もっともっと突撃!川原町団地!

「ぎいいいいやああああああ!!!」

「うおおおビックリした! いきなりどしたの!?」

「どどどどしたのじゃありませんよ! ななににになにななにしてるんですか!?」

「何って、風呂上がり? さっきまで親父んとこで荷揚げ手伝っててよー汗だくになっちまった」

「じゃなくて! そそそっ、それ!」

「それって……ああ、牛乳キメてんだ。カルシウム補充大事。俺はまだ、身長を諦めたわけじゃないからな!」

「そっちじゃないですしキメ顔要らないですっ! と、とにかく服着てください服!」

「大袈裟じゃね?」

「大袈裟じゃないですっ!」


 ピンポン押す。今手放せない、勝手に上がってと叫び声が聞こえる。おじゃまします。上半身裸の男性がバスタオルで頭を拭いていた。今ココ。


 ね!? こんなの驚くに決まってるじゃないですか! っていうか松葉先輩めっちゃ筋肉質ですね!? 素敵! 無駄な贅肉まるでないじゃないですか!? 素敵! 私マッチョさん好きなんですよ! じゃなくて!


「下ならまだしも上着てないくらいで何を騒いでんだか」

「いやいや半裸の男性が出迎えとか身の危険感じて当たり前だと思うんですけど!?」

「わーったからニャーニャー鳴かないの。っていうか泣いてる?」

「泣いてません! 半ベソです!」

「それ泣いてるって言うんじゃ」

「私的には違うんですっ!」

「基準ガバいな……リビングでのんびりしてて。気兼ねなくどーぞ。親父もお袋も出掛けてっから」

「は、はい……ってちょっと!?」


 肩にバスタオルを掛け、悪びれた様子もなく颯爽と立ち去る半裸の変態さん。ご両親いないから宣言とか、まるでそんなつもりがあるみたいじゃないですか!? 違いますかね!? いや違うんでしょうけど! っていうか広背筋凄いですね!? じゃなくてっ!


 や、私の反応が過剰なんですよね、理解しています。そもそも松葉先輩、間違いなく私を女として見ていませんし。だから何も警戒する必要もないんですけど……あ! それはそれでムカつきますね!? かなりムカつきますね!?


「おまた……何してんの?」

「牛乳飲んでますっ! ごちそうさまでしたっ!」

「お、おう……なんかあった?」

「なんにもありませんっ! 今日は一つご報告があって来ましたっ! あとライン教えてくださいっ!」

「展開早くね!? せめて説明を」

「フルフルしますよフルフルっ! 準備してくださいっ!」

「聞いて!?」


 サッとラインを交換して! ご自分の原付らしき物をアイコンにしている現金って人とお友達になって! バッとみなさんに話してきた内容と同じ話をしました! いやいや現金って。


「なーるほど。それスゲーいい。絶対夏菜喜ぶよ。もしかしたら泣くんじゃねえか?」

「それみなさんも言ってました」

「だろうなー。あ、作るのはいいけど、千華はその場に入れるなよ? 千華自身も含めた全員の為に言ってるんだ。もう一度言う。あいつは、絶対、調理場に、入れるな。以上」

「何をしたんですか東雲先輩は……」

「言えねえ。ただ、あれは仕方のない事だったんだよ……あのアホが天才的アホだった……それだけの事なんだ……」


 これ以上触れてくれるな。悲壮感漂う横顔が雄弁に語っているのでこの話はおしまい。なんか怖いし。


 なんかブツブツ言ってる松葉先輩を横目に見ながらリビング内を丸く拝見。すると、ある可能性に行き着いた。


「松葉先輩、室内の家具って」

「お!? わかる!? うちの家具のほとんど親父んとこで作ったんだよー!」


 やっぱり、松葉先輩のお父様が社長さんを務める工務店産だった。木材の色合いが似てるからっていう、なんとなくの気付きだったんですけどね。


 後で知ったのですが、松葉先輩のお父様の会社、奥様が経理さんを勤めていらっしゃるらしいです。旗揚げから二人三脚でずっと頑張ってきて、地元の方々はもちろん隣県の方からもたくさんお仕事をいただいているそうです。正に家族一丸ですね。


「凄いですね」

「だろー!? いい仕事してるよなーほんと! あの食器棚とか超良くね!? お袋のリクエストに応えながら自分好みのディテールも盛り込んでんだってさ! あっちのテーブルと椅子も全部親父達が作ったんだぜ! その電話台も! それとそっちの……!」


 あっちこっちを指差しながら解説を添えてくれる松葉先輩の横顔は、完全に幼い少年のそれ。ひたすらに眩しい笑顔、昔から変わりませんね。


「凄いんですね、松葉先輩のお父様も会社のみなさんも」

「おうよ! みんなスゲーんだ! あ、ねこちゃん家でなんか入り用な物とかない!? タダってのは無理だけど付け値でやってくれると思うよ!? なんかあればじゃんじゃん言ってくれよ! な!?」

「松葉先輩が作ってくれるんですか?」

「いや! 俺は作れない! なーんも作れないぞ! というか作んねえ!」

「胸張って言う事なんですかね……」

「俺に任せろ! とか本当は言いたいんだけどさー。誰かの生活の一部になる物を作るんだから、仕上がりにもその後にもそれなりの責任が発生するじゃんか? 今の俺にそんな物背負えるだけの力はねーからさ。どんな額だろうと金銭が動くわけだし、尚更ね」

「……色々考えているんですね……」

「だろー!? まあ何かあったら遠慮なく言ってくれよな!」

「じゃあいつか、うちの兄専用の犬小屋なんかを依頼しようかな」

「そりゃあいいな! ねこちゃん専用の猫小屋もセットで作ってやるよ!」

「要らないですっ! 猫でもないですっ!」


 私の抗議なんて完全無視で笑っていらっしゃる。いい加減やめてくれないかなあ……ねこ呼ばわり……。


「つーかさ、なんでねこって呼ばれるのそんなに嫌なん? 可愛くね?」

「だって、猫に失礼じゃないですか」

「は?」

「ほら、猫って可愛いじゃないですか? 超可愛いじゃないですか? ミラクル可愛いじゃないですか? ファビュラスマックス可愛いじゃないですか?」

「う、うん? まあ……」

「それに比べて私ですよ? たかだか人間ですよ? 至高の存在と同等に語る価値などない薄汚れた生き物なんですよ? だと言うのに猫呼ばわりとか、猫への侮辱だと思いませんか? 私は思います」

「やっぱねこちゃん変わってるわ」

「どこがですか!?」


 どが付くほどの正論しか言っていないのに! 世の中には足を踏み入れてはいけない領域というものがあるじゃないですか!? 猫という存在はそれほどの高次元に位置している存在なのですよ! 松葉先輩の方こそ理解が足らないのではないのでしょうか!? 


「あの兄にしてこの妹ありかねー」

「あんなのと一緒にしないでくださいっ!」「あんなのて。ねこちゃんの言ってる事はイミフだけど、俺らがねこちゃんをねこちゃんって呼ぶのは単純な理由だぞ」

「どういう事です?」

「ねこちゃんの事をさ、ねこちゃんにとっての猫みたいに思ってんの、俺達全員が」

「はい?」

「それくらい可愛いって思ってるって事」

「……そっ! そ……うれしゅか……」

「だからこれからもねこねこ呼ぶから」

「し……し、仕方ない……れしゅね……不本意れすけろ……」

「どした? カミカミだけど?」

「なんへもあびばぜぇんっ!」

「そ、それならいいんだけど……」

「く、うぅ……!」


 いや。いやいや! いやいやいやいや! なんですその歯の浮くようなセリフは!? どうせ無自覚なんでしょうけど! うっかり好きになっちゃいそうな事言うのやめてください! ありえませんけど! ん? ありえないの? う、ううーん? うーん……とりあえず! なんだか恐れ多いくらいの評価をしてくださっていらっしゃるみたいでどうもありがとうございますっ! 


「あそうだ。美優んとこ行かね? ゲームしようぜゲーム!」

「はいっ!?」


 こ、これだけメンタル弄ばれた上でまた浅葱先輩に揶揄われたらSAN値直葬待った無し。うん、無理っ!


「遠慮させていただきます本当はみなさんとゲームしたいですしもう少し色々お話ししたかったんですけど癒しと潤いが異様に欲しくなったのでこの辺りで失礼しますではまたおじゃましました」

「めっちゃ早口! すごっ! まーなんでもいいや! また遊びに来てな!」

「はいその時はよろしくお願いします」

「おう! いってらっしゃーい!」


 競歩かくらいせかせか歩く私を見送り、松葉先輩は室内へ戻って行った。


「ふぅ……素敵だったな……僧帽筋……」


 ガリガリと擦り減らされた神経を回復させるべくナイスマッスルな部位に思いを馳せる。あの肉の付き方、グッドでした。っていうか、150センチの私と大体同じ身長であの筋肉とか半端ないですね。日頃から鍛えているのでしょう。そういうストイックな姿勢、カッコいいと思います。


 僧帽筋や上腕二頭筋や割れた腹筋に若干癒されたものの、まだ足りない。もっと癒しが欲しい。もう少し松葉先輩に色々と伺ってみたい好奇心よりそちらの方が優先度高し。という事でたっぷり癒してもらうと致しましょう。松葉先輩宅の四つお隣にお住いの方に。


 1037、白藤。みんなのオアシス、白藤夏菜先輩のご自宅だ。


「えいっ」


 この部屋のインターホンを鳴らすのに、一切の躊躇もなかった。あるはずもない。


『はーい。あ、小春ちゃん! 本当に来てくれた!』


 そんなん来るに決まってるじゃないですか……もう可愛い……もう癒される……パタパタとフローリングを踏み鳴らす音が近付くに連れてテンション上がるんですけど。なんでしょうこの現象。


「いらっしゃい小春ちゃん!」


 勢い良く扉が開き、背の高い綺麗なお姉さんが飛び出して来た。さっきまでのジャージスタイルの上に薄紫色のエプロンを纏っていらっしゃる。うん、可愛い。それにしても、何やら甘い香りがしますね? 香水の類などではなく。


「さっきぶりです」

「うんうん! 小春ちゃんお腹空いてない!? ちょっと食べたくなっちゃってパンケーキ焼いてるんだけど、良かったら一緒にどう!? あ、ごめん! 外暑いよね! 入って入って!」

「わっ」


 くるりと私の背中に回ると、えいえいと私を押し始めた。うーん、超可愛い。


「大っきなテーブル……」


 リビングに通されまず視界に飛び込んで来たのが、濃い色合いの木材で作られた楕円形の大きなテーブル。近しい色合いで作られた椅子が八脚置かれているのだが、もう数脚並べても全然問題なさそうなくらいだ。数年前にこの部屋に招いていただいた際にも同じ事を呟いていたような気がする。


「でしょー? これね、元ちゃんのお父さんの所で作ってくれたの! ほら、私達ってみんなでご飯食べる事が凄く多いから。普段は修ちゃんの部屋に集まる事が多いけど、みんなでご飯の時はいつもここなんだよ」


 なるほど、それでこのテーブルを。でもですよ?


「どうして白藤先輩のお宅に置いたんですか? 他の先輩方のお家でも良かったのではないでしょうか?」

「それは多分ね、私の為だと思うの」

「と言うと?」

「私のお父さん、イタリアンのお店でコックさんやってるの。お母さんは同じお店でホールのお仕事ね。ほら、レストランって土日が書き入れ時でしょ? だからうちね、お父さんもお母さんも週末はほとんど家にいないの。帰って来ても夜遅い事が多くて」

「なるほど……」


 だから白藤先輩の家に、自然とみなさんが集まるようにした。白藤先輩が寂しくないように。ですかね。


「今ではほとんどなくなったけど、昔は私の両親の代わりにみんなのお父さんお母さんの誰かがうちでご飯作るのが当たり前だったもん。子供用の椅子もいっぱいあったんだよ。懐かしいなあ……」

「それが今では白藤先輩が台所に立つ側と。お料理好きはご両親譲りなんですね」

「うん。二人にお願いしてたくさん練習させてもらったもん。楽しかったし……それにね、みんなが来てくれると嬉しかったし……美味しいって喜んでくれるの……もっと嬉しかったから……」

「天使」

「こ、小春ちゃん!? どうしたの!?」


 思わず抱き着いてしまった。ああ、白藤先輩のお胸が顔に……ここが天国か。絶対天使夏菜たんが産み出した領域なんだ、天国に決まってる。浅葱先輩わかります、わかりますよ。白藤先輩マジ天使。嫁にしたい。その辺の馬の骨にお持ち帰りなんて絶対許せない。今日から私も白藤夏菜過激派を名乗ります。


「堪能しました……」

「美優ちゃんみたいな事言ってる……」

「安心してください。私に百合属性ないので。見るのはイケますが自分にはありませんので」

「百合? お花の事?」

「大体そんな感じです。ところで、台所の方は大丈夫でしょうか?」

「あそうだった! いけないいけない! うん、大丈夫! ちゃんと出来てる!」


 キッチンまでパタパタ小走りしてる。可愛い。指差しまでして確認してる。可愛い。


「小春ちゃん、お腹いっぱいじゃない? もし食べられるなら」

「私で良ければ喜んで!」

「食い気味だね!? じゃあ用意するから座って待ってて!」

「私も何かお手伝いを」

「いいのいいの! あ! 飲み物何がいい!? 美味しい紅茶あるよ!? あとはねえっとえっと」

「じゃあ紅茶でお願いします」

「うん! 任せて!」

「か、かわわ……」

「どうしたの?」

「いえいえ! 良い匂いだなーって!」

「でしょー!? 今日のはすっごく良く出来た自信あるんだから! あ! 暑かったら冷房強くしていいからね!」

「は、はい……ぃひい……」


 か、可愛い……ハイテンション白藤先輩可愛い……ってちょっと? 夏菜たん癒しの波動にガンギまってる場合じゃないでしょ。せめてもう少しでもしゃんとしなさい私。


 ぺちっと頬を叩いて、大きなテーブル前の椅子に腰掛ける。あ、白藤先輩鼻歌口ずさんでる。激可愛い。


「はえー」


 白藤先輩だけを見ていると癒され過ぎて昇天しそうなので広い室内を拝見させていただく事に。右を見て左を見て、気付いた。この部屋、凄い数の写真立てが飾ってある。


 白藤先輩お一人。ご家族と。みなさんと。様々な状況、様々な表情のそれらは、如何にこの家の一人娘さんが大切にされているか、如何にあの人達を大切にしているかが一目でわかる物ばかり。っていうかロリ藤先輩可愛過ぎる。あ、あの写真、ロリ藤先輩泣いてるじゃないですか可愛過ぎ無理尊みがヤバみでしてマジ卍しんどいパないっていうかロリ藤先輩泣かしたヤツ許さない末代まで祟ってやるぅ。


「お待たせー!」


 こっそりスマホに収めようと掲げた所で満面の笑みの白藤先輩のご到着。写真もいいけど今の私を見てって事ですか!?


「コーンスターチ入れるといい感じにふわふわになるってテレビで見たからやってみたの! 見た目どうかな!? あ! はちみつで食べる!? パンケーキシロップとミルクソースもあるよ! 小春ちゃんのお好みで食べてね!」


 テキパキと配膳しながら早口でのご説明。なるほど、私に見せたかったというのはこれなんですね。理解。


 いや、ほんとにふわふわだ。白藤先輩が発する穏やかな振動でプルプル震えているくらいですし。焼き色も良いですし、しかも三段重ね。何ですかこのクオリティ。うちの母が嫉妬するレベルのインスタ戦闘力ですよ。ふじのやのラインナップに組み込んだら違う客層の方々に足を運んでいただくきっかけになるやも?


「出来た! 食べよ食べよ!」

「はい。いただきます」

「いただきます! あーん……んー!」


 手を頬に当て唸る白藤先輩。どうやら納得の行く一品が作れたらしい。食べてみて食べてみてと言わんばかりに瞬たかせているパチクリお目目に従い、とりあえずシロップはかけずに小さく切って一口……。


「わ! 美味しい! 美味しいですー!」

「ほ、ほんと!? 嘘じゃない!?」

「ほんとですー! 超美味しいですよー! え、何これ柔らかっ! 甘っ! ハンパないですよこれ! 激ヤバですよ!」

「そ、そうかなあ……でもでもっ、私なんてまだまだだよ……えへへ……」


 だー! 控えめに照れる白藤先輩かわええんじゃー!


「冷める前に食べよ食べよ!」

「はひ……ふひひ……」

「小春ちゃん?」

「いえいえなんでも! 重ねてて言いますが私に百合属性はないので!」

「だから百合って何!?」

「忘れてください! ほらほら! いただきましょう!? こんなに美味しいんです! 冷める前に食べないと!」

「こんなに美味しい……ふふ……」


 あー! 心がぴょんぴょんしちゃうんじゃー!


 数種の彩り豊かなソースとマジ天使な白藤先輩の笑顔でトッピングされたうまあじがヤバみなパンケーキをハイテンションなまま齧り付く事数分。


「ご馳走さまでした……大変美味でございました……!」


 あっという間に平らげてしまった。リアルガチでうまみがヤバみでした。最高っ。


「お粗末さまでした!」

「本当に美味しかったです。白藤先輩が洋菓子屋さんとか始めたら大行列間違いなしですよ。毎日通うまであります」

「お、大袈裟だなあ……でもありがとっ。作って良かったぁ……」


 私も、来て良かったです。こんなに可愛い白藤先輩を拝めた上にあんなに美味しい物を頂けたんですから。


「そうそう! この後時間ある!?」

「ありますあります超あります」

「なんか大袈裟じゃない!? えと、小春ちゃんさえ良かったら、今晩ここで夜ご飯食べていかない? 私作るから!」


 えっ? この上更に白藤先輩の作る夕ご飯が頂ける? マジですか? とはいえ、これ以上は流石に申し訳ないな……。


「そんな……何から何までしてもらうわけには……」

「いいのいいの! 私がしたいの! 折角だからみんなで食べようよ!」

「み、みんな?」

「うん! 今日ね、私達のお父さんお母さん達みんなでお昼から飲みに行ってるの。だから今夜は私がみんなのご飯担当なの」

「お昼から……」

「お休みが重なった時は大抵そうやって遊んでるよ。私達が産まれる前からの仲良しさんだからねー」


 ああそっか。みなさんが産まれた日からの付き合いって事は、みなさんのご両親はそれ以前からの付き合いになるんですね。


「で、どうかな!?」

「うーん……」

「……やっぱり……気になるよね……」

「へ?」

「え?」

「何か仰いました?」

「う! う、うーん……」


 困ったように唸る夏菜たんぐぅかわ。はて、何か引っ掛かっているのでしょうね?


「えと……うーっと…………あ、あの!」

「はい?」

「思い切って聞くね!?」

「はあ」

「小春ちゃんって……その…………そ! 奏ちゃんの事が好きなの!?」

「…………ほえ?」

「ち、違った!? あれれ!?」


 可愛い。じゃなくて。あれれーおかしいぞーはこっちのセリフなのですが。


「えと……それは一体……」

「違ったならごめんね!? その……最近の小春ちゃん、奏ちゃんだけに余所余所しいように見えたから……私なりに考えて……そういう事なのかなって思って……」


 余所余所しくしてる=気がある、ですか? テンプレラノベのテンプレツンデレならわからなくもない等式ですけど……。


「えと……これは私の友達の話なんだけどね? とある男の子がその子に対して素っ気なかったと思ったら、実はその子の事が、って事が最近あって……あ! 私の話じゃないからね!? 友達の話だからね!?」

「白藤先輩のお友達の話ですね」

「そ、そうなの! 私の友達の話なの!」


 ふむふむ。日頃から素っ気なかった誰かさんが、白藤先輩に対して急にデレたと。まさかうちの兄……いやいやないですね。あのヘタレに告白する度胸なんてありませんし。けど、少しの揺さぶりで斜め上な行動を起こすヤツでもあるし……。


「それで……どうなのかな……?」


 嫌いかと問われれば答えはノー。絶対にノー。好きかと問われれば……イエスと答えるのは違うような気がします。ですけれど、ノーと答えるのもまた違う。


 白状しますけれど、私にとって特別な人ですよ、山吹先輩は。昔から、疎遠だった頃だって、今だってずっとです。しかし、桃瀬先輩も松葉先輩も同じ枠の中にいらっしゃる人です。私にとって唯一と言ってもいい男の子のお友達というか、幼馴染というか。そういう特別なんです。


 あれですね。ベタですけど、ラブかライクか、みたいなものでしょうね。 少なくともラブの方ではないという自己分析です。まあ? 微塵も気にならないと言えば嘘になりますけど、あくまでそんな程度です。ですので。


「そういう事実はありませんね」

「そうなんだ……」

「山吹先輩に対して私がアレな感じだったのは全く別の理由で……というか実際は何もなくて……決して山吹先輩が嫌いって事はないです。その事で白藤先輩の気を揉ませるような事はないのでご安心ください。仲直りめいた事は先程済ませて来ましたので」

「本当?」

「本当です」

「そ、そっかぁ……小春ちゃんと奏ちゃんケンカしちゃったのかなって心配してたの……良かったあ……」


 まさか、白藤先輩にも要らぬ心配をさせてしまっていたとは。それほどに私の態度は露骨だったのだろう。これは猛省案件ですね。


「でもそれなら大丈夫……だよね……?」


 控えめなお誘いですけれど、押しそのものは強い。白藤先輩らしいなあ。


「……私でよければ……」


 無用な心配をさせてしまったお詫び。白藤先輩に宿った不安の完全解消。それと、久方振りにみなさんが作るわいわい食事風景を見てみたくなった。これだけあれば動機として充分だろうと、自らを納得させてみた。伏し目がちな夏菜たんの可愛さにやられったってのもありますけど。


「やったっ!」

「えと……お世話になります」

「いいのいいの! じゃあ私仕込み始めるから座って」

「いえいえ! 今度こそお手伝いさせてください!」

「大丈夫大丈夫! 何も気にしないでいいんだから!」

「でも黙って座ってるわけには……あ」

「電話鳴ってるよ?」

「ちょ、ちょっとすいません……」


 言葉の押し合いへし合いに割り込むラインの着信音。空気を読めない困ったさんは一体どこのどなたさんで……あれ? そーた? 山吹先輩!?


「も、もしもし!?」

『あ! ほんとにこはるんだ! おーいこはるーんあたしあたしー!』


 こはるん呼び。可愛らしいソプラノボイス。山吹先輩のスマホを手にしているのは、自室にカンヅメを強いられていた人らしい。


「東雲先輩ですか」

『そ! こはるん、まだうちにいる?』


 うち? 両先輩のおうちにはもういないじゃないですかと言おうとして、はたと気付く。この団地そのものを指して、うちと言っているのだと。


「今は白藤先輩の所に」

『じゃあちょっとこっち来て!』

「片付けのお手伝いならしませんよ?」

『じゃなくてじゃなくて! なんかさーあたしの部屋から昔のアニメのDVDが』

「マッハで行きますしばしお待ちを」

『ほえ? こは』

「すいませんが少々所用が出来ました。終わり次第直ぐに戻ります」

「今の大っきな声は千華ちゃん?」

「そうです」

「千華ちゃんの所に行くのはいいんだけど、お片付けのお手伝いはしちゃダメだよ? 今のうちに整理整頓の練習しといてもらわないと。来年から一人暮らしなんだし」

「そのつもりはありませんのでご安心ください。では後ほど」

「あー待って待って! あ、あの……小春ちゃんのライン……私も知りたい……交換してくれる……?」

「もちろんですしましょう今しましょう超しましょう永久にしましょう」

「永久って所はよくわかんないけどやった……! じゃ、じゃあこれっ!」


 両手に持ったスマホを突き出し頬を赤らめる白藤先輩。なんだろう、告白されているような気分。嬉しい。照れる。幸せ。ニヤけちゃう。てへへ。


 ニヤニヤしながら交換。インスタ戦闘力高そうなお洒落シフォンケーキをアイコンにした、白藤夏菜というユーザー名のお友達が増えました。


「やった……お友達が増えた……あのあのっ、時々……電話したりしてもいい?」

「時々なんて言わずにいつでもどこでもウェルカムです。むしろこっちから掛けまくるまであります」

「そ、そっか……良かった……」


 心底嬉しそうに上半身を揺らす白藤先輩の微笑みが爆弾級な可愛さ。私だって飛び跳ねて喜びたいくらいなんですけれどね。これで人生の勝ち組だ……!


「えと、引き止めちゃってごめんね! いってらっしゃいっ」

「はい」


 小さく手を振る白藤先輩に見送られながらバタバタと玄関を飛び出し、向かいの廊下の10号室までダッシュダッシュ。呼び鈴プッシュからのお邪魔しますコンボを決めつつ入室。先程までより幾分か整頓されているリビングへ躊躇なく突撃。


「こはるん来た! とーうっ!」

「はいこんにちは今日はいいお天気ですねそれで例のブツはどちらに?」

「展開早っ!?」


 早速セクハラハグで出迎えてくれる可愛いお姉さん。少しは片付け進んだみたいで何よりです。


 っていうか。白藤先輩、気になる事を仰っていましたね? この先輩が来年から一人暮らしとか。もう決まった話なんでしょうか? 事実だとして、それは一体どういった理由によるものなのでしょうか?


「お、ほんとに来た。なんか悪いね」


 セクハラを適当に受け流しながら熟考していると、山吹先輩も登場。


「う……」

「ん? どったの?」


 さっきまで白藤先輩とあんな話をしていたからでしょうか。山吹先輩と目を合わせるのがなんか……。


「いっ……こほん。いえいえ全然バッチコイですウェルカムですかかってきやがれです」

「そ、そですか……つーか、ねこちゃん呼び出してどうするつもりなんだお前は」

「やーさ、ねこちゃんが興味あるよーってヤツなら持って帰ってもらおっかなーって思ってさー」

「マジですかいいんですかとりあえず現物見せてもらってもいいですか」

「うんうん! えとえと……えっと……あれ? どこ置いたっけ? この辺置いたと思ったんだけど……」

「自慢の記憶力仕事しろよアホ」

「う、うるさーい! あそうだ! あたしの部屋だ! 取ってくるからちょっと待ってて! あ! その前に!」

「わっ」


 無理矢理に手を引かれ、大きな戸棚の前まで連行された。ちょっと痛いくらいだ。


「ねえねえ見て見て! この子、こはるん! あたし達の妹みたいな子! うちに来た事あるんだけど覚えてる!?」


 東雲先輩の視線先にあるのは、少々歪な形をした写真立て。その真ん中には、長い金髪を靡かせ満面の笑みを浮かべている、一人の女性の写真が収められていた。


「超可愛いでしょー!? ロリ巨乳でメガネっ娘とか属性パワーハンパないよねー!」

「な、何言ってるんですかっ!」

「ほんとの事なんだからいいじゃん別にー。ね? ママもそう思うよね!?」


 そうか……そうでしたね。


「とにかくっ! また昔みたいに遊ぶんだから! 何度もうちに招待しちゃる! じゃあDVD探してくるー!」


 うんうんと大袈裟に頷き、自室に向けて駆け出す東雲先輩を見送る。転ばないでくださいね。


「え、えっと…………赤嶺小春と申します……よろしくお願いします……」


 なんだか無性に挨拶がしたくなったのでぺこりと一礼。返事はないですけれど、娘さんと良く似た人好きのする笑顔は、私を歓迎してくれているんだと、そう思えました。


「聞いた? 誰かさん自慢の可愛い娘さんよりよっぽど礼儀正しいと思わない?」


 眩しい笑顔に語り掛け、人差し指で写真立てをツンと突く山吹先輩。じゃれ合いのようなその光景はとても尊く、筆舌に尽くし難いほどの慈しみに溢れていたから、少しだけ近寄り難く思えた。邪魔をしてはいけないって、そんな風に。


「ま、あいつと比べちまえば誰だって礼儀正しく見えちまうわな」

「かもしれませんね」

「だね。急で驚いた?」

「今の東雲先輩にって事なら少しだけ。ああいう東雲先輩、初めて見ましたから」

「そっか、初めてか」

「山吹先輩は見慣れていそうですね」

「あいつのアレは小四の頃からだから流石にね」

「具体的にいつからか覚えているとか東雲先輩もビックリな記憶力じゃないですか」

「違う違う。初めてがインパクト強かったから、それで覚えてるだけ」

「そうなんですか?」

「それなりにパンチあったからね」

「……良かったらその話、聞かせてもらえませんか?」

「……気になる?」

「ええ。とっても」


 明確な理由なんてありません。本当に、ただの興味です。今の東雲先輩を作り上げた一端を担っているのは間違いないですし。


「……まいっか。あいつの事だ。DVD発見にしばらく掛かるだろうし」

「そ、そうなんですか……」

「そうなんです。じゃあ聞いてもらっおっかな。ま、全然大した話じゃねーんだけどね」


 柔和な笑みを浮かべながら、窓の外に目を向ける山吹先輩。懐かしく、温かな記憶を思い返しているのでしょうか。


「俺達がまだ小学四年だった頃。大雨が降った日の話なんだけどさ……」


 そう切り出し、優しい笑みを浮かべながら、山吹先輩は両目を閉じた。

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