たよりになるおねえさん

 興味津々過ぎて勝手に付いて来てしまいそうなシスコンドッグとミューズ川崎での一件を知らない面々を無理矢理押し留め、さてサイゼリヤ。最近こんな事ばっかだな。その全てが犬猫兄妹による招集っていう。まあいいんだけど。


 んで、シート側に千華と並んで座ってもらったねこちゃんの言葉をゆっくり引き出す作業に勤しんだ結果。


「要約するとねこちゃんは」

「それやめてください」

「アニメとかマンガが大好きなガチオタクちゃんで、それを友人や家族にも隠している。だから周囲に漏らさないでくれ。そういう話でいいんだよね?」

「は、はい……」


 そんな具合だそうで、沈痛な面持ちで本日の主役が頷いた。わっかんねえなあ。そうも深刻な事態なのかねえ。


 先日のミューズでの一件から、つい数十分前までに集めた情報のピースを繋いだ結果、ねこちゃんがアニメかなんかのオタクさんであり、それを隠したがっているという事は想像に難くなかった。


「あの……私……オタクなんです……」


 だからだろう。こんな告白をされても、俺と修は驚かなかった。千華だけは過剰反応してたけどな。


 それはさておいて。さてさて、再会していきなり、弱味となり得る情報を握ってしまったわけだが……。


「その……どうか内密にお願いします……」


 そんな事しなくてもいのに、頭をしっかり下げる姿を見せられて、意地悪なんて出来るわけもねえわな。


「いいよ、了解。お前らは?」

「もちろん」

「もちオッケー!」

「だってさ」

「あ、ありがとうございます……!」


 改まって、ぺこぺこりと繰り返し頭を下げるねこちゃん。可愛いお顔を追い掛けるようにゆらゆらと揺れるツインテールは、なんだか猫じゃらしみたいだ。


「俺と修は大丈夫だけど、そのアホには気を付けなよ。何せアホだからあっさりゲロっちゃうかもだし」

「しないから! あたし達の妹分の頼みだもん! 美優様に脇腹攻められたって耐えてみせるっての!」

「言ってる事全然カッコよくねえからそのドヤ顔引っ込めろや」


 つーかこいつ、ナチュラルに美優様って言ってんぞ。調教済とか不安しかねえ。


「ねえ小春ちゃん、一つ質問いい?」

「はい」


 爽やかーな笑顔を湛えて修が問いを投げる。ねこちゃんの事を気遣ってか、いつも以上に口調を柔らかくしているらしい。気配りも出来るのかお前。


「どうしてそこまでして、自分の趣味を隠そうとするのかな?」


 そこ、俺も気になっていた所だ。聞き難い事聞いてくれちゃう修イケメンかよ。イケメンだわ。


 俺らの身近な所で言うと、学校か。アニメだマンガだゲームの話で盛り上がってるヤツ、普通にいるよね? そういうヤツらのほとんどが自分がそういう趣味を持ってる事を隠す素振りさえ見せず、大きな声で好き放題語らってるよね? 最近はアニメ好きですーって声高に言うヤツ増えたイメージあるし、わざわざ秘密にしなくてもいいんじゃない、って思っちゃうな。ねこちゃんはそういうタイプのオタクじゃないのかな? 他にどういうタイプのオタクがいるのか知らんけど。


「それは……」

「っと、ちょっと無遠慮だった。ごめん。答え辛かったらノーコメントでいいから」

「ああいえ、そう答えなくないとかそういうのは全然ないです。なんていうか……環境の問題というか……」

「環境?」

「その……私が通っていた中学って……妙にオタクへの風当たりが強いというか……偏見の目で見られてたと言いますか……」


 歯切れ悪く言葉を並べるねこちゃんの表情は暗い。ねこちゃんのとこ、そんな学校だったんか。


 俺ら六人は同じ団地に住んでるもんで学区が同じで当たり前だけど、謙之介とねこちゃんの家は電車で数駅離れているので、中学はまるで違う所に行ったのだ。それもあってか、高校に上がるまでは謙之介とも疎遠気味だったり。修だけは毎週謙之介と顔合わせてたけどな。


「そういう所だったんで、趣味の事は必死に隠してました。折角出来た友達と変な空気になるのも嫌でしたし……」


 なーる。要するに、環境に合わせて右へ倣えしてたって話ね。そんな自分を恥じています、みたいに縮こまっているねこちゃんだけど、全然悪い事じゃないと思うよ? なにせ、自分の居場所を守れるのは自分だけなんだ。思う所がないわけじゃないけど、ねこちゃんの行動は何も間違ってない。悲しい事に、どこにだってそういう連中を指差して笑う集団はいるもんだから。


「それはあくまで中学時代の話でしょ? こっちではそこまで身構えなくても大丈夫なんじゃないかと思うよ?」

「中学から一緒って子が凄く多くて……」

「ああ……」

「私が身構え過ぎなだけなのかもしれませんけど、自衛は怠りたくないので……それにおに……兄に知られると……色々面倒そうですから……余計に……」

「ああ、わかる」

「ああ、わかる」

「ああ、わかる」


 三人揃って首をコクコクコク。謙之介がねこちゃんの趣味を知ったとする。妹の趣味を理解しようと勉強する所から始まり、ねこちゃんと一緒にアニメ見ようとする。ドヤ顔でにわか知識をひけらかす。一緒にグッズ買いに行こうとする。うっかり言い触らす。辺りはさらっとやっちまいそう。うわ、どれもウザ過ぎる。回避が正解だわな。


「それに最近は、私の密かな楽しみみたいな所がありまして……」

「そうなんだ」


 なら、何も言えねえな。俺らは約束を守る。それだけでいい。


「うーん……」

「なんだよ東雲アホームラン千華」

「変なミドルネーム付けるのやめて!? やーね、損してるなーって」

「それは……私がですか?」

「こはるんもだけど、それ以上にこはるんの周りの人がさー」

「周りの人……ですか?」

「だって、こはるんの全部を知れないって事じゃん?」


 あっけらかんと言い放つ千華。


「私の……全部……」


 その割には効果覿面らしく、くりくりっとした目を一層丸くするねこちゃん。本当に猫みたいになるのな。

 

「超もったいなくない? 全部知りたくない? あたしだったら全部教えて欲しいし、全部知りたいけどなー」


 余計な事言うなっての。それは本人次第だろうが。お前の考えを押し付けるんじゃねえ。って言ってもよかったんだけど。


「知りたい……ですか……そういう人も……いるんですかね……」


 なんかめっちゃ揺れてるみたいだからやめておく事にした。


「いるいる! あたしがそうだし! 折角仲良くなった人ならさ、どうせなら全部知りたいじゃん? 良い所も悪い所も面倒臭い所も全部ぜーんぶ!」

「全部ですか……」

「そ! 自分の事をしっかり発信したら、こはるんの趣味の話とかをなーんにも気にせず話せるようになるんだよ? そういう友達がいたら嬉しいでしょ? 楽しそうでしょ?」

「それは……」

「っていうかそういう友達っているの?」

「いません……本当に誰にも言っていないので……強いて言うならネットに何人か……」

「へー。ネット云々はよくわかんないけど、顔合わせて話す方が楽しそうじゃない?」

「その……いつかは大っぴらにそういう話をしてみたいですけど……でも……」

「でも?」


 ニコニコ笑顔で鸚鵡返しをする千華を見るねこちゃんは、どうにも居心地が悪そうだ。


 あーくそ。千華の悪い所が出ちまった。


 正論だったり、正解だったり、理想的だったり。どうにもこいつは、綺麗な事を言い過ぎる。お前に言われなくても、ねこちゃんだって誰だって、そんな風になったらいいなと思ってんだよ。でも現実はそうならないからいろんな事を飲み込んで生きてんだろうが。


「んー? こはるんどしたー?」


 周りを気にせず前のめりに突っ走れてしまう。それでも人が付いてくる、天然人たらし。そんなお前にはわからない気苦労をねこちゃん然り、いろんな人がしてんのよ。悪意がないから一層タチ悪いよな、お前。


「え、えっと……その……」

「……あ、あーっと! 流石に無責任だったよねー! いやーごめんごめんっ!」


 言葉に詰まる妹分の姿に、ようやく自分が出しゃばり過ぎたと得心が行ったらしく、無理矢理に取り繕い始めた。


「いえ全然……そんな事ないですけれど……」

「まあアレ! ほら! こはるんがしたいって思ってる事が一番の正解だよね! だからあたしの意見なんて半分くらい聞いといてくれたらいいから! はは、あはは……!」


 こいつはアホで傲慢で空気読めなくてアホでやっぱりアホで底無しにアホだけど、言い過ぎた、やり過ぎたと思ったらブレーキを掛けられるくらいには周囲が見えているし、自分の非を素直に認められるヤツではあるのだ。そういう所もまた、愛されるポイントなのかもしれない。


「その……ねこちゃんさえ良かったらだけど、これからはあたし達に話してくれていいからね!」

「何をですか?」

「趣味の話! 奏太も修も結構マンガ読むし! あたしはそうでもないけど……昔のヤツだったら少しは知ってるから! ね!?」

「は、はい……」

「うんうん! バッチこいだよ!」

「はい……」

「よし! それで……そ、その…………」


 もうちょっと劇的な反応を期待していたのか、控え目に頷くだけのねこちゃんを見て固まるアホ。チラチラと俺らに視線をやっているのは、このあとどうしよう助けてっていうかなんとかしろのサインだと思われる。スルーだな。自分でなんとかせい。


「え、えと……そうだっ! こはるんはアニメ好きだったんだねー! 昔からだっけ?」


 お、捻り出した。


「いえ……ここ数年の間にハマりまして……」

「そうなんだー! なんか意外だなー」

「私自身も驚いてます……」


 確かに。謙之介の後ろをくっ付いたり俺らと遊んだり友達と遊んだり。とにかく好奇心旺盛で、毎日外を走り回っていたような女の子だったから、インドアの趣味に走ったってのはなかなかに意外かも。


「アニメはそんなに見てなかったけど……なんだっけ。日曜の朝やってた、女の子達が悪いヤツをスデゴロでボコボコにしていくヤツ。あれはえっと……」

「スタキュアですか?」

「それ! スタキュアだ! あれは毎週欠かさず見てた! なっつかしいなー!」


 一人納得し、うんうん頷く千華。その横顔を見るねこちゃん、すすっと居住まいを正すと、体ごと千華に向き直った。


「初代ですか?」

「うぇ? 初代とか言われてもわかんないな……」

「スタキュアに変身していた女の子は何人ですか?」

「うーんと……二人の女の子がスタキュアに変身してたような……」

「色は何色だったか覚えてます?」

「金と銀? だったような……」

「それならきっと、ふたりはスタキュア! スタイリッシュスター! だと思います」

「ああ、そんな感じだっ」

「あれもいいですよね!」

「ほぇ?」


 キラッと目を輝かせ、ギュッと拳を握り込んで、グイッと千華目掛けて急接近するねこちゃん。なんか雰囲気変わったぞ?


「一部ではキャラ性がーとかグッズの売り上げがー人気がーなんて言われてるみたいですが初代から登場人物を刷新するという挑戦的な姿勢は素晴らしいと思いませんか!?」

「あの」

「今でこそ全話終了で主役交代は当たり前ですけれど、そのパイオニアがスタスタだったんですよ!」

「スタスタ?」

「スタスタが残した物がどれだけ大きいか、一部の大きなお友達のみなさんはまるでわかっていないと言わざるを得ないですね!」

「ちょっとこはるん」

「確かに初代から入れ込んでいる方々には物足りない部分があるのは理解出来ます。私だって序盤の戦闘描写にコレジャナイ感を覚えましたし。ですけれどそれはそれでアリだなと思えましたし、ああした攻めの姿勢の結果生み出された物が以降のシリーズに良い形で反映されていると思うんですよ! ああそれとこれは個人的な見解なのですが……!」

「あうぅ……」


 ぐるぐると目を回す千華は完全に置き去り。ねこちゃんが止まらない。自分の過ごし易いフィールドに踏み込んだ途端異様に饒舌になるとか聞き手の反応見ないとか、ガチオタさんムーブじゃん。


「それでですね、私も気になったんで各話の視聴率を調べてみたんですよ。そうしたらなんと! 驚きの事実が」

「ぅ、うがーっ! ていっ!」

「きゃっ!?」


 いよいよ耐えきれなくなったらしい千華が、ねこちゃんに飛び付いた。肩とか腕とかじゃなく、両胸に。


「な、何するんですか!?」

「やっと止まった……」

「止まったって…………あ……」


 自身が仕出かした奇行を自覚したのか、途端に頬を赤らめ縮こまるねこちゃん。乳を揉まれながら頬赤らめるとかそれ感じてああいやなんでもない忘れていいぞ。


「こはるん……凄いね……」


 凄いってどう凄いんだよ!? そういう話じゃないってわかってるけど!


「ご、ごめんなさい!」

「いやいや、謝る事ないんだよ!? ないんだけど……あはは……」

「ネットの友達にも言われるんです。あんたのマシンガントーク、正直引くって……」

「そうなんだ……」

「その……こんなだから尚更……誰にも言いたくなくて……」

「ああ……」


 なるほどなるほど。これは隠した方がいいわ。ねこちゃん自身の為にも、周囲の皆さんの為にも。つーか乳揉みながら真面目な話すんなアホ。そこ代われつってんだろ。


「気持ち悪いですよね……私……」

「それはないよ? ビックリはしたけど」

「でも……」

「自分の好きな事だもん。大きな声で話したくなるのは当たり前だよ。だからなーんにも気にしないで、堂々としてればいいの。TPOは意識して欲しい所だけどねー」

「こ、心掛けます……」

「その……ねこちゃんの知識についていくのは難しいけど……なんだ……ああそう! 困ってる事があったらなんでも話して! このあたしがなんとかしてあげるから!」

「ありがとうございます……なんかごめんなさい……」

「謝る事ないない! それでさ、なんか悩みとかある? このあたしになんでも話してご覧なさいな!」

「真面目な話する前にさ、そろそろ手放してあげたほうがよくない?」

「うぇ? ああ、ごめんごめん。こはるん、こっちも凄いよー。美優にも引けを取らないって感じだった!」

「いやいや俺に報告しなくていいから」

「あ、あぅ……」


 いやいや、報告は大事だろうが。ねこちゃんが恥ずかしがるのはわかるけど、何を修まで照れてんだ。ムッツリか。とりあえず脳内に美優≒ねこちゃんという式はバッチリ叩き込んだぞ。


「で、どうなの? どうなのどうなのー? なんでもこいやー!」

「押し強いですね……えと……」


 普段から弄られる側だから、誰かに頼ってもらえるって機会に恵まれたのが嬉しいんだよ、そいつ。なんでもいいからネタ振ってやってくれると助かるわ。


「悩みですか……悩み悩み…………ああ、悩みというか、参考までにお尋ねしたい事ならありました」

「なになに!?」

「近々アルバイトを始めようと思っていまして」

「ふんふん!」

「それで……シフト調整し易いというか、融通が利くバイトを探してまして……」

「お給料がいい所じゃなくて?」

「勿論それも大事なんですけど、優先すべきはシフトの方かなって。その……イベントとかに関わってくるので……」

「イベント?」

「えと……私の趣味のイベントって、ほとんどが週末開催なんですよ。ですから……」


 今週末はバイト入れますけど、来週末はイベントあるんで入りたくないです。そういう虫のいい話が通用するバイトを探している。って解釈で良さそうだな。


「バ、バイトかぁ……あたしバイトした事なくてなあ……美優は色々やってきたから詳しいと思うけど……奏太と修は? そういうバイトなんか知らない?」

「俺もあまり詳しくなくて……ただ、早め早めに進言すれば、割と何処でも帳尻合わせられるものなんじゃないかなあ。いい顔はされないかもしれないけどね」

「そういうものですかね……なにせわからない事だらけで……」

「奏太は? 何か知らない?」

「知らねーなあ」


 まあ、そんな都合の良いバイトなんてないわな。けど。


「でも一箇所だけ。今日行きますーやっぱ行けませんーが通用するんじゃないかくらいシフトの融通が利きそうなバイトなら心当たりあるよ。給料に関してはよくわからんけど」

「ほ、ほんとですか?」

「うん」

「……ちょっと奏太……それって……」


 もう気付いたのか? ほーんと察しがいいなあこのイケメンは。バイト募集してるって話は聞いた事ないけど、人手がいたらいたで大助かりだろう、って所があるんだわ。しかも俺らがちょっとゴリ押せばどうにでもなりそうっていう。


「何々? そんなバイトあるの!? あたしにも」

「お前に出来るわけねーから教えてねえんだよ」

「一片の曇りもなく辛辣っ!?」

「で、ねこちゃん的にはどう? 興味あるならそこの人間に話通すけど」

「その……ですね……」


 飛び付きたくて仕方がないのだろうに、ねこちゃんの反応は判然としない。その様はまるで、美味しいそうなエサを見つけたが、その手前にキュウリが鎮座していて途方に暮れている猫宛ら。いやいやなんだそのシュールオブシュールな光景は。って、そんなアホ妄想は置いといて。


 なんかもう、サクッと聞いちゃうかな。変に気使いするのも嫌だし、気を使わせるのも嫌だし。


「俺を頼るのは嫌?」

「え?」

「だからねこちゃっ……!」

「は、はい?」


 くそう……困った顔しちゃってるねこちゃんからは見えてねえんだろうなあ……俺の足が、サッカー部のキャプテン様に思いっきり踏まれてる様が……! 蹴球に青春燃やしてる人間がそれやるのどうなの? 一発レッドだろそれ。いや、わかるよ? 今のは俺の底意地が悪過ぎってんだろ? わかるけどもっとこうさ……。


「奏太が挙動不審で変質者チックなのはいつもの事だから気にしないでいいから」


 こ、こいつ……! 爽やかな笑顔で評判落としに掛かりやがった……! なんてエゲツないコンボを……!


「で、どうかな? とりあえず話だけでもしてみたらいいんじゃないかと思うけど」

「え、えと……」


 修が無理矢理話を繋いでくれたが、俺を見るねこちゃんの目には、ありありと警戒の色が浮かんでいる。そりゃあんな言葉もらったらなあ。


「詳しい事は奏太から。ほら」

「お、おう……内容は接客業、時々厨房仕事って具合。それ以上の事はお店の人と要相談。こんな具合だな」

「そうですか……」

「そんなに訝しむ事ないよ小春ちゃん。奏太はちゃんとした所紹介しようとしてるから。さっきの余計な一言も気にしないで大丈夫だから」


 流石修、ナイスフォロー。あとは俺の足を解放してくれれば完璧だぞ?


「は、はあ……」

「で、興味は?」

「…………あります……」

「じゃあ決まりで。俺から話通しとく。ただし、本格的に紹介するのは中間テストが終わってから。いいよね?」

「はい……」

「おろ、奏太が先輩ヅラしてる。なんかキモい」

「うっせーぞアホームアホーマーアホーメスト」

「雰囲気で造語作るのやめろー! つーかそこまでアホじゃないもん! そもそもアホじゃないもん!」


 ギャースカ喚き始めた隣のアホを見ても、眼鏡の向こうに見える不安そうな眼差しに変化はなし。少しほぐしておくか。


「えと……そこのアホはアホ故にまるで気付いちゃないけど、俺ら全員のお墨付きのバイト先だから安心してくれていい」


 あの頃何度となく、どんな時でも見せてくれていた愛らしい笑顔は鳴りを潜めたままだけど。


「気付いてないけど皆さんのお墨付き?」


 キョトンと首を傾げる様は、あの頃とはまた違う愛らしさで溢れていた。

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