「たいようのものがたり。4」
「う、うーむ……うむぅ……」
「うっせーな。便秘か」
「めっちゃ快便だわ! さっきもモリモリ出してきたわ!」
「デカイ声で何言ってんのあんた……」
「いやさ、空港来たの初めてなんだよ! 緊張すんだよ!」
「脈絡のなさよな」
「なんかめっちゃ広いのなここ! 飛行機ってほんとに空飛んでるし!」
「そりゃ飛ぶだろアホ」
「アホ……」
「アホアホ言うな!」
玲と由紀の露骨な溜息が腹立つ。別にそんなにおかしな事言ってなくね? ないよな?
羽田空港。日本と世界を繋ぐ玄関。近いようで遠かった場所に、生まれて初めてやって来た。いやさあ、なんなんここ? 広過ぎね? つーか何処に何があるとかなんもかんもわけわかんねー。あと人多過ぎ。そんなに空飛びたいかねー。いやそれは飛びたいわ。舞空術欲しいわ。 あと瞬間移動も! そしたら今すぐ……やめた。
「来たな」
「だね」
そんなに焦らなくても、ちゃんと望みは叶うんだからよ。
さて! 盛大に迎えてやるとしますか!
「おーい! エミー! ケイトー!」
見間違えるなんて絶対あり得ない二人のブロンド美人に手を振る。こちらに気付いた様子を見せた……のだが。
「なんか様子変だぞ」
「エミーどうしちゃったのかな……」
玲と由紀も気付いたらしく、眉を顰めている。こちらを認めたケイトは小さく手を振り返してくれたのだが、こういう状況なら周囲の事など気にせずブンブン手を振ったりぴょんぴょん飛び跳ねたりしそうなもう一人は俯いたまま。キャリーケースを引きずりながらよろよろとこちらに迫る姿がいつかの姿と重なって、手に嫌な汗が滲む。居ても立っても居られず、慌てて駆け寄っていた。
「エ、エミー?」
「……アサヒ……」
八日振りの再会。なんかこう、色っぽいのとかドラマっぽいのとか、そういうのを期待しちゃうじゃん? なのにこれは、なんだ?
「どうした? また体調でもわ」
「ッ!」
「ああぁぁあぁぁあああ!?」
「うるせーぞアホ朝陽」
「うっさいよアホ朝陽」
うるせーうるせーバカップル! だってよ!? ハグだよ!? 全力だよ!? 俺の胸へダイブだよ!? こんなんうあーってなるしうわーってなるしうがーってなるに決まってんだろ!
「……チュ……」
「ちゅ、なんだ!? まさか……チューか!? そうかそうなんだな!? じゃあするか!? しようするぞするしかない! でっ、では……失礼しだっ!?」
「やめてください」
「やめろってのアホ」
ちょっとケイトさんに由紀さんさあ、二人してほっぺ叩く事ないじゃない!? つーかアホ言うな!
「いってえし……えっと、エミー? 一体何が……」
「チュ、チューシャ!」
「ちゅ、ちゅーしゃ?」
「チューシャ! チョーコワカッタアアアアアァァアアァァァ!」
「……はあ?」
「コワカッター! アサヒィー!」
「あーなるほど……」
滝みたいな涙と水鉄砲みたいな鼻水を撒き散らし、めちゃカワなお顔と俺のティーシャツをぐしゃぐしゃに汚し始めた。
「……なあケイト? 色々事情があるとはいえ、頑なに病院を避けてるのって……」
「はい……暴れますし泣きますし…………凄いんです……」
「そ、そっすか……」
病院に行っても何も出来る事がない。印象的なケイトの言葉だが……本命こっちでは?
「アサヒ……チューシャ……ヤバ……」
「あーうんうん。怖いし痛いよなあ注射……わかる、わかるぞー」
「アサヒィ……」
ごめん嘘わかんない。苦手意識ねーもんで。でもハグを返すにはいい理由かなと思うんでとりあえず肯定。華奢な体だなあ。
「とにかく! おかえり。エミー。ケイト」
「タ、タダイマァ……」
「ただいま帰りました」
相変わらずぐっしゃぐしゃに泣くエミーもケイトも、ただいまと言ってくれた。
こんな言葉が、本当の本当に、当たり前になる日が来た。
エミーが倒れたあの暑い日から数日経ち、体調が回復したある日。エミーとケイトから、お願いをされた。
「私とエミーは、一度アメリカに帰ります。向こうでエミーの身体をもう一度診てもらいます。そして、エミーと私の親たちに、日本で暮らしたいと伝えてきます。少しの間、ここを留守にします。よろしいですか?」
カタコトエミーに代わり、ケイトの口から二人の共通意思を聞かせてもらった。エミーの身体の為に。心底気に入ってくれた俺らの家で暮らす為に。だからどうか。俺は迷わす頷いた。元気になって帰って来いと言うのはどうなんだと思ったもんで、待ってるからとだけ伝えた。二人共、笑顔で頷いてくれた。
向こうの病院でエミーを良く知る先生に診てもらい、だからいきなり何かが良い方向に進んだという事はなかったとの事。昨日、東雲家に掛かってきた初めての国際電話でケイトから聞かされた報告だ。
そしてもう一つ。エミーの両親も、ケイトの両親も。遠く離れた日本で、俺の家で暮す事を許してくれた。この報告にはテンション上がらずにはいられなかった。だってさ、俺がエミーとケイトの親の立場なら絶対そんなの許さねーって言ってるもんよ。可愛い娘と同棲だなんて許すわけねーだろテメーどこ中だよってなるだろ当然。
しかし、許可は下りた。まさか過ぎる。エミーとの通話中に電話の相手がエミーパパに代わったのはもっとまさか過ぎた。娘顔負けのカタコトっぷりで、娘たちをよろしく的な事を言われたのは覚えているがなんて返答したかはこれっぽっちも覚えていない。汗だくだったし吐きそうだったし胃が痛かったし、マジで心臓止まる五秒前状態だったもんで。
まだ、なんとなくの会話しか出来ない。それでもいつか、そう遠くないうちに。エミーのご両親、ケイトのご両親とも、俺は話さなくてはならない。そうしなければならない理由がたくさんある。
でも。今日はいいよな。なんたって今日は、特別な日なんだから。
「なんか随分久し振りな気がするな」
「ね。全然そんな事ないのに」
「玲、由紀。お見送りありがとうございます」
「ノーだよケイト。お出迎え、だね」
「そ、そうですか……間違えてしまいました……失礼しました……」
「そんな丁寧に謝らんでもいいだろ」
「そーそ。これからはゆっくり覚えていこう。ね?」
「はい……改めて、お世話になります」
「オ、オセワ……ナリマス……」
「はいお世話します」
「こちらこそよろしく。ケイトに泣き虫エミーちゃん」
「ナ、ナキムシチガウ!」
「何言ってんの玲。弱虫エミーちゃんでしょ」
「ヨワムシチガウー!」
むーっって! むーっって怒ってる! はー可愛い! めちゃ好きー!
「はいはい落ち着け。予定通りに二人が帰ってきたって事は」
「余裕で間に合うな」
「だねー」
「間に合うとは、何の話ですか?」
「アサヒー?」
「それは着いてからのお楽しみだ。疲れてるかもしれんけど、もうちょい頑張ってくれ」
「ドコイクー?」
「どこへ行くのですか?」
首を傾げる二人に、わざとらしく強調して、こう言った。
「俺たちの家に、だよ」
* * *
「アサヒー! アサヒアサヒアサヒーッ!」
「そんなデカイ声出さんでも聞こえてるよ」
「ヒト、タクサン! メチャスゲー!」
「だなー」
普段の川原町団地にはない光源が、落ち着きなくピョンコピョンコ跳ね回るエミーを照らす。そんなに暴れたら転びますよー。
「あの、朝陽……」
「ああこれな。これはアレだ。フェスティバル! お祭りだ!」
「なるほど、お祭り」
「オマツリワカル! オマツリー!」
八月の末。川原町団地内で毎年開催される祭り、川原町団地祭。今日はその二日目。敷地内には多数の提灯が飾られ、結構な数の屋台が出店。見慣れたあんちゃんねーちゃんたちは法被に身を包んで神輿を担いだり。右見ても左見てもいつもと違う景色で、いつもより華やかに輝いている。
これを二人に見せたかった。だからどうしても今日帰ってきて欲しかった。
「すごい騒ぎです」
「団地の外からもたくさん来るからな」
「毎年凄いんだよー。二人はこういうお祭りとかはあんまり?」
「私もエミーもあまり経験ないです」
「それなら尚更! アホほど楽しんどかねーとな!」
「ネートナー!」
「盛り上がってんねーあんたたちー」
握り拳をラオウ様ばりに突き上げるエミーの背後。超イケイケな感じの女の子が立っていた。それに気付くなりエミーさん、そいつの豊満な胸元へ躊躇なく飛び込んだ。
「フキコー!」
「おっと。やーやーおかえりーエミー。ケイトも。相変わらずエロカワだねーあんたたちはー」
「ただいまです。
俺と玲はこう思っている。お前が言うな。
「ん? 何よ、そこのエロガキ二人。なんか言いたそうじゃん」
「なんでもねーよ」
「なんでもねーよ」
あの芋臭かったお前がこんなに垢抜けるとは思わなかった。って言いたい。言ったら関節キメられそうだからあかん。柔道習ってたもんでマジつえーんだわこいつ。
「ケイトとあたしのどっちがいい女か比べてたんでしょ?」
「んな事するかバカ」
「つーかそんなんやったらケイトの圧勝になるわけで」
「照れ隠しはいいってのー! 昔っから素直じゃないんだからあんたらはほんとにー!」
「人の話聞けや!」
「うっざ……」
「蕗ちゃん、今日彼氏は?」
「夏バテでダウン。昨日散々連れ回しちゃったからかなー。根性足りてないったら!」
頭の中に、他校に通っている蕗子の彼氏がほわほわーっと登場。半端イケメン。根暗系。ガリ勉。メガネ。軽度のオタク。弄られキャラ。全体的に地味。蕗子とその彼氏の両方を知っている誰もが言っているのだが、蕗子の彼氏は、こいつの隣があまり似合わない。しかし蕗子は彼の事を超気に入っている。いつかうちに婿入りさせてやるかー! なんて冗談っぽく笑ってた事があったが、マジでそうなる気がするとは由紀さん談。さてどうなる事やらね。まだそんなに話した事ないもんで、いつかじっくり話してみてえなあ。エミーとケイトも紹介してーし! ただ、キレるとめちゃ怖い人だってのは聞き及んでるもんで若干へっぴり腰気味な朝陽くんなのです。
「っていうかちょうどいいわ! むしろ待ってた! エミー! ケイト! 由紀!」
「ホワー?」
「なんでしょう」
「どしたの?」
「ちょっと付いてきて! 大丈夫! すぐに終わるから! ほら行くよー!」
「いやいや説明! 蕗ちゃん説明!」
「来ればわかるから! ほら行くよ! パツキンエロ娘共!」
「オ、ワワ!」
「あ、あの……蕗子……」
「おいこらどこ行くんだお前こら」
「ごちゃごちゃ言わずにあんたらはここで待機! わかった!? わかれ! よし!」
困惑するエミーとケイトの手を取りずんずか進んで行く蕗子に由紀も続き、あっという間に四人の姿は人波に飲まれてしまった。
「なんだってんだあいつ」
「知るか。相変わらず豪快なヤツだ」
「そこらの男よりよっぽど男前なんだよなーあいつ。見た目だけならいい女なんだけどなあ」
「中身ほとんどおっさんだもんな」
「わかる。若い子にウザ絡みするおっさん系女子だよな」
「もはや女子と言えるのかそれは」
平常運転なパワフル幼馴染に言いたい放題しながら待つほど数十分。
「やっぱ蕗子って超いい女だわ。中身まで完璧だわ」
「手のひら返すの早過ぎだろ……」
玲がなんか言ってっけどよく聞こえない。そんな場合じゃねえ。
「アサヒー! ニアウー?」
「似合うヤバい似合い過ぎてヤバい目が潰れるかと思ったヤバいほんとヤバいマジヤバいめちゃくちゃヤバいのがとてもヤバくて致命的にヤバくてマジでくたばる五秒前ヤバい」
「ダメだこいつ」
「ヤッター! キモノ! カワイー!」
可愛いのはお前じゃお前。なんでそんなに可愛いのほんと。凄いなあ可愛いなあ大好きだなあ。
「違いますエミー。夏に着るものは浴衣と言うんです」
「そんな違いあるんだ」
「そいつはあたしも知らなかった! 博識だねーケイト!」
この際着物でも浴衣でもどっちでもいい。大切なのは、涼しげかつラフな姿から一転、この国の伝統文化を体現する姿に変身し、四人の女の子たちは帰ってきたって事だ。
エミーもケイトも由紀も、なんか悔しいけど蕗子も。全員が全員アホほど似合ってる。異国のお姉ちゃんの浴衣姿ってあまり見慣れないものだけど、こうまで違和感ないかね。それだけエミーとケイトがいい女って事なんだな! うんうんっ!
「やっぱ似合うわーみんな! あたしの目に狂いはなかったわねー!」
「四人分もどうしたんだこれ?」
「ママが昔着てたヤツ借りてきたの! 寝かしとくのも勿体ないし、せっかくなんだから日本の伝統を二人にも体験して欲しくさー。由紀もおしゃれサボるしー」
「蕗ちゃんほど得意じゃないってだけなんだけどなあ……」
「あたしに言わせればサボってんのと一緒! ほら! 彼氏! 感想! ほれほれ!」
「…………いいんじゃね……」
「……どーも……」
「かーっ! 照れてやんのこいつらー! なんてウブなカップルか! っていうか玲ヘタレ過ぎ! ちゃんと目見て褒めてやんなさいよねー! その辺は朝陽を見習いなさいな」
「そうだそうだー! 見習え見習えー!」
「うっせーぞてめーら……」
確かにヘタれてるしキレてるけど、久し振りに玲の彼氏ムーブを見た気がする。由紀の彼女ムーブも。付き合ってる事を隠しちゃない二人だけど、二人きりで出掛けるとかほとんどしないもんなあこいつら。エミーとケイトがこの国に来てからは余計に。
「はいはい喧嘩腰にならないの。ほら行こ、玲。綿あめ食べたいなーあたし」
「奢れって?」
「うん。あとたこ焼きと焼きそばと豚串と」
「また太るぞ」
「太ってないから! 適当な事言うなー!」
とか考えてる間にイチャイチャし始めた二人。やる時はやるって事かねー。
「あたしらも行こ! ケイトもほら!」
「わ、わかりましたから引っ張らないでください……」
ケイトの手首をむんずとつかんで駆け出す蕗子。エミーに振り回され慣れてるケイトが狼狽えるとかどんだけなんだよあの女。
「ホイッ!」
「うおっと」
ジャンプ一番、俺の背中にエミーが飛び付いた。落っこちないようしっかりおんぶ。軽いなあこの子。
「アサヒーゴーゴー!」
「はいはいなー」
言われるがまま出発進行……したのだが。早速四人の背中を見失ってしまった。
「オソイーアサヒオソイー!」
やいのやいの言ってくれるな、パツキンエロ少女さん。浴衣越しに伝わるアレアレでアレな感触さんたちが気になり過ぎて歩くだけでも大変なんだぞこっちは。前屈みになってないだけ立派だと褒めて欲しいくらいなのだぜ。っていうか、あいつら歩くの早くね? ちょっとはこっちの事も気遣って歩いて欲しいのだがー?
いや、待てよ? これはもしかして、気を使われているのではないだろうか? だってほら、こうしてエミーと二人きりになれてるし。玲とケイトがそういうの考えるとは思えん。首謀者は一人……いや、二人だな。
「流石だぜ蕗子姉さん由紀姉さん……!」
「フキコトユキ、ドウカシター?」
「いやいや、置いてかれちまったなあって。しゃーねーなー。みんなの事探すかー」
「シャーネーナー!」
なるべくゆっくり、な。
「フーフフンフーンフンフーン」
鼻歌交じりのご機嫌エミーさんは、一切遠慮なく俺の頭頂部に顎を乗せている。だからですね、布繊維の感触をふにゃふにゃりと後頭部辺りに押し付けてくいるものはきっとですね、アレですよね。おっといけねえ前屈み前屈み。そろそろ歩けなくなりそうなんじゃがー?
「オー? オォー! ホワー!?」
俺らにとっちゃ毎年恒例行事だから新鮮さはそんなに感じないんだけど、我らがエミーさんは右に左に前に後ろに上に下に、好奇心の赴くままに金髪を揺らしている。
「アサヒ! アレ! アレワカンナイ!」
頬とか肩とかをペチペチ叩かれては解説を要求され、立ち止まってじっくり眺めたり買い食いをしてみたりと、祭りを満喫しながら進む俺たち。その間ずっと。
「エミーちゃん! 戻ってきたんかい!」
「あーエミーちゃんだー! おかえりなさーいっ!」
「ケイトちゃんも一緒!? ほんと!? やったー!」
「いつの間に戻ったんだい? またここも活気付くねえ」
「会いたかったよーエミーちゃーん!」
「おかえんなさーい!」
すれ違う団地民たちが、エミーに笑顔を向けてくれた。以前より上達した日本語に満面の笑みを添えて、エミーも返していた。
その光景を隣で見ていて、なんかこう……なんも言えなくなっちまった。
エミーとケイトがこの団地にいるのは俺や玲たちの中ではすでに当たり前の事。しかし、俺らだけじゃなかった。同じように思っている人間は。
それが、こんなにも嬉しい。
「アサヒアサヒ! アレ! アレナニ!?」
やべえ。なんか泣きそうになってやんの俺。何してんだい。おセンチモードとか柄じゃねえだろテメーはよ。
「コレ、ナンノオミセー?」
「お、いいとこに目付けたなー!」
「ンー?」
「ここはな、型抜きって言う遊びが出来る屋台だ。型抜き、知らないか?」
首を横にブンブン振るエミーさん。だもんで長い金髪がパシパシと顔面を強襲。痛くすぐった気持ちいい。
「なら、俺様がお手本を見せてやろうじゃなあないの」
「ミルミルー!」
「よっしゃ! おじちゃん、一つちょうだい。なるべく難しいヤツで!」
「嫌だね」
「なんで!?」
毎年同じ場所に同じ屋台を構えてるもんですっかり顔馴染みな一号棟に暮らしているおじちゃん……なんだけどね!? なのに何故なのですかなその発言は!? こちとら常連さんですよ常連さん!
「だってお前さん、どれ渡しても一発でキメちまうじゃねえか。何個も何個もあっさりクリアして賞金持って帰ってよお……あそこまで来ると立派な営業妨害だわ。こっちだって客を選ぶ権利がある。だからお断りだ。さあさあ帰った帰った」
「いやいやいやいやおかしいよねそれだいぶおかしい事だよね!?」
「そうだなあ。お前さんだけこんなにも特別扱いしてんだ。うん、恵まれてんなあ朝陽はなあ」
「出禁寄りのアカンヤツを特別って言葉に置き換えるのやめよ!? なーなー頼むってー! ってそうだ! 今日のメインは俺じゃなくてこの子だから! だよなエミー!?」
「ハイッ!」
「絶対わかってないぞエミーちゃん……」
「とにかくっ! 俺は一回二回やれればいいから! エミーにやらせてあげたいんだよー! なんならちょっとカッコいいとこ見せたいんだよー! 頼むよー!」
「あーはいはいわかったわかった! 店の前で騒いでくれるなまったく……ほら、どれにするんだい?」
「じゃあ飛行機で!」
「はいよ」
「よーっし……!」
何するんですか何見せてくれるんですかと言わんばかりに青い瞳をキラッキラに輝かせるエミーさんに背中から降りてもらって、一年振りの型抜きタイム。こりゃあカッコいいとこ見せるっきゃねえよなー!
「ほい…………よいしょ……ここを……こうして…………よし出来た! どうよ!?」
「オオー!」
「どれ………相変わらず器用だなお前さんは……ほれ、合格だ」
「へっへっへー!」
いやーちょろいちょろい! 俺ってば型抜きの天才なのでは? どこで役立つんだこの才能は!?
「アサヒ、コレドウヤル?」
「コレはなーこの板から決まった形にくり抜いて遊ぶゲームなんだ。おじちゃん、簡単なヤツちょーだい!」
「じゃあ…………これなんてどうだい?」
「お、星か! いい感じいい感じ! ほれ、やってみー」
「ヤルー! アー!」
「いや速いわ!」
普通さ、初めてなんだから慎重にいくもんだと思うじゃん? ところがどっこいエミーさんは格が違う。躊躇いなくガリッといくもんで即割れちゃった。秒殺過ぎるぅ。
「モッカイ! アサヒモッカイー!」
「いいけどこれ、お金が」
「カネナラアホホドアル!」
「こういうとこだけ日本語のキレいいのなんなんだろうね!? おじちゃん、も一つ」
「はいはい。よーし、朝陽に持ってかれた分この子で取り返すぞー」
「俺らの前でそういう事言うの良くないと思うよ!?」
プンスカエミーさん、またも勢いよく爪楊枝でガリガリっと。結果はお察し。負けず嫌いなエミーさん、直ぐにおかわりを要求。でまた割っておかわりして割っておかわり割っておかわりの無限ループ。今日までの共同生活で知ってた事ではあるんだけど、不器用なのよこの子。それもものすごーく。
「商売繁盛商売繁盛ー。型抜きなんて今時の子たちはやらんかと思ってたもんだけど、続けてたら面白い事もあるもんだなあ」
おじちゃんはというと、俺ら以外の客の前でその顔はダメだよってくらいニヤニヤしっぱなし。うーん。エミーさん、カモ。
「ムゥ……!」
「うーん……またダメかあ……」
「モッカイ! モッカイー!」
「いーや、もう終わり」
「ナンデー!?」
「ま、ここらが頃合いだね。いやー商売って楽しいなあ」
「カチニゲスルキカ!?」
「だからなんでこんな時だけ!?」
「うん。勝ち逃げするよ。もうエミーちゃんには出してあげない」
「ナゼー!?」
「これ以上は良心の呵責に耐えられなくなりそうだからね」
「ナニソレ!?」
「そのうちわかるさ。一度も成功しなくて悔しかったんなら、また来年もここへおいで。おじさん、この場所にお店出して待ってるから。伝わってるかな?」
「ワカル! ライネンクル! シュギョースル!」
「その意気だ」
朗らかに笑うおじさんに、お礼を言うべき所なのかもしれない。
来年くる。エミーがそう言ってくれたから。
いやほら、嬉しいじゃん? その気があるって事が聞けただけでもさ。
「じゃあ来年までに俺がみっちり鍛えとくわ」
「あんまりエリート教育し過ぎないでくれよ?」
「さあどうなるやら。っていうか、エミーがこの屋台潰すまではお店出し続けてね?」
「ゾッとせんこと言ってくれるな。まあ、幕引きとしちゃあ悪くないかもね」
「マタクル! クビアラッテマットケ!」
「だからあ!?」
「ははは……! 本当に面白い子だ。じゃあ、また来てね」
心底愉快そうに笑うおじさんに手を振られ、毎年通っている青いテントの前を後にした。
「クヤシー! アサヒ! クヤシイ!」
「ならたくさん練習しないとな。型抜きのセット買うかー」
「カウ! イッパイカウ!」
「おう! 来年リベンジだな!」
「スル! アサヒト!」
来年。気が遠くなるほど先の未来。そこに自分がいる。そこに、俺もいる。
今が楽しければそれでいい。そう言っていた彼女が、当たり前みたいに来年の話をしてくれている事、それだけで嬉しくなる。その絵の中に、俺もいて。それがもっと嬉しくさせてくれる。
先の事はわからない。正直、不安だらけだ。でもだからこそ、こうしてエミーが元気でいられる時間を大切にしたい。たくさんの物に触れさせてあげたいと思う。
って、親かよ俺は。違う違う。親じゃなくて俺は…………うん? 俺は…………?
「なあエミー?」
「ンー?」
「俺とエミーってさ……付き合ってるの?」
そういや、その辺りってどうなってんだろか? ラブ的な好きだって伝えたし、エミーも俺が好きだと言ってくれた。しかしそれ以降、特に何もなし。俺はなんのアクションも起こさねーし、エミーは何考えてるかわかんねーし。以前より確実に距離は縮まったと思うのだが……。
「ツキアウハナニー?」
「ですよね!」
なんかそんな気がしてました! そのくせ勝手に浮かれてましたごめんなさい!
「ああいや、なんでもないよ」
いやいや、全然なんでもなくないんだけどね? でもでも……うーん…………よ、よし! こうなりゃもっかい! 今度は有耶無耶にならんようビシッとキメてやるわ! 決めたぞ! って、何を首傾げてんのエミーちゃん! 可愛過ぎか!? 超好き!
「……なあエミー」
「ハイ!」
「あの、あの…………さ……俺……」
「ア! ケイトー! フキコー!」
「いやなんかそんな予感はしてました上手くいかない予感的なのありました!」
俺が挙動不審してる間に見つけたらしいいい女二人目掛けて、負けじといい女が駆け出してしまった。う、うーん……今日はやめとくか……なんだかんだエミーも疲れてるだろうし……。
なんて日和ってしまったのが、間違いだった。それから一月近く、何も進展なし。
しかし。ポジティブに言い換えるならば、一月後には、進展があったって事。
特別な日は、秋のある日にやってきた。
* * *
「な、なあ由紀?」
「何」
「え? 何と言われると……えっとですね……その……」
「朝陽」
「はいっ」
「黙ってて」
「イエスマム!」
「黙ってろって言った」
由紀さん怖過ぎ。なんで僕の事睨むんですか? やめてください泣いてしまいます。
「き、機嫌悪いのはわかるんだけどさ、せっかくの文化祭なんだから少しは」
「朝陽」
「あいずびばぜんでぢだ」
無理。怖過ぎチビる泣く死ぬ助けて。
「ったく……参ったな……」
川ノ宮高校、毎年恒例行事。文化祭。その二日目は、最悪なスタートを迎えていた。
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