はじめてアップデート

「おーっす」

「いらっしゃいませー」

「やー夏菜ちゃん。二人ね……って、ん?」

「い、いらっしゃいませっ!」

「……夏菜ちゃん、妹なんていたっけ?」

「実は大将か女将の隠し子とか?」

「どっちも違いますっ! 小春ちゃん、お願い」

「はいっ! お、奥の席へどうぞ! ご新規さん二名様入りますー!」

「小春ちゃん?」

「知らん子だ……ねえねえ君、ツイッターやってる? っていうか彼氏いる?」

「この後もう一軒行くんだけどさー何時まで大丈夫? 払いは気にしなくていいから。っていうか眼鏡似合うねー」

「は、はひ!?」

「とりあえずナンパから入るのやめてください! 二人共奥さんいらっしゃるでしょ!」

「アレよりずっと可愛いんだもん」

「ちょっとくらい遊んだってなー?」

「ダメですっ! 小春ちゃんも、気にしなくていいからね!」

「は、はひ……えと……こ、こちらです……」


 ばっちり真に受けているらしく、ぷにぷにの頬を真っ赤にしてあわわする新米バイトちゃん。可愛い子はおっさんからのセクハラも多くて大変だなあ。見てるこっちは楽しいけど。っていうかエプロン似合うなあの子。


「それセクハラ」


 その時、山吹奏太の頬に鈍痛走る。


「いててててていて痛えって。いきなり抓るなよ」

「下卑た目で見過ぎ。やめてあげなさい」

「席に通すの眺めてただけでセクハラ認定は流石に過保護及び俺に人権なさ過ぎでは」

「どんだけ自分がニヤニヤしているか自覚してからそういう発言をするように」

「別に普通だろ……」


 と言ってもご納得いただけないらしく、やれやれと言わんばかりに溜息を吐き出していらっしゃるのは、今日も今日とてナイスバデーしている美優。修のお下がりなのか、少々大きめサイズのパーカーに身を包んでいるのだが、そんな程度ではこいつの攻め攻めなボディラインは隠せないらしいな。いいぞもっとやれ。つーかよ、なんで俺じゃなくて美優にパーカーやってんだ修は。俺も欲しいんだけど。


 中間テストという圧から解放されたのは一昨日の事。解放感で浮き足立つ学生ではなく、仕事という荒波から解放された大人のお兄さん達で溢れ返るふじのやの時計は午後八時過ぎを指していた。酒盛りに興じる客ばかりな中、ラフな格好で小テーブル一つを独占している俺と美優は、なかなかに浮いた存在なのかもしれないな。


「あの子今日デビューなんでしょ? 冷やかしがてらご飯いこ。なんで知ってるのって? 妙に夏菜が挙動不審だったから甘味与えて突っつきまくってたらポロリしたの。ガード甘い夏菜可愛い」


 ついさっきまで俺の部屋のベッドでダラダラと漫画を読んでいた美優にこんな文句で誘われ、珍しく二人でふじのやに来た次第だ。まあ美優に誘われなくても、今日くらいは来るつもりだったけど。


「三番さん揚げ出し豆腐とオイキムチ一つずつだそうです! あ、あとえっと……」


 美優の言う通り。ねこちゃんこと、赤嶺小春ちゃん、アルバイトデビュー日だし。


 なんでも、夏菜が店に連れてってじいちゃんばあちゃんに事情を話したところ、じゃあ明日からという言葉だけを貰ったらしい。シフトに関してもねこちゃんの都合の良い日でオッケーと、軽いノリで了承してもらえたそうな。実情は全然知らんが、世の就職活動もこれくらい軽いノリなら良いと思うんだ。


「にしても」

「あ、誤魔化した」

「そんなんじゃねえ。今日も繁盛してんなーここはってさ」

「可愛い看板娘がいるんだから当然じゃん」

「なんでお前がドヤ顔してんだよ」

「今日からは看板二枚になるから売り上げも二倍になったりして」

「お前ってバカじゃないけどバカ発言しまくるよな」

「奏太ってバカだしバカ発言も多いよね」

「うるせ。何ニコニコしてんだ」

「楽しいなーって。奏太弄り。奏太は楽しくない?」

「被害者に聞けるお前の神経極太かよ」

「褒めても頭なでなでくらいしかしてあげないよ?」

「褒めてねえし。ちょ、ほんとにすんな鬱陶しい」

「ふふー」


 乱暴に人の頭を撫で付けた手を引っ込め、いつになく幼い笑顔を浮かべながら頬杖を付いた。何、どしたの美優さん。なんだか随分とテンション高くない?


「ほんとタチ悪いよなお前」

「いい性格してるって言って欲しいなー」

「そうそう、そういう所な」

「奏太くん、時々難しい事言う。あたしよくわかんない」

「うっぜ」

「そうでしょそうでしょー」

「褒めてねえんだって。おい、来たぞ」


 おっさんおばさんで溢れた店内の中で一際浮いているのだろう俺と美優。そんな俺らさえ遥か置き去りにしてしまう浮きっぷりを見せているエプロンの似合う女の子がこちらへ接近してくる姿が確認出来た……のだが。


「だ、大丈夫かよ……」

「わっかりやすく緊張してるね……」


 女の子らしい二本の細腕それぞれに米だ味噌汁だなんだをまとめて載せた盆を持っているのだが、明らかに腕が震えている。よく見なくとも、足だって震えている。それはもうプルプルと。いつもはクリックリなパッチパチお目々はグルッグルに回っている有様。昔っから緊張しいだったもんなあ……。


「お待たへひまちた……」

「う、うん……」

「ありがとねこちゃん」

「は、はひ……どういたまひへ……」


 ガタガタって音が聞こえるくらいに震えていたお盆を受け取っても、表情が和らぐ様子もない。顔色悪いし汗かいてるし、一見するとガチの体調不良にしか見えないのだが。美優のねこちゃん呼びにも無反応だし。流石にちょっと和らげておくか?


「順調そうだね」

「で、でしゅ……こほん! ですかね……」

「うんうん。一つのミスもなさそうだし。凄いじゃん」

「ミス? ミス……ミス……」

「あらら? ちょっとねこちゃーん?」

「出来ない……一つのミスも……丁寧に……慎重に……完璧に……」

「ねこちゃん? ねこちゃーん? 聞こえてねえ……」


 美優の何気ない一言が更にねこちゃんを追い詰めたらしく、自らを追い込む言葉ばかり吐き出しーの超フラフラしーのしながら店員を呼ぶ客の元へと向かっていった。


「あちゃー。やっちった」

「やっちった、じゃないわ。緊張しいな真面目ちゃんだって知ってるだろが」


 や、美優的に悪気なんてなかったのは理解しているけど。あの子、真面目というよりバカ真面目というか生真面目というか。要するに、真面目が行き過ぎたり、悪い方向に行っちゃうタイプなんだな。


「おまたせしましたごちゅうもんをどーぞ」

「ねえ君、大丈夫?」

「だいじょーぶですさあどうぞ」


 仲良かった頃から何年も経っているけれど、そうも中身は変わっちゃないって、あのテンパり具合一つでわかるってもんだ。


「テンパる姿も可愛いねー」

「愛でる前に反省をしろ反省を」

「ごめんなさいっ。さ、食べよ食べよー」

「可愛い子ぶるな、鬱陶しい」

「酷っ。冷血人間。女の敵。そんなんじゃ一生結婚出来ないよ」

「別にいいし」

「投げやりにならないの。そうなったらあたしが面倒見てあげるからね」

「は?」

「あーほら……いい介護施設探してあげるから、みたいな」


 何言ってくれてんだ。そうならないよう乳のデカイ嫁さん探すもんね。


「あっそ……いただきます」

「いただきまーす」


 箸を割り、しっかり手を合わせていただきます。俺は唐揚げ定食、美優は刺身定食。夜のメニューからではなく昼のメニューから、俺らの為だけにエントリーだ。ここの揚げ物がほんと美味いんだ。つーか何食っても美味い。マジでふじのや最強だから。


「ん?」


 ふと、ある事に気付いた。


「おい、逆だぞ」

「何が?」

「箸」

「……あ」

「いい介護施設探してやるからな」

「うっさい。ドヤ顔で言うな、奏太のばか」

「お互い様だろ。溢すんじゃないよ、美優おばーちゃん」

「そんな事しないもん。この後のねこちゃんじゃあるまいし」

「不穏な未来予測はやめてさしあげろ」


 くるりと箸を回して味噌汁を啜り始めたけど、なーんか落ち着きねえな、こいつ。さては多い日うそうそ知らないわかんないなんでもないですはい。


「いやー変わんないねーねこちゃんは」


 パタパタと右往左往する妹分に視線をやりながら呟く美優。それできっちり視線誘導してるつもりなんだろうけどよ、俺の皿から唐揚げ掻っ攫ったの丸見えだからな?


「そうだな。ほいっ」

「あ! あたしのマグロ……奏太お行儀悪い。よくないと思う」

「ツッコまんぞ。ほんと、そのまま大きくなったって感じだよな」

「ねー。変わったのなんて眼鏡くらいだね。なんかさ、眼鏡属性も付与で委員長キャラに拍車掛かった感ない?」


 ああ、すげぇハマるな、委員長キャラってフレーズ。実際、小学校時代には学級委員を何度も務めていたはずだ。環境が人を作るってヤツ? 違うか。


 俺らがちょーっと派手に遊んだり暴れたりするじゃん? そんな俺らに先頭切って説教するの、美優でも夏菜でも千華でも大人達でもなく、いっつもねこちゃんだった。


 小さな体で腕組んでさ、そういう事したらいけませんっ! とか言いやんの。そんな姿が可愛くて可愛くて仕方なくて。


 うぇーいねこちゃんうぇーいとか揶揄う。ねこちゃん顔真っ赤にして怒る。お説教からのポカポカパンチ攻撃にでる。効かないし可愛がられるし俺達は話聞かないし。みんなが話聞いてくれないーって美優達に報告しに行って慰められる。昔はそんな事ばっかだったっけ。


 今はなんとも言えない感じだけど、本当に仲良かったんだから、俺達。


「うんうん、わかるわかる」

「あ、元祖看板娘だ」

「ふじのやの看板娘の白藤夏菜さんだ」

「それやめてって言ってるでしょ!」


 にこやかモードからぷんすかモードに早変わりしながら割って入る、背の高い方の看板娘。ちょうど手隙なタイミングらしい。この子、以前より更にエプロンが似合うようになったなあ。なんかもう子持ちって言われても通用する感ある。顔立ちは幼いのになあ。


「元祖看板娘の夏菜から見てどうだ、二代目看板娘ちゃんは」

「ちょっと奏太? 二代目って言い方やめて。せめて二枚看板って言って。夏菜はまだまだこの店の顔なんだから」

「あーはいはい。って事でどうなんだよ、終身名誉看板娘の夏菜的に」

「奏ちゃーん!」

「ひはひひはひひはひっへ」


 流石に揶揄い過ぎたらしく、ぐいっと両頬を摘むという、夏菜にしては珍しい物理で攻められた。夏菜は夏菜で、美優に負けじとハイテンションらしいな。


「まったくもうっ……相変わらずこっちが心配になるくらいの緊張っぷりだけど、そんな中でも上手くやってると思うよ。手際も良いし覚えも早い。ミスらしいミスなんて一つもないもん。お客さん達に絡まれた時だけあわわしてるけど」

「ここの常連さん達、じいちゃんばあちゃんを怒らせないラインでのセクハラに長けてるからなあ」

「練度が違うよね。流石、夏菜おちょくって鍛えてきた猛者達だ」

「私を怒らせないラインを意識して欲しいし褒める事じゃないし……」

「夏菜はどうだ? 初めて後輩らしい後輩が出来てさ」

「わ、私? 私は嬉しいよ。なんか……いいよね……こういうの……ふふ……」


 絶賛ナンパされ中なねこちゃんを見やる夏菜は、眩しい物を見るかのように目を細めている。ふじのやでは言わずもがな、学校内でも先輩らしい振る舞いや接し方が出来る後輩らしい存在はそうもいなかったろうから、純粋に嬉しいんだろうな。こうも喜んでくれるなら紹介した甲斐もあるってもんだ。


「そいつは何よりだ」

「うん……今はまだ緊張しちゃってるけど、小春ちゃんなら絶対お店の戦力になってくれるよね」

「ねこちゃんなら間違いないだろうねー」

「うんうんっ。出来れば……長く頼らせて欲しいなあ……」

「その心は?」

「え? あ、や、その……ほら……私達、今年受験でしょ? だから……」


 どうしたって自分がここでエプロンを身に着ける機会は減るから、その代わりに。って所か。打算的な自分を恥じるように俯いてしまった夏菜を見て、ちと深掘りしてしまったなと気付くも時すでに遅し。とりあえず美優さん、俺を睨むのやめよ? 相変わらず夏菜ガチ勢なんだから君は。


「ねこちゃん的にもここでのバイトは渡りに船だろうし、パッと辞めたりってのはないだろうよ」

「どうしてそう言い切れるの?」

「勘」

「あんたねえ……」


 オタクライフを充実させるべく探し当てた都合の良いバイトだから、なんて言えるわけないんだよ仕方ないだろうが。そんな呆れた目で俺を見るでない。


「ま、もし辞めますーってねこちゃんが言い出したら俺が説得するからよ。紹介した手前、ねこちゃんにもふじのやにもプラスになるようにしたいからな。俺だってやる時はやるんだぞ」

「そ、奏ちゃん……」


 涙腺チョロめな夏菜さんウルウル。冗談でもここで泣かれたらふじのやガチ勢の常連さんと孫ガチ勢の従業員さん達に殺気向けられるから出来れば我慢して欲しいですはい。


「全然期待出来ないんだけど」

「んなら俺が出張るまでもないようねこちゃんの事応援してやれや」

「そ、そうだよね! 私、小春ちゃんの事応援する! それにしっかり先輩らしい事するから!」

「そうしろそうしろ」


 グッと拳を握り込み、ふんすふんすと鼻息を荒げる姿も見慣れたもの。可愛い幼馴染のやる気が空回りしないよう、しばらくはここに通って様子を見るとしますかね。


「うーん」

「どした? もう食えないならそのサーモンは」

「うーん」

「……美優?」


 一応は聞こえているらしく、自分のお盆を引き寄せお前にはやらんという意思を示してみせた。しかしながら、視線も意識もこっちに向いていない。


「う、後ろ通ります……」


 明らかに、厨房に皿を運ぶ女の子に全ての矢印が向いている。


「ふぅ……あ……っ……」


 美優に倣うよう、驚くほど大人っぽくなった妹分の様子を観察していると、ピタリと目が合った。しかし即座に逸らされてしまった。なんだか慌てているようにも見える。一体なんだってんだ?


「あの子、今日ずっとあんな感じ」

「は?」

「ずっとああなの」

「だから何が?」

「わかんない?」

「わかるかよ」

「そうだよね。奏太だもんね」

「俺がディスられてるってのは理解出来たが……おい美優?」

「美優ちゃん?」

「あたしは……」


 夏菜と顔を見合わせキョトン。産まれた日から今日まで隣り合っていても今だにキャラを掴みきれない美優だけど、今日のこいつは輪を掛けてわからない。脳内クエスチョンマークは増える一方だ。


「味方になってあげられないかなー」


 ほら。やっぱりわからない。

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