「たいようのものがたり。5」

 文化祭二日目は最悪なスタートになったと言ったが、そこまでじゃないかも。


「アサヒ! ドーダ!?」


 結構……いやいや! 超最高なものを見せてもらえたからね!


「あー」

「アサヒー?」

「あーあー」

「アサヒ! アサヒー!?」

「あーあーあーあーああぁぁぁあー!」

「アサヒウルサイ!」


 なんで怒るの!? どーだ!? って聞かれたから素直な感想を述べただけなのに! あ! 感想になってねーからか! じゃあ感想? 感想を言うぞ? いいんだな!?


「え……っと…………可愛い……ぞ……」

「エヘヘー! ワタシ! チョーカワーイイ! イチバーン!」


 作ったピースを天高く掲げるエミーさん。チラリとお腹が見えましたエッチですエッチですとてもエッチ可愛いです好きです。


「ネーネーケイト! ケイトハー!?」

「ちょ、ちょっと、押さないで……!」


 エッチなエミーに背中を押され、ケイトさん現る。感想を求められているらしい。


「…………いいな………超似合ってる……」


 いやふざけんなこれが精一杯じゃ。なんなんだ、このケイトって女。どうしても他の言葉を用意しろって言われたら、エロい以外に出て来んわ。なんでこんなエロいんだ。こんなん歩くエ六法全書やんけ。エミーや他の連中と同じ格好、同じ服装なんだよな? こんなんおっかしいやん。


「ありがとうございます。う、うぅ……」

「ど、どうした?」

「あ、いえ……別に……」


 バツが悪そうに目を伏せエミーの背後に回るケイトさん。俺はとっくに気付いてんぞ。サイズが微妙に小さめなんだろ? だってめっちゃぱつんぱつんやし。お胸のとことかぼいんのとことかおっぱいのとことかが特に。なんちゅーエロさだエロマシーンかエロテロリストかお主は。ブラウスのボタン飛んだりしないだろうか。朝陽心配。守護ってあげたいなぁー!


「いい反応だなあ東雲」

「はあ!? 反応なんてしてねーし! べべべ別に前屈みになんて」

「その反応じゃないわアホか」

「あうっ」


 俺のクラスの担任、やっちゃんのデコピンが額に炸裂。いや、痛くね? デコピン強くねおじさん?


「愉快なツラだ。わざわざ持ってきた甲斐もあるわな。俺に感謝するように」

「……持ってきた?」

「ああ」

「やっちゃんが?」

「そうだな」

「つまりこれらはやっちゃんの私物って事だから…………いや! なんて変態的な趣味いったぁ!?」

「殴るぞ」

「もう殴ってる!」


 ぐーで! ぐーで殴った! 頭をぐーで! ちょっとちょっとーPTAのおばさま方ー! ここに野蛮な教師さんいますよー!


「気が利いてるなあって感謝する所じゃないのかね、東雲くんよ」

「くぅ…………やっちゃん」

「なんだ? あとやっちゃん言うな」

「俺……やっちゃんの教え子でよかったって心から思ってるよ……」

「教師冥利に尽きるセリフをこんな形でもらう俺って……」


 何ヘコんでんだが知らんけど、本当に感謝してんだよ。


「ミンナトオソロー!」

「お揃い、ですね」


 二人共、嬉しそうだからさ。


 初日と違い、一般公開される文化祭二日目。って事で大手を振って参戦した金髪二人は、まさかまさかの川ノ宮高校の制服着用での参戦。こんな格好で来るなんて予想もしてなかったからさ、二人と合流した瞬間変な声出しちまったわ。いつの間にこんな物仕込んでたんだ眼鏡の似合う国語教師はって事で、現在取り調べ中。


「その制服はそのまま持って帰ってくれていい。俺からのプレゼントって事で」

「オー! ヤッチャン! デブッパラ!」

「ノーですエミー。正しくは、太っ腹です」

「ナンデモイー! アリガート! ヤッチャン!」

「本当にありがとうございます。弥一郎」

「どういたしまして」


 二人からのお礼に、眼鏡の向こうの細目を更に細くして笑っている。やっちゃんな、いい人っつーかさー頼れるアニキなんだよなーほんと。相変わらず二人の日本語も見てくれてるし。頭上がんねえよマジで……。


「せっかく遊びに来たんだ。楽しんで来るといい」

「ハーイ!」

「はい…………あの、朝陽?」

「うん?」

「その…………由紀は……どうしてますか?」

「ブチ切れてる」

「そうですか……」

「ユキ、オコテル?」

「だなあ……」

「なんかあったのか?」

「……玲の事」

「ああ、山吹絡みか…………どういうつもりなんだあいつは……連絡も寄越さないで……」


 やっちゃんの表情が強張る。エミーとケイトは暗くなる。由紀に至ってはキレ散らかしてるし。それ以上に不安になってるし。なんて罪な事やらかしまくってんだ、あのバカ。


 一昨日から、玲が学校へ来ていない。もっと言えば家にも帰っていない。携帯なんて持ってねーもんでこっちから連絡の取りようがない。玲からの連絡を待つしかないってのに、玲の家にも俺らにも一切連絡がない。


 今までだってあいつが夜遊びに出る事は何度もあったけど、家族や由紀には事前に一言入れていた。しかし今回はそれがない。玲が今どこで誰と何をやっているのか、本当に誰も知らないのだ。


 それにしたって日が悪い。昨日今日が文化祭だってのももちろんある。由紀が言うには、玲と二人で回る約束をしていたらしい。それを破ってるってだけでポイント低いのに、負けじとポイント低い要因がある。


 山吹玲くん、昨日が誕生日だったんだよね。晴れて十八歳になってピンク色の暖簾の向こうに行けるようになったんだわ。いや厳密にはなってねーんだけどさ。


 誕生日ってのは誕生した本人だけじゃなく、周りのヤツらにも特別なもんだ。そんな日に出来る女由紀が祝う準備をしないわけがないじゃん。手作りケーキだなんだをあいつにバレないように支度する由紀はずっとご機嫌だったさ。しかし玲は帰らず。それでも、何も聞かされていない由紀はずっと……あとはもう想像で補ってくれ。思い出すだけでこっちも辛くなるくらいなんだ、昨日の由紀の様子は。


 それに、あいつの誕生日以外にも、ちょっとしたイベントがある予定だったんだ。それは今は置いとくとして。


 そんな一昨日から昨日を経て、由紀の不安は苛立ちに姿を変えたらしく、今朝からずーっと機嫌が悪い。今まで見た事ないくらいキレている。マジで怖い。なんとかしろやバカ玲テメーどこで何してんだコラ。ってのが今の状況。


「ほーんとやんちゃ坊やなんだからー玲くんはー。まあほっときゃいいよ」

「心配じゃないのか?」

「バカでヤンキー擬きでヘタレだけど、悪い事するヤツじゃないからね。直ぐ帰ってくるよ」

「だといいんだが……」

「ま、気にしててもしゃーなし。由紀も切り替えて遊んでるし、俺らも遊ばなきゃ!」

「アソブアソブー!」

「言ってる事は理解出来ますが……」

「一番気にしてる由紀が気にしないよう頑張ってんだ。俺らが思い出させるような事するわけにはいかんだろ?」

「……そうかもしれませんね……」

「って事で遊ぶぞー! あ! おばけ屋敷行こおばけ屋敷! 結構出来がいいって評判なんだぞー!」

「オバケ? オバケ……」

「あれ? エミーはおばけ苦手か?」

「ニ、ニガテチガウ! ヨユー!」

「ほほーう……なら行こう今すぐ行こう何回でも行こう!」

「エ」

「だっておばけ余裕なんだろ? なら何回入ってもいいじゃんか。な?」

「ウ、ウーッ……」

「性格悪いです、朝陽」

「お茶目な性格って言って欲しいなあ。とにかく行くぞ! れっつらごーごー!」


 あわわあわわスペシャル可愛いエディションを披露するエミーの手と、なんかちょっと冷めた目をしたケイトの手を取って出発進行。この二人を楽しませるっつー大事な役目が俺にはあるのだ。あのヤンキーの事ばかり気に掛けていられないのだ。


 だから、全力で楽しんでやったさ。二人を連れて、由紀や蕗子を始めとしたダチ連中と連れ立ったりもして。みんなに紹介したよ、俺の家に住んでる二人なんだぜって。


 そしたらまあ、瞬く間に人気者よ二人共。容姿はもちろんキャラも人当たりもいい二人だ。男女問わずにチヤホヤされまくり。俺はというと、ハーレム王にでもなったつもりか調子に乗るなだなんだとボロクソよボロクソ。男の嫉妬は見苦しいぞぉー?


 そうして遊び回った文化祭は、本当あっという間に終了……しなかった。


 閉会を告げる放送が入り、全員が各々の教室に集まり、明日からの片付け等々の話をざっくりして。さあ解散って所で、空気の読めないあの男が。ちゃっかり今年のミスコンでグランプリに輝いていやがったあのイケメンが。ノコノコとやってきたのだ。


「玲……!」


 人、それを、修羅場と呼ぶ。


* * *


 空気ってさ、重さあるんだっけないんだっけ? なんかよくわかんねえけど、今は確実に重いな。それもスーパー重いハイパー重いウルトラ重い助けて死にそう。


「ちょっと玲! 玲ってば!」

「うるせえなあ……」

「うるせえなあじゃないでしょ! あんた一体」

「だからうるせえって。お前は声がデカすぎんだよ、蕗子」

「ちゃんと話聞かないあんたが悪い!」

「聞こえてっから答えてんだよ。お前がうるせー事と関係ねー。適当言うな」


 祭りの後の昇降口前は、なんとも険悪な雰囲気に包まれている。その元凶たる今年のミスター川高とミス川高、玲と蕗子は、周囲の視線などどこ吹く風で睨み合っている。


「そういうとこがいつまでもガキなのよあんたは! 昔からちっとも変わんない!」

「お前に言われたくねえわ」

「フキコ! アキラ! ケンカ! ダメ!」

「あんたは黙ってて!」

「お前は黙ってろ」

「ア、ハイ。マジゴメンナサイ」


 ケンカを嫌うエミーちゃん、押し合い圧し合いに割って入ろうとするも瞬殺。合掌。


「ア、アサヒィ……フタリ……コワイ……チョーヤバ……」

「頑張った、頑張ったなエミーちゃん……」

「今は二人に話し掛けない方が……」


 半べそで俺とケイトの元へ戻ってくるエミーちゃんの泣き顔があまりにも可愛過ぎるもんで慰めるのやめよかなとか考えちゃう俺は悪い男でしょうか?


 ケイトの言う通り。今俺たちが割って入ったって火に油。この場の雰囲気を変えられる人材はあいつだけ。あいつの恋人で、あいつの親友である、あいつだけ。


「来い……早く来い……!」

「皆が待ってます……どうか早く……」

「ユ、ユキー! ユキーッ!」

「エミー? 呼んだ?」


 キタ! 救世主キタ!


「っていうか何この騒ぎは。って、蕗ちゃん? 何して…………玲……」


 主役は遅れてやってくる! 俺、玲、蕗子とは違うクラスの幼馴染。この雰囲気をなんとか出来る唯一の女が、遅ればせながらリングインだ!


「由紀……」

「やっと来た……このバカ、ついさっき学校来たの」

「そうなんだ……」

「そのくせ何も」

「待った、蕗ちゃん」

「…………わかってるって……」


 あとは任せてと、あとは任せた。通じ合っている二人ならではのバトンタッチを済ませ、由紀が玲の前に立った。


「今までどこ行ってたの?」

「…………遊んでた」


 バツが悪そうに視線を反らしながらではあるけど、ちゃんと答えよった。どんなに詰め寄られても蕗子には絶対答えなかったくせに由紀にはあっさり答えちゃう玲くんから飼い慣らされたワンワン感漂ってません?


「誰と?」

「三高のヤツら」

「一昨日からずっと?」

「そう」

「悪い事とか」

「するわけないだろ」

「タバコとかお酒とか」

「誰も触ってなかった」

「誰かとケンカしたり」

「してないから」

「ほんとに?」

「本当」

「……………ならよかった」


 大きく息を吐きながら破顔する由紀。てっきりキレるもんかなあと思ってたもんで、俺らも面食らっちまった。


「ならよかったって、全然よくないじゃん! なんで由紀は笑ってられんの!?」


 苛立ちをを隠そうともしない蕗子が叫ぶ。まあわかるけどさ、ちょっとは落ち着こうや。由紀が頑張って場を収めようとしてくれてんだからさあ。


「いやーこのバカが悪い人に連れられて何かやらかしたりとかしてたらどうしようとか、悪い方向の想像ばっかりしちゃってたから。すっごい平凡な理由でちょっと安心しちゃったっていうか毒気抜かれたっていうか……」

「それはわからないでもないけど……でもここは怒る所だよ。絶対そう。じゃないとまた平気で同じ事するよこのバカ。指摘されたって同じ事平気でするバカなんだから」

「そうかもだけどさ……安心の方が大きくて…………ちょっとね……」

「だからって」

「蕗ちゃん」

「…………わかったわよ……」


 朗らかに笑う由紀に諌められ、剥き出しの牙をようやく隠す蕗子。それでも変わらず目付き悪い怖い何この女強い怖い。仮にもこのガッコで一番可愛い女の子って称号を貰ってるんだからもう少しお淑やかな姿を見せて欲しいのだけれどー?


「とりあえず帰ろうよ。あ、あたしたちだけで打ち上げする? カラオケ行かない?」

「い、行く! 行こうぜ! っていうか行くしかないっ!」


 蕗子への問い掛けに、横からぐわっと飛び付いた。重たい空気をダイエットさせるにはここしかねえと思ったからな!


「わ、私も、行ってみたいです」

「ハイハーイ! ワタシ! イキタイ!」


 ケイト&エミーも乗っかってくれた。うーん! 空気の読める女の子たち! 流石! 可愛いっ!


「蕗ちゃんは?」

「……行く」

「うん。玲は」

「俺は」

「行かないなんて言わせない。あんたは強制参加」

「なら聞くなよ」

「あたしが言い切るより先にそっちが口挟んだだけ。ほら行くよ」

「……了解」


 お、従順じゃーん。由紀を怒らせている自覚はあるんだな。なら怒らせないようちゃんとしてくれよって話なんだけども。


 学内屈指の有名カップルである玲と由紀がなんか丸く収まった風になった事で、徐々に普段の喧騒が昇降口に戻ってきた。折角のお祭りなんだ! 変な雰囲気のまんまじゃ終われないもんなー! 誰かもっとバカみたいにデカイ声で話してくれたりしてもいいんだぞー!? 俺には出来ねえけど!


「っていうかさーせめて昨日は帰って来なさいよねー」


 由紀の口調が軽くなった。うんうん、いいこったいいこった。


「なんで?」

「なんでって、昨日はあんたの誕生日だったでしょーが。みんな呼んでパーティするんだって話してたのに遊んでんじゃないっての」

「ああ、そういや昨日だったか」

「……え?」


 玲と並んで昇降口から出ようとしていた由紀の足が、ピタリと止まった。


「忘れてたわ」

「…………そうなんだ……」


 瞬間、空気がヒリついた。


「…………あ。そうだ、玲」

「なんだっっ!?」


 その空気の中を、乾いた炸裂音が走り抜けた。校舎の隅々にまで届いていそうなその音に耳と目を奪われ、付近にいた全ての人間の足が止まってしまった。多分玲に飛びかかろうとしていてのだろう、蕗子でさえ。


「いってえし! は? いきなりビンタとかお前何考えてんだ!?」


 左の頬を真っ赤っ赤にし、らしからぬ大声を上げる玲。うちの学校で一番のイケメンの顔にどデカイ紅葉を作った張本人は、肩を震わせていた。


「何考えてる? そんなの……こっちのセリフでしょ……」

「だから何が!?」


 ああ、これはマジで気付いてないヤツですね。あーね、玲くんね、モテるんだけどね、鈍感なんですよね。女心とかね、まるでわからないヤツなんですよね。


「言ったってわかんないでしょあんたは」

「言われなきゃもっとわかんねえし」

「そうだね。その通りだね。本当にわからないんだね、あんたは。昔から全然変わらないよねほんと……ほんっと腹立つ……あーもう……ごちゃごちゃしたくなかったのに……」


 ああ、わかった。由紀はきっと、家まで持ち帰るつもりだったんだ。このイライラと、玲を問い詰めるのを。持ち帰って、二人だけのケンカにするつもりだったんだ。ほら、今はみんなが見てるからさ。


「だから何の話を」

「でも、そういうあんたに惚れちゃったのはあたしだから、多少鈍くたって許容出来るし、迷惑掛けられてたってバカだなあって笑ってられるよ。けどさ…………」

「お! わ!?」

「忘れてたって言われんの、シンプルにめっちゃムカつくわ」


 や、あの、由紀さん、玲の胸ぐら掴んでんだけど? えっ、あ、怖い、です。男勝り、ですはい。ほら見ろや。ケイトはアワアワし始めるし、エミーに至っては俺の腰に腕を回して震え始めてるんですが? ちょっと役得だなとか思ったり思わなかったりしちゃっててごめんなさいね本当に!


「忘れちゃいけない事、あったでしょ。今年のあんたの誕生日はあんただけの記念日にしないって話したはずでしょ?」

「だ、だから何が!?」

「毎年やってるよね? あんたの誕生祝い。しかも今年は事前に約束もしたよね? あんたの誕生日祝いやって、本格的に朝陽のとこで暮らし始めたエミーとケイトへのお祝いも一緒にやるって約束したよね?」

「…………あ」

「ああそう、今思い出したの。あっそ」


 マジで本当に思い出したらしい。こりゃあマズったなあ玲くん。


 由紀の言う通り、玲の誕生日にかこつけて、ただの宿泊者から家族未満居候以上の何かにランクアップしたエミーとケイトの事を祝おうって、二人に内緒で話してたんだよ。せっかくのお祭り騒ぎを起こせる口実だってのに、文化祭の準備だなんだで忙しくて何も出来てなかったから。


 だもんで昨日は、結構大掛かりな事を計画していた。しかし、仕掛け人であるはずの玲が帰らないもんで、結局お流れにしてしまった。由紀お手製のケーキはまだ、冷蔵庫で眠ったまま。


 なんだそんな事かって思うヤツもいるかもしれないが、俺たちにとっては一年に一度きりの事なんだよ。そんな日が大切なのは当たり前の事だろ?


「……わ」

「いいよ、謝らないで。そんなの今更求めてないから。あんたがそういうのダメダメな事はわかってるから。だいたいあんたは……あんたはもう…………ほんとにもうっ……!」


 胸ぐらを掴んでいた手が、玲の胸板を叩き始めた。謝罪って選択肢を切り捨てられてしまった玲は、黙り込むばかり。


「心配ばかり掛けて……好き勝手して……やる事なす事彼氏っぽくなくて……いっつもあたしは置いてけぼりで……あんたにとってのあたしってなんなの……あたしはあんたの世話係とかじゃないのに……マジでなんなの……なんなのよ……!」

「由紀……」

「いや、聞きたくない。上部だけの言葉なんて気持ち悪くてヘドが出る」


 ヘドが出るとか女の子が言わないの! 由紀さん時々ブッとんだ事言うから朝陽くんハラハラしっぱなしですよ!?


「もうやだ。なんなのこれ? なんであたしらケンカしてんの? なんでこんな事になっちゃうの? 彼氏彼女っぽい事なんて全然しないし、つまんない事でケンカばっか。デートの回数よりケンカの回数の方が多いって、こんなの絶対おかしいよ。こんな事したくないのにさあ……」


 段々トーンダウンしていく由紀。さっきとは別種の空気の重さに胸の中がざわざわして喉がざらざらする。見てるこっちが辛いのですが。


「…………ああ、そうか…………そうだ……もういいや…………やめればいいんだ……」

「や、やめる?」

「うん、やめる。こんなの終わりにしよう。中途半端にしてんのがいけないんだ。そうだ、そうだよね……」

「やめるって……まさか……」


 何かに気が付いたらしい玲くん、慌ててますよがまるで隠せてないくらい狼狽している。話の流れ的に、もう二人は…………いやいや! 流石にそれは俺と蕗子のツートップを中心に全力ストップの方向だぞ!? いくら玲がヘタレで女心が読めなさ過ぎるポンコツ野郎だからって、二人の関係が終わるとかそういうのは望んでねーんだからなマジで! クッソベタな話だけど、大きくなったら結婚しようねとか言い合ってたじゃんかちびっこかったお前らさあ!


「ちょ、ちょっと待った! それは」

「うるさい聞け。もう知らん。もう決めた。だからやる。後悔なんてしない。させてやるもんか。決めたんだからね……!」

「き、決めたってなにってぇ!?」


 音は小さいけどやたらとキレがいいもんでさっきの一撃よりもずっと痛そうに見えるビンタを叩き込んで、再び胸倉を掴む由紀。格闘技のプロか何かかな由紀さんは!?


「うるさい。いいから聞け。返事は?」

「はいっ!」

「……玲」

「はいっ!」

「あたしと結婚して」

「はいっ! は…………は、い?」


 玲。俺に蕗子にエミーにケイト。その他大勢らも首を傾げている。や、それ以外出来なくね? なんか言うとか、無理くね?


「何? 嫌なの?」

「い、嫌とかじゃなくて……だな……」

「何よ?」

「その……別れるとか……言われるもんかとばかり……」

「はあ? バカ言わないでくれる? あたしがどんだけ玲の事好きだと思ってんの? 舐めんじゃないっての」

「は、はふぅ……」

「変な声出すな。って事で決まり。これでもう、無責任な事出来なくなったでしょ?」

「え? や……いきなり過ぎて」

「返事は?」

「はいっ!」

「よろしい。ただし、ここ数日の事は一切許してなんかないんだからね。穴埋めはちゃんとさせるから。それと、いつまでもチンピラ気取りのちゃらんぽらんしてないでちゃんと勉強して大学行け。そんでいい会社に勤めてあたしに楽させろ。わかった? わかんなくてもいいや。そうして。っていうかしろ。返事ははいかイエスか任せてください以外受け付けない。ほら、返事は?」

「は、はいっ!」

「それでよし」


 大きく息を吐きながら頷いて、ようやく由紀の表情が和らいだ。しかしながら、昇降口の話題を独占しているバカップル以外、誰一人として口を開けないままだ。


「とにかく帰るよ。話の続きはい…………えで…………あ……!」


 恐らくだが。由紀さん、今になってここがどこであるかを理解したのではなかろうか。さっきまでプッツンファイヤー状態でまるっきり周り見えてなかったみたいだから……。


「え? や、あたし…………あ、あのっ! これは……えと…………えっと……!」


 全方位に向けて弁明を始める由紀さん、お顔真っ赤も真っ赤、ちょー真っ赤。はあ? なんだよこの可愛い生き物。


「ど、どうしよ……どうしよどうしよ…………ね、ねえ蕗ちゃん! あたし……!」

「…………由紀」

「う、うん!」

「…………大胆なプロポーズしたねえ……」

「プ、プロッ? へ? え? あ? あ、あっ、ああ…………ああああっあっあぁぁぁああああぁぁああ!」

「あ! 逃げた!」


 蕗子のダメ押しを受け、遂に恥ずかしさに堪え兼ねた由紀さん、校舎の外へと全力ダッシュ。あいつ、スプリントのフォームあんなに綺麗だったかなー。


「玲! 追っかけなさい!」

「お、俺!?」

「お前以外!」

「誰がいんの……よっ!」

「いってえ!? おいこのクソアマ! ケツ蹴るんじゃ」

「いいからはよ行け!」

「いいからはよ行け!」

「わーかったわかったよチクショー!」


 俺と蕗子に押っ立てられ、とっくに見えなくなった背中を捕まえるべく、ダメ男は走り出した。そして、ダメ男の背中が見えなくなって数秒後。


「な、なんだよ今の!?」

「理解不能! 理解不能っ!」

「目が離せなかったんだけど!」

「私息してたっけ!? ていうか今は出来てんのこれ!?」

「なんかすげーもん見せ付けられちまったなあ!?」

「お似合いだよねーあの二人!」

「これは伝説だろ!」

「後輩たちに伝えてかなきゃな!」


 何かが爆発したかのように一気に盛り上がり始めちまった。あーあ。明日からイジられまくるんだろうなーあいつら。まあ自業自得さね。散々弄ばれて恥ずかしい思いすればいいさ。


「ねーねー朝陽ー」

「ん?」

「わっかないんだけどさー」

「んー」

「なんであの子がうちの学校のミスじゃないの?」

「マジでそれ。なんで由紀じゃなくてお前みたいなおっさん臭いヤツなんだろうな?」

「なんだとー!? あたしの事バカにしてんのかコラーっ!」

「フったのお前だろ!? 痛い痛いギブギブマジギブだから!」


 情け容赦のない絞め技を左腕に決めるのやめてもらっていいかな蕗子さん!? めちゃくちゃ痛いからさあ! あんたご自慢のデカパイの感触楽しむ余裕もないのよね! そもそも由紀はお前と違って周りにどう思われてるとか気にするタチじゃねえのよ! 玲もそうだけど! どっちの考え方がいいとか悪いとかそういう話じゃなくて!


 由紀は、玲にとってのミス。それでいいんじゃねーの!? って思うんだよね!


「アサヒー! アサヒイタソー!」


 俺にとってのミスが、エミーであるみたいに、さ。


* * *


「あー喉痛え……」

「アサヒ! ウタジョーズ!」

「鮫の話?」

「ウン?」

「あーごめんなんでもない。くだらんボケねじ込んでみただけだけ。ちゃんとわかってるから。褒めてくれてさんきゅ」

「ウンウン!」


 ニコニコのままコクコクするエミーの金髪を、児童公園を駆け抜けた夜風が踊らせる。勝手気儘な金色のダンサーたちを左手で抑え込む所作がグッド。可愛らしさとは違う、なんかこうドキッとくる仕草だなあ。いやはや好き好き。


 川原町団地から最も近くにある、一番大きな部屋でも八人入れるかどうかってくらいの規模のカラオケ屋が、由紀さんが選んだストレスと恥ずかしさ解消の場所。やけくそかってくらいシャウトする由紀と、逃げる事を許されない玲のバカップルが狭い空間の話題を独占。誰かが露骨に弄るとかってのは特別してないのに、勝手に照れたり自爆したり。なんかもう、何をやってもおもろい状態。何しても笑いになるとか強過ぎる。


 そんな二人に笑かされたりなんだりではしゃぎ過ぎたエミーを休憩させる為、一度店の外に出たのだ。もちろん、二人きりになるようタイミングを見計らってな。今頃ケイトさん、うるさいバカップルと蕗子らに絡まれてえらい目に遭ってんだろうなあ。もーちょい踏ん張ってくれぃ。


「どうだ、楽しいか?」

「ウン!」

「ならよかった」

「アキラトユキ、チョーナカヨクナッテ、シアワセニナッタ!」

「なったなあ」

「ウレシー!」


 自分の事のように喜ぶエミーほんと天使。何この可愛い生き物ぉ。俺もなあ、この子と幸せになりてえなあ。


 なんてこっちも盛り上がってしまっているけど、由紀の望んだ通りになるかどうかはこれから次第。両親と一切話さずなんてわけにはいかんもんなあ。ま、あの二人なら上手くやるだろうさ。


「ソーソーアサヒアサヒー」

「うん?」

「ユキトアキラ、ケンカシテルトキ、アサヒ、シンパイソージャナカタ?」


 お。よくもまあ気付くもんだなあ。


「あーうん。実はあんまり」

「ナゼー?」

「だって、あいつらだもん。ちゃんと仲直り出来るって知ってるから」


 もちろん焦ったし慌てたしドキドキしたけど、あいつらなら大丈夫だろって思ってたりもしてたんだ。


 どんなにケンカしようと、玲と由紀だしさ。遠慮なくケンカする事が上手くいく秘訣なんて言っちゃうヤツらだし。


 昨日一昨日どこで何をしてたとか、知らない事はいっぱいあるけど、知ってる事だっていーっぱいあるんだ。だから、あいつらなら大丈夫じゃねーの、ってね。


「ソーナノ?」

「そうなの。これは豆知識だけど、ケンカするほど仲が良いって言葉が日本にはあるんだ。覚えとくといい」

「ジャア、ケンカシナイエミートアサヒ、ナカヨシチガウ?」

「そんな事ないぞ。俺とエミーは超超超超仲良しだ」

「ウ、ウーン?」


 頭を捻るエミーちゃん可愛すぎ問題。まあ難しい言葉だよなー実際。ケンカの数だけ仲直りをしてる、とは限らないからね。


「勉強すればすぐにわかるようになるよ」

「スル! ベンキョー!」

「おうおうしろしろ超超しろー」

「ウン! ア! アノネアノネ!」

「どしたー?」

「ワタシ、ベンキョーシテ、オボエタ」

「何を?」

「ツキアウノ、イミ」

「ひゃっ」

「アサヒー?」


 ドキッとくる話題に気持ち悪い声が漏れ出てしまったぞ。いかんいかん。


「や、大丈夫。俺、元気」

「アサヒトワタシ、ツキアッテナイ」

「で、ですね……」


 あーうん。わかってたよ。つーか今日までなあなあにしてきた俺が悪いんだわ。わかってんだわ。


「ウン。デモ、ワタシ」

「うん……」

「アサヒ、スキ」

「……うん!?」

「ウン。ダイスキ」


 好き。大好き。敢えて斜に構えた見方をするが、これらはエミーの口癖である。二日に一度は俺だったりケイトだったりに言ってるからな。


 俺も聞き慣れているし、エミーも言い慣れている。だから、何一つ動揺する事なんてない……はずなんだけど。


「……トッテモ…………ダイスキ……」


 なんか、いつもと違う。


「お、おう……」

「ウン…………ソウ……」


 柔らかな感触が、俺の手の甲に重なった。ハッとして、確かな熱をくれた女の子の顔を見ると。


「顔真っ赤だな……」

「ウ、ウゥ……」


 絶賛大ハッスル中の由紀に負けず劣らず頬を染め、口をもにょもにょさせていた。


 そうそう。そうだった。この子は、世界で一番可愛いのは自分とか言っちゃったりする、人一倍の目立ちたがり屋さんだけど、人一番照れ屋さんだったりもするのだ。


「ダ、ダカラ…………ワタシ、アサヒ、ツキアイタイ」

「じゃ、じゃあ!」

「デモ」

「で、でも?」


 もにょもにょと動かしていた口を真一文字に結んで、目を伏せてしまった。


「ワタシ……ゲンキジャナイ。ワタシ、ヨワイコ。イッツモゲンキ、ムリ。ダカラ……」

「だから、なんだってんだ」

「エ?」


 だからの後に続く言葉が先読み出来た。いや、違う。だからの後は、何の言葉も用意出来ずにいたんだろう。きっと、言いたくないから。それならば、俺が。


「いいんだよ。そういうのは。遠慮なんてすんな。大丈夫なんだからよ」


 全部なんて抱えられない。俺にはエミーを取り巻く全てを解決なんて出来やしないから。大丈夫な事なんてない。何をしたって無責任になってしまう。


「ダイジョーブ?」

「おうよ。俺がエミーを、いっつも笑顔でいさせてやるから。だから大丈夫」


 それでも。これならば出来るはず。


 いや、やる。絶対に、やるんだ。


「エミー、聞いてくれ」

「……ウン」


 何か言いたそうにしてるけど、ごめんよエミーちゃん。ここは俺から言わなきゃいかんでしょ。男の俺からさ。へへ、どっかのヘタレとは違うんでね!


「俺……エミーが大好きぃ、だ……つきっ、付き合ってくへっ!」


 少し手は震えてるし、声は裏返ってるし、甘噛みどころか噛み噛みだし、なんとも格好の付かないワンシーンになっちゃった。ダサい……ダサ過ぎる……誰かさんの事をバカに出来たもんじゃないなこれ……。


 反省っ。でも、後悔する事ねーや。


「…………ン……」


 真っ赤な頬と眩しい笑顔の持ち主が、コクコクと頷いてくれたから。


「じゃあ……まあ…………よろしく……」


 どうか、末長く。


 誰かさんたちの影響で口走りそうな言葉を飲み込んで、手のひらを裏返して。


「ヨ、ヨロシク………オネガイ……デス……」


 照れ屋さんの手を強く。でもなるだけ優しく、握り締めた。


 残暑の厳しい秋の入り口。


 暑い風に乗り、俺たちの人生は、緩やかに加速し始めた。

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