Step In
「じゃあよろしくお願いしまーす」
「しまーすっ!」
「次は五組だな」
「だねー」
両手に結構な量の紙の束を抱えたあたしを先導するように少し前を歩く奏太と二人、れっつらごーごー。今日は朝から各クラスを回ってクラス委員さんにミスコンの投票用紙を渡すお仕事をしてるの! それはいいんだけど、何で女の子のあたしが重たい紙持って、奏太は手ぶら状態なの? う、うーん?
「失礼します」
「失礼しまーす!」
開きっ放しの扉にもちゃーんとノックをした奏太に続いて一年五組の教室に入ると、中にいた生徒の視線がぜーんぶこっちに向いた。そりゃあ見ちゃうよね。わかるわあ。
学生あるあるだと思うんだけどさ、自分の教室に他の学年の生徒が入ってくるのって、なんかザワッとする感ない? 極端だけどさ、ゴツい先輩が入ってきたらヤンキードラマ的な展開の予感がするし、可愛い上級生やカッコいい上級生が入ってきたらラブコメの予感がする的な。絶対そんな事ないんだけど、無意識に盛り上がっちゃうの。わかる? わかって!
「や、山吹先輩!?」
他のクラスでやってきたように、私ら三年生ですークラス委員さん誰かしらーお渡ししたい物がありますぅーって奏太はやろうとしてたみたいなんだけど、何か言うより先に、奏太を呼ぶ声が響いた。声の主は胸を揺らしながら駆けてきて、ツインテールを揺らしながらお辞儀をした。この一瞬でどれだけの揺れを感知したっていうの? なんて恐ろしい戦闘能力……!
「おはようございます、山吹先輩……え? びっくり……えっ、え?」
一年五組の出席番号一番、なんかめっちゃそわそわしてる、赤嶺こはるんがお出迎えしてくれた。
「おはよ、ねこちゃん」
「どうも…………です……」
何? なんだあ? ねこちゃん、こんなに緊張しいだったっけ? 久し振りに会ってからしばらくは緊張してる感あったけど、最近は全然だったよ? その筈なのに今のこはるんは、あたしたちの姿を見てド緊張しているように見える。あーそっか! 周りにクラスメイトがたくさんいるからか! なるほどね! 秒で答え出しちゃうあたしマジ賢い!
「今日は…………どういう……」
「ちょっと文化祭関連でね」
「…………そうですか……」
あれ? なんでちょっと残念そう? でも残念じゃなさそう? うーん……無理! わかんない!
「ねこちゃんってクラス委員とかやってたっけ?」
「やってませんね。呼びましょうか?」
「いや、いいや。ねこちゃんに任せる事にしたから」
「任せるとは……?」
「これよこれ。おいそこのアホ。それをここへ持てい」
「ははーっ! って! なんだ!? 色々なんだ!? まだこはるんに挨拶もしてないんですけど!?」
「上級生が下級生のクラスで騒ぐなよ」
「あ、東雲先輩。いらしてたんですね。どーもです」
「なんか軽くない!?」
「まあ山吹先輩のついでですからね、東雲先輩は」
「ついでとは!?」
「冗談です」
眼鏡の向こうのくりくりお目目を細め、最近は歳上を弄る事にも挑戦中らしいあたしたちの可愛い可愛い妹分が笑ってる。しれっとついでとか言うの美優感あるわー。イヤーなとこが似てきたなあ。
「おはようございます。今日も世界一可愛いです、東雲先輩」
「で、でしょー!? そうそう! そうなんだよーっ! でへへ……!」
知ってる! 知ってるけど! 面と向かって言われると! 照れる! てへへ……!
「その汚ねえ笑い方で世界一可愛いは無理でしょ」
「う、うるさいわ! 汚くないわ!」
「騒いでないで寄越せ。はいこれ。このクラスの人数分ね」
「これは?」
「ミスコンの投票用紙。うちのクラスが担当する事になってさ」
「ミスコンですか……」
「ここに男子の名前、こっちに女子の名前を書いてね。あとこれだけは徹底して欲しいんだけど、ここに自分の所属クラスを必ず書いて欲しいんだ。不正もクソもないかもだけど一応ね。投票箱は三年六組前に設置しておくから、ここに書いてある期間中に投票をお願い。以上、これをクラスの皆さんに説明しておいて欲しいんだ」
「えっと…………みんな聞き入ってるみたいですけど……」
「ん?」
周囲に目を向けて見ると、コソコソ話しながらだったりなんかモジモジしてたりそれぞれにしながら、みんながみんなこっちに意識を向けていた。 そりゃあ教卓前で上級生と可愛いクラスメイトがわちゃわちゃしてたら気になるよねー。可愛い可愛いあたしもいるし余計だよね!
「なら説明の手間が省けたかな。えーっと……これ、ミスコンの投票用紙です。仕様に関しては見てもらえたらわかると思うけど、何かわからない事があったらこのツインテールちゃんに聞いてください。投票箱は三年六組のクラス前に設置してますので」
手に持った用紙をひらひらさせながら、教室の隅々にまで届きそうな声量で説明すると、あちこちでお喋りの花が咲き始めた。ミスコンマジかーなんて声もちらほら。
「以上。配るのはねこちゃんに任せた。何か質問ある?」
受け取った用紙をじーっと睨むこはるん。相変わらず真面目だなあと感心していると。
「え、えと…………えっと……」
なんか急にそわそわし始めた。ちらちらと用紙を、ちらちらと奏太を。二箇所の間で視点が行ったり来たりしてる。可愛いけど、なんだろ?
「一つ……あるんですが……」
「なんでもどーぞ」
「で、では……」
すすすっと半歩程度、奏太との距離を詰めたこはるんは、小さな声でこう聞いた。
「先輩は……誰に投票するんですか……?」
顔真っ赤。超真っ赤。そんなに照れる質問かーと思うけど、可愛いからオッケー! 奏太は奏太で予想外の方向からの質問に驚いているのか、なんか間抜けな顔してる。
「質問の方向が斜め上なのだが」
「な、なんかすいません……」
質問に答えないって選択肢はないのか、慌てるこはるんを他所に考え込む奏太。この前の話だと、美優か夏菜かこはるんって話だったっけね。さてさてー?
「じゃあ、ねこちゃんが誰の名前書くかを先に教えてくれたら教えるって事で」
「わ、私? 私は…………」
「うんうん」
「…………や」
「や?」
「……やっぱなしで……」
用紙の束で顔を隠してしまったこはるんだけど、真っ赤な耳も挙動不審なくりくりお目目も隠せてない。はあ? なんかよくわかんないけど、この子可愛すぎない!? なんかよくわかんないけど!
「なんだそりゃ」
「や、やっぱなしはやっぱなしなんですっ」
「山吹先輩と言われる流れかと思ったのになー」
「はにゃっ!?」
「お? 図星?」
「言ってて恥ずかしくないの奏太くんさあ」
「お前が言うなお前が。冗談に決まってんだろ。大体……あ」
朝のホームルーム前の予鈴の音が、あたしたちの会話をぶつ切りにした。もうそんな時間になっちゃったのかあ。
「ありゃありゃー。朝のうちに一年全制覇しときたかったんだけどなー」
「帰りのホームルーム前にでも行くか」
「だねー」
「って事でねこちゃん、それよろしく」
「よろしくっ!」
「……へっ? あ、えと、は、はい……かしこまりました……」
「みなさんも、投票の方よろしくお願いしますー」
「お願いしまーすっ! お邪魔しましたー!」
にっこり笑顔で元気良く挨拶! ちょっとばかし好感度稼いで、慌てて退散。これくらいなら卑怯じゃないよね? ね!?
「さてさて一」
「や、山吹先輩!」
「と?」
「ん?」
流石に馴染んだ山吹先輩呼びに足を止めたあたしたちだけど、今のはこはるんの声じゃなかった。振り返ってみると、三人の女の子が廊下に立っていた。一歩前に立つ女の子はちょっと挙動不審な感じ。その子の後ろに立つ二人は、少し笑いながら挙動不審な子に何事かを囁いている。この子たち、こはるんと同じクラスの子だ。教室の後ろの方で、あたしたちのやり取りをずーっと見てたっけ。
「あ、あのっ! わたしっ、一年五組の黒井といいます!」
肩の高さで揃えた襟足と、なかなか大きなおっぱいを揺らしているこの子の名前は黒井さん。黒井さんね。ちぃ、可愛いな。あたしには及ばないけどね! とりあえず覚えた。くろちゃんと呼ぶ事にしよう!
「これはご丁寧にどうも。その黒井さんが、俺に何か?」
「え、え……えっ…………と……」
更にキョどるくろちゃん。そんな姿を見て、お付きの二人が小声で何かを吹き込んでいる。というかよく聞けば、頑張れーとかファイトーとか言ってるじゃん。頑張れ? ファイト? なんだ? 何を頑張ってファイトするの? 一体何を……。
「その…………ですね……えと…………」
尚も不審なくろちゃんは、チラチラとこっちを……というか、奏太を見ている。寧ろ奏太しか見てない。
んー? これってもしかして……もしかするともしかして…………そういう事じゃないの!? やーん! うそー!? まさかまさか!? でもあたしわかっちゃうんだから! だって天才だもん!
いつの間にか頭だけ廊下に出したらしいこはるんもあたしたちの様子を見守ってる! なんかはわわはわわしながら!
なんかよくわからない事だらけだけど! なんか面白くないこの状況!? そんな感じするよね!? ねっ!?
「…………か!」
おー!? くろちゃんが叫んだぞ!? か! からどう続くんだー!?
「か! かっ……こよかったです! た、体育祭の学年別リレーの時!」
あーあれね! あたしの大活躍もあって、最後の最後に大逆転キメたあのリレーね! はいはいはいはい! なるほど! くろちゃんはきっとあの時辺りから……!
「あーっと……ありがとう? でいいんだよなここは。って事で、ありがとう」
「い、いえ! そんな…………こ!」
「こ?」
「これからも……がががっ、頑張ってくださいっ! ん、んん? 頑張ってください? え、えと……えっと……ほ、ほら! 受験とか! そういうのですっ! わたっ、わたしっ! 応援してます……ので!」
「うん、頑張る。重ねてありがとう。えと、黒井さんね。よし覚えた。じゃあそろそろ行かなきゃだから。またね、黒井さん」
「……はっ、はいっ! また!」
小さく手を振るくろちゃんに手を振り返し、入り口から頭だけ出してるこはるんにも手を振って、ようやくここから離脱。奏太、早歩き過ぎっ。
これはやっぱり、そういう事らしいね! しかもしかも! その裏付けみたいなイベントが放課後にあったの!
こっちのホームルームを適当に切り上げて、まだ投票用紙を配れてなかった一年六組に、急ぎ足で渡しに行ったのよ。一年五組の時とは違ってスムーズに受け渡しが済んで、さあ戻ろうって時にね。
「や、山吹先輩っ!」
「おろ、黒井さんだ」
隣のクラスのくろちゃんが、廊下に出て来たあたしたち……というか、奏太を捕まえたの。ど緊張なくろちゃん。のほほんとしている奏太。いつの間にやら廊下に出て来たこはるんとあたしが見守る中、なんとくろちゃん、あっという間に奏太とライン交換しちゃってんの! これにはあたしもこはるんもおでれぇた!
でもでも! 間違いないよこれ! だってくろちゃん、奏太とライン交換した時めっちゃ笑ってたもん! 泣くんじゃないかくらい嬉しそうだったんだから!
そっかそっかー! モテるモテるなんて言われてる割には浮いた話の一つもなかった奏太に、とうとう来るのか! 春が!
「うう……」
「どったのこはるん?」
そんな光景を見るあたしたちの可愛い春のソワソワ具合が、妙に気になった。
* * *
「んあーいいー匂いだなぁ……」
じゅーじゅわわぁーってお肉がフライパンの上で鳴く声を聞いてると、お腹の虫もぐーぐー鳴いた。この匂いは生姜焼きだなー? 美味しいんだよーお母さんの生姜焼き! 特に凝った事はしてないよーなんて言ってたけど、あの味はそうそう真似出来るもんじゃないと思うんだよねー! うーん楽しみ! やべ、ヨダレ出そうになっちった。いけないいけない。
「千華ー。もう出来るから奏太呼んできてー」
「ほいほーい!」
台所の女王様、お母さんの命を受け、奏太の部屋へ凸。さーてさて、今夜の奏太くんはマンガ読み読みかゲームかちゃかちゃかお昼寝スヤスヤのどれだろうなー。
「奏太ー? ごは……んだよぉ……」
ぶぶー。全部ハズレ。
「おべんきょしてるのかー」
机に参考書やらを拡げて、右手にシャーペンを持って、パソコンから伸ばしたイヤホンを耳に刺して。これが奏太のおうち勉強スタイル。音楽聴きながらやるのが好きなんだってさー。あたしも試してみたけど一分保たなかったや。よくこれで集中出来るよねー。今だってあたしがこそーり部屋に入った事に気付いてないし。主にサッカーやってる最中に発揮される事が多かったけど、昔から集中力が良いというか、一度入り込むと止まらない所あるもんなー奏太は。素直に凄いと思うぞーあたしはー。
「どれどれー」
更にこそこそーりと近付いて、ほんとに気付いてないらしい奏太の背後からすーっと首を伸ばす。あたしに気付く様子のさっぱりない奏太くんがどんなおべんきょしてるのかチェックチェーック!
「お、英語。ん? 英語……?」
奏太が勉強してるのは確かに英語だったけど、開いている参考書に違和感があった。この参考書には見覚えがある。これ、TOFELの参考書だ。
超簡単に言うとTOFELってのはね、海外で過ごす為に必須な英語力を試すテストなの。英語を話す力や書く力。そういう、日常生活に必須な力まで試すのがポイント。あたしみたいに海外留学する人間はほとんどの人が必ず受けなきゃならないレベルの、結構難しーいテストなの。
でも、なんで? どうして奏太がTOFELの参考書を開いてるの? 一般的な英語力というか、大学受験に必要な英語力を身に付けたいなら素直に受験対策をすればいいのに。実践的な英語を勉強したいならTOEICの方を勉強すればいいと思うなあ。少なくとも、ここまでする必要ないよなーってあたしは思うんだけど。うーん?
「ふーっ……」
長ったらしいリーディング問題を解き終わったのか、長めの溜息を吐き出す奏太。うんうん、それで正解。奏太くんもなかなかやるじゃないかー。
「んーっ……ん?」
軽く伸びをした所でようやく室内の違和感に気付いたらしく、くるりと首を回した奏太と目が合った。
「よっ!」
「……何してんだ」
スポーンとイヤホンを抜きながら、あたしを睨む奏太。あれれー? なんか機嫌悪そうだぞー?
「ご飯だから呼びに来た!」
「それなら悪趣味な事してねーで普通に声掛けろや」
「掛けたけど全然反応してくれないんだもん! なんか頑張ってるっぽいし、それ解き終わるまで待っててあげよっかなーっていうあたしの優しさよ優しさ!」
「耳元で叫ぶなうるせー」
「っていうかそれ、TOFELの参考書だよね? 英語嫌いな奏太が受けるわけじゃないだろーし、なんでそんなのやってんのー?」
「……なんとなく」
バツが悪そうに言いながら、参考書をパタリ。なんだなんだーそのきまりの悪そーな感じはー? さては……英語嫌い嫌い俺日本人英語いらない大丈夫間に合ってますとか小学生の頃から言ってた奏太くん的には苦手科目に四苦八苦してる姿を見られちゃうのは恥ずかしい! とか!? いやでもそんな事気にするような奏太じゃないしなあ……。
「なんとなくでやるような物かねー?」
「なんとなくはなんとなくだっつの」
「っていうかよく見たらさー英語関連の参考書増えてない?」
「そりゃ増やすだろ。受験今年なんだしよ」
「あ、そっか。そうだったそうだった!」
「はあ……」
溜息を外界にポイ捨てしながらスマホに電源を入れる奏太。ほんとに集中したい時はスマホの電源切るスタイルなんだってさ。画面がパッと明るくなると、途端にラインの通知がポンポンと。
「む」
「あ、くろちゃんだ」
「くろちゃん?」
「一年の黒井さん! 今の黒井って人、くろちゃんの事でしょ!?」
「それは正解だが、ふつーに人のスマホ覗いてんじゃあ……ねえっ」
「あだぁ!? ま、またデコピンした! 今日もめっちゃ痛いーっ!」
「お、褒められた」
「褒めてない! や、三割くらい褒めてるかも! ってか普通にラインしてんだね!」
二人がラインを交換したのが五日前。こういうの割と面倒がる奏太が、ほとんど面識なかった年下の女の子とラインをしてる。ふーん……ふーんふーん!
「ほとんど向こうが一方的に話してるだけだけどな」
「ふーんふーんふふーん!」
「なんだそのウザいツラ」
「べっつにー!?」
「……まあいいけどよ」
「あれ? 返信しないのー?」
「飯なんだろ? 後だ後」
ささーっと勉強道具を片付け、そそくさと部屋を出る奏太。なーんか怪しい……怪しくない? ま、なんでもいいけど! そうだ! こはるんに報告しとこー!
今更だけど、気付いたの。どうしてこはるんが奏太とくろちゃんが仲良くしてる姿を見てそわそわしてたのか。考えてみれば当たり前の事だったや。
要するにこはるんは! クラスメイトの恋の行く末が気になってそわそわしてたのよ! うん! これで正解! 百点満点! だから報告をするのだ! 二人はちょいちょいラインしてるみたいだぜーって!
「ほいほい……ほいっ!」
奏太とくろちゃん少しは進展あるみたいだよ! って送信。即既読が付いて、四つに分けて返信が返って来た。
『そうですか』
『凄いなあ』
『ねえ東雲先輩』
『可愛いってなんですかね?』
い、いきなりなんだあ? なんか変なアニメでも見てんのかな? なんでもいいけど、質問に答えてあげないと!
「あ、た、し、の、こ、とっ!」
うーん! あたしいい子! この世界で唯一不変の真理を教えてあげるなんて!
『真面目に答えてください』
「真面目に答えてるよ!?」
思わず叫んじゃった。こんなに真面目に答えてるのに……おかしいなあ……。
『聞く相手を間違えました』
『いえ』
『私は誰も頼りません』
『まず自分と向き合わなきゃダメなんです』
『わかってますとも』
『っていうか』
『今までがズボラ過ぎました』
『朝は適当に寝癖直しウォーターシュッってして髪結って終わりだし』
『夜はお風呂上がったら即パソコン前でオタクタイムだし』
『肌ケア髪ケアほとんどしないし』
『歯磨き結構サボるし』
『気付いたら深夜四時回ってるとかしょっちゅうだし』
『そりゃ肌も荒れるわ』
『意識低すぎ笑えない』
『でもダメだ』
『私はもっとやれるはず』
『多分』
『きっと』
『めいびー』
『そうだ』
『立て』
『立つんだ小春』
『目覚める時は今なんだ』
『やれる事やらないと』
『後悔とかやだもん』
『けど』
『自信ないなあ』
『でも頑張る』
『私なりに』
『よし』
『やる気出た』
『やってみるかー』
『やるぞー』
『負けないぞーっ!』
そこで、怒涛の返信ラッシュは止まった。
「…………いや何これ!?」
っていうかこはるん、途中からあたしじゃなくて自分と会話してなかった!? 意味わからないんですけど!? っていうか怖い! ほんと今何見てるのあのロリ巨乳!?
「う、うーん……」
「千華ー」
「はいはいはいなー!」
はいっ、考えるのやめっ! 考えてもわかんないし! こはるんが微不思議ちゃんなのは今に始まった事じゃないし! お腹空いたし! 今あたしがやるべき事は、美味しいご飯をたーっくさん食べてエネルギーを補充する事だし!
部屋の主に代わって電気を消してリビングに飛び込んだ途端、目と鼻が幸せになった。
「あーもう! 美味しそう! お母さんのご飯好き!」
「お母さんの事は?」
「同じくらい好き!」
「千華ご飯抜き」
「なんでー!?」
「奏太ー千華の分まで食べていいわよー」
「やったぜ」
「やったぜじゃなーい! お母さんの事はもっと好きだからー! 大好きだからーっ!」
「もう一声足りないからダメー」
「何それー!? あ、お父さん帰って来た!」
「ただいまー! 今確かに聞こえたぞー! お父さんの事大好きだからと叫ぶ千華の声がー! お父さんも千華の事が大好きだぞー! お仕事頑張ったねって頭撫でてくれーっ!」
「お、おわぁ!?」
「暴れんなよなー」
「ほどほどにして席に着きなさいねーお父さんも千華も」
「ちょ、ちょっとお父さんっ! 今のはお母さんに言ったの!」
「うーんこのツンデレさんめー!」
「誰がツンデレか!? ほんとに違うんだってば! 痛いし加齢臭キツイしマジ無理マジやめてお願い!」
「そんなツンデレ気味なかまってアピールも最高に可愛いぞ千華ーっ!」
「そうじゃなーいっ!」
いつもより少しテンション高めな夕飯タイムの到来。
その所為かな。こはるんに何やら変化が起きているらしいって事を意識の外に置き忘れて来てしまっていた事に、この時のあたしは気付けなかった。
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