寄り道

「んーテンション上がるなー! なんかこう、じわじわ来るよねー!」

「見てりゃわかるから喚くな」


 今日も今日とてローテンション気味な奏太の冷めた一言くらいじゃ、このテンションは下がんないよ。とってもポジティブでとってもピースフルな喧騒は聞いてるだけでアガるってもんよねー。


 あっちがバタバタこっちもバタバタ。どのクラスどの生徒も忙しなくて、先生たちさえも浮き足立ってるように見える。ざわざわというかわーわーきゃーきゃーみたいな? 九月末に控える文化祭を前に、川ノ宮高校の盛り上がりはなかなかなもんになってるよ。


「そんなにエネルギー持て余してんたら他所のクラス手伝って来たらどうだ?」

「それはめんどいからパス!」

「あっそ。帰るべ」

「帰るー!」


 勝手に捲られていくカレンダーに置いてけぼりにされないよう学校中が急ぎ足な中、うちのクラスくらいじゃないかな。放課後のわちゃわちゃに乗っからず即解散になるの。だって、まだミスコン投票期間前だもん。やる事ないもん。


 美優は久し振りにコンビニバイト。夏菜は買い物してからふじのや。元気は自分とこのお仕事。修は図書室でおべんきょ。修なら推薦でバチっと決まるだろうに、真面目だなあ。修らしいっちゃらしいけど。


 じゃあ今日は奏太と二人で下校かー。あ! ちょうどいいから買い物付き合ってもらおっかな! 医学書増やしたいんだよねー。アレ重たいしあたしか弱いし、奏太ヒマだし!


「ねえそ」

「断る」

「ねえそまでしかまだ言ってないよ!?」

「ねえ奏太ー帰りに本屋寄ってこー? とかだろどうせ」

「……チ、チガウヨー?」

「違うのか。ちょっとくらい寄り道してもいいかなって気変わりしたとこだったのに」

「ほんと!? じゃあ」

「断る」

「んがー! ほんとはちっとも行くつもりないだろー!?」

「さー帰ろ帰ろ」

「がるるるる……!」


 威嚇してみても涼しい顔色を崩さない奏太。ほんと意地悪っ!


「ああそうだ。ミスコンの開票集計作業、俺ら不参加でいいらしいぞ」

「なんでー?」

「集計作業の最中に結果知っちまっても面白くねえ。俺もお前も去年全校ランキングに載ったわけだし、張り出されるまでハラハラしてろ。だとさ」


 あーそうだった! 他の追随を許さない圧倒的得票数でグランプリを獲得した修ばかりが話題を独占していたけど、奏太もランクインしてたんだった! あと元気も! ギリギリだったけどね!


「気が効いてるんだかなんだか」

「お陰でこっちは楽になったから万事オッケー」

「だねー」


 投票開始は来週の頭。そこから十日くらいの投票期間を経て、文化祭初日に掲示。そう思うと結果発表まであっという間だなあ。な、なんか今から緊張するんですけど!


 そんな話をしながら昇降口に出ると、いつもより静かな感じがした。文化祭の準備に放課後費やす生徒が多いからだねーきっと。


 だから、その子がいる事に、直ぐに気が付いた。


「お、黒井さんだ」

「山吹先輩!」


 一年五組の黒井……なんとかさん! 通称くろちゃん! 着物とかめっちゃ似合いそうな、和風な感じの美人さん! 奏太から声を掛けられた事に驚きながらもめっちゃいい笑顔してる、くろちゃんがいた! なんでかわかんないんだけど、なんかテンション上がるんですけど!


「こ、こんにちは! お疲れ様です!」

「はいこんにちは。はいお疲れ様です。黒井さん、帰るの? 文化祭の準備はおサボりしちゃう感じ?」

「うちのクラスは交代制にしてるんです。それほど準備に手間取る出し物でもないので」

「なーるほど」

「山吹先輩はおサボりですか?」

「うん。ほとんどやる事ないし」

「いけない先輩ですね」

「空いた時間で受験対策中間対策しなくちゃいけないから仕方ないの」

「今頑張らないと先行きに影響が出るかもしれませんものね」

「やめて。将来への不安を煽るような事言うのやめて」

「目を背けていてもいずれはやって来てしまうんです。今のうちにしっかり準備しないとダメですよ?」

「わかってるんだけどなーなんかなーなんかなんかなんだよなー」

「なんかってなんですか」


 くすくすと微笑むくろちゃんマジ美人。笑うともっと可愛いなあ。それにしても、凄い進展してないこの二人? 冗談混じりのやり取りとかしちゃってさ。普通に仲良しじゃん。二人の初対面の瞬間を知ってるもんで尚更そう思っちゃうわ。


「それで…………」

「うん?」

「そちらは……東雲先輩で間違いなかったです……よね?」


 お!? あたしに振られた!? なら仕方ないなー! 欲しがりなくろちゃんに教えてあげようじゃない! 世界一可愛い女の子の名前を!


「ああうん、そう。名字が東雲。名前がアホ。東雲アホさんです。ほら、挨拶して、アホ」

「はじめましてー! 東雲アっっっぶない! 流れで言うとこだった! 誰がアホか! 違うわ!」

「声でけえっつの」

「自分で紹介するから奏太は余計な事言わない! あたし、東雲千華ですー! よろしくねーくろちゃ……黒井さん!」

「よろしくお願いします!」

「うんうん! 元気があって大変よろしいと思うぞー!」

「なんかババ臭えなその言い方」

「臭くないし! 別に普通だし! 女の子に向けて臭いとか言うのよくないよ!?」

「そういう話じゃねえだろアホ」

「アホちゃうわ!」

「人の話聞いてたかアホ」

「こっちのセリフですぅー! アホっていう方がアホなんですぅー!」

「ガキか」

「世間的にはまだ子供ですぅー!」

「ふふ……」


 奏太と睨めっこしていたら、くろちゃんが笑う声が聞こえてきた。笑い方お上品!


「どしたの黒井さん」

「あ。す、すいません……お二人は本当に仲がいいんだなって思いまして……」

「どの辺が?」

「どの辺がー?」

「むっ」

「むーっ!」

「その辺が、です」


 更に愉快そうに笑うくろちゃん超可愛い。この子もしかして……ミスコントップ争いに食い込んでくるやもしれない人財なのでは? い、今のうちに潰す? 悪い事しちゃう? はい無理っ!


「小春の言ってた通りだ……」

「こはるん?」

「ねこちゃんが何か?」

「え? あ、いえ……」


 ぼそっとした独り言を拾ったら、驚いたように目を丸くするくろちゃん。驚いたのはこっちも同じだよ。


「お二人や、同じ団地の皆さんの話になった事がありまして」

「へー!」

「なんか悪口言ってた?」

「小春がそういう事言う子じゃないって事はお二人ならよくご存知じゃないですか」

「さあどうだかね」

「っていうか二人は友達なんだねー」

「いい友達だと思ってます。まあ……小春がどう思ってるかはわかりませんけど」


 本人なりに冗談めかしてるんだろうけど、冷たいというか、どこか投げやりな感じがするもんで、さっぱり冗談に聞こえなかった。


 奏太も今の一言が気になったのか、ほんの一瞬だけ目付きが変わってたけど、特に追求するつもりはないみたいだ。


「それにしても小春、ねこちゃんって呼ばれてるんですね。東雲先輩にはこはるんって呼ばれてるみたいですし」

「そう呼ぶの俺らだけみたいだけど。実際猫っぽくない?」

「わかります。猫にしては奔放さに欠けるような気がしますけど」

「飼い猫っつーか子猫っつーか。そんな感じよね」

「実は甘えんぼさんだからなーこはるんは」

「そのこはるんってあだ名可愛いですね。私もこはるん呼びしてみようかな。流石に怒られちゃうのかな」

「それはないでしょ!」

「俺もそう思うけど、その辺りは本人に聞いてみよっか」

「と言いますと……あ」


 どっか他所を向いてる奏太の視線の先をくろちゃんと追いかけたら、噂の猫が一匹。その猫は、なんだかちょっと居心地が悪そうに視線を彷徨わせている。


「こはるんだーっ!」

「おっ、と」


 気不味そうな感じが気にはなるけど、様子伺っててもしょうがないしとりあえずダイブ。制服の上からお胸に突っ込んでほっぺスリスリ。今日お初のこはるん成分摂取タイム。やはり至福……!


「相変わらず世界一可愛いですね、東雲先輩」

「知ってるー! でへへ……!」

「相変わらず汚ねえ笑い方ですね」

「そこ! 要らん事言わない!」

「お疲れ様ー小春。今日は当番じゃないんだ?」

「私は明日。優ちゃんもだったよね?」

「そだよー」


 優ちゃん! 優ちゃんって言うのねくろちゃんは! つまり、くろちゃん優ちゃんだ! お笑いコンビみたい!


 なんだ! 普通に友達っぽいじゃん二人とも! どんな会話するんだろうとか身構えちゃったよ!


 いや! でもまだだ! これくらいじゃ千華お姉さんは安心出来ませんっ! 妙に引っ掛かる文言もあったし! も、もしかしてもしかするとくろちゃん、腹黒さん説ある? 腹黒井さん……?


 って決め付けるのも嫌だし、すっきりしないのも嫌だ! だから!


「よし決めた!」

「妹分にセクハラしながら叫ぶなおまわりさん呼ぶぞ」

「こはるん!」

「なんです?」

「くろちゃん!」

「く、くろちゃん? 私の事ですよね?」

「ついでに奏太!」

「あー?」

「ちょっと寄り道してこ!」


 新しい本、新しい知識を詰め込むのは明日にして、新しい人間関係を頭に詰め込む事にした!


* * *


「もしかしたらセクハラかもしれないし、もしかしなくともセクハラなのかもしれないが、一つ確かめたい事がある」

「はあ」

「ねこちゃん…………香水付け始めた?」

「セ、セクハラです!」

「セクハラですね」

「セクハラ! 奏太がセクハラしだぁ!? いったーい! またデコピンされたー!」

「こんなにも多くの人がいる中でも社会的死滅待った無し案件を叫ぶお前が悪い」

「でもこはるんに奏太がセクハラしたのはほんどぉわぁっ!? い、痛い! ほんとに痛いっ! 泣くよ!? 泣くからね!?」

「泣いても泣かんでもいいからもうちょい静かにしろ。返事」

「わかった……わかったよぉ……いったいなあもぉ……なんであたしにだけこんな当たり強いんだよぉ……こはるんも大っきい声出したじゃんかぁ……」

「そりゃお前だからな。デコピンし易いデコしてんのが悪い」

「なんの説明にもなってないし!」


 く、くそぅ……なんだよなんだよー! 楽しそうに笑っちゃってさー! なーにがお前だからじゃ! 知らんわ! 痛いわ! そのうちやり返してやるんだからなー! 見とけよ見とけよー!


 絶対真っ赤になっちゃってるおでこを摩ってると、奏太の隣に座るこはるんと、あたしの隣に座るくろちゃんが、半笑い的な顔してあたしを見ていた。そんなビミョーな顔してないで奏太の事怒ってもいいんだよ!?


 学生の放課後と言えば? とりあえずマック! みたいな所あるじゃんって事で、可愛い女の子三人と、可愛い子たちに囲まれてるのにいつも通りフラットなテンションな奏太の四人でマックに来た。お月見バーガーうまうましー!


「話戻しますけど、確かに小春、ついこの前から香水付けてるよね」

「……わかるものなんだね……」

「そりゃわかるでしょ。わかってもらう為の物なんだし」

「わかってもらうって……別にそういうつもりじゃ……」


 もじもじするこはるんかわええー! いやはやすっかり色気付いちゃって! こはるんもお年頃かーそっかそっかー! 妹分の前向きな変化があたしゃ嬉しいよ!


「今のなんかいいね! わかってもらう為の物って響き!」

「そ、そうですか? 恥ずかしい事言ってしまったような……」

「そんな事ないない! うーん……くろちゃんもいい匂いがする!」

「ちょっと甘めな香りの使ってます」

「なんかお洒落な感じ! いいねー!」

「目と鼻の先で嗅ぐなよ」

「奏太に言われたくないし!」

「嗅いでねえ。なんかフワッと来たんだよフワッと」

「そ、そんなにわかりますか? 付け過ぎちゃったのかな……」

「や、そこまでじゃないよ。ただなんかフワッとわかっちゃった的なサムシング」

「えーと…………なるほど?」

「細かい事は気にしない。すっかり色気付いちゃってー」

「色気付いたとかじゃ……ちょ、ちょっとお試しといいますか……心境の変化といいますか……」

「なるほど、高校デビュー」

「二学期でって遅くないですかね!?」

「まあその辺は人それぞれだし。そういやねこちゃんのクラスって出し物何やるんだったっけ?」


 楽しそうに笑う奏太の何気ない問い掛け。それに強い反応を示したのは、奏太の隣に座るこはるんじゃなくて、くろちゃんだった。何かに驚いたみたいで、何か言いたそうで、ちょっと苦しそうな顔。あたしにはそんな風に見えた。奏太は気付いてない。


「……タピオカカフェです……」

「ふーんへーほーん」

「な、なんですその顔は……」

「妹分の放つ圧倒的陽キャの波動に当てられて頭がクラクラしてきた」

「陽キャじゃないです! 陰キャです!」

「デカイ声で言う事かねそれ。つーかさ、今日は目の下にクマがないんだね。珍しい」

「その言い方だといつもはあるみたいに聞こえるんですけど」

「常駐って言っていいくらいいるよね。っていうか、ほっぺもいつもよりモチモチしてるように見えんだけど」

「そ、そうですかね?」

「見える見える。何? 生活のリズムでも変えた? 早寝するようになった? 夜な夜なパソコンの前ででふひふひ笑いながらア」

「わー! わーっ!」

「ん!? っんー!」


 何かを言おうとする奏太に飛び掛かって口を塞ぐパワープレー。そんなに慌てなくても、奏太が言うわけないのに。奏太、口は硬いからね。


「えと……お二人は一体何を……」


 そんな二人を見るくろちゃんの横顔は、笑顔って言うにはぎこちなくて、苦笑って言うには苦しそう過ぎて。


「……これは……なんでも! なんでもないから! そう! なんでも! あはは……」

「ぷは! ねこちゃん力つっよ……首痛めたんですけど……」

「へ、変な事言おうとする山吹先輩が悪いんですっ。あ! ほ、ほんとになんにもないからねゆうちゃん! この人時々変な事言う所あるから!」

「ねこちゃんがそれ言うかね」

「山吹先輩には言われたくないですっ!」


 仲良しだなあ。昔から奏太にめっちゃ懐いてたこはるんだけど、今年の夏を経てぐっと仲良くなった感ある。今では懐いてるだなんて上下を感じさせる言葉、もう使えないか。それくらい仲良しさんだ。けど、二人は友達なんですかって聞かれたら、あたしならノーって答えちゃう。


 友達じゃない。兄妹でもない。単なる幼馴染なんかじゃない。美優とも夏菜とも、あたしとも違う。今の奏太と今のこはるんだから築けた、奏太とこはるんだけの、ちょっと特別な関係。


 今二人が作ってるのは、今の二人には当たり前な光景で、二人だけの世界みたいな物。


「……ちょっとお手洗いに……」


 当然、くろちゃんには優しくない光景だ。


 いってらっしゃーいと軽い調子の奏太に背中を押され、そそくさとあたしたちから離れて行くくろちゃん。こはるんも何か思う所があるのかなんなのか、さっきまでのテンパり顔じゃなくなっている。


「……あ、あたしも! ちょっとスッキリしてくる!」


 二人の動向も気になるけど、今のくろちゃんはもっと気になる。そもそも、何も考えずにこのメンツで行動しちゃったあたしに問題アリだし放っておくわけにいかない。アホだとか空気読めないとかなんだかんだと言われるあたしだけど、これくらいわかる。


「デカイ声で変な宣言すんなアホ」

「アホ言うなバカ! 奏太のバーカ!」


 ここでストップ。これ以上は余計な事言っちゃいそうだし、奏太は悪い事してないし。だからこれ以上は言わない。


 小走りで女子トイレへれっつごー。れっつごーしてくろちゃん捕まえて……ん? それからどうすりゃいいの? もしもくろちゃんが本当に腹黒ちゃんでこはるんの事ボロクソ言ってたり藁人形に五寸釘どっかんどっかんしてたら、あたしはどうすればいいんだ!? ヤバイ! 急に怖くなってきた! 大丈夫? 大丈夫だよね!? わからん! え、ええい! 臆するな! 女は愛嬌度胸根性その他諸々! 行ったれあたしぃ!


 ダダダっとトイレに向かって、バババっと駆け込んで。


「ズルいなあ」


 鏡に向かってそう呟くくろちゃんと、鏡越しに目が合った。


「し、東雲先輩……」


 驚いたように振り返ったくろちゃんと今度は何も介さずに目が合ったんだけど、途端に目を伏せてしまった。うんうん、これはなかなかに気不味い。じゃあどうしよう? どうにかするよ!


「あーっと……べっ! 別にくろちゃんの後を追い掛けてきたー! とかじゃ全然ないんだからね! 急に催しちゃっただけなんだからねっ!」

「ツンデレ風味でなんて事言ってるんですか」

「ツンデレ違う! じゃあなんだ? わかんない!」

「自己完結してる……」


 弱々しい笑顔。それでも可愛いさを損なわないくろちゃんだけど、奏太には見られたくないよね。なら、なんとか元気付けないと!

 

「え、えーと……えと……」

「気を使わないでもらって大丈夫ですよ」

「な、何の事!?」

「私を気にして追い掛けて来てくれたんですよね。ありがとうございます」

「違う違う全然違う超違う! あたしはただ破茶滅茶に催しただけで! だから」

「私、隠してるつもりありませんから。山吹先輩が好きだって事」

「だからぁ……」


 あーそれ自分で言う……言っちゃうのかあ……言われちゃったよぉ……。


「東雲先輩は優しい人ですね」

「う、うーん……確かに優しくて世界一可愛いでお馴染みなあたしだけど……」

「私を気遣ってこの場を設けてくれたんですよね?」

「いや、それは」

「ね?」

「はひ……ごめんなさい……」

「謝られたらこっちが困っちゃいます。お礼を言いたいくらいなのに。私の知らない、山吹先輩が見れましたから」


 どうしてと聞くより早く返って来た答えがあまりにも純粋で、胸が苦しくなった。


「楽しそうです。小春と話してる時の山吹先輩。小春も、私の知らない顔をしてました。二人は本当に仲がいいんですね」


 うーっ……なんて言っていいかわかんない……何も言わなくていいのかもだけど、何か言わなきゃ居た堪れ無さに耐えられる気がしないんだよぉ……。


「山吹先輩も、小春も。私と話してる時はあんな風に笑ってくれません」


 ぐさっ。何かがあたしに突き刺さる音が、確かに聞こえた。痛い。


「文化祭でうちのクラスが何をやるか少し前に山吹先輩に教えたの、私なんだけどなあ」


 ぐさぐさっ。何かさん、またも深々刺していきやがった。痛い痛いマジ痛い。


「わかってるんです。小春をイジる為に敢えて聞いているっていうのは。それでも……なんしょうね。差を見せ付けられているみたいな、そんな気分になってしまうんです」


 だ、だからあの話題が出た瞬間あんな表情になったのね……それはわかったけど……わかったけどぉ……。


「詳しく聞いたわけではないんですが、山吹先輩と小春って幼い頃からの付き合いなんですよね?」

「あうぅ……」

「……東雲先輩?」

「はうっ! は、はいっそうです! 会ってない期間もそれなりにあったけど、初めてあたしたちとこはるんが会ったのは十年くらい前ですっ!」

「何故に敬語?」


 テンパるあたしの姿が面白いのか、口元に手を当てくすくすと笑ってる。アップダウンに全然ついて行けないよぉ。


「山吹先輩にとっても東雲先輩にとっても特別なんですね、小春は」

「…………うん……特別」


 はっきり言えた。言わなきゃいけなかった。苦しさもあるし気不味さもあるけど、これは間違いのない事で、あたしたちにとって大切な事だもん。適当言えないよ。


「そういえば確か、東雲先輩は山吹先輩と同じお宅に住んでるんですよね?」

「ひいっ!」

「ですよね?」

「…………イロイロアリマシテ……」

「そうなんですね」


 あ、怖い。今の怖い。ちっとも怖い所見せないのが逆に怖いごめんなさいほんと申し訳ありません同じ家に住んでしまってほんと。


「……羨ましいなあ」


 ぐさぐさぐさっ。何かイズ刺さりまくり。痛え痛え死ぬ。圧を掛けられたわけでも悪意も敵意もあるような感じしないのに、なんなのこの、ナチュラルに重たい感じ。なんであたしがこんなに胃の痛い思いをしなきゃいけないのぉ……。


「あ! ご、ごめんなさい! 東雲先輩や小春に思う所があるとかではないので! 本当です! 私重い女とかじゃないので!」

「い、いえ……問題ないですぅ……」


 いや問題だらけだわ重てえわ無自覚なん怖いわ胃痛ヤバいわほんと。


「……一目惚れ……でしたね」


 からの唐突な自分語り! いやいやそこ語られても! 語られもぉ! 


「学年別クラス対抗リレーがあったじゃないですか、体育祭で。あの時からです」

「は、はあ……」

「実を言うとその時は名前も知らなかったんです、山吹先輩の事。桃瀬っていう三年の凄いカッコいい先輩がこれから走るって聞いたのでクラスのみんなと一緒になって見てたんですよ。みんなの言ってた通り、桃瀬先輩は本当にカッコよかったです。どうやってお近付きになろうかなとか本気で考えてました、力強く走る姿を見ながら」


 その時の事を思い出してでもいるのか、狭くて低い天井を見上げてうっとりするくろちゃん。なんだ、この状況。


「けど直ぐでした。桃瀬先輩からバトンをもらった人に目を奪われたのは。その人は桃瀬先輩に負けず劣らずの凄いスピードで……傍目に見ても凄く目の前の状況に集中しているのが伝わってきて……それで……背の小さな先輩にバトンを渡しながら何かを叫ぶ横顔が……背の小さな先輩に向けて大きく声援を送る姿も……控え目に喜ぶ姿も……とにかく全てが……その…………とっても素敵で……それからです……」


 流石に恥ずかしいのか、どんどん赤くなっていく頬をぽりぽり掻いている姿はとってもキュート。けどごめん。聞いてるこっちも恥ずかしいもんで上手く笑えない助けて。


「名前とクラスは直ぐにわかりました。何度か三年六組に覗きに行ったりしたんですよ? でもどうしても声を掛けられず、気付けばウジウジしたまま二学期になっていて……けれど先日、うちのクラスに山吹先輩がいらして…………東雲先輩もその場にいらっしゃいましたね。あの時が初めてだったんですよ、山吹先輩と話したのも、目が合ったのも。凄く緊張しましたけど……嬉しかったなあ……それで」

「ス、ストーップ!」


 もう限界。脳が痒くなるような感覚に耐えられない。


「きゃっ! びっくりした……」

「ごめんね! いろいろ話したいだろうしあたしも聞かせてもらいたいんだけどそろそろというかとっくにキャパオーバーだからごめん! だから、くろちゃんがこれからどうするのかだけでも教えて欲しいかな! なんて!」

「は、はあ…………えっと……これからの事でしたら、やる事は決まってます。今よりもっと山吹先輩に近付いて、ちゃんと言うつもりです」

「それって……」

「山吹先輩が好きですって、女の私からそう言います」


 あたしの目を真っ直ぐ見据えて言うもんだからなんかおかしい感じになってるけど、こんなにも真剣で真摯な眼差しを見てしまったら、茶化したり適当に聞き流す事も出来るわけがない。


 そんな中、気になる部分があった。


「女の私から?」

「女の子から動かないと動いてくれない人っていますから。特に昨今は草食系男子増加の傾向ですし」

「は、はあ……」

「草食系まで言いませんけど、山吹先輩その辺り奥手そうな感じですよね。自分の事を伝えるのを面倒がるというか、少し苦手な感じしますし」

「そうかなあ……」

「私がそう思うってだけです。それに、あの感じだとあまり猶予は無さそうですし、尚更早く動かないと」

「猶予って?」

「小春です」

「こはるんがどうしたの?」

「私より先に小春が山吹先輩に想いを伝えるかもしれないって事です」


 言った。迷わず、躊躇いもせず、はっきり。まるであたしがそれに気付いているみたいに。共通認識みたいに、あっさり。


「小春と山吹先輩は今後、もっと仲良くなっていくでしょう。イメチェンなのかなんなのかわかりませんけど、これからの小春は今よりもっと可愛くなります。間違いなく。だからその前に……」

「そう……なんだ……」

「ええ。絶対負けたくないので。どうしようかな……もしもミスコンで私の方が小春より票を集められたら先に告白させてくれって小春にお願いしてみようかな…………なんて」


 わざとらしく冗談めかしてみせる姿がむしろ冗談じゃ済まなさそうな不思議な現実味を纏っていて、あたしは何も言えなかった。


「まあ……頑張ります。私に出来る事全部。あの、今更ですけどごめんなさい、こんな取り留めのない話を聞いてもらっちゃって……気が楽になりましたしやる気も出ました。本当にありがとうございます……」


 わざわざぺこりと頭を下げる真面目な姿が、生真面目なあの子と重なる。こんな場所でこんな事になってる異質さにもようやく脳が追い付いてきたのか、少しだけ頭も心も口も軽くなった。


「う、ううん! いいのいいの! あたしでよければ全然! いやー若いね若いねー! 青春してるねー!」

「二つしか変わらないじゃないですか」

「まあそうなんだけど!」


 そういう眩しいの、あたしには縁ないだろうから。


 何を捨ててでも、成し遂げなきゃいけない事があたしにはあるんだから。寄り道なんてしてられないんだ。


「えと……そ、そろそろ戻ろうよ! ねっ!?」

「ですね。あの……今のはここだけの話って事で一応……」

「うんうん! りょーかいだよー!」


 くろちゃんが小さく頷くのを見て、逃げるように女子トイレを飛び出す。実際、もう耐え切れそうにない。


 くろちゃんって実は腹黒いのかなとか思ってた少し前のあたし、超反省しろ。めっちゃいい子だよ、この子。本当にいい子。腹黒くなんかない。ちょっと重ためな感じするけど、ただただ一生懸命で真面目な、一人の可愛い女の子だ。


 だから余計にあたしは、目を背けたくなっちゃうのかな。


「あーなんだっけ。この前オススメしてくれたネットマンガ。あれ凄い良かったよ。登場人物みんなユニークで好き」

「読んでくれました!? めっちゃ良かったでしょ!? キャラみんな可愛いし個性的だし話も面白いし絵も上手い! これから売れますよーあの作者さんは! 書籍化も充分あり得るんじゃないかと!」

「そうなったら買うわ」

「私も私も! 地の果てまでも追い掛けてやりますとも!」


 だって、残酷に見えちゃうんだもん。

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