M.3 「極彩色の残光」

 好きだった光景がある。


 時には何処か公園のグラウンド。時には通い慣れた小学校の校庭で。それは毎週末、必ず見れた。っていうか見に行っていた。来るなって言われても無視して。私だけじゃなくて、あの人達と一緒に。


 その光景、若葉FCの真ん中にはいつも、三人の男の子がいた。


 名を体で表し過ぎってくらい元気いっぱいな、大きな声のゴールキーパー。いざ試合となると、普段とまるで別人みたいな集中力でチームを牽引する、みんなのキャプテン。日頃大人しいんだけど、いざその二人がバカやると、嫌々な風を装いながらノリノリでバカやっていた、頑張り屋さんな点取り屋。


 生まれた日からずっと一緒だったっていう三人が、チームの屋台骨。ピッチの中でも外でも、みんなに影響を与えていた。


 ああ、もう一人。男らしいとかそんなワードに過剰反応する、暑苦しいディフェンダーもいたっけ。


 練習がある日はほとんど毎日だったと思う。自分が何をするってわけでもないのに、必ず足を運んでいた。


 だって、見ているだけで楽しかったんだもん。練習中も休憩中も、いつだってみんな落ち着きがなくて、いつだってみんな楽しそうで。けれどいざ試合となると、みんなキリッと引き締まった表情になって。


 みんな頑張ってって、みんなカッコいいなって、ピッチの外から眺めながら、いつもそう思っていた。


 ただのおバカの集まりクラブだと思うなかれ。若葉FCは本当に強かったんだから。私が見に行った試合で負けたのなんて片手で数えられる程度しかないと思う。ほとんど無敵みたいなチームだったんだから。


 そんな中でもみんなのキャプテンは……私達のキャプテンは、別格だった。私みたいな無知な小娘が見ていても、一人だけ次元が違うんだなってわかるくらいに。それくらい圧倒的だったから。詳しい事は知らないんだけど、プロクラブのユースを監督している人から直々にチームに誘われたりしたらしい。あの頃はよくわからなかったけど、今思うととんでもない事だと思う。


 それでもあの人は、チームを離れなかった。なんで? どうして? チームメイトから殺到する当たり前な問い掛け。


「ここでいいんだよ。ここ以上に楽しい所知らないし。ここ好きだからさ。それに、俺がいなくなったらそこのバカキーパーがキャプテンやる事になるかもだぞ? そんなのみんなやだもんな!」


 それに真正面から答えた横顔には、あの人らしい満面の笑みが浮かんでいた。チームのみんなもゲラゲラ笑っていた。それを眺めていた私も、ニコニコ笑っていたと思う。


 だって、嬉しかったんたもん。同じ気持ちなんだ。私が好きな光景を私と同じくらい……ううん。私以上に大好きなんだってわかったから。


 それを知って、ますますあのチームが好きになったっけ。


 ほとんど無敵状態のまま小学生時代を駆け抜けたみんなも、あっという間に中学生。若葉FCは小学校六年までの年代のチームしかなかったから、ランドセルを置くと同時にあの人達三人と暑苦しいあの人の四人は、当時の若葉FCの監督からの紹介で、地元のクラブチームに入った。当然私もみんなを追い掛けた。


 けど、そのクラブの雰囲気は、和気藹々としていた若葉FCとはまるで違っていた。なんていうか、キラキラしていた若葉FCとは違って、ギラギラしているみたいな。仲がいい中でもに殺伐とした感じがあって、初めはあの雰囲気に馴染めなかった。見学しに行くのに尻込みしていたくらいだ。


 私の不安を他所に、競争は望む所だって息巻いて乗り込んでいったみんなは、入団した直後にも関わらず上級生達をグイグイ押し退けて、あっという間に準レギュラーになっちゃった。


 凄いなあ。それに、あの人達はどこでも変わらないんだなあ。そう思えてから、見学に行く事への躊躇はなくなった。


 上級生さん達に嫌な顔されたり、元気いっぱいなキーパーの身長が伸びなくなったりとかはあったけど、何もかもが順風満帆。


「神奈川で一番。いや! もっと上も狙えるぞ、このチームなら!」


 キャプテンマークがなくてもやっぱりキャプテンみたいなあの人が言う通り。凄いチームに、私が大好きなチームになりそう。そんな予感があった。


 けど。入団して一月経つか経たないかくらいのある日。本当に突然だった。


 私達にとってのキャプテンが、チームをやめちゃった。


 そんなの聞かされて居ても立っても居られるわけない。あの人に会うため、大きな大きな団地まで自転車を走らせた。


 なんでやめちゃうの。まだチーム入ったばっかりなのに。神奈川で一番になって、もっと凄い所に行くんだよね。汗だくだけじゃ飽き足らず、泣きべそさえ混じえて、支離滅裂な事ばかり私は叫んでたと思う。


「ごめんね。俺には向いてないみたい」


 そんな私に返って来た言葉はこれだけ。本心からも本音からも離別した、当たり障りのない言葉、それだけだった。


 これが最後。本当にあの人は、グラウンドに姿を見せなくなった。


 しばらくして、あの人の後を追うように、みんなの守護神もチームをやめちゃった。あと二人はチームに残ったけど、応援しに行く気には、もうなれなかった。


 あの人達との思い出は、そこで止まったまま……だったんだけど。私は見た。


 グラウンドのトラックを駆け抜ける、あの人達を。


 この学校にいるのは知ってたけど、まさか六人共同じクラスなんてね。


 数年振りに見たあの人達は、まず見た目が全然変わっていた。それぞれにカッコ良くなってるし、それぞれに可愛くなっていた。身長が伸びてない人もいたし、伸び過ぎて驚かされた人もいた。


 けど、見た目以外は全然変わってないなって、そう思った。


 レースの最中、ある人がバトンを落とした。大きな体には見るからに落胆の色が浮かんでいる。そんなあの人の手を取る男の子。駆け寄って労う皆さん。


 ああ、あの頃何度も見た光景そのまんまじゃないか。私にはそう見えた。走ってる時もそうだよ。


 私の見間違いじゃなければ、アンカーを務めたあの二人、走りながら笑ってた。心底勝負に拘りながら、心底楽しんでいた。あれこそ、何度となく見た光景。もうずっと昔に見た、私が大好きな光景そのままだった。懐かし過ぎて……なんだろう……ちょっと嬉しかった。ちょっとだけね。


 けど。だからこそ。今更気になって気になって仕方がない。文句の一つも言ってやりたいくらいだけど、それ以上に教えて欲しい。理由があったなら話して欲しい。もう子供扱いなんかしないで欲しい。


 なんとなくわかったんだけど、ただ一人だけ、あの頃と随分キャラクターが変わってしまった感のあるあの人に……みんなのキャプテンに、聞きたい。


 どうして私から、あの光景を取り上げてしまったんですか?

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