オープンなナイショ話

「ありがとうございました」

「ごちそうさま」

「またねー小春ちゃん」

「は、はい……またお願いします……」


 ピシャリとドアが閉められるのを見届けくるりと反転。さてと。まずはお皿を下げなきゃ。それからテーブルを拭く。ああ、あのテーブルの醤油差し、中身がほとんど入っていなかったっけ。別の醤油差しを持って来るか注ぎ足すかしないと。


「すいませーん、注文お願いしまーす」


 む、予定変更。五番テーブルのお客さんの注文を聞くのが先。


「お伺いしますー!」

「あーこっちもー」

「はい!」

「店員さーん、枝豆一皿おねがーい」

「は、はいっ!」

「小春ちゃん、生おかわりー」

「はっ、はい……」

「お会計お願いしまーす」

「はいぃ……」


 分厚い弾幕を前に、立てたばかりのスケジュールが秒で崩壊。自分の思惑。培ってきた技術や常識。そんなものがまるで通用しない。そうか、ここが戦場ですか。悲しいけどこれ、戦争なのよね。


「ゆっくりでいいよお小春ちゃん」


 おお! 孤立無援かと思いきや、司令官様ことビックマムが直々に援軍に来てくださった! 


「は、はい……」

「とりあえずレジお願いね」

「い、行ってきます!」

「うんうん。あんた達も、この子困らせないよう注文して頂戴」

「わかってるよー」

「ねーねー女将さん! 小春ちゃんここ座ってもらってもいい!?」

「そういうサービス欲しけりゃ他所行きな」

「いやいやーそういう売り方も大事だと思うよー?」

「ふざけた事言ってると出禁にするよ」

「冗談だってば! 鳥から二皿お願い!」

「はいはい」

「お母さんお母さーん。こっち生追加お願いしまーす」

「あいよ」


 す、凄い……到着早々完全に戦場を掌握している……流石は数多の死線を潜り抜けてきたお方。面構えが違う。


 と、冗談はこの辺りにしてっと。


 割と誇張抜きで、私の知る常識が息していない感ある。だって、こんなにアットホームなお店見た事がないもの。居酒屋的な所はここしか入った事ないからよくわからないですけれど、何処のお店もこうなのかって言ったら絶対そんな事ないでしょう。


 大将と女将さん。白藤先輩と、時々顔を出してお手伝いをしていく白藤先輩のお母さん。そして常連の方々。みなさんで作り上げているふじのやの雰囲気が好きです。正直、ノリに付いて行くのがやっとですけれど。あとはもう少しだけでもナンパの頻度が落ちてくれるとより過ごし易いのですけれど。


「ありがとうございましたー!」


 いい具合に酔っているお客さんが店外へ出ると、如何にも六月らしい湿り気と匂いを纏った風が飛び込んで来た。もうすっかり梅雨ですね。


 そうか。未知の世界へ飛び込んで、もう一ヶ月になるんだ。あっという間だったなあ。


 初めは不安しかなかった。初めてエプロンを身に付けた日なんて、いつ口から心臓が飛び出てもおかしくないくらいに緊張していた。白藤先輩を始めとした諸先輩方の前ではしっかり平静を保って見せましたけれど。ええええ余裕でしたとも。本当ですよ?


 今思えば、ほとんど流されるような格好だったかもしれません。ですけれど、流されて良かったなと、そう思えます。だって、あの先輩に紹介してもらったアルバイトを始めてからというもの、新しい発見や新しい出会いに毎日のように行き当たっているから。一日一日が新鮮なんです。


 今まではあまり縁がなかったのですが、最近は自宅の台所に立つようにもなりました。お母さんの指導の元、お店で大将や女将さんが作る物を見よう見まねで試作してみたり。まだまだふじのやファミリーの皆さんには及びませんが、そこは伸び代の塊って事で。これから先の赤嶺小春にご期待ください。


「ねーねー小春ちゃん。今日は夏菜ちゃんお休みー?」


 そういえば、下の名前で呼ばれる機会も増えましたね。相変わらず胡乱な呼称をやめてくれない困った人達もいますけれど。言っても聞いてくれないんですよねあの人達。そんな所も昔と変わってない。変わってくれていいのに。


「そうですね」

「なんだぁ」

「もしかすっとよー! 元気とデートでもしてるのかねー!? その辺どうなの!? 何か知ってる!?」


 勘弁してください……私にわかるわけないじゃないですか……っていうか、従業員の色恋まで常連さんに掴まれているのは流石におかしい……おかしいですよね?


「デートなんてしてないっすよー」


 当たり障りのない返答で場を濁そうとする私より先に、上下ベージュの作業着に身を包んだ誰かが、代わりに答えてくれた。


「おー元気じゃねーか!」

「ちょうどお前の話してたんだよー!」

「影口は感心出来ないっすねー。俺に小遣いやる話とかなら歓迎なんだけどなー」

「影口なんて言ってねーって」

「おう、お疲れさんだなー」

「疲れてないっすよーまだ若いんで。みなさんと違って」

「抜かせクソガキ!」

「やーっぱおもれえなー元気は」

「でしょでしょー? へへーっ」


 入店するなりこれ。コミュ力の塊ですね、本当。羨ましいですよ。


「おーねこちゃんお疲れー!」

「だからそれ」

「じーちゃんじーちゃん! いつものお願いね! あ! 納豆付けて!」

「あいよ」

「よろしくー! ん? どしたのねこちゃん、妙ちきりんな顔して」

「もういいです……」

 

 妙ちきりんなのはあなたの方ですよ、松葉先輩。私の話全然聞いてくれませんし。


 松葉元気先輩。ふじのやの常連の一人であり、店員の一人。今日は店員ムーブをするつもりはないらしく、店内最奥の二人用のテーブルに腰を下ろした。


 この店でアルバイトをする以上、この人にバレずにやり過ごすというのは無理な話で、バイトを始めて三日もしないうちに鉢合わせた。その際、兄だけにはここでの事を漏らさぬよう協力を要請すると、ニッコリ笑って快諾してくださった。


 チョロチョロと探りを入れたり小言を寄越す兄が最高に鬱陶しいですが、みなさんの協力もあり、今日の今日まで隠し果せております。どうかこのままお願いしたい次第。


「なんだよーこっち座れよ元気ー」

「今日は勘弁で。無理矢理飲まされるのも酔っ払いの介護押し付けられるのも嫌なんで」

「なんだとー!?」

「まだ酔ってねーぞ!」

「酔ってる人はみんなそう言うんです。ねこちゃんに相談もあるんでごめんなさいで」

「ちぇー」

「愚痴聞いて欲しかったのによー」

「こんなガキに愚痴聞かせてどうすんすか」


 楽しげに笑っていますけれど、気になる事を仰っていましたね?


「あの」

「ん?」

「聞き間違いじゃなければ、私に相談があるとか……」

「あるある! ここ座ってよ!」

「構わないですけれど……まだ……」

「もう少し落ち着いたらいいよ」

「ありがとよーばーちゃん! あとでねこちゃんにもメシ出してやってよ!」

「はいはい」

「って事で!」

「え? あ、はい、わかりました……」


 私の話なのに私本人は完全に置き去り。何が何やら。


 相談? 松葉先輩が、私に? 予想外過ぎてまるで想像が付かない。一体何を相談するつもりなんだろう……。


 うーんうーんと唸りながら仕事すること小一時間。松葉先輩を誘った常連さん達が一層ハイテンションになってはいるのが気になりますけれど、店内人口は随分と減少した。翌日が平日だと早めに退店される方が多いですね。


「小春ちゃん、そろそろいいよ。ほら、まかないね。きゅうり抜いといたから」

「あ、ありがとうございます……」


 え? 口に出した覚えはないのに、どうして私がきゅうり苦手だと知っているのですかビッグマム。


「ねこちゃんこっちこっち!」


 ま、まあいいや。ビッグマムは偉大って事ですよそうですよ。そのビッグマムからお盆を受け取り、二つ上の先輩が手招く方へ。ビッグボスが用意した松葉先輩特製定食は完食したらしく、今度はフライドポテトをパクパクしていた。美味しいんですよねーそれ。そこらのファーストフード店が裸足で逃げ出すレベルですよ。


「失礼します」

「相変わらず堅苦しいなあ。もーっと肩の力抜けばいいのに」

「すいません……」

「いやいや怒ってるんじゃなくて! 先輩からのアドバイス的な!? もっとラフな感じでいいんだよ!」

「と言われましても……」

「そんな難しいかー? 昔のねこちゃんは平気で俺をバカ呼ばわりしてたっつーのに」

「そ、その節は大変申し訳ない事を」

「だから! そういうとこ! 話進まないからここで終わり! 後は上手い事自分の中で調理して!」

「は、はい……」


 困った顔でポテトをハムハムする松葉先輩には申し訳ない限りなんですが、私だって困っているのです。


 友人達にも言われるのです。小春の真面目は変な方向に行ってしまっていると。なんですか、変な方向って。ならば変じゃない方向はどっちなんですか。正しい方向は……ああ、こういう所なんでしょうね。ああ……。


「冷める前に食べた方がいいぞー」

「はい……いただきます」

「召し上がれー!」


 作ったの松葉先輩じゃないですよねっていうツッコミ衝動を温かな味噌汁と共に流し込む。うん、美味しい。次いでご飯と豚肉の生姜焼きをパクリ。


「美味しい……」

「なー! ほんとそれなー!」


 ええええ、本当に。生姜焼きを始め、作る物全て星三つ以上当たり前なんて凄過ぎる。心底尊敬しております、ビッグボス&マム。


「食べながらでいいから聞いてね。少し気が早い話だけど、来月の七日、夏菜が誕生日なんだ」

「お誕生日ですか」

「そ! 七月七日生まれだから夏菜! めっちゃ安直だよなー」

「それが名前の由来だったり……?」

「らしいよ!」

「覚え易いですね……」

「なー。んでさんでさ、今年の誕生祝いはねこちゃんも来てくれないかなーって思って」

「わ、私もですか……?」

「うん。ほら、随分昔にも来てくれたじゃん。みんなでメシ食ったの覚えてない?」

「覚えてます」


 それは勿論覚えていますとも。みなさんの誕生日の際は必ず声を掛けてくださいましたからね、あの頃は。プレゼントを渡してケーキを食べてワイワイ騒いで。懐かしいなあ。


 そんな経験があるもので、ふじのやに来るのはこの歳になって初めてではなかったりします。ご飯ご飯と逸るみなさんによく連れられて来てましたから。


「んかんか! 今年もあんな感じでやるからさー良かったらねこちゃんも来てよ!」

「えと……私で良ければ……」

「大歓迎だって! うっし決まりぃ! あーそうだ! 仲間はずれにしても可哀想だし謙之介も」

「やっぱり行きません」

「手のひら返し早っ!」


 嫌なものは嫌なので。そもそもですよ?


「それに……兄が来たら……空気悪くなりませんか?」

「どゆこと?」

「ほ、ほら……兄は…………その……白藤先輩の事が……」

「あーそれかぁ……」


 得心がいったらしく、困り顔を浮かべる松葉先輩。失礼ながら、そういうの鈍そう感のある松葉先輩でも気付けるほど、兄は露骨だったから。それに、白藤先輩が松葉先輩を。それに気が付かない松葉先輩。そういう構図も変わってないみたいですし……そんな中で兄が来たら……ほら……色々アレがアレじゃないですか、アレ。


「白藤先輩にとって特別な日です。尚更避けた方が良いかと……」

「うーん……うぅーん…………いや! 謙之介も呼ぶ!」

「ほ、本気ですか? 絶対空気読めない行動した挙句叫び出したり泣き出したり発狂したりしますよ?」

「それは流石にないんじゃないかな!? とにかく! 謙之介にだって夏菜を祝いたい気持ちあるだろ。それを知ってて声掛けねえってのは俺的に絶対ノーだ」

「そうですか……」

「なんだかんだ言うんだろうけど、あいつら的にもノーだろうな」


 そうなりますよね。なんとも松葉先輩らしいですし、みなさんらしい。


「それにほら、俺らもう三年だし。来年の今頃、俺ら全員が集まるってのはなかなか難しくなってるかもしれないし」


 ああ、そうか。同じ高校、同じ団地。それはあくまで、今のステータス。冬を越え、春になって、何も変わらずにいられるかなんてわからない。もしかしたら、今年が最後になってしまうかもしれない。


「……そういう事でしたら……」

「じゃあ決まりね! 仮にここでメシ食う流れになっても謙之介に余計な事は言わねーから! ねこちゃんの秘密はみんなで守っからね!」

「はあ……」

「よーし! 夏菜以外に伝えとくかー!」


 上着のポケットからスマホを取り出す松葉先輩はニッコリ笑顔。そんなに私と兄が参加するのが嬉しいのだろうか。


 みなさんに報告しているのか、ひっきりなしに鳴るスマホと格闘する松葉先輩を他所にパクパクもぐもぐ。いやあ、美味しい。何もかも美味しい。語彙力が昇天しちゃう。


「あーそうだ。も一個聞きたい事あるんだけどさー」

「はい?」

「奏太と何かあった?」

「けほっ」

「大丈夫? っていうかベタ過ぎ!」


 スマホに目を向けたまま放られた言葉が味噌汁を味わう喉にダメージを与えた。ギャクマンガよろしく吹き出す所だった。危ない危ない。


「相変わらずわっかり易いなーねこちゃんは。すーぐ態度に出るんだから」

「まだ何も言ってないんですけど……」

「じゃあ何もないの? 奏太と顔を合わせた時のねこちゃん、露骨に奏太にだけ感じ悪いんだけど。本当に?」


 本当に? って、私だってそう聞き返したいくらいですよ。そんな事しているつもりは微塵もなかったんですけれど……。


「……何も」

「嘘付くの?」

「ぐ……」

「そっか……俺には何も話してくれないのか……そっかそっかあ……」

「ぐぐ……」

「ねこちゃんも年頃の女の子だ、色々抱えてるものはあるよね……けどさ、生まれた日からの付き合いなんだよ、俺と奏太は。そんなあいつが俺らの妹分に避けられてるのを見るのはさ……いいもんじゃないんだよ……」

「ぐっ……ぬぬ……」


 表情を曇らせ俯いてしまった。なんでしょう、この罪悪感。こ、こうなったら……でもやっぱ……うーん……いいのかな……いや! いい! この人にも聞いてしまえ! そうしちゃえ!


「その……山吹先輩の事で……松葉先輩にお訊ねしたい事があります……」

「おう! んで何があったの!? 超気になってたんだわー! 聞かせて聞かせて!」


 こ、この人は……! 今のしゅーんとした態度全部芝居とか……! そうですよねそれは気になりますよねなんか申し訳ないな悲しませたくないなとか思っちゃった私がバカみたいじゃないですか……!


「松葉先輩、結構底意地悪いですよね……」

「そーか?」

「自覚してないなら一層タチ悪いです」

「美優に似たんじゃねーかな。よくわかんねえけど」


 親に似たとかじゃなくて、幼馴染に似た、ですか。この人達ならではですね。


「とにかく話してよ! 奏太が嫌いってんならどうしようもないかもだけど、なんとか出来る事ならなんとかしようよ。ねこちゃんだってこのままじゃよくないなーって思ってんじゃないの?」

「それは……」

「ならなんとかしようよ。な?」

「むぅ……」


 本当はあの人の口から聞き出したい。あの人自身の事だから、絶対にそれが正しい。けれど……。


「……じゃあ……一つ質問いいですか?」


 けれど今は、正しさより真実を優先したい。傲慢でも身勝手でも鬱陶しくても余計なお節介でもなんでもいい。あの明るい人をあそこまで頑なにさせているものは何か。幼き日のあの人が抱いていた夢を叩き潰したものは何か。数年振りにあの人と顔を合わせてから、またも燻り始めたモヤモヤを解消する、そのためだけに。


「うん」


 綺麗に平らげたお盆の上に箸を置き、まとわり付く緊張を追い払うように深呼吸を一つ。よしっ。


「どうして山吹先輩がサッカーをやめてしまったのかご存知ありませんか?」

「へ? えっ、質問ってそれ?」


 コクリと首肯してみせる。大分予想外だったらしく、この人には珍しい困惑の表情を浮かべている。まあそれもそうですよね。


「その……正直に言いますと、山吹先輩があのチームをやめた日からずっと気になってて……以前にも聞いた事あるんですけど何も教えてくれなくて……それで、この前もう一度聞いてみたんです。そしたら」

「やっぱり何も教えてくれなかった?」

「はい……」

「そうだろうな」


 今ので確信した。この人は、理由を知っている。


「それってさ、どうしても言いたくない理由が奏太にはあるって事なんじゃないの?」

「だと思います」

「ならどうして俺に聞くの?」

「どうしても知りたいからです」

「どうして?」

「スッキリしたいからです」

「は?」

「山吹先輩にも事情があるのは理解出来ます。終わった事に拘っている私がバカなんだって事もわかっています。ですけれど、どうしても知りたいんです。ちゃんと知ってちゃんと終わりにしたい。それだけです」


 そう。それだけ。誰の為にもならない昔話を引き出したいのは、ひたすらに私の為。どんな綺麗なお題目を並べても無意味だ。


「……ねこちゃん」

「はい」

「わがまま」

「ですよね……」

「わがままな所とか変な所で押しが強い所なんか、謙之介にそっくりだ」

「どんな悪口よりも傷付くんですけどそれ」

「はは、変な方向にブラコン拗らせてんのも相変わらずだ」

「ブラコンじゃありません! 向こうがシスコンなだけです!」

「しーっ」

「あ……す、すいません……」

「ほんと変わんねえなあ……」


 お互い様でしょう。その言葉は飲み込んだ。


「仕方ねえ……ねこちゃんの期待に応えようかな」

「じゃあ」

「って言いたいけど、ここで残念なお知らせ。奏太が辞めた理由、あいつの口から聞いた事ないんだわ」

「そ、そうなんですか?」

「ああ。俺がダメなら他に聞けばいいって思ってんなら無駄だよ。間違いなく俺ら全員知らないから。奏太のヤツ、両親にさえ適当な事言ってたみたいだし」

「……そう……ですか……」


 なんだ……さっきの反応的に絶対知っているものだとばかり……そうなるとやはり山吹先輩の口から聞き出すしか……でも……最近気不味いし……。


「ヘコんでないで最後まで聞いてよ。俺達全員奏太の口から何も聞かされてない。けど、俺は知ってるよ。多分俺だけ」

「ほんとですか!? でもどうして!?」

「たまたまだよ。俺だって知りたくて知ったわけじゃない」

「じゃ、じゃあ……」

「話せって?」

「お願いしたいです……」

「正直に言うね。ねこちゃんからのお願いであっても、俺は話したくない。奏太が隠してる事を勝手に触れ回るのは絶対に間違ってるし。それでも聞きたい? それでも話せって言う?」


 笑顔がデフォまである松葉先輩から笑顔が消えた。真っ直ぐに私を射抜く目の鋭さに、少しばかりの恐怖すら感じる。こんな松葉先輩、今まで見た事がない。けど負けるな。どんなに煙たがられようと嫌われようとも、これだけは聞きたいんだ。


「それでも……それでもです……お願いします……」

「おっけ、いいよー」

「急に軽っ!?」


 いやいや! さっきまでのプチ緊迫した雰囲気何処へ持ってちゃったんですか!? ドンラゴボール超の前半と後半の作画くらい激変するから勢い任せにツッコミ入れちゃったじゃないですか!


「ここにいない人間気にしてグタグタ言い合ってても仕方ないじゃん」

「そ、それはそうかもですけど……」

「まあ今のは半分冗談なんだけど。それに、ねこちゃんなら許してくれるよ、奏太は」

「私なら……ですか?」

「そ。俺達はダメでも、ねこちゃんなら」

「どうしてですか?」

「ねこちゃんがねこちゃんだからに決まってんじゃんか。それに、本当に知るべきなのは俺達みたいに諦めちゃったヤツじゃなくて、ねこちゃんみたいな子だと思うんだ」

「あの、意味が全然わか」

「あーもういいから! 話すよ! 一度しか言わないからね!」

「は、はい!」

「長い前フリの割にはありふれた話になるけど……あのチームに入ってすぐさ」


 そう前置きして口火を切った松葉先輩の次の言葉に、私の心は激しく掻き乱される事になる。


「奏太、イジメに遭ったんだよ」

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