「たいようのものがたり。7」
「言いたい事は理解しました。確かにこちらとあちらでも文化は違いますが、それは要らぬ気遣いというものです。私の事はおきにならず。お嬢様と……あの子と過ごす時間を少しでも長く、大切にしてあげてください。というより、朝陽はもう少し、彼氏ヅラ、などというものをするべきです。彼女自慢や惚気こそしますが、それだけではないですか。カッコいい所、見せてあげてください。あの子の事、よろしくお願いしますね」
流暢な日本語が、迷う背中を押してくれた。
申し訳なさもあったし、一緒に過ごしたいという思いもあったし。
でも、いいなと思ってしまった。節操なくてカッコ悪いけど、魅力的だなと思ってしまった。それに、よろしくお願いされてしまった。なので。
「なあエミー?」
「ナニー?」
「クリスマスさ」
「ウン」
「デートすっか」
今年の聖なる日は、そういう過ごし方をする事にした。
* * *
「ほれ、ここだここ」
「オオー! イリュージョンランドー!」
ごめーん待ったー? なんてテンプレ待ち合わせはなし。今日もふじのやへ行くというケイトに見送られ、俺らの家を二人一緒に出て、川崎駅までバス移動。電車に乗り込み東京駅を経由しつつ舞浜駅へ。そこでランド専用路線に乗り換えれば、みんな大好き魔法の国は目と鼻の先。
正面ゲートはクリスマス仕様に。ゲートの向こうではめちゃでけークリスマスツリーが存在感を放っている。クルーの皆さんもクリスマス仕様の服装となり、見るからにカップルの率が高い客たちを笑顔で迎えている。
この従業員の中に拓馬がいたらすぐわかるだろうなあ。お前ら別れろふざけんなクリスマスとか日本人関係ないだろう何を浮かれてるんだ、的なオーラ撒き散らしながら仕事するだろうからな。来年は楽しいクリスマスになるといいな! なんか無理そうだけど!
「オシャレ! カワイイ! ツリーオッキイ!」
「本家に比べたらちゃちいかもしれんけどな」
「ワカンナイ! ワタシ! イリュージョンランドハジメテ!」
「マジか!」
「マジダ!」
エミーの故郷にイリュージョンランドの総本山があるんだが。元気になってからも一度も行ってなかったんだなー。
「なら、たーっぷり遊んで帰らねえとな!」
「ナー!」
「あ、こら走るな!」
「ハヤクハヤクー!」
「いいから、ほら」
上着に突っ込んでいた左手を取り出し、エミーに向けて差し出す。
「ンー? ア! ハイッ!」
俺の意図する所に気付てくれたらしく、勢いよく俺の手を握ってくれた。
「迷子にならないようにしないとな」
「ナラナイ! ワタシチャントシテル!」
「迷子になるヤツはみんなそう言うの」
「ソンナコトナイー!」
はー!? むくれるの可愛過ぎかお前ー!? 知ってるー! はーも、好き。大好き。何この可愛い子ほんま。あぁ……。
「わーるかった悪かったって。とにかく行こう。この混み具合だからちゃっちゃと動かねーと目玉アトラクション乗れなくなっちまうぞー」
「ソレ! ヨクナイ! イコ!」
「わっとと!」
青く澄んだ瞳を輝かせるエミーにグイッと手を引かれ、夢の世界へ飛び込んだ。
* * *
「エモペン! エモペンチャー!」
デジタルなモンスター的なアドベンチャー的なヤツが頭を過ったけど、あの世界にはこんな不恰好なペンギン擬きは出て来なかった、はず。よく覚えてねーや。
「アサヒ! エモペンチャキター!」
「挨拶してみ。返してくれるから」
「ワカッタ! エモペンチャー!」
黒白カラーのずんぐりむっくり。無表情。というか、若干目付き悪い。これで客商売してんだって言うんだからとんでもない。ああ違う、商売じゃないんだ違うんだ中の人なんていないんだそうなんだったらそうなんだ。
エモペン。この世界のマスコット的キャラクターの一匹。正直、可愛くない。だのに世界的な人気者だったり。
世界、いいんかそれで? 今のうちにマイナーチェンジとか……しないんだろうなあ……数十年後もこのままなんだろうなあ……。
このペンギンよりも有名な男になる。密かにそう誓う、東雲朝陽くんでした。
「エモペンチャ! コッチコッチー! エモペンチャー!」
あでも今は違って見えますわ。エモペンちゃーんって呼び付けるエミーがクソかわなもんでなんか可愛く見えますわあの生き物も。なんだよあれ。エモペンチャーエモペンチャーってぶんぶん手を振るの可愛すぎない? あ、好きだわ。ほんと好き。そこのゆるペンギンはエミーに感謝するよーに。
「コッチクルー! クルヨアサヒー!」
だから! ぴょんぴょん飛び跳ねるエミーちゃんが! 可愛い過ぎるのっ! はーほんま! 大好きっ!
「エモペンチャー!」
「あ!」
俺は見た。俺以外の誰かの胸元へと飛び込む、自分の彼女の姿を。
そうか……これが不倫か……寝取られとかいうヤツなのか……あ、辛っ。泣く。泣いてしまいます……ぐすん……。
「アサヒアサヒ!」
「ほわ?」
「アサヒモー! ハヤクハヤクッ!」
「うんわかったーっ!」
うそやっぱ泣かない。この輝く笑顔の前で泣くとか何? んな空気読めない事するヤツおる? ないわーマジないわー!
情緒不安定な彼氏も合流し、用途不明な羽みたいな何かに抱かれる。お、おお? あんた……意外と毛並みが……だからってこれくらいで……あ、気持ちよ……エモペンちゃ……柔らか……ああ……バカになるぅ……。
「アサヒアサヒ!」
「ほふぅ?」
「ピースピースッ!」
「お、おおよ!」
晒していたマヌケ面を引っ込め、エミーを被写体にしようなどと思い上がったカメラを構えているクルーさん目掛けてピース! おいそこの貴様、いい度胸だなてめー。後で写真寄越しやがれくださいお願いします。
「はい、チーズ!」
ベタな合図に合わせてにっこり笑顔ー。どれだけ心中複雑だろうと作ってみせますとも、百点以上の笑顔。これでも役者を志している者なのでっ。
「アリガト! エモペンチャ!」
エミーのアリガト&満面の笑み攻撃でも眉一つ動かさないエモペン。いや凄いな、どんな人間でもエミーを好きにならずにいられない即死コンボを食らったっていうのに。なんという精神の強さか。これは見習わなくてはなるまい。今日からあなたの事、エモペン師匠と呼ばせていただきますっ!
「ワタシ、エミー! セカイイチバンカワイイ!」
エモペン師匠と、師匠に群がる子供たちが首を傾げているのがわかったが、なんでそうなる? エミーが世界で一番可愛いのなんて見りゃわかんだろ? なあ?
「お客様。ただ今撮影した写真ですが」
「ください! 二枚ください! あ! 出来たら色褪せを防ぐフィルム的なヤツとか、ちょっと乱暴に扱っても壊れない写真立てとか付けてくれるとありがたいです! あとそのネガ欲しいです!」
「そ、そういうサービスは……」
「ですよねっ! とにかくください超ください!」
「は、はい……こちらになります……」
「ありがとうございます! 大切にします! よし行くぞーエミー!」
「オ! ワ!?」
エモペン師匠の前できゃっきゃするエミーの手を取りエスケープ。
「アサヒ! ナンデー!?」
「俺らがいつまでもあそこにいたらエモペン師匠と遊びたかってる子供たちが遊んでもらえないでしょ!」
「エモペンシショー?」
「細かい事は気にしない! いいからほら、どのアトラクション行くか決めよう!」
「……アサヒ! キョウゲンキ!」
「そーか?」
「チョーゲンキ!」
チョーゲンキなエミーに言われてしまった。
実際そうだよ。俺、今日、超、元気。
何故かって。簡単。こうして二人きり、デートと銘打って出掛けたのは、今日が初めてだからである。そりゃあ元気にもなる。いくらエモペン師匠とは言えど、いつまでもイチャ付かせるわけにもいかないのだ。
今年のクリスマスは、俺とエミーの二人の時間で埋めるのだ。
っていうか、今気付いた。俺、元気ってワード聞くたびに柚珠の顔が頭に浮かぶ体になっちまったらしい。どうすんだよこれ。あいつマジで自分の子供に元気って名前付けたり……ないか! ないな! そもそも本当に今の彼氏、松葉くんとやらとどうにかなれるとも限らねえし! 応援はしてるけど!
「そりゃあエミーとデートだもんよ! 元気になるに決まってるだろー!」
「ソレナー!」
「エミーも元気だろ?」
「ゼッコーチョー!」
「ちゃんとコンディション整えて偉い!」
「ワタシエローイ!」
「あーうん! それな!」
単なる言い間違いなんだけど、間違ってないからオッケー! この子、お胸は控えめかもしれないけど他の部分スゲーんだから! とってもエッチなんだから! そんな子がお腹出して寝てたりするんだからもう大変よ大変! 変態になっちゃいそうよ僕は!
「とにかく行くぞー! まずはジェットコースター乗ろう!」
「マッテマシター! ワタシスキー!」
「俺も好きー!」
ジェットコースターも! エミーもな!
お手手繋いでるんたった。平時よりハイテンションなカップル、いきまーす!
* * *
「ヤダー!」
「ダメ」
「ヤダヤダー!」
「ダメったらダメ」
可愛らしい世界の中、可愛い彼女と押し問答。ケンカらしいケンカをした事ない最強カップル朝陽&エミーだけど、ここばかりはしっかり意見をぶつけ合う必要がありそうだ。
散々遊び倒していて、一度何か食べようかと歩き回っている最中、エミーの様子がおかしくなった。
発熱ではなかった。顔色が悪くなったり呼吸が辛そうになったりとか、そういった事は一度もなかった。今朝からずっと、調子は良さそうだった。
しかし、本当に急だった。手を繋いだまま、前のめりに倒れそうになったのだ。真っ先に気が付いたのでエミーと地面がキスするような事はなかったが。
「ワタシゲンキ! チョーゲンキ!」
「でもさっき転びそうになったろ?」
「ヘーキ! アレナンデモナイ!」
「いいや嘘だ」
「ウソチガウ!」
「今もフラフラしてるじゃんか」
「シテナイ!」
「じゃあ手放していいか?」
「ヤダ!」
「俺もやだ! って何言ってんの俺!?」
反射的に自分にツッコミを入れてしまった。ほんとなんだよ。なんで俺たち、手繋いだままケンカしてんの? や、そんなの仕方ないじゃん! だって手は繋ぎたいんだもん! どんだけラブラブなんだよもーっ! じゃなくて!
「とにかくっ! そんなフラフラしてるエミーをアトラクションに乗せるわけにはいかない。ランドの人たちにも迷惑になるからな。わかるか?」
「ワカラナイ! ワタシゲンキ! ホント!」
「でもフラフラしてたじゃんか」
「アレチガウ! ソウイウノチガウノー!」
「じゃあどういうんだって言うのさ」
そう言ってやると、頬を赤らめモジモジし始めた。あら可愛い。好き。頬触ってもいいですか。
「…………ネ!」
「ね?」
「ネムイノ!」
「うん? 眠い?」
「キノウネレナカッタ! チョータノシミデネレナカッタノー!」
「……ああー」
そういえば、昨日の夜は遅くまでガタガタ音が誰かの部屋で鳴っていたなあ。エミーちゃんがバタバタしていたのね、なるほどね。
エミーの身に起きた現象には覚えがある。今年の春、カリスマ中のカリスマ、北村英二さんのライブに参戦する前夜の俺が正にそれだった。まーじで朝まで寝れなかったもんよ。日中眠くて眠くて。授業中に堂々と寝ていたらやっちゃんに頭しばかれたりして。
「ダカラワタシゲンキ! チョットネムイ! デモダイジョーブ! ダカラキョウ、モットアソンデオクノー! ゼッタイナノー!」
随分聞き取りやすくなったカタコト言葉の中には、言葉以上の必死さが見え隠れしていた。
「ど……」
どうしてそんなにまで。そう問いそうになったので、慌てて飲み込んだ。
時間は有限じゃない。平等でもない。自分のしたい事を何も出来ずに生きてきたエミーは、それを良く知っている。
次にこの場所へいつ来られるかわからない。それは誰だってそうだろう。
けれどエミーの場合は、少し事情が違う。
明日もこうして、俺と手を繋いでいられるかわからない。ここ最近は元気にしているから忘れてしまいそうになるが、まだ何も解決していないんだ。
だから少しでも、詰め込みたいんだな。
「……本当に大丈夫か?」
「ダイジョーブ!」
「さっきみたいに急に倒れたりしない?」
「シナイ! ガンバル! フニッ!」
ふにっ! とか言う妙ちきりんな気合の一声に乗せて、自分の頬を叩くエミー。
「アゥ……」
力加減を間違えたのか、涙目になっている。可愛い。赤くなった頬をぐにぐに触っている姿が激可愛い。
「わかった。もう何も言わないよ」
「アサヒー!」
ぎゅっとハグされた。地球がヤバいレベルで可愛いし、俺ってばチョロ過ぎる。
けどまあ、この様子なら大丈夫そうだ。あとは、俺がしっかりと見ててやればいい。
エミーの事、ケイトによろしく頼まれてんだ。エミーが頑張るってんなら、頑張り過ぎて空回りしないよう俺が支えてやらねえと。
「その代わり、少しでも具合悪くなったりしたら」
「アサヒニイウ!」
「それでよーし!」
「ワ!」
綺麗な金髪をくしゃくしゃと撫でてやると、驚きこそすれ嫌がるでもなく、されるがままにされてくれた。
「アサヒ……ウゥ……」
あー! 照れてるー! 照れてますよこの子ー! 珍しいーっ! いやー可愛い照れ顔マジ可愛いマジ好きどうしようほんと!
「これからはもっと撫でたり抱っこしたりしちゃうからな。 早く慣れるんだぞー」
「ウン……ガンバル……」
「……じゃあ行くか! まずは腹拵えな!」
「ハラゴシラエ?」
「美味しいものをいっぱい食べようって意味!」
「オオー! ハラゴシラエー! ハラゴシラエスルー!」
「おぉ!?」
ハイテンションを取り戻し、歯を見せて笑うエミーに手を引かれて走り出す。周囲の視線なんてなんのその。そんなもの、気にしている時間すら勿体無いのだろう。
少し、認識が甘かったかもしれない。
この子は、俺が思うよりもずっとずっとずっと、一日一秒を大切にしている。
それこそ、明日はないと、そう思っているのではというくらいに。
だからきっと。望んでこそいれど、この場所へまた来る事なんて、考えていないのかもしれない。
だったら、俺がしてやれる事なんて、決まっている。
俺がすべき事。したい事。してあげられる事。
それらを再確認しながら、ニコニコ笑うエミーに続いた。
* * *
すっかり日の落ちたイリュージョンランド。目玉の一つであるパレードも終わり、閉園時間目前の夢の世界は、閑散としつつあった。それでもなお騒がしい園内にあって、エミーは。
「ウニュ……クゥ……」
ほとんど寝ていた。
「大丈夫か?」
「ダイジョーブチガウ……」
「たくさん遊んだもんなあ」
「アソンダ……」
手を繋ぐというか、手を引かれているだけ。よたよたふらふらと足取りの頼りないったら。
それでもほんの数分前まではずーっとハイテンションだったかんな。そろそろ帰るかーって話をした途端にこうなったんだ。単純なエミーちゃんかわええ。
「まだ遊び足りないか?」
「ウン……」
頼りなく、迷いない答え。今日一日でエミーの好奇心を満たせなかったか。エモペン師匠のシマ、大した事ないっすね? それだけ奥深いって事なんすかね? 解釈は師匠の良きようにどうぞっす。
「なら、どうする?」
少し。いや、かなり意地の悪い質問になってしまった。けれど、聞いておきたいんだ。エミーの意思を。
「……マタクル」
「また来たいか」
「ウン。マタキタイ」
若干の逡巡。確かな肯定。
自分の事を誰より理解しているエミーがそう言うのなら。
「なら。絶対、俺が連れて来てやるから」
俺は、こうするだけだ。
「アサヒト……マタ……」
「おう。任せとけ」
これを約束と呼んでいいのなら、約束にする。後は、守ればいいだけ。簡単な事ではないのかもしれない。だからなんだってんだ。やってやりますとも。
「……アサヒ」
「うん?」
「オンブシテ?」
「ぐはっ!」
「ア、アサヒ!?」
「だ、大丈夫……大丈夫だから……おんぶおねだりが異様に可愛いかったもんで一瞬だけ意識が黄泉の国へこんにちはしただけだから……俺はパーペキに大丈夫だから……」
うそうそ全然大丈夫じゃねえマジで死ぬかと思ったなんだ今の破壊力血反吐撒き散らさなかった俺勇者だろ優勝だろいやほんと何でこんな可愛いの俺の彼女ヤバイよヤバイよヤバいよ……!
「ヨ、ヨクワカンナイ……」
「いやほんと大丈夫だから。おんぶ、おんぶな? そんなの余裕よ余裕。なんなら抱っこでもいいぞ? お姫様抱っこでも可だ!」
「ワ、ワカンナイ……ダッコ……?」
「おうおう! 抱っこってのは簡単だ! なーに! 俺に任せろ!」
「ウン……」
「よし行くぞーっ……そいっ!」
「ワ、ワワ!」
いきなり両足が空中に浮かされた事に驚いたエミーの可愛い声が耳を擽る。赤ちゃんとかにする抱っこをするとなんかいかがわしい事してるみたいでアレだから、あっちのスタイルの抱っこをする事にした。
「コレ、ダッコ?」
「お姫様抱っこってヤツだな!」
「オヒメサマ?」
「プリンセス、だな」
「プリンセス……ワタシ?」
「そ。エミーは、プリンセスだ」
何かがおかしいような気がするけど、何も間違っちゃいない。一つわかるのは、何でこんなに人多い中でこんな事やっちゃってんだろうなって事くらいだ。あと、結構腕に負担掛かるんだなーこれ。同年代の中では一際軽い方だろうエミーを抱いただけでこんなに辛いとは。
「ワタシ……オヒメサマ……」
「そうだよ」
俺にとってはさ。
ちょっと、身体鍛えようかな。自分の姫も抱いてやれねえ男に、男を名乗る資格ねえもんな。
あ。周りに見られるより恥ずかしい思考してるな朝陽くん!? 禁止! 恥ずかしいのは禁止ですー!
「ソッカ……」
華奢な腕を俺の首に回して、お姫様は目を瞑った。
「……アサヒ?」
周囲がガヤガヤ言ってるのを完全スルーしながら歩く事暫し。目を瞑ったまま、エミーが口を開いた。
「ワタシ、ユメデキタ」
瞬間、全身がぶわーっとした。
あのエミーが。夢なんかない。今が楽しければそれでいいと言っていたエミーが。
エミーがこう言ってくれた事、どれだけ嬉しかったか。
滲んだ涙を零さなかった事、褒めて欲しいくらいだ。
「……どんな夢?」
「ナガイキシタイ」
「……そっか」
「ソレデ、アサヒトミンナト、タノシイコトタクサンスル」
「おう」
「パパトママニモ、オレイシタイ」
「しなきゃな」
「ケイトニモ、タクサンオレイ」
「一緒にしような」
「アキラトユキノケッコン、ミタイ」
「俺もだよ」
「ミンナノ、シアワセ、ミタイ」
「ほんとにな」
「アサヒ、ユウメイニナル。ワタシ、ソレミタイ」
「見せてやる。必ず」
「アト…………ナンカタクサン」
「うん?」
「タクサン、ユメデキタ」
「そっか」
「ゼンブ……アサヒガクレタ」
「……全部叶えような」
「ウン」
俺が全部叶えてやるから。だから、全部教えてくれ。
そして、俺の夢を叶えてくれ。背中を押してくれ。
世界一有名な俳優になる。憧れの北村さんと共演する。
これは今までの夢。今の夢は、更にその上を行く。
俺の雄姿を、エミーに見せる。
そして。エミーを幸せにする。
夢が増えた。いや。重なった。
十八歳のクリスマス。後戻りの出来ない道へと踏み込んだ、聖なる夜。
* * *
正直、途方に暮れた。どうしたもんかとめちゃくちゃ考えた。財布の中身とも相談した。その結果、誰かの力を借りるのがベストだと判断した。
玲と由紀はデートそっちのけで勉強。拗らせ系童貞拓馬はケイトと一緒にふじのやでお仕事。蕗子も柚珠もそれぞれの彼氏とイチャイチャ。みんながみんな、自分たちなりのクリスマスを謳歌している。正直、頼り辛い。だもんで俺は半ばダメ元で、一人の男にSOSを発信した。なんたら推薦ってヤツですでに進路も決まっているもんで暇を持て余しているらしい同級生に。
「いつから俺は朝陽のアッシーになったんだろうね?」
「悪かったって。マジで感謝してる。おかげでエミー起こす事なく家まで帰れそうだ」
少し視線を下げると、規則的なリズムを刻む金髪が視界を満たす。エミーちゃん、爆睡である。本当に昨夜は眠れなかったんだなあ。そんなとこも可愛い。寝ながらだけど俺の手握ってんのも可愛い。果てなく好き。
「今回はロハでいいけど、次からは請求するからね。今日に関してはエミーの寝顔の可愛さに免じてって事で」
「ヒューッ。キザー」
「茶化すなよ。お礼は?」
「わーってる。ありがとな、海翔」
「どういたしまして」
素直に礼を言うと、ルームミラーに映る男は、眼鏡の向こうの目を細めて笑った。
「そういやお前、今日は何してたんだ? 彼女とデートとか?」
「よーしこのまま太平洋に突っ込むぞー明日の朝刊を三人で飾ろうねー」
「ちょ! マジでスピード上げんなバカバカ!」
「いないとわかってて茶化すような事言う朝陽が悪い。まだエミーとイチャイチャしていたいなら口には気を付けるんだね」
「は、はひ……」
「よろしい」
何その目しか笑ってない笑顔は。さっきの笑顔と温度差あり過ぎ。怖っ。
「結局なんだ、今日暇してたんか? ダメ元で電話したけどまさか家にいるとは思わなかったわ」
「電話掛かってくる少し前まで出掛けてたんだけどね。タイミング良かったよ」
「ダチと遊んでたん?」
「違う。ナンパ」
「……あっ、そう」
「今日は渋谷まで出たんだけどね……どうにも俺好みの子に出逢えなくて…………どこにいるんだろう……俺好みの児ポ法全然問題なし系童顔巨乳お姉さんは……」
涼しい顔して何言ってんだこいつ。そんなんだから彼女の一人も出来ないんじゃ。羨ましいくらいモテる癖に!
こいつの名前は海翔。桃瀬海翔。やっぱり俺らの団地の三号棟育ち。春先に免許を取ってからというもの、親の車をあちこちに転がして遊んでいる暇人である。
運動神経抜群。勉強もメチャ出来る。その上メチャイケメンな、小さい頃からモテモテボーイ。最近の趣味はドライブ。親父さんの車に乗ってあっちこっちへゴーゴーしている。買い物行くから連れてけと、特に蕗子にアッシーにされている率高し。あと結構なマンガ好きだったり。その辺り柚珠と話が合うらしく、ふじのやでオタクトークに花を咲かせる姿をちょくちょく見かけたりする。
そんな海翔くん、少し女性の趣味が変わっているというか、良いように言えば、拘りが強いというか。
一つ。同い年かそれ以上である事。二つ。低身長である事。三つ。童顔(海翔基準)である事。四つ。巨乳である事。五つ。頭脳明晰である事。六つ。酢豚にパイナップルはノーである事。七つ。きのこ派である事。八つ。これはオプションみたいなもんらしいが、眼鏡が似合う事。
これらが、眼鏡系男子海翔くんの、絶対に妥協出来ない彼女ハードルらしい。これ別に、俺たちが勝手に言ってる事じゃねえからな? 海翔自身が言ってる事だからな?
「少しは基準緩めたらどうだよ……」
「バカ言わないでくれ。一度きりの人生なんだ。性癖を妥協なんて勿体ないじゃないか」
「お前やっぱどっかおかしいって」
「それでも結構さ。俺は股間に正直に生きると決めているんだ」
「なんかカッコよく聞こえちまうのおかしいんだよなあ……」
「俺の事とやかく言うけど、朝陽だって似たようなもんだろ?」
「いやふざけんなテメーこらエミーのどこに胸があるってんだ適当な事抜かしてっとそのまま太平洋に」
「違う違う。そういうことが言いたいんじゃないよ俺は」
「じゃあなんだってんだよ?」
「出会っちゃったんだろ?」
「何に?」
「一秒たりとも目が離せない子に」
「…………まあ……」
「俺もそういう子に出会いたい。それだけの事なんだよ」
「……どんなにカッコつけても性癖に問題ありなのは間違いないからな」
「カッコいいのは間違いないだろ?」
「ナルシスト」
「客観的に自分を見れているだけだよ」
肩を揺らして笑っている。食えねえヤツだ、ほんと。股間がーとかいきなり言い出すからミスコンで玲に勝てねえんじゃねーのお前さんはよ。
「エミー、調子悪いとかじゃない?」
「良好良好。遠足前日あるあるでおねむなだけだから」
「あー夜が長いアレか」
「そ。だから今日のは別に。最近は元気そのものだな」
「じゃあ今日は遊び疲れたんだね」
「ずーっとはしゃぎっぱなしだったからなあ……」
「楽しかった?」
「つまんねえ事聞くなや」
「バカップル」
「由紀と玲で学んでねーのか。褒め言葉なんだよそれ」
「だったね。結婚だもんね、あの二人は」
「まさか過ぎるけど、まさか過ぎなくもないんだよなー」
「意味わかんないよ」
「俺もわかんねー」
「なんだそれ」
しばらく動いていない車内に海翔の笑い声が響く。どうやら渋滞に捕まったらしい。
「朝陽はさ、どうするの?」
「何が?」
「エミーとの事」
「どこまで先を見てるの的な話か?」
「そ」
「どこまでも先を見てるが?」
「具体的には?」
「俺とエミーが思い付いた事は全部やってくって決めてんだ。そういう話は出来ねえな」
「あっそ」
「露骨につまんねーなコイツを態度に出すのやめてくれない?」
「卒業したら結婚くらいブチ上げて欲しかった感はあるもんでね」
「んなもん俺らのペースでやってくっつの」
「ま、それもそうか。何にしてもまずは、三月の舞台だよ、朝陽」
「わーってるよ……」
三月の上旬。所属する劇団で、舞台をやる事が決まっていた。すでにキャストも固まっていた。しかし。主役の方が、家庭の事情により劇団員としての活動を休止せざるを得なくなってしまった。
突如空いた大きな穴。その穴を埋めるべく選ばられた人材が、まさかの俺。他にもたくさん人はいるってのに。
「何? 実は乗り気じゃないとか? それとも不安とか?」
「んなわけあるか。むしろノリノリだっつーの。今から楽しみで仕方ねえ。つーか不安も何もあるか。元から大したもん詰め込めてねえんだからよ。まだ始まったばかりなんだ。全部これからなんだよ」
そう。まだまだこれから。登壇に向けた本格的な稽古に入ったのだってほんの数週間前だ。まだまだ、俺はここから良くなるぞ。良くなるんだ。
「それもそうか。頑張ってね、未来の大スター様」
「今のうちにサイン書いてやろうか?」
「バーカ」
「うるせーロリコン」
「何度言ったらわかるのかな朝陽は。俺はロリコンじゃなくて、ロリっぽい属性を持っている子が好きなの。わかる?」
「あーはいはいわかったわかった。いいから前見て運転してくれ」
「いいやわかってない。朝陽のわかったわかったがわかってた試しなんてないんだから。この際だからもう少し俺の思う女性の黄金比を解説してあげるよ。まずは」
あーダメだこりゃ。スイッチ入っちまった。適当に聞き流すかー。
俺には理解出来ない性癖トークを聞き流しながら、考える。
エミー、俺たちの舞台、観に来てくれるかな。もし来てくれたら、その時は……。
「……何て言ってくれんのかな……」
俺の女々しい囁きに、返事なんかあるわけがない。けれど。エミーの手が、俺の手を握り直してくれた。
「……頑張るよ」
ガンバレ。
言われた気がした言葉に答えて、俺には理解出来ないロリトークから逃げるよう、目を閉じた。
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