もっと突撃!川原町団地!

「え、えっと……」


 各部屋の表札を観察しながら、エレベーターホールの方へ戻って行く。山吹先輩の自宅から一番近いのは確か……。


「ここだ……」


 1003。桃瀬。桃瀬修先輩のご自宅だ。


「う、うう……」


 正直、なんでこんな事に状態です。いきなり過ぎて超緊張してます。けれど、みなさんの事をより深く知る良い機会なんだと上向きに捉えよう。そうでもないと倒れそうだから……苦手なんです、連絡先を聞くの。どうしても尻込みしてしまって……。しかし、いつまでも日和ってるわけにもいきません。


「よし……!」


 呼び鈴を人差し指でプッシュ。打ち鳴らされるピンポンの音が合図。緊急クエスト。みなさんの連作先を聞いて回れ! スタートです。


『あれ? 小春ちゃん?』


 通話状態になったドアホンの向こうからイケボが聞こえて来た。桃瀬先輩、声もカッコいいんですよ……マジイケボ……声優さんになったり……ないか。良い声聞いたらとりあえず声優業を勧めたがる。嫌なキモオタあるあるだなあ。


「こんにちは……いきなり押し掛けてしまってごめんなさい……」

『大丈夫だよ。待って、今開ける』


 プツッと通話が途切れ、床を踏み鳴らす音が接近。


「びっくりしたな……こんにちは」


 静かに開かれたドアの隙間から、桃瀬修先輩本人が顔を出した。


 有名ブランドのロゴの入ったスウェットのセットアップを着用しているみたいなのですが、スタイルの良い桃瀬先輩にはまあ似合う。この格好で繁華街ブラついてても絵になりそう。今日はヘアワックスを付けていないのかナチュラルな毛流れなんですけど、いつもの爽やかスポーティな感じとはまた違う、非常に知的な印象を受けます。どっちがどうとかそういう話ではなくて、どちらも素敵って事が言いたいだけですはい。本当にカッコいいなあ……。


「今日はどうしたの?」

「その……ですね……」

「とりあえず入って。暑いでしょ」

「お、お邪魔します……」

「どうぞ」


 促されるまま内階段を上がりリビングへ。わかっていた事だけれど、山吹東雲両先輩の家と同じ作りだ。けれど、リビングの広さが明らかに違いませんか?


「全然違う……」

「ん?」

「ああいえ、山吹先輩東雲先輩のお宅とリビングの広さが違うなあって……作りは同じなのに不思議だなーって……」

「ああ、なるほど。リビングの奥が俺の部屋なんだけどね、そこを広くする為にリビングを狭く作り直してくれたんだよ」

「なるほど」


 それでこんなに違うんですね。分譲マンションならではですかね。


 くるりと室内を見渡すと、あちらこちらに車の模型があるのが目に付いた。確か桃瀬先輩のお父様は、車関連の仕事をしていると聞いた覚えがありました。その関係でしょうかね。お母様は確か小学校教諭だったかと。わからない所をお母さんに教えてもらってるんだって、まだランドセルを背負っていた頃の桃瀬先輩が嬉しそうに話してくれた事、今でも覚えています。


「部屋も見る?」

「いいんですか?」

「もちろん。もはやフリースペースみたいな扱いだし、気にしないでよ。何かあると俺の部屋に集まるのが当たり前になってるから……部屋に入っていいかなんて聞かれたのいつ以来だろ……はあ……」


 苦笑こそ浮かべているものの、それが嫌っていう風には、少しも見えなかった。


「どうぞ」

「……カッコいい……」


 招かれるまま扉を抜け先で、思わず呟いてしまっていた。


「どの辺りが?」

「なんと言いますか……品がいいと言いますか……家具の一つ一つのデザインが洗練されているなって……配置も素敵ですし……」

「高校生の部屋にしては大袈裟な評価だなあ。けどありがとう」


 柔らかくはにかむ桃瀬先輩の笑顔が眩しい。この素敵なお兄さんがこの空間にいる事で、この部屋そのものがより一層引き締まるような、そんな感じがする。


 ベッド本棚カーペット学術机テレビ台テーブル座椅子デスクチェアノートパソコンオーディオプレイヤーなどなど、シックな色合いで固めつつ、デザイン性の高い物ばかり。俗っぽい言い方ですけれど、金持ち感半端ないです。


「……あれ?」


 DVDやゲームが陳列されている棚の下方のとある一列が、私の目を止めた。


「桃瀬先輩、お笑い好きなんですか?」


 なんとなく聞き覚えのある芸人さんの名前やお笑い番組のタイトルが記されたパッケージがズラリと並んでいるコーナーがあるんですよ。


「意外だってよく言われるよ。そもそもあまりテレビ見ないイメージ持たれてるみたい。あんな面白いんだから見るに決まってるじゃないか……っていうかみんなももっと見ればいいのに……それぞれに刺さる言い回しで手を替え品を替え布教してるのにみんないい反応してくれない……ほんとなんで見てくれないんだろう……うーん……」


 腕組んで首傾げる桃瀬先輩カッコ可愛い。じゃなくて。


「雰囲気とのギャップとかじゃないですかね? 趣味はお茶とお花を少々って東雲先輩が言い出したらんー? ってなりますよね? そんな感じじゃないかと」

「その例えはわかり易いけど俺には当て嵌まらないと思うんだ……ただ面白いものを見てるだけだもん……」


 だもんて! だもんて!? やめて! 可愛過ぎ! これがギャップ萌えか!


「小春ちゃんはお笑いはあんまり?」

「家族で食事している際にチャンネルが合ってる事はありますけれど自発的には……」

「そっか……」


 露骨にシュンとしちゃう桃瀬先輩ハンサム可愛い。初めて知る桃瀬先輩の一面ですし、もう少し盛り上げてみたい気持ちもありますが、これ以上この話題を掘り下げても桃瀬先輩をガッカリさせる未来図しか見えないので何か他の話題に行こう。


「んーと……あ」


 本棚に並ぶ参考書やマンガの数々から学習机に視線をシフトすると、机上に勉強道具が広がっているのが見えた。期末試験に向けた対策をしていたらしい。


「すいません、勉強のお邪魔しちゃったみたいで……」

「ううん、それは違うよ」

「と言いますと?」

「勉強の邪魔っていうのは、人が勉強やってる横でゲームするわマンガ読むわ映画見始めるわ果ては一緒に遊ぼうとか言い出す連中の事を言うの。だから小春ちゃんは邪魔なんかしてないよ」

「た、大変そうですね……」

「俺の成績を落とすのが目的なんじゃないかと勘繰っちゃうくらいだよ……」

「本当に仲がいいんですね……」

「それはそうなんだけど、大なり小なり弊害はあるものなんだよ……はは……」


 桃瀬先輩……私の知らない苦労をたくさんしているのでしょうね……その……これからも頑張ってください。

 

「っていうか、奏太と千華の所に行ってたの?」

「はい。ちょっとお尋ねしたい事がありまして……」

「大丈夫だった? あの二人、小春ちゃんの話しっかり聞いてくれた?」

「それはもうしっかりと。それで、その話なんですが……」


 という事で、両先輩にした相談の内容と結果をご報告。


「うん、いいと思う。もしかしたら夏菜、泣いて喜ぶかもね」

「桃瀬先輩、山吹先輩と同じ事言ってます」

「夏菜はわかり易い子だから想像も容易でね。話はわかった。俺に手伝える事があったらなんでも言ってね。ああ、そういえばまだ連絡先交換してなかってたよね。良かったら交換してくれる?」

「え? あっ。は、はい!」


 な、なんと、桃瀬先輩から聞いてくださるとは……ありがとうございますありがとうございます……!


 フルフルの儀式を終えると、修と言うアカウント名と、綺麗な桃が収められたアイコンが表示された。なんで桃と頭を捻ると、名字に掛けてるのだと直ぐに理解出来た。知ってた事ですけど、桃瀬先輩って結構なお茶目さんなんですよね。


「はいオッケー。何かあったら連絡してね。何かなくても連絡してね」


 冗談めかした微笑みのカッコ良さがヤバい。失礼ながら、昔は可愛い系って感じだったのに……っていうかなんなの私。何ドキドキしちゃってるの? 乙女ゲーの主人公にでもなったつもり? ええええ、そんなキャラになりたいだけの人生でした。陰キャキモオタでごめんなさい。


「は、はい……それじゃあ私は」

「帰るの?」

「いえ。次は浅葱先輩の……部屋に……」

「美優は苦手?」

「い、いえ! 全然そんな事はないんです! 本当です! 尊敬しているくらいです!」


 運動神経抜群で頭も良くて。綺麗で可愛くてセクシーでオシャレで。ほんと、最強かってくらい。心底羨ましいですし、心底尊敬しています。


「それ、美優に言わない方がいいよ。オモチャにされちゃうから」

「オ、オモチャ……とにかくっ! 私は浅葱先輩の所へ……」

「うん。この時間だと……まあ大丈夫かな」

「大丈夫とは?」

「なんでもないよ。ああそうだ、元気と夏菜にも会って行ったら? 二人ともさっき帰ってきたみたいだから」

「わかりました! 行ってみます!」

「ああ。いってらっしゃい」


 玄関まで見送りをしてくださった桃瀬先輩に頭を下げて外へ出て、すすすっとお隣さんの玄関の前へ。


 1002。浅葱。川ノ宮高校のマドンナこと、浅葱美優先輩のお家だ。そういえば、ここへはあまり入った事がなかった気がします。


「き、緊張する……」


 正直、桃瀬先輩宅に凸った時の比ではないです。さっきの言葉に嘘はないです。浅葱先輩は私の憧れの人だと言えますよ。しかし包み隠すに言うのならば、浅葱先輩を前にするとどうしても身構えてしまう私がいます。私の考えている事なんて何もかもお見通しのようなそんな気がして。私は浅葱先輩の考えてる事、まるでわからないのに。


「う……うーっ……!」


 余計な事考えたら緊張が倍々ゲームしちゃった。え、えーい! 何をウジウジしているか! 女は度胸! 四十秒で支度しな! そんなに待てるか! それ!


 ピンポーンと、古めかしくも間の抜けた音が響く。く、来るぞ……遊馬……!


「……あれ?」


 来ない。お約束が回収されない。ここはもう一度……やっぱり無反応だ。ご在宅との事でしたが、実はお出掛けしてるとかですかね。何にしても、もう一度押して出なければ大人しく退散の方向で……。


「はい……」

「ほわぁ!?」


 思わず声を上げてしまった。だって、玄関開くまでなんの音もしなかったんだもん! ドアホン越しにお前は誰だ俺の中の俺トークするつもりだったんだもん!


「う……あれ……ねこちゃんだ……」

「こっ、こんにちは……」

「おはよ……お姉ちゃんと遊ぼ……」

「あ、遊ぶ?」

「いいから」

「わ!」

 

 手! 手繋がれた! そのままズルズルお家へ連れ込まれた! 強引!


「うー」


 内階段を登り、明らかに浅葱先輩の自室だろう部屋に入るなり、謎の唸り声をあげながらベッドに倒れ込む先輩。うぞうぞとベッド上で蠢きながら私に流し目を送る姿がなんか……エロい。


「んにゃ……今日はどったのー?」


 超フワフワしていらっしゃる……寝起きとかだったのかな……。


「あの……お休み中でしたか……?」

「ピンポンで起きた」

「ご、ごめんなさいごめんなさい……!」

「いーのいーの。あんま寝過ぎて昼夜逆転状態になったら明日死ぬし」

「そんな……昼寝くらいで体内時計狂ったりなんかしませんよ……」

「昼寝っていうかガチ寝。朝までずっとゲームしてたからさー」

「そ、そうなんですか……」


 浅葱先輩がゲーム大好き人間とは山吹先輩から聞き及んでいましたが、マジモンのガチ勢じゃないですか……よく見たら部屋中ゲームのパッケージだらけですし。FPSやTPS。ホラーにアクションにRPG。パーティゲームやスポーツゲームも。ハードも色々と。幅広いジャンルに触れているご様子ですね。ぱっと見PC周りも超充実してるっぽい。ヘッドホンも数点ある。なんとも気合の入った空間だ。


 しかし、お高そうなソファや小さめのドレッサー、化粧品の数々やピアス等々のアクセサリー類、柑橘系のフレグランスの香りなどなど、リアルを捨てたゲーオタガチ勢とは一線を画した女子力お高めグッズの数々がしっかり並んでいる。うーん、オシャレ。それでいてベッドの上にはゆるキャラか何かのぬいぐるみが置いてあったりする女の子らしさも。なんですかねこの人。強過ぎません?


「んーっ……ふぅ……で、今日はどうしたの?」

「はうっ……!」


 体を起こしグイッと一発伸びをキメる浅葱先輩を眺めていたら、なんかこう……ドキッとした。


 いやね! 凄いんですよ! ものすっっっっっごく! エロい!


 乱れた髪がエロい! 胸の谷間が見えてるのエロい! っていうか胸デカいエロい! カーディガン萌え袖してるのに萌えるどころかエロい! パンツ短か過ぎ太もも剥き出しエロい! 足組みポーズエロい! スタイル良すぎ超エロい! 首傾げる仕草エロい!


 全身狂気! 間違えた! 凶器! 全身凶器ですよ! なんですかこの色っぽさ! これが浅葱先輩の平常運転だって言うならとんでもない事ですよ!? こんなセクシーな人が桃瀬先輩達の部屋で寝転んでマンガ読んだりゲームしたりどころか普通におやすみなさいしてるって事ですよね!? よく手を出さないでいられますねあの人達! メンタル鋼か何かなんですか!? フルメンタルアルケミストですか!?


「ねこちゃん? ねこちゃーん?」

「ふぇ!?」

「どしたの顔真っ赤にして。発情期?」

「猫じゃありませんし発情してもいません!」

「大きな声で何言ってるの。ねこちゃんのえっち」

「ぐっ……!」


 あなたがえっちでしょあなたが! このエロテロリストめ! とか言ってみたい! はい無理!


「それで、スケベ猫は何しに来たの?」

「スケベ猫は酷くないですか!?」

「ニャーニャー鳴かないの。単に遊びに来たって感じじゃなさそうね。なんかあった?」

「ありましたっ! 実はですねっ!」

「テンションたっか」


 というわけで、勢いに乗ったまま、白藤先輩の件をご説明。


「いいじゃんいいじゃん。夏菜超喜ぶよー。もしかしたら泣いちゃったりして」

「それ、山吹先輩と桃瀬先輩も言ってました」

「夏菜はわかり易いから。ま、本当に夏菜の事泣かしたら……許さないからね?」

「ごめんなさい絶対泣かせません材料は泥で作りますクソみたいなケーキ作りますごめんなさい本当にごめんなさい」

「冗談だってばー。そんなマジでビビる事ないじゃん」


 マジトーンにしか聞こえなかったからこんなんなってるんですけど……。


「当日はあたしも手伝うよ。甘味はそんなに作った事ないけど、台所仕事は得意なんだから。夏菜には及ばないけどねー」

「あ、ありがとうございます! よろしくお願いいたします!」

「はいはい、こちらこそよろしくお願いしますよー」

「はい!」


 よーしやった! ちょっとおっかないですけれど、対白藤先輩のスペシャリストに協力を約束してもらえた! 鬼に金棒ですよ! さて次は、連携を密にする為の手段を確保しなくては。


「それで……ですね…………えと……」

「何モジモジしてるの? トイレ?」

「だ、大丈夫です! まだ催してません! 臨界点まで余裕有りです!」

「オッケーねこちゃんブレーキ」

「その……ラインを……」

「あたしの? 知ってどうするの?」

「へ? それっ、それ……は……」

「どうしてあたしが教えなきゃいけないの? イタズラに使うの?」

「そ、そんな事……!」

「じゃあ何に使うのか教えてよ。誰かに売るとか? あたしにメリットある? あ、もしかして」

「う、うう……」

「あーもーごめんごめん! 揶揄い過ぎちゃったごめんね! だから泣かないで!」

「な、泣いてません! 半ベソです!」

「充分泣いてるじゃん……ほら、こーかんしよ? ね?」

「は、はい……」


 促されるまま、困ったように笑うドSなお姉様とフルフルタイム。


「このアイコン……たまねぎ?」

「浅葱だからね」

「ねぎじゃなくて?」

「こっちの方が可愛くない?」

「そうです……ね……?」


 みU、って名前の新たなお友達は、アイコンに桃を採用している方と似たような思考回路をしているらしい。


「前はロリ時代の夏菜の写メにしてたんだけど、他のにしなきゃ嫌いになるって言われちゃってさー。わかる? 断腸の思いでアイコン変えたあたしの気持ち! わかる!?」

「浅葱先輩、本当に白藤先輩の事好きですよね」

「うん。マジ天使だから。あの棚の上見て。一番左のヤツ。それとか超可愛いから」


 顎をくいっと向けた方向に視線をやると、洋服棚の上にたくさんの写真立てが並んでいるのが見えた。


「わ……」


 一番左の一枚を一言で表すならば、眩しい一枚だった。


 三人の女の子が、公園のベンチらしき物に並んで腰掛けている。誰かが不意打ちで撮ったものらしく、誰もカメラの方は向いていない。何か楽しいお話でもしているのでしょうか、みなさんが満面の笑みを浮かべている。なんと暖かな一枚でしょうか。眺めているだけでこちらの頬が緩んでしまうくらいです。


「どうよそれ。夏菜は当然として、千華も可愛いでしょー?」

「はい」


 浅葱先輩は言わずもがな、ですけれど。


「この頃の千華ったら超可愛かったんだよねー。それが今じゃただの痛い子になっちゃって……アホなのは昔から変わんないけど。あいつらも可愛げなくなっちゃってなー。純真無垢なまま大きなって欲しかったよー」


 昔語りをする浅葱先輩の言葉をBGMに棚の上を見学。女の子だけ。男の子だけ。六人で。みなさんの両親と思しき方々みんなで。どれもこれも本当にいい写真だ。私と兄が写っている物まであった。ちょっとびっくり。


「本当に仲が良いんですね」

「ま、こういう環境下にいればどうしてもね。周りには色々言われてるけどねー」


 何を言われても意に介していない。そうですよね?


「あーそうだ。奏太と仲直り出来た?」

「は、はいっ!?」

「奏太とそういう話してたんじゃないの? どうなの?」


 やっぱり、浅葱先輩にはお見通しですよね。以前だって、キッカケを作ってくれたのは浅葱先輩でしたものね。


「……仲直りとは違いますけど……蟠りみたいなものはなくなった……と思います……」

「聞きたい事は聞けた?」

「いえ……」


 山吹先輩の口からは、今は何も。


「けど、それでいいんだって気付きました。今はスッキリしています」


 これ以上ないですよ、本当。あの帰り道でもここでも、どこまで見越しているのかはわかりませんが、きっかけを作ってくださった事、感謝しています。浅葱先輩。


「ふーん……」

「な、なんですか……?」

「うんにゃ、なんでもなくないけどなんでもないって言っとく」

「なんですその気になり過ぎる文言……」

「いやさ、問題って誰かに答えを教えてもらうより、自力で解き明かした方が気分良いじゃん、みたいな?」

「は、はあ……」


 愉快そうに語っていらっしゃいますけれど、今はその微笑みが怖いです……本当、何も読ませてくれないお人だ。


「あ。そういやねこちゃんってさー」

「はい」

「ラノベとか好きなのー?」

「……ちょっとよくわからないですね」

「図星だ」

「ふぁい!?」


 な、なんで!? どうしてわかるんですか!? 浅葱先輩の目は私の心が読めるとでも言うんですか!? それとも顔に出てますか!? こんなにしっかりポーカーフェイスしてるって言うのに! 


「私ボロ出してないのにーって顔してる」

「ぜっ、ずぇんずぇんそんな顔しえまへんけろ!?」


 してますけどね!? だってボロなんて出してないもん! そんな覚え全然ないもん!


「あーっそ。難聴系主人公に反応出来る耳を持ってる子がラノベ知らないってのはないと思ったんだけどなー」

「な、なんのことやらぁ」

「なーんだ。あいつらラノベは読まないからそういう話出来なくて。コアな話出来る子見つけたーと思ったのに」

「ふ、ふーん……」

「そっかそっかー。残念だなー。ラノベに一切興味ないねこちゃんにはわからないだろうけど、やっぱ難聴系の元祖といえばわがないの日高だよねーとかそういう話が」

「意義ありですっ! 確かに私は友達がいないの日高の放ったえっ、なにかしら? 以降難聴系主人公というワードが触れ回った感はありますけれど、彼女を元祖と評するのは納得出来ません!」

「うん、出来そうだ」

「……あ」

「ねこちゃん顔真っ赤。かーわいいっ」


 な、なんですかその笑顔は……! っていうか難聴系主人公の話題なんて浅葱先輩としましたっけ!?


「いつそんな話題出たっけって考えてるでしょ?」

「は!? や! ちが!」

「答えは一月前。ねこちゃんふじのやデビューの帰り道、でした」

「……あ……!」

「ねこちゃんチョロすぎ。いやーまさかねこちゃんにオタ趣味があったなんてなー」

「そ、それは……」

「余計にボロ出すだけだと思うからここらで白旗上げるのが吉だと思うよー?」

「……誰にも言わないでください……ここだけの話でお願いします……」

「いいよ、他言無用ね。約束するよ。ただし……ああ、やっぱいいや……今は」

「オ、オネガイシマス……」


 怖い怖い怖い怖い! 今ここで何か要求されても怖いけど、何も言われないのはもっと怖い!


「素直な事は良きかな」

「……では私はこの辺で……」

「あり、もう行っちゃうの? もっと遊びたかったのになー」

「まだ緊急クエストが完了していませんので」

「クエスト? まいいけど。なら今度はもっと時間あるときに来てよ。いろんな話したいしゲームしたいし着せ替え遊びもしたいし」

「き、着せ替え遊び?」

「クローゼットの中にもう着ない洋服がいっぱい眠ってんの。ねこちゃんさえ良ければ持ってって欲しいなーって。ママが持ってきてくれた物だから捨てるのはなんかなーだし」

「浅葱先輩のお母様が?」

「うちのママ、フリーランスでファッションデザイナーやっててさ、何かと色々持ってきてくれんのよー」


 フリーでファッションデザイナー? うわ、まず響きがカッコいい。なるほど、浅葱先輩のオシャレスタイルの根幹は、お母様にあったのですね。


 後日談ですが、お父様は普通のサラリーマンさんだと判明しました。完全に奥様の尻に敷かれているんだと楽しげに語る浅葱先輩からは隠しきれないカカア天下イズムを感じました。親子って似るんですねとシミジミ。


「だから、今度ねこちゃんで遊ばせてね?」

「丁重にお」

「あそうだー誰かさんがオタクちゃんだって謙之介に言ったらどんな顔するんだろー」

「世話になります」

「うん、いい子いい子。ねこちゃん可愛いからなあ……ワクワクしちゃう……」


 だからっ! 怖いですって! 浅葱先輩ウルトラスーパーハードSでしょ!?


「と、とにかくっ! 私はこれでっ! お邪魔しましたっ!」

「慌ただしいなあ……いってらっしゃい」


 耳に届くクスクス笑いから逃げるように早足で退散。お邪魔しましたっ!


「はあ……」


 しっかり弄ばれて大ダメージを受けたし、この先更に痛ぶられるの間違いなしですけれど、収穫はバッチリ。


「さて……」


 妙な倦怠感に包まれた体に鞭打ち、反対側の廊下までえんやこら。次は、丁度浅葱先輩桃瀬先輩宅の対面くらいにあるお宅に突撃です。


 1033。松葉。松葉元気先輩のお宅だ。


「くぅ……」


 先日、あの呟きを耳にしてしまったからでしょう。実は誰に会うよりも緊張しちゃったりしています。


 だから、私は知らないフリをしようと思います。私は何も聞かなかった。私は何も知らない無知な小娘。そう! そうそう! っていうか実際そうですよ! だって本当に何も知りませんもん! なーんだ! ただのクソ雑魚じゃないですか私!


 思い込みの力とはバカに出来ないもので、随分と体が軽くなりました。これなら何の問題もありませんね! 浅葱先輩戦じゃあるまいし、泣かされそうになったり叫びそうになったりなんかもうないですよ! うんうん大丈夫大丈夫! フラグ? そんな物ないですから!


「よっし……!」


 そうやって自分を盛り立てて、ピンポンをプッシュ!

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