう感じよ。


 まあ、なんでもいいさ。あいつがよくわからねーヤツなのは今に始まった事じゃないし。俺たちになんの説明もないままクラブをやめたりとかさ。昔の事だし、奏太には奏太なりの理由があったんだろうから、そこはもういいんだ。


 用があるのは、これから先の事だけ。


 これから先の事を変える為。良くする為。迫る決戦の時を最高の形で迎える為。


「よっしゃ……!」


 ひたすら、走るだけだ。


* * *


「よっ」

「よっじゃねーよ。お前どうして……」

「んー? なんか気乗りした」


 と言いながら背中を伸ばすのは、つい数分前まで寒そうにフラフラしていた男、山吹奏太。頬にはさっきまで見えなかった汗が浮かんでいて、如何にもウォーミングアップしてました感全開である。


「出るのか?」

「気乗りしたって言ったろ。もうちょい言うと、なんかお前の邪魔したくなった」

「ほんっと性格悪いなお前」

「照れる。てへへ」

「てへへじゃねー可愛くねえぞ。そういうとこ浅葱とそっくりなお前」


 奏太が出るなら、元気と修も流したりせず、本気でやる事になるんだろうなあ。奏太、手抜きとか出来るタイプじゃないから。一緒になってガッツリ来るんだろうなあ。まあ、最初の予測通りになったってだけ。やる事は変わらん。


「気合入ってるとこ申し訳ないけど、俺的にはアレ、紅白戦のつもり」

「紅白戦って、まるで練習の一環みたいに言うんだな」

「怒んなって。実際練習のつもりだよ俺は」

「はあ?」

「俺さ、無事に進学出来たら……もう一度サッカーやろうかって思っててよ」

「おいマジか!?」

「マジのつもり。まだ決め兼ねてるってのが本当のとこ。どっちにしても、自分の現在地は知っとかねーとさ」


 そっか。またやるのか。ならきっと、ガチガチにやるんだろうなあ。


 楽しければそれでいい、みたいなスタンスのヤツではあったよ。それでも、手抜きの出来るヤツではなかったから。いつだって真剣に、全力で。ボールに触る事を楽しんでいた。そういうヤツだったんだ。俺たちのキャプテンは。


 今日だってそうだ。紅白戦のつもりーなんて言ってやがるけど、大嘘だ。こいつが目の前の試合を、あいつらと一緒にピッチに立つ時間を無為にするような真似するわけねえ。


 ああそうか。だからサッカーには出ず、バスケだけに出ようとしていたのか。


 ガチガチ過ぎて空気が読めない。そんなヤツ、俺一人だけでもウザいくらいだもんな。奏太、そういうの気にするタイプだもんな。


「……それ、あいつらには話したのか?」

「あーそういやまだだったな」

「ちゃんと言えよな」

「そりゃ言うけども」

「試合終わったら直ぐに言え」

「いやそれは俺のタイミングでいいだろ」

「うるせー。お前らいつも言葉足りてねえし言葉遅いし。小春だって、お前らのそういうとこ気にしてんだからよ」

「は? なんだそりゃ」

「わからないとこもダメなとこだな」

「なんかよくわかんねーけどムカついた。よーし謙之介泣かす」

「泣くか!」


 つーか、こっちだってお前らには結構イラついてんだからな。お前ら、どれだけ小春の気を揉ませてんのって話。可愛い妹に負担与えやがってよお。よーし決めた。俺が、お前らを泣かしちゃる。


「みんなー! 頑張ってねー!」


 白藤以外みんなだみんな!


「はーいじゃあ決勝始めるよー」

「いよっしゃあ!」


 その前に。まずは、自分の為に。


 絶対負けねえぞ。


* * *


「お疲れー」

「じゃねー」


 ホームルーム終わりの喧騒はいつの間にやら随分と沈静化していたらしく、クラスメイトの女子二人の別れの挨拶を最後に、誰の声も聞こえなくなった。


「はあ……」


 や、どんだけ惚けてたんだ俺。バカかな。


「強かった……」


 六組。つーか、あいつら三人。終わってみれば一点差の接戦だけど、試合内容は圧倒的完敗だった。


 元気。あいつやっぱ運動神経やべえ。意味不明なくらいの足の速さ。低身長っつーハンデを一切感じさせない異常な跳躍力とバネ。体のぶつけ合いでも余裕で勝っちまうもんなあ。今日は本職のキーパーじゃなくて中盤に位置してたからか、高校生離れした身体能力が遺憾なく発揮されていた。これで足元の技術がもっと備わっていたらバケモノ中のバケモノだったろうなあ。


 修。あいつは頭脳系と脳筋系のハイブリッドだ。まずポジショニングが抜群にいい。味方の位置や動きをしっかり掌握出来ているからこそだろう。そして、めちゃくちゃ献身的。これが修一番の強みだ。見た目は爽やか系なのにプレーは泥臭く、とにかく走り回っては敵にプレッシャーを与え続けている。昔と違って今は中盤高めの位置にポジションを変えているが決定力は高く、勝負強さは抜群。チームメイトを鼓舞する事も抜かりなくやってくれる、頼れるヤツだ。


 奏太。あまり聞かなくなった言葉だが、奏太はファンタジスタ系だ。全てのプレーが規格外。とにかく上手い。抜群に上手い。あ、レベルが違うわ。何気ないボールタッチやパス一つで周囲にそう思わせられる、圧倒的テクニックの持ち主。そのくせプレーの全てが正確無比でいて、遊び心満載。テクニックだけなら贔屓目抜きにその辺のプロより上だと本気で思っている。何より、見ていて楽しいんだ、試合中の奏太は。


「マジ強かったあ……」


 そんなあいつら三人と、元サッカー部数人を軸に構成された六組は。


「はーあ……」


 ため息ばっかりだ。ポイ捨てしたって俺だって誰だって得なんてしねえってわかってんだけどなあ。


「はあぁぁぁあぁぁああ!?」


 深ーくため息放出していたら、机に載せていたスマホがけたたましく叫ぶもんで素で驚いちまった。脅かすのやめて……そういうの苦手なんだよ……はいはい、俺とライン通話をご所望なのはどちら様で……げ。


「……もしもし」

『よ。クソザコお疲れ』

「テメー今どこにいる? ちょっとこの後個人面談しようぜ」

『やだー赤嶺くん怖ーい』

「マジうぜぇ……」


 つい數十分前、俺ら五組を完全に手玉に取って大暴れしていた奏太だった。


「ケンカの押し売りなら買うぞ喜んで買うぞ奏太コラ」

『カッカすんなって。お前今どこにいる? もう帰っちゃった?』

「五組の教室」

『ふーん』

「や、ふーんって。お、おい? 奏太? 切ってるし……」


 なんだあいつ。単に嫌味言いたかっただけ、ではないと思うが。そもそも、こっちがマジギレするライン越えてくるような真似するヤツじゃないし。いや、今のは充分殴っていいレベルだったとは思うけども!


「……帰るか……」


 ここいてもしょうがねえし。何が言いたかったのか知らんけど、仮に奏太がここ来たらマジで一発くらい殴っちゃいそうだし。


 それに、この後やろうとしていた事、今日出来なくなっちまったから。


 勝ったら……突撃するつもりだったんだ。本気で。これが最後のつもりで。


 けど……今日はもうダメだあ……帰って風呂入ってのんびりしよう……。


「小春はどうだったんだろうなあ……」

「バドミントン出たって!」

「ほわぁ!?」

「優ちゃんとダブルスで! でも二回戦で負けちゃったんだって……応援したかったなあ……」


 俺の独り言が独り言じゃなくなった上に補足まで加えてくれたこの声を、俺が聞き間違えるわけがない。


「し、白藤……?」

「決勝見てたよ! どっちも頑張ってた! 見てて楽しかったよー!」


 五組の教室後方。可愛い笑顔を湛えた白藤夏菜が、そこにいる。


「お疲れ様でした! 謙ちゃん!」


 こんなの予定にないのだが!?

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